アストラ王国の地方にある、廃れ果て名もなくした教会にて。誰もいない講堂で、熱心に祈りを捧げる男がいた。年の頃は十六歳。黒く短い髪は黒曜石のように深い艶を放ち、見る者を不思議と引き込んで離さない。
静粛な空間は厳かで心穏やかに過ごせそうなものだがその反面、男の祈る石像の歪さが異常に際立っていた。頭からは不気味で太い角が伸び、背中からは翼が生える。悪魔、と呼ばれる存在といって差し支えない造形だった。
「…………」
男が熱心に祈っていると、あの黒いもやがどこからか現れれた。黒いもやは石像に入り込み、その両目が不気味に赤く光る。気配を感じ取った男は祈りから跪いた態勢に変わった。
「ずいぶんとお早いご帰宅で……邪神様」
男の言葉に、石像は目だけがわずかに下を向く。どこから声が出ているのか、やけに低く耳障りの悪い声が響いた。
『予期せぬ接触を受けた。ティエリー・アンタレス、十歳の少年だ。お前は会ったことがあるか?』
石像の言葉に、男は無言で首を横に振る。アンタレス伯爵家の名はそれなりに知っていたが、ティエリーという少年については名前さえ今初めて知った。
『あの子どもは【ミニゲーム】という極めて厄介なスキルを持っている。この私をエッグハルトたちの心から追い出すほどの力だ』
「……そのようなスキルが存在するのですか」
黒髪の男はため息交じりに驚きの声を出す。スキルに関してこれまで方々の文献を隈なく探してきたが、そのような能力を持つという報告は聞いたことがなかった。石像から聞こえる声には苛立ちが混じる。
『おかげで、予定を大幅に変更せざるを得なくなった。今思えば、あの子どもの心に侵入できなかったのは津羽前ではなかったようだ』
「……殺しますか? お望みとあらば今すぐにでも終焉原野に向かいますが……」
男の提案を、黒いもやは思案する。しばしの沈黙の後、告げられたのは様子見という返答だった。
『あの子どもとの接触は、今は控える。会おうと思えばいつでも会える人間だ。それに、私の当初の目的は達成できた』
「アンタレス伯爵家の三人に取り憑いて、悪しき心を醸成。邪神様復活のための力を溜めること、でございますね。そのご様子だとうまくいったようですね」
『うむ。あの三人の心は非常に住みよい環境だった。おかげでだいぶ力を回復できた。尤も、私の姿を取り戻すまではほど遠いがな』
エッグハルトたちが悪事にのめり込んでいたのは、自らを邪神と称する――黒いもやが心に取り憑いていたからであった。ティエリーが【ミニゲーム】スキルを使った結果、黒いもやは彼らの心から追い出されてしまったのだ。
「邪神様の力を取り戻すため、引き続き精一杯努力いたします」
『私のことはもういい。そろそろ信者たちのところに行け。邪神教の運営もまたお前の重要な仕事だろう……アルタイル』
男は恭しく頭を垂れる。彼こそがティエリーの生きるこの世界――〔サーガ・オブ・アストラ〕の原作主人公であった。
アルタイルは教会の奥に行き、隠し階段を降りる。重い石材の扉を開けると、地上の講堂より何倍も広い空間が現れた。劇場やコンサートホールを思わせる構造をしており、段床式の座席には数え切れないほどの人数がところ狭しと並ぶ。
アルタイルが壇上に立つと、どこからともなく歓声が湧き始めた。
「「……邪神教万歳! 邪神教万歳! 邪神教万歳!」」
黒いもやを邪神として讃える集団――邪神教。アルタイルはその教祖を務め、王国の裏で静かに、しかし着実に勢力を拡大していた。
彼は信者たちに手を振りながら内心で思う。
(俺は邪神教の規模をもっと広げる。……俺の目的のために)
地下教会に信者の叫びが木霊する中、アルタイルは不敵に微笑むのであった。
静粛な空間は厳かで心穏やかに過ごせそうなものだがその反面、男の祈る石像の歪さが異常に際立っていた。頭からは不気味で太い角が伸び、背中からは翼が生える。悪魔、と呼ばれる存在といって差し支えない造形だった。
「…………」
男が熱心に祈っていると、あの黒いもやがどこからか現れれた。黒いもやは石像に入り込み、その両目が不気味に赤く光る。気配を感じ取った男は祈りから跪いた態勢に変わった。
「ずいぶんとお早いご帰宅で……邪神様」
男の言葉に、石像は目だけがわずかに下を向く。どこから声が出ているのか、やけに低く耳障りの悪い声が響いた。
『予期せぬ接触を受けた。ティエリー・アンタレス、十歳の少年だ。お前は会ったことがあるか?』
石像の言葉に、男は無言で首を横に振る。アンタレス伯爵家の名はそれなりに知っていたが、ティエリーという少年については名前さえ今初めて知った。
『あの子どもは【ミニゲーム】という極めて厄介なスキルを持っている。この私をエッグハルトたちの心から追い出すほどの力だ』
「……そのようなスキルが存在するのですか」
黒髪の男はため息交じりに驚きの声を出す。スキルに関してこれまで方々の文献を隈なく探してきたが、そのような能力を持つという報告は聞いたことがなかった。石像から聞こえる声には苛立ちが混じる。
『おかげで、予定を大幅に変更せざるを得なくなった。今思えば、あの子どもの心に侵入できなかったのは津羽前ではなかったようだ』
「……殺しますか? お望みとあらば今すぐにでも終焉原野に向かいますが……」
男の提案を、黒いもやは思案する。しばしの沈黙の後、告げられたのは様子見という返答だった。
『あの子どもとの接触は、今は控える。会おうと思えばいつでも会える人間だ。それに、私の当初の目的は達成できた』
「アンタレス伯爵家の三人に取り憑いて、悪しき心を醸成。邪神様復活のための力を溜めること、でございますね。そのご様子だとうまくいったようですね」
『うむ。あの三人の心は非常に住みよい環境だった。おかげでだいぶ力を回復できた。尤も、私の姿を取り戻すまではほど遠いがな』
エッグハルトたちが悪事にのめり込んでいたのは、自らを邪神と称する――黒いもやが心に取り憑いていたからであった。ティエリーが【ミニゲーム】スキルを使った結果、黒いもやは彼らの心から追い出されてしまったのだ。
「邪神様の力を取り戻すため、引き続き精一杯努力いたします」
『私のことはもういい。そろそろ信者たちのところに行け。邪神教の運営もまたお前の重要な仕事だろう……アルタイル』
男は恭しく頭を垂れる。彼こそがティエリーの生きるこの世界――〔サーガ・オブ・アストラ〕の原作主人公であった。
アルタイルは教会の奥に行き、隠し階段を降りる。重い石材の扉を開けると、地上の講堂より何倍も広い空間が現れた。劇場やコンサートホールを思わせる構造をしており、段床式の座席には数え切れないほどの人数がところ狭しと並ぶ。
アルタイルが壇上に立つと、どこからともなく歓声が湧き始めた。
「「……邪神教万歳! 邪神教万歳! 邪神教万歳!」」
黒いもやを邪神として讃える集団――邪神教。アルタイルはその教祖を務め、王国の裏で静かに、しかし着実に勢力を拡大していた。
彼は信者たちに手を振りながら内心で思う。
(俺は邪神教の規模をもっと広げる。……俺の目的のために)
地下教会に信者の叫びが木霊する中、アルタイルは不敵に微笑むのであった。



