外れスキル「ミニゲーム」の悪役モブ貴族、死にたくないので自ら辺境に追放される~スローライフ目指して自由に開拓した結果、居心地が良くなりすぎて僕を断罪する人たちに居候されています~

 黒針死団を退けてから、およそ五日。もうすっかり長閑な日常が戻ってきた。宮殿への報告など煩雑な事後処理はベテルギウスさんが主導してくれたおかげで、自分でやるよりスムーズに終えることができたのだ。領地を流れる時間は穏やかで楽しく、守り切ってよかったと強く思う。
 伝書鳩で黒針死団の調査結果が届いたので、スピカと一緒に確認するのだけど……。
「……まさか、父上たちが襲撃を命じていたなんてね。後でみんなにも共有しなきゃ……」
「ご心痛のほどお察しいたします……」
 ティエリーハウスの執務室にため息交じりの声が消えていく。黒針死団はやはり何者かの指示を受けており、その黒幕はアンタレス伯爵家だった。正直なところ納得できてしまうのは、父上たちの横暴な振る舞いを日常的に見ていたからだろうか。
 だとしても、そこまで嫌われていたのかと思ったら残念な気持ちになるのが正直なところだ。アンタレス伯爵家には王国騎士団の調査が入るそうで、父上たちはこれを機に改心してもらいたい。
 話を察したピピは、しょんぼりと僕の頬を撫でた。
『ティエリーしゃんは家族に攻撃されちゃったの? 大事な家族なのになんで?』
「まぁ、そういうことになるね。マンドラゴラの世界にはないだろうけど、人間の世界にはたまにあるんだよ」
『むんっ、わたち許せないの! ティエリーしゃんはわたちが守るからね!』
 ピピはぷんぷんと怒ってくれる。父上たちはまた誰かを刺客として差し向けるのだろうか。
 引き続き、領地の防衛は重視しようと話したところで、ベテルギウスさんが部屋に駆け込んできた。
「ティエリー氏、東から何者かが領地に近づいているぞ。まだ距離は遠いが、魔力の質が非常に高い。かなりの猛者かもしれん」
「えっ! それは大変だ!」
 僕たちは慌てて外に出る。東の一角ではすでに領民が多数集まっていた。彼らの視線の先――五十メートルくらい先から、背の高い細長い女性がこちらに歩いてくる。ファンタジー世界で定番の魔女のとんがり帽子を被っているので魔法使いと思われる。あまり魔法に精通していない僕でさえ、バリアを貫通した魔力のオーラに顔がピリピリした。もちろん、まだ刺客や盗賊の類いと決まったわけではないけど、つい先日襲撃があったばかりだ。
 緊張が張り詰める間も、女性は淡々と領地に近づく。徐々にその姿がよく見えてくる。曇り空にも拘わらず、ずいぶんと陽光に反射する紫色の長髪だと感じた。女性はバリアの前で立ち止まり、紫色の切れ長な目でジッと観察する。
 攻撃の意思は感じられないものの、僕は小さな警戒心を抱きながら尋ねた。
「失礼ですが、あなたは誰でしょうか?」
「落ち着きたまえ。別に、ワシは怪しい者ではないぞよ。ちょっと用があって来たまでじゃ。それにしても、ずいぶんと高度なバリアを展開しているんじゃなぁ」
 女性は港区に住んでいそうな煌びやかな雰囲気に反して、老人のような口調で話す。そして、わざわざ自分は怪しくないと言う人はどうしても怪しく見えてしまう……。
「これは防衛用のバリアなのでこのままでは入れません。最近、領地の襲撃事件があったばかりでして……。お客さんでしたら、入り口を作るので少し待っててもらえますか?」
「お手数をおかけして申し訳ありませんが、ご協力お願いいたします」
 僕とスピカが呼びかけるも、女性は朗らかな笑みを浮かべるだけだ。
「いや、それには及ばんよ。こう見えてもワシは魔法が得意じゃからの」
 彼女はバリアに触れてぶつぶつと何事かを呟くと……するりと通り抜けてしまった! なにその技!
 驚く僕たちに構わず、女性は無言で僕に手を向ける。やはり、アンタレス伯爵家からの刺客……?
「ティエリー坊、ワシはお主に頼みがあるんじゃよ。聞いてくれるかの? もうお主しか宛てがないんじゃ」
 女性はとても申し訳なさそうな表情で話す。敵意は感じないから大丈夫かな。
「わかりました。でも、その前にあなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「おっとこれは失礼した。名乗るのが遅れてしまったな。ワシはエリザベートという名前じゃよ。アストラ魔法大学で魔法学の教授を務めておる。ちゃんと証拠の教授章も持っておるからの」
「大学の先生だったんですか……!? しかも、アストラ魔法大学って……!」
 国内で最も難関で権威ある学校だ。その歴史は深く、設立されてから千年は軽く超えてしまう。王国で使われるほとんどの魔法に関する知見や、生息するほぼ全ての魔物の生態など、ファンタジーなこの世界を生きる術が集約された場所といっても過言じゃない。入学するだけでもそれこそ血の滲むような努力が必要だ。
 教授の証である勲章は、スピカの【鑑定アイ】で調べた結果偽物ではないとわかった。正真正銘の教員だ。思ってもみないすごい人が訪れ、周りの領民たちはざわざわとどよめく。
 襲撃者ではないこと、そして何より星の名前じゃないことが確認できて、僕の心は非常に安らかなり。ほっとした気持ちで握手を交わす。
「初めまして。終焉原野の領主を務めているティエリーと言います」
「おぬしの噂は知っておるぞよ。会えて光栄じゃ。……おや、そこにいるのは」
 狐人族のスピカとマンドラゴラのピピに驚くものの、対応力の高いためかすぐに打ち解けていた。雰囲気が緩んだ僕たちに、エリザベートさんは領地訪問の理由を説明する。
「ワシはデバフをバフに変える――通称、デバフ変換の研究を進めておるんじゃ。終焉原野に来たのは研究の一環じゃよ」
「へぇ……それはまた難しそうな研究です」
「そう、これがなかなかに難儀なんじゃ。名前の通り両者は相反する関係故、魔法陣の理論が衝突して魔力を込めることさえ碌に……」
 よからぬスイッチを押してしまったのか、エリザベートさんは研究が難しいという話を滔々としてくれる。は、話が長い……。
 ピピがうとうとし始めスピカの頬がピクピクしだしたところで、僕は咳払いさせていただいた。
「そろそろ本題に入っていただいても……」
「おお、そうじゃな。話し出したら止まらないのはワシの悪い癖なんじゃよ。……では、本題に入ろう。ワシはデバフをバフに変換する研究――変換研究をしておってな。研究が行き詰まったとき、お主の存在を知った。ぜひ力を貸してほしいんじゃ」
 エリザベートさんは空中に長い杖を出現させた。ふわふわと浮かぶそれは全体的に黒っぽい色をしており、木材と思われる素材からは歴戦の重みみたいなオーラを感じる。先端につけられたガラス玉みたいな球体の中には青い霧が渦巻く。明らかにただの杖ではない。
 もしかして、これは……と思う僕に、彼女は厳しい目で杖を見ながら話す。
「これは減衰黒杖というS級の魔導具じゃ。触れた術者の魔力を大幅に減少させる能力を持つ。非常に強力なデバフなんじゃ。まずはその効果を確かめてほしい」
 やっぱりそうか。彼女が話すように、減衰黒杖は極めて強いデバフのレア魔導具だ。
「たしか、王国の西南にある古代遺跡の宝物殿から見つかったような」
「ほぅ、ティエリー坊は物知りじゃね」
「え、ええ、まぁいろいろあって」
〔サガオブ〕では魔導具を敵に押しつけたりすることもできたりして、もっぱら敵の弱体化に使うのが主だったっけ。
 バリアを一時的に解除してほしいとも言われ、ミアさんたち流浪の民に頼んで魔導具を操作してもらう。一帯を守っていたバリアが消失すると、エリザベートさんは杖を浮かべたまま魔力を練り上げた。直に触れていないからデバフの影響は受けないようだ。
「《超火球》!」
 彼女の頭上に、直径五メートルはあろうかという巨大な火の玉が出現する。すごい、S級の火魔法だ! ゴウゴウと激しく燃えさかり、顔が熱くなるほどだった。《超火球》は上空に放たれ勢いよく爆発する。余波の熱風が吹き荒れ、地上にまでその威力が伝わった。
 パチパチと拍手する僕たちに対し、エリザベートさんは自慢げに髪をかき上げる。
「【賢者】スキルの手にかかればこれくらいは造作もないの」
「ええっ、エリザベートさんはそんなにすごいスキルを持っているんですか! ……さすが魔法大学の教授ですね」
 様々なスキルがある〔サガオブ〕の世界でも、超激レアで強力なスキルだ。いやぁ、想像以上の実力者だった。
「では、次は減衰黒杖を持って魔法を使ってみるぞよ」
 エリザベートさんは例の杖を持って、先ほどと同じように魔力を込める。だけど、さっきまでとまったく異なり、彼女の表情は非常に苦しそうだ。
「《超火球》!」
 続けて放たれた火の玉は直径が五センチメートルくらいしかなく、ふよふよと弱々しく浮かび上がってはポシュンと消えてしまった。彼女の息の荒さからもデバフの強さがとてもよくわかる。減衰黒杖から手を離すと、ようやく平常に戻ったらしい。
「……とまぁ、こんな感じじゃよ。【賢者スキル】を持つ強者なワシですらここまでデバフされる。ワシがこの厄介な研究をする理由は……実は病気の治療のためなんじゃ。世界には、薬や回復魔法で治癒しない病気がまだまだあるからの」
「病気の治療……?」
 予想もしない話にドキリとした僕たちに、エリザベートさんは真剣な表情で詳しく説明してくれた。  
「ワシは病気もデバフの一種なんじゃないかと考えておってな。もしそうなら、デバフをバフに変換できれば、病気も治るじゃろう。減衰黒杖はワシが知る限り、最もデバフの効果が強い。この杖の力をバフに変換できれば、理論上全てのデバフ――病気に対処できるはずなんじゃ」
 彼女は真剣な表情で語る。研究の裏にはそんな熱い思いがあったのか……。
「もしできたら、魔法学は途方もなく飛躍できるはずじゃ。ぜひ、ティエリー坊の力を貸してくれんか!?」
 熱意と尊い献身の志。それが痛いほど伝わった僕は、頑張りたい、エリザベートさんの思いを実現したいと強く感じた。
「わかりました。そういうことでしたら、ぜひできる限りのことをやらせてください」
「恩に着るぞよ、ティエリー坊! お主ならできるはずじゃ! ……ところで、その板はなんじゃ?」
「僕のスキルを発動するアイテムです」
 減衰黒杖は分類としては魔道具だ。ゲーム機を操作し、魔道具に対応する難易度★3のミニゲーム『マジカルレース』をタップする。現在の所持良い子ptは891ptで、消費ptは700pt。以前、バリア球儀を緊急開放したため、今回もパーフェクトクリアが必須だ。
 例の空間でミニゲームの精霊が用意してくれた舞台は、巨大なコロッセオみたいな建物だ。非常に広大なレース場が広がる。
 僕は専用の小さなバギーみたいな乗り物に乗って合図を待つ。隣には魔法でできた猫や犬、熊などいろんな動物が全部で九匹並んでいた。一位通過が最低のクリア条件だ。観客席ではスピカとピピが応援の声を張り上げているのが見える。
〔じゃあ、準備はできたー? マジカルレース、スタート!〕
 ひと際強くラッパが吹かれ、僕たちは一斉に走り出した。アクセルを思いっ切り踏み込んで加速する。
 バギーの燃料は魔力という設定で、コース上にある赤い宝箱にぶつかることで補給、加速する。青い宝箱に当たると逆に吸い取られて減速してまう。パーフェクトクリアは三十秒以内でのゴールが求められるため、慎重になりつつも全ての赤宝箱をゲットした。最後は一番の強敵である馬との一騎打ちに勝利し、一位通過できた。気になるタイムは……!
〔24.7秒でゴール! パーフェクトクリア達成ー! 〝魔道具〟の進化BOXが開放されたよー!〕
 やった! 条件達成だ! 観客席からスピカとピピが僕に飛びついてくる。
「おめでとうございます! ティエリー様が一番颯爽としていらっしゃいました!」
『一番しゅごいの! 今度は一緒に乗ろうね!』
 わいわいしているうちにミニゲームの精霊も空間も消え、現実世界が戻ってきた。いつものように時間の流れは止まっていたので、目の前にはわくわくした様子のエリザベートさんが控える。
 実はミニゲームが見られているんじゃないかと、毎回この瞬間は居心地が悪い。
「……こほん。お待たせしました、準備ができました。では、杖を浮かべておいてもらえますか?」
「うむ、任せておれ」
 触るとデバフがかかってしまうので、触れないように注意しながら僕はゲーム機を向ける。
「デバフをバフに変換して……【エヴォリューション】!」
 減衰黒杖が白い光に包まれる。光が収まったら、先端の宝玉が赤色に変化していた。杖自体が放つ魔力の波動も、先ほどとは比べものにならないほどに強い。
 エリザベートさんは今日一番楽しそうな笑顔で減衰黒杖を握った。
「では、試しにE級の魔法を使ってみるぞよ……《微小火球》!」
 手の平サイズの小さな火の玉を生み出す魔法だ。せめて一メートルくらいにはなったらいいな、と思ったとき。
「「うわっ!」」
 なんと、直径三百メートルもあるような巨大な火の玉が出現した! 今までとは比較にならない強さの熱風が吹き荒れ、この場にいるみんなが激しく驚く。中でも、一番驚き喜んでいるのはエリザベートさんだ。
「これはすごい……これはすごいぞ、ティエリー坊! 想像以上のバフだ! ははははは、これほどに強いバフはワシの人生で初めてじゃ!」
 超バフされた《微少火球》は遙か上空に放たれると、圧縮するのが見えた。直後。凄まじい爆発音とともに、全ての雲が吹き飛んだ。
 一瞬で、の曇り空が爽やかな青い空に変貌してしまった!
 とんでもない威力に僕たちは驚くばかりで、ピピとスピカが歓声を上げる。
『お空が晴れて綺麗なのー!』
「ティエリー様の【ミニゲーム】スキルが凄まじい効果を発揮しました!」
 エリザベートさんはしばし細かく震えた後、減衰黒杖を空中に放り出す。そのまま、転がるような勢いで僕の手を力強く握った。腕がちぎれそうになるほどぶんぶんと振り回す。
「ティエリー坊、ワシは感動した! 減衰黒杖のデバフをここまでとは……お主はワシが思う以上の素晴らしい人材じゃ! 間違いなく、お主は魔法学に革命をもたらす人間じゃよ!」
「あ、ありがとうございます。うまくいったみたいで僕も嬉しいです」
「離れてください。必要以上にティエリー様に触れないでくださいませ」
 勢いに押されていたら、スピカが僕の前に入り込んだ。僕を守るように両手を広げる彼女の向こう側から、エリザベートさんが身を乗り出す。
「魔法大学の分校を作らせてはくれんかの?」
「ええっ! 大学の支部ってことですよね。どうして……」
 たしか、王都にしか学校の建物はなかったはず。ゲームのシナリオを通しても、分校の設立なんてイベントも発生しなかった。
 そもそも、こんな辺境じゃ教育も研究も捗らないのでは……と疑問に思う僕に、エリザベートさんはさらなる勢いで話す。
「それはもちろん、ティエリー坊の元で研究を進めたいからじゃ! お主のスキルをもっとよく調べていけば、デバフ変換の研究は大いに進むに違いない! ワシに力を貸してくれー! もちろん、ただでとは言わんぞ。領民一同に魔法の教育をさせてもらうのはどうじゃ? 当分はワシが直接教えるし、大学から部下たちが来ればさらに手広く教えることも可能じゃ」
 ここで育つS級のレア作物や土壌の質の改善具合など、他にも研究したい内容が盛り沢山でもあるそうだ。学生や教員たちは絶対に興味を惹かれるだろうとも。
 なるほど……。僕は彼女の話を思案する。分校と聞いたときは驚いたけど、終焉原野に滞在することはとてもエリザベートさんたちのメリットになるらしい。
 大学に行かなくても魔法の教育が受けられるのは、領民にとってもプラスに働く。
「わかりました。どうぞここで分校を建ててください。魔法大学の教育が受けられるなんてとても嬉しいです」
「ありがとう、ティエリー坊! 深く感謝させてもらうぞよ。こんなに豊かで素敵な場所で勉学に励めるなんて、今の学生たちは幸せ者じゃな」
 エリザベートさんは腰に手を当て、上機嫌に笑う。かと思ったら、彼女は何かに気づいたようにポンッと手を叩いた。
「……おっと、いかんいかん。お主したちにはまだ、ワシの本当の姿を見せておらんかったな」
 ……本当の姿? なんだそれは。
 急に不穏な雰囲気が漂い始めたところで、エリザベートさんは自分の杖を振るう。
「《変身解除》!」 
 光に包まれた彼女の身体が瞬く間に小さくなっていく。……何が起こっているの?
 やがて光が収まると、僕と同じか少し年下の小柄な女の子が現れた。
「これがワシの本当の姿じゃ! どうじゃ、可愛いじゃろう?」
「そうですね(いいぞ。ずっと子どものままでいろ)」
『小っちゃくなっちゃったの。そっちの方が可愛くてわたちはしゅき』
 スピカとピピはどことなく嬉しそうだけど、僕はとんでもない衝撃で倒れそうだ。だって……だって……!
「ワシの本当の名はシリウスというんじゃ。騙すような真似をしてすまんかった、わはは」
 エリザベートさんは原作キャラだったから!
「なぜ、変身していたんですかあああ!」
「ど、どうしたんじゃ、ティエリー坊。いきなり大きな声を出して……可愛いお顔が台無しじゃぞ。そ、そして、ワシを激しく揺するのはやめてくれるかの? その揺れで身体に不具合が生じそうじゃ」
 衝撃のあまり、僕はエリザベート……もとい、シリウスさん!をがくんがくんと激しく揺すってしまう。原作キャラの中でも相当な実力者ぁ。忘れかけていた断罪フラグが追加でやってきたためか、脳裏に〔サガオブ〕の情報が自然と蘇る。
 アストラ魔法大学の長い歴史において、史上最年少の十二歳で教授になったのが彼女だ。童顔なキャラデザということもあり、実際はもっと年下に見える。
 ほぼ全ての魔法を扱える【賢者】スキルによる実力は絶大で、仲間になったら原作主人公のパーティー無敵に近い存在となる。
 変身の理由という極めて重要な情報を待つ僕に、彼女はにこやかな笑顔で告げた。
「十年後の姿で出歩くのが最近のマイブームじゃて。それだけじゃよ」
「マイブームウウウ!? じゃあ、偽名を使っていたのはどうしてえええ……!」
「なに、十年後には改名しようかと思ってての。まぁ、単なる気分転換じゃ」
 シリウスさんはわはは、と楽しそうに笑う。……あのさぁ!
「ティエリー坊、ほんとにどうしたんじゃ? 噴火間近の火山みたいに身体が細かく震えておるが」
「なんでもありません!」
 こっちにとってはマイブームとか気分転換とかそんな軽い話じゃないの! 命が懸かっているんだから! どうやら、僕はまたしても自分を断罪する原作キャラを領民に迎え入れてしまったらしい。 なんということ!
 ……ぬあああ~、彼女たちはなぜ毎回姿を隠して近づくんだ。あろうことか三人も集まってしまった。しかも、どの人も強くて優秀な人材ばかり。どんどん断罪フラグが間近に近づいている気がする。
「……どうされましたか、ティエリー様。お顔が真っ青でございますが」
『具合が悪くなっちゃっちゃの?』
「ありがとう、僕は大丈夫。そう、僕は大丈夫」
 心配してくれたスピカとピピに答える。
 ……一旦落ち着こう。
 シリウスさんは領地に来てしまったわけだけど、まだ間に合うんじゃないかな。よし、彼女が終焉源やから出て行きたくなるように逆営業を仕掛けるんだ。以前、ベテルギウスさんで失敗した経験を糧にすれば、うまく誘導できるかもしれない。
「ところで、シリウスさん。分校のお話ですが、やっぱり隣にあるバークレイ侯爵領の方がいいんじゃないでしょうか? あちらの方が流通も発展していて人口も多いですし」
「? 何を言っておるんじゃ、ティエリー坊。今し方、ぜひここに建設してくれと頼んでくれたばかりであろうに」
「まぁ、それはそうなんですが考え直したいただいた方がよい可能性がなきにしも非ずと言いますか……」
「いや、この終焉原野より素晴らしい土地は存在せんよ。ワシは絶対に別の場所には行かん。さあ、湿気た話など止め今後の展望を語るんじゃ」
 結局、ああ言えばこう言う巧みな話術に打ち負かされてしまい、"逆営業"は今回も失敗した。キャラのスペック差がありすぎる!
 頭を抱える僕に反して、スピカとピピは今後の展望とやらがとても楽しみらしい。
「ティエリー様の評判は留まることを知りませんね。アストラ魔法大学に伝わったら、全校生徒や教員が来てしまうでしょう。私も嬉しくて仕方がありません」
『またお友達が増えてわたちも嬉しいの! 早くお友達来るといいなぁ!』
「……そうだね」
 呟くように答える。……大丈夫。
 さすがにもうない。さすがにこれ以上原作キャラが訪れるたりはしないはずだ。
 僕は何度も言い聞かせるも、まさかあんなことが起きるとはまだ知る由もなかったのだ。