ソフィさんとキュンちゃんたちトカゲが領民になって、あっという間に三日が過ぎた。ドラゴンによる配達は予想以上に効果的らしく、作物や川の水の販売は急速に発展していた。顔を合わせるたびにプロキオンさんがほくほくした顔で挨拶してくれるので、報告を聞かなくても商会と領地の経営状況がよくわかった。
不意にソフィさんが眼鏡をくいっと上げ、レンズが真っ白に反射する。
「ところで、ティエリー君。気になっていたことがあるのだけど、この領地に規則はないの?」
「き、規則?」
「これだけ人数がいるんだから、何かしらのルールを決めた方がいいと思うのよね。例えば、領地の中は走らないとか、ティエリー君の話を聞いているときは私語禁止とか、領地に出す提出物は期限を守るとかなんだけど」
「え~っと、そうですね……」
いきなり規則云々と言われ、心臓がキュッとなった。たしかにルールは大事だ。みな規則を守るから平和で地に足着いた生活が送れる。
……とはいえ、今のゆるゆるした雰囲気が好きなんですけど……。
答えに窮する僕を差し置いて、ソフィさんはずずいと身を乗り出した。
「ねえ、どうかな、ティエリー君。お望みとあらば私にも考えるのを手伝わせて。一応、三十個くらいはすぐ答えられるよ」
「ああ~……いやはや……」
レンズ越しの目は不気味に据わっていて、今までにない圧を感じる。本人はどことなくワクワクした様子で話すのはなぜ? 僕が思う以上に彼女は委員長気質が強いらしい。
できれば規則は決めないで各々の自主性に委ねたいです……と言ってしまっていいのだろうか。
返答に悩んでいると、なぜかスピカが僕の前に出た。
「規則ならすでにございます」
「えっ、そうなの!?」
ソフィさんではなく僕が尋ね返す。いつの間にそんなことが……っ!
どんな規則が制定されているのか緊張していると、放たれたのは予想もしない内容だった。
「ティエリー様を精魂尽き果てるまで崇め奉ることです。毎日死ぬまで」
「へぇー、崇め奉る……。やっぱり、ティエリー君に関する規則なんだね。これは心して守らなきゃ」
「落ち着いてください、ソフィさん。そんな規則あるわけないでしょう」
もはや独裁政治じゃないか。
熱心にメモを取り始めたソフィさんに頭を抱えたとき。ベテルギウスさんが「おーい」と手を振ってやってきた。腰の剣がギラリと陽光に輝き、脳裏に断罪シーンが蘇る。
「僕は決して独裁政治なんかしません!」
「? 突然どうした。ティエリー氏はたまに謎の行動をするな。ほら、バークレイ侯爵から手紙が届いたぞ」
差し出されたのはもちろんのこと剣ではなく、おしゃれな封蝋が施された手紙だ。中身に目を走らせると、徐々に緊張感が増してきた。
なぜなら、その内容というのが……。
「盗賊団か山賊と思われる一団が終焉原野の方角に向かっている?」
僕の呟きに、周囲の空気が張り詰めた。情報共有のため、僕はみんなにも手紙の内容を伝える。
「昨日、バークレイ侯爵領の西で不審な一団が拠点を作っているのが確認された。武装や雰囲気から盗賊団や山賊の類いと推測された。侯爵領を襲う気配はなかったから様子を見ていたところ、終焉原野の方角に移動を始めた。風に乗った会話を聞いたところ、終焉原野の襲撃はほぼ確定されたし……大変だ、ここに悪い集団が来るかもしれないよ」
「ティエリー様、すぐに領地の防衛体勢を整えましょう。ベテルギウスさん、騎士の皆さんに指示を出していただけますか?」
「ああ、任せろ。領民の訓練もすでに一通り済んでいるから安心してくれ。この素晴らしい領地は何人たりとも傷つけさせやしないさ。……皆の者、聞いての通りだ! 厳戒態勢をとれ!」
テキパキと指示が出される中、騎士や領民、土ゴーレムが装備を整える。領地開拓始まって以来の慌ただしさだ。僕も腰の剣を今一度強く握り締める。安寧の地を脅かす人は誰であろうと許せない。
「いつかは領地を襲う人が来るとは思ったけど……。僕は絶対にみんなを守る。大事な領民たちとこの土地を必ず守ってみせるよ。ここは僕だけじゃない。大切な人たちが幸せに暮らす場所なんだから」
「そうですね(……めあああああっ! ティエリー様がかっこよすぎるううう! 一生ついてまいりますううう!)」
「……何か言った?」
「いえ、何も申しておりません」
たまに、スピカの言葉には裏があるような気がする。いったいなぜだろうかと思ったところで、ベテルギウスさんが戻ってきた。
「ティエリー氏、こちらの準備は完了した。領地のどこから攻められても防衛できる配置だ。各部隊には流浪の民が開発してくれた笛を持たせてあるから、情報共有も問題ないぞ」
「ありがとうございます。さすが手際がいいですね」
「まぁ、日頃から訓練を積んでいるからな。ところで、これからどうする?」
彼女の言葉に思索を巡らす。武装集団が僕たちの住む場所を襲うかどうかは、現時点ではわからない。
でも、僕は領主だし大切な領地や領民を守りたいので、迅速な対応が必要だ。
「はい、トカゲドラゴンに乗って、スピカの【サーチアイ】で領地を探索してもらうのはどうかなと思っています。……どうかな、スピカ」
「素晴らしいアイデアでございます。全力で探索させていただきます」
ソフィさんにも協力を求め、トカゲドラゴンになったキュンちゃんの背中にみんなで乗る。スピカが前髪を上げて四方に鋭い視線を向けた。
東の方角をしばらく見たかと思うと、映像を空中に出してくれる
「……バークレイ侯爵の報告通り、十キロメートルほど東に武装集団の拠点が確認できます。人数は見える範囲で四十二人。みな、剣や斧、鎧などで武装しており、いずれも素人ではないと思われます」
テントをたくさん張った拠点の映像が映し出される。何人もの武装した男がうろついていた。
「十キロか……。歩いたら三時間くらいで着けちゃう距離だね」
「そうですね。早い段階で対策を……ティエリー様、彼らはただの武装集団ではないことがわかりました。彼らはA級指名手配――黒針死団です。《影貫き》と称されるパトリックの姿も確認されました」
「デ、黒針死団……!? A級指名手配の盗賊団じゃないか。それはまた大物だね」
国内各地の貴族や裕福な商人を襲撃しては財産を奪うならず者集団。リーダーのパトリックは元A級冒険者ということもあり、組織としての驚異度は非常に高い。彼らは無駄な襲撃をしないことで有名だ。事前に獲物の所在や価値を見定め、空振りを防ぐ。
今の終焉原野は流通や交易も盛んになってきたので、どこかで発展しつつある情報を掴んだのだと考えられた。
対処法を練る僕に対し、スピカは淡々と告げる。
「焼き殺しましょう」
「久しぶりに人を斬ることになりそうだ。人体はな、魔物と違う感触がたまらんぞ。悪人であればあるほど斬り心地がいいのは皮肉だな」
スピカはもう普通に殺すとか言っちゃってるし、ベテルギウスさんはベテルギウスさんで騎士の血が滾るのか、徐々に過激な話をし始める。
「ちょ、ちょっと待ってください。相手は指名手配の人たちですけど、さすがに殺してしまうのはまずいので拘束するに留めましょう。……ピピは眠り粉とか使えたりしない?」
『使えるよ。ぐーぐー寝ちゃうくらいの眠り粉!』
「いいね、防衛作戦にぴったりだよ。黒針死団がまだ領地を襲うとは決まったわけじゃありませんが、こっちから先に攻撃を仕掛けましょう。指名手配犯は見つけ次第拘束するのが王国法で定められていますので」
一度地面に降り立ち、領民のみんなに今し方得た情報や計画を話す。やはり先手必勝が良いだろうということで話はまとまった。
拠点に向かうのは、僕、スピカ、ピピ、ベテルギウスさん、ソフィさんの他、騎士の皆さん、訓練が進んでいる領民たちだ。総勢五十人の遠征部隊であり、残りの領民たちと土ゴーレムは防衛のため領地に残ってもらう。
いくつかの小さなチームに分かれた後、総勢五匹のトカゲドラゴンに乗って拠点に向かうことが決まった。領地の防衛はウォルターさんが指揮してくれるとのことだから安心できる。
遠征部隊は迅速に装備を整え、トカゲドラゴンの背中に乗り込む。飛び上がると同時、僕はみんなに呼びかけた。
「これから僕たちが戦うのは、言わずと知れたA級指名手配の盗賊団――黒針死団です! 油断せず戦いましょう……僕たちの領地を守るために!」
「「了解っ!」」
頼もしい返事を空中に残し、僕たち遠征部隊は東に急行する。
□□□
数分も飛ぶと、遠方の地面に集落のような塊が少しずつ見え始めた。黒針死団の拠点だ。まずは上空から様子を伺う。ミアさんが持たせてくれた望遠鏡的な魔導具を覗いたら、予想以上に大規模の拠点だとわかった。
テントの数は十張くらいと流浪の民よりは少ないけど、いずれもかなりの大型だ。武器置き場には多種多様な武器がたくさん置かれ、張り詰めた空気が伝わった。
ベテルギウスさんもまた隣で望遠鏡を除いており、拠点の様子を騎士の観点から解説してくれた。
「設備はどれも理路整然と配置されているな。テントも武器置き場も動線が考えられた配置だ。有事に移行しても混乱は少ないだろう。やはり、ずいぶんと手慣れた連中らしい」
淡々とした声音からも黒針死団は厄介な相手だとわかる。リーダーのパトリックについては、半幽閉生活を送りながらも何かの新聞で顔を見たことがあった。だから、実際に見れば誰かわかるだろうけど……新聞。やけに頭に引っかかる単語なのはなぜだろうか。
彼の姿は見えないな、と望遠鏡から目を外したら、スピカの全身から怒気のオーラが迸っている。
「ティエリー様の領地にこのような拠点を勝手に作るとは許せません……。これは非常にきつい仕置きが必要となりますね」
「そ、そうだね。僕は許可してないもんね」
一応この辺りは終焉原野に含まれるので、僕の領地という扱いになる。流浪の民も勝手に拠点を作ってはいたけど、彼女たちは難民だ。黒針死団は指名手配中の盗賊団なので、この場合は不法侵入と不法滞在に該当する。領地を攻めなくても彼らはすでに罪を犯していたというわけか。
不意に、拠点全体が慌ただしくなる。改めて望遠鏡を覗き込むと、団員が仕切りに空を指差していた。
僕たちは結構上空にいるのだけど、感知能力が高いってこと?
さすがはA級指名手配の盗賊団だ。いや違う、これは……。
「許せません、許せません、許せません……」
スピカの激しい怒気のオーラが地上にまで伝わっていたらしい。ほんとにもう飛ぶドラゴンを落とすほどの強さなんだから。とはいえ、そんなことは言ってられない。地上の団員たちは弓矢を構え、魔法による遠距離攻撃を始めていた。
「皆さん、黒針死団が僕たちの存在に気づきました! でも、慌てず作戦通りにいきましょう!」
「「はいっ!」」
トカゲドラゴンが一斉に散開し、黒針死団の攻撃を攪乱する。飛び交う矢や魔法を避けながら、僕たちの乗るキュンちゃんは素早く急降下。拠点の上を旋回する中、僕はピピを大事にポケットから出した。
「ピピ、お願い!」
『わかっちゃ! えーいっ!』
ピピが短い両手を突き出すと、黄色い光の粒がパラパラと舞い降り始める。なかなかにスピードが速く、あっという間に拠点全体に降りかかった。地上からは、黒針死団の焦る声が仕切りに聞こえる。
「なんだこの粉! ……やべぇ、毒か!?」
「逃げろ! クソッ、意識が……っ!」
黒針死団は光の粉を吸った瞬間、パタパタと力なく倒れては寝息を立てていった。十秒も経たずに拠点には静けさが横たわる。
「すごいよ、ピピ! みんな眠っちゃった! ピピの眠り粉は強力だね!」
「お見事でございます、ピピちゃま」
『ありがと! 怪我しないのが一番なの!』
眠り粉作戦がうまくいってくれてよかったと思う僕に、ソフィさんが慌てた様子で告げる。
「ティエリー君、そろそろ【トカゲテイマー】の効力が切れちゃうかも……!」
「わかりました! ……皆さん、地面に降りて黒針死団を拘束しましょう!」
地面に降り立ち、ピピが【植物魔法】で生み出してくれた縄で団員たちを縛り上げる。相手は眠っているのでとても楽に、そして安全に拘束が完了しそうだ。事前の作戦会議が効果的だった。
『捕まえた人たちはどうしゅるの?』
「そうだね、王国騎士団に引き渡して……みんな、気をつけてください!」
不意に、拠点の一角から魔力の強い波動が感じられた。
明確な敵意を――
スピカやベテルギウスさん、仲間たちもすぐに気づいたようで、みな戦闘態勢を取る。波動を感じた方角を見ると、テントの影から金髪碧眼の若い男が現れた。貴族然とした穏やかな顔つきに反して、全身を纏う雰囲気は薄暗くて鋭利に感じる。新聞で見たことのあるあの男だった。
「《影貫き》パトリック。A級指名手配に指定されていることは知っているよね? さらに、僕の領地で勝手に拠点を設けたこと……これは不法侵入と不法滞在に該当する。よって、君たちを拘束させてもらう」
絶悪剣を構えて宣言すると、パトリックはくすりと小さく笑った。
「威勢がいいお坊ちゃんですね。私の若い頃を思い出しますよ。いやはや、挨拶にしてはずいぶんと手荒いですね。貴族ならもっと落ち着いた挨拶をするかと思っていましたが。あいにくと、私たちにご自慢の眠り粉は効きませんでしたよ」
パトリックの言葉に共鳴するかのように、拠点の方々から合計四人の団員が姿を現した。彼らが一般団員とまったく異なる立場であることはその装備が示しており、傍らのスピカが険しい声音で僕に話す。
「ティエリー様、彼らが身につける鎧は……」
「うん。状態異常を自動で回復する貴重なS級魔導具――祝鎧シリーズだ。それを五人分も所持しているなんてね」
パトリックと四人の団員の鎧は、いずれも肩や腹部分に星図を模した装飾が施される。ぼんやりと光を放つ様子から、ピピの眠り粉を無効化しているのだとわかった。物理的強度の高さも相まって、冒険を助けてくれるとても頼りがいのあるレア魔導具だ。前世の僕は結構〔サガオブ〕をやり込んだ記憶があるけど、それでも二つか三つ見つけられるくらいだった。
四人の団員が構える武器もA級やS級のレア魔導具ばかりだ。振るたびに激しい旋風を巻き起こす斧――旋風斧、斬りつけた相手に爆発の衝撃を与える爆導剣などなど……。
パトリックは落ち着いた様子で手を広げる。
「この者たちは私の自慢の部下――黒針死団が誇る四人衆でしてね。みな冒険者ギルドや裏の世界で名を上げた猛者です。……たとえ、そこにいる《神閃の刃》でも相手にはならないでしょう」
「馬鹿にするな。我の剣を止められる人間はおらん」
見え透いた挑発にベテルギウスさんは淡々と返し、拠点の緊張感は一団と張り詰めた。僕は最後通告を呼びかける。
「眠り粉は防げても数的不利は変わらない。投降するんだ、パトリック」
「数的不利? 何のことやら」
彼の言葉とともに団員の何人かが上空に手を翳した瞬間、何もない空中から何匹もの魔物が出現した。……なるほど、【魔物召喚】スキルを持つメンバーがいるのか。A級が主体で、B級やC級など厄介な能力を持つ種族が多い。
五十体は軽く超える数を確認すると、スピカが僕の前に出た。
「ティエリー様は後方で待機していてくださいませ。私たちが戦います」
「ありがとう。でも、僕も戦うよ。領主としてみんなを守る」
「……そうですね。立派な心意気に感動いたします」
パトリックは黒く染まった槍――S級魔導具の黒冥槍をゆらりと構える。装備者の素早さを特大上昇させる特殊な槍だ。魔力を斬撃の衝撃波に変換する能力もあり、攻撃特化型の魔導具としての確固たる地位を確立した。
僕はピピをポケットに仕舞い、パトリック彼に向かって絶悪剣を構える。
「投降しないのなら制圧させてもらう」
「良い意気込みですね。では、ティエリー・アンタレス……その首、謹んで貰い受ける」
拠点にいる人が一斉に動き出す。領地を狙う危険な組織――黒針死団との戦いが今ここに始まろうとしていた。
◆◆◆
乱戦を要した戦闘の中、ベテルギウスは団員の一人と剣を交えていた。敵は黄色の髪をした男で、A級魔導具の双剣――幻影双を駆使する。魔力を消費して剣の幻影を生み出す能力を持ち、本人の独特な剣術も相まって数多の猛者を数多く倒してきた。互いの剣がぶつかる度、金属音が激しく響き渡る。
鍔迫り合いとなったとき、黄色髪は不敵な笑みを浮かべた。
「さすがは《神閃の刃》様だな。俺の剣術にここまでついてこられるヤツはなかなかいねえよ」
「悪党に褒められてもまったく嬉しくないな」
「まぁ、そんな釣れないこと言わないでくれや。これでも剣術を志す者として、あんたに憧れた時期があるんだからよ。《神閃の刃》の強さにな!」
黄色髪はベテルギウスの剣を降り払おうとするが、彼女は僅かにも動かなかった。……そう、まるで何百年もそこにある巨岩のように。全身の力を黄色髪は込めるもののまったく動かすことができない。
彼の足が少しずつ地面に沈み込む様子からも、ベテルギウスの筋力の強さがよくわかった。
「う、動かねえ……なんで動かねえんだ!」
「我より鍛錬が足りない。ただそれだけだ」
「なんだと、この……がっ!」
鍔迫り合いの状態から強烈な上段蹴りが放たれ、黄色髪は吹き飛ばされる。すかさずベテルギウスは間合いを詰め、何発もの斬撃を振るった。いずれも黄色髪の身体が地面に沈み込むほどの強さで、名刀と称された幻影双はあっという間に刃こぼれしてはひび割れる。あまりの武器の違いに、黄色髪はたまらず叫んだ。
「ず、ずりいぞ、《神閃の刃》! 公爵家の金で手に入れた名剣で勝って嬉しいか!?」
「あいにくと、我の剣は希少品や名品の類いではない。誰でも手に入れられるただの一般的な剣だ」
「そんなわけが……っ!」
黄色髪は斬撃を凌ぐだけで精一杯であり、すぐに会話が不可能になった。
ベテルギウスの話は事実である。
彼女の持つ剣は駆け出しの冒険者が最初に手に取るような、造りも価格も初心者向けの剣だった。剣撃を熱風に変えたり、斬りつけたときの質量を十倍に増加させたり……そのような特殊な能力は何もない。王国騎士団の入団を目指すこの一年の修行をより効果的にするため、ベテルギウスは敢えて〝ただの剣〟を選んだのだ。
武器の性能差を物ともせず襲いかかる彼女に、黄色髪はある種の恐怖を抱く。
(この女は……どうして、これほどの剣技が扱えるんだ……!)
通常ならばあり得ない態勢や角度から、凄まじい斬り込みや突きが放たれる。それらは全て体幹の強さが成す技であった。
――基礎訓練の密度の高さ。
それがベテルギウスの強さの秘訣だ。幻影双を木っ端微塵に砕いた彼女は、留めの一撃を喰らわす。
「《飛閃》」
一般的な剣による斬撃はS級魔導具の祝鎧をいとも簡単に破壊し、黄色髪の肉体に再起不能なほどのダメージを与えた。地面に崩れ落ちた敵に向かって、ベテルギウスは淡々と告げる。
「私の強さを目指すのなら、まずは悪の心を身体から追い出すことだ。まぁ、もう我の言葉は届かないだろうがな」
彼女が黄色髪を倒したとき、スピカもまた自分の敵と交戦していた。丸腰のスピカに対するは、巨大な槌を装備した濃い緑の髪色をした女だ。細身の身体ながら、自由自在に槌を操る。
「はっはぁ! 逃げてばっかじゃ勝てないよ!」
緑髪が槌を振るう度、激しい雷が迸って地面を砕く。彼女の身長を超えるほどの槌は、A級魔導具――轟雷槌だ。装備者の魔力を雷に変え、威力を何倍にも引き上げる。
一度距離を取ったスピカは、短い戦闘ながら的確に分析した結果を話す。
「轟雷槌の性能を完全に引き出すには、それこそ手足のように扱える必要があると聞いたことがあります。魔力の流れを見るに、あなたは何かしらのスキルで身体能力を補っているようですね」
「ご名答。あたいのスキルは【筋力増強】でね。こいつと相性がいいんだよ」
轟雷槌が振るわれる度、スピカはひらりと回避する。狐人族の身のこなしもまた俊敏であり、緑髪は感心した表情で呟いた。
「あんたも速いね。狐人族ってこんなにすばしっこいんだ。良い経験になったよ。ここで殺しちまうのはもったいないけどさ」
「お言葉ですが私は負けません。あなたたちを倒し、ティエリー様の領地を守り抜きます」
スピカは淡々と答え、対する緑髪は返答の代わりに勢いよく駆け出した。轟雷槌の打撃と雷撃を両方躱しては、蹴りや殴打などで確実にダメージを与えてくるスピカに、緑髪は内心で毒づく。
(チッ……スピードは向こうが上か。だが、接近戦しか能がないようだな)
戦闘が始まってから、スピカは一度も遠距離攻撃を仕掛けていない。たとえ距離を取っても、すぐに間合いを詰めては接近戦を挑むたけだ。
(隙を作ってから一撃で沈めてやる)
緑髪はわざと大ぶりに轟雷槌を振るい、スピカは空高く飛んで避けた。着地を仕留めると彼女が上を向いたとき。太陽を背にしたスピカの両目がずいぶんと明るく輝いた。
「ティエリー様の大切な領地を脅かす者は誰であろうと許しません。【レーザーアイ】」
「ぐあっ……!」
スピカの光線は防御のため、咄嗟に構えられた轟雷槌ごと祝鎧を貫通する。内蔵を打ち抜かれた緑髪は激しい痛みに跪くことしかできなかった。彼女は薄れゆく意識に必死に抵抗して、一つの疑問をスピカに投げかける。
「な、なんで、そんな強力な武器があるのに……今まで使わなかった……」
「切り札は最後まで残しておくべきだと考えたからです。あなたがそうだったように敵を油断させられるので」
緑髪は呻き声を上げることもなく気絶した。
周りの領民たちが戦う中、終焉原野の領主と黒針死団のリーダーも激しく戦い合っている。自慢の黒冥槍を淡々と躱すティエリーに対して、パトリックは余裕のある笑顔を向けた。
「年端もいかぬ少年にしては良い動きをするじゃないですか。これほど動ける子どもは私も初めて相対しました」
「みんなと一緒に毎日訓練したからね」
ベテルギウスやウォルターの元で受けた訓練は、ティエリーの心身に文字通り刻み込まれていた。元来、本人の真面目な性分も相まって、初めての対人戦ながらまったく問題なく攻撃を捌くことができたのだ。
さらにパトリックが驚嘆する理由はもう一つあった。
「あなたが持つ武器もただの木剣ではないようだ。私の槍を受けても壊れる様子がありませんからね。いやはや、真に不思議な武器だ。どこで手に入れたので?」
「秘密だよ」
黒冥槍を振るい払われたパトリックは、静かにティエリーの底知れなさを実感する。
(この少年は明らかに一般的な子どもではない。まるで、歴戦の猛者を相手にしているかのような鉄壁だ。これでまだ十歳か……先が恐ろしいな)
対するティエリーは油断せず木剣を構えては敵の動きを注視する。
(強さだけを考えたら、パトリックは〔サガオブ〕のネームドキャラに匹敵するだろう。槍の動きをよく見て、防御主体で立ち回るのがよさそうだ)
防御に意識とリソースを割くことで、非常に強固な守りを実現したのだ。両者睨み合ったまま、先に声を発したのはティエリーだった。
「バークレイ侯爵領は襲わなかったようだね。君たちが襲撃を考えそうな豊かな領地なのに」
「まぁ、あの土地も非常に豊かですが、ここ終焉原野には劣りますよ。ただそれだけの理由です」
「実は誰かに指示されてたりして」
「……さあ、どうですかな。私にはわかり兼ねます」
問いにパトリックは淡々と答えた後、黒冥槍を改めて構えた。
「あなたはそんなことを気にする必要はない。ここで死ぬのですからね。私の槍に貫かれて……《分身の舞》!」
彼の全身に魔力が行き渡った次の瞬間、何人ものパトリックが現れた。
(あれは【分身魔法】スキル! 持っている人はすごく珍しいのに!)
多種多様なスキルのある〔サガオブ〕の中でも、自分を増やす能力は非常に希少だ。十数人に増えたパトリックはティエリーを取り囲み、一斉に黒冥槍を突き出した。
「「ここで死んでもらいましょう!」」
「僕の……僕たちの領地は誰にも傷つけさせない!」
「「な、なんだ、この力は……!」」
ティエリーが絶悪剣に魔力を注ぐと、激しい波動が放たれた。パトリックの全ての分身を打ち消し、そのままの勢いで本体に向かって強烈な一撃を振るう。
「《絶悪斬》!」
「ぐあああああっ!」
木剣は強靱な黒冥槍を砕き、祝鎧をも破壊する。弾き飛ばされたパトリックはがくりと気絶し、ティエリーはほぅっ……と大きなため息を吐いた。
『やっちゃ! ティエリーしゃんが勝っちゃの! 絶対勝つと思ってちゃ! わたち、ずっと応援してたのよ!』
「ありがとう、ピピ。おかげで勝てたよ」
ポケットから顔を出したピピを撫でるティエリーに、駆け寄る女性が二人。スピカとベテルギウスだ。
「お怪我はございませんか!? ……パトリックを倒したのですね! お見事でございます!」
「A級指名手配を一人で倒すなんて、これは相当な功績だぞ! いやぁ、よくやった!」
戦闘の結果を確認した二人は大変に喜ぶ。やがて、全ての戦闘が終息し、領民はティエリーとともに勝利を祝った。
「「我らの勝利だ! 領主様、万歳! 万歳!」」
荒れ果てた大地に似つかわしくない明るい声がいつまでも響く。
ティエリーは強力な盗賊団――黒針死団を退け、大切な領民たちを守り抜いたのだった。
不意にソフィさんが眼鏡をくいっと上げ、レンズが真っ白に反射する。
「ところで、ティエリー君。気になっていたことがあるのだけど、この領地に規則はないの?」
「き、規則?」
「これだけ人数がいるんだから、何かしらのルールを決めた方がいいと思うのよね。例えば、領地の中は走らないとか、ティエリー君の話を聞いているときは私語禁止とか、領地に出す提出物は期限を守るとかなんだけど」
「え~っと、そうですね……」
いきなり規則云々と言われ、心臓がキュッとなった。たしかにルールは大事だ。みな規則を守るから平和で地に足着いた生活が送れる。
……とはいえ、今のゆるゆるした雰囲気が好きなんですけど……。
答えに窮する僕を差し置いて、ソフィさんはずずいと身を乗り出した。
「ねえ、どうかな、ティエリー君。お望みとあらば私にも考えるのを手伝わせて。一応、三十個くらいはすぐ答えられるよ」
「ああ~……いやはや……」
レンズ越しの目は不気味に据わっていて、今までにない圧を感じる。本人はどことなくワクワクした様子で話すのはなぜ? 僕が思う以上に彼女は委員長気質が強いらしい。
できれば規則は決めないで各々の自主性に委ねたいです……と言ってしまっていいのだろうか。
返答に悩んでいると、なぜかスピカが僕の前に出た。
「規則ならすでにございます」
「えっ、そうなの!?」
ソフィさんではなく僕が尋ね返す。いつの間にそんなことが……っ!
どんな規則が制定されているのか緊張していると、放たれたのは予想もしない内容だった。
「ティエリー様を精魂尽き果てるまで崇め奉ることです。毎日死ぬまで」
「へぇー、崇め奉る……。やっぱり、ティエリー君に関する規則なんだね。これは心して守らなきゃ」
「落ち着いてください、ソフィさん。そんな規則あるわけないでしょう」
もはや独裁政治じゃないか。
熱心にメモを取り始めたソフィさんに頭を抱えたとき。ベテルギウスさんが「おーい」と手を振ってやってきた。腰の剣がギラリと陽光に輝き、脳裏に断罪シーンが蘇る。
「僕は決して独裁政治なんかしません!」
「? 突然どうした。ティエリー氏はたまに謎の行動をするな。ほら、バークレイ侯爵から手紙が届いたぞ」
差し出されたのはもちろんのこと剣ではなく、おしゃれな封蝋が施された手紙だ。中身に目を走らせると、徐々に緊張感が増してきた。
なぜなら、その内容というのが……。
「盗賊団か山賊と思われる一団が終焉原野の方角に向かっている?」
僕の呟きに、周囲の空気が張り詰めた。情報共有のため、僕はみんなにも手紙の内容を伝える。
「昨日、バークレイ侯爵領の西で不審な一団が拠点を作っているのが確認された。武装や雰囲気から盗賊団や山賊の類いと推測された。侯爵領を襲う気配はなかったから様子を見ていたところ、終焉原野の方角に移動を始めた。風に乗った会話を聞いたところ、終焉原野の襲撃はほぼ確定されたし……大変だ、ここに悪い集団が来るかもしれないよ」
「ティエリー様、すぐに領地の防衛体勢を整えましょう。ベテルギウスさん、騎士の皆さんに指示を出していただけますか?」
「ああ、任せろ。領民の訓練もすでに一通り済んでいるから安心してくれ。この素晴らしい領地は何人たりとも傷つけさせやしないさ。……皆の者、聞いての通りだ! 厳戒態勢をとれ!」
テキパキと指示が出される中、騎士や領民、土ゴーレムが装備を整える。領地開拓始まって以来の慌ただしさだ。僕も腰の剣を今一度強く握り締める。安寧の地を脅かす人は誰であろうと許せない。
「いつかは領地を襲う人が来るとは思ったけど……。僕は絶対にみんなを守る。大事な領民たちとこの土地を必ず守ってみせるよ。ここは僕だけじゃない。大切な人たちが幸せに暮らす場所なんだから」
「そうですね(……めあああああっ! ティエリー様がかっこよすぎるううう! 一生ついてまいりますううう!)」
「……何か言った?」
「いえ、何も申しておりません」
たまに、スピカの言葉には裏があるような気がする。いったいなぜだろうかと思ったところで、ベテルギウスさんが戻ってきた。
「ティエリー氏、こちらの準備は完了した。領地のどこから攻められても防衛できる配置だ。各部隊には流浪の民が開発してくれた笛を持たせてあるから、情報共有も問題ないぞ」
「ありがとうございます。さすが手際がいいですね」
「まぁ、日頃から訓練を積んでいるからな。ところで、これからどうする?」
彼女の言葉に思索を巡らす。武装集団が僕たちの住む場所を襲うかどうかは、現時点ではわからない。
でも、僕は領主だし大切な領地や領民を守りたいので、迅速な対応が必要だ。
「はい、トカゲドラゴンに乗って、スピカの【サーチアイ】で領地を探索してもらうのはどうかなと思っています。……どうかな、スピカ」
「素晴らしいアイデアでございます。全力で探索させていただきます」
ソフィさんにも協力を求め、トカゲドラゴンになったキュンちゃんの背中にみんなで乗る。スピカが前髪を上げて四方に鋭い視線を向けた。
東の方角をしばらく見たかと思うと、映像を空中に出してくれる
「……バークレイ侯爵の報告通り、十キロメートルほど東に武装集団の拠点が確認できます。人数は見える範囲で四十二人。みな、剣や斧、鎧などで武装しており、いずれも素人ではないと思われます」
テントをたくさん張った拠点の映像が映し出される。何人もの武装した男がうろついていた。
「十キロか……。歩いたら三時間くらいで着けちゃう距離だね」
「そうですね。早い段階で対策を……ティエリー様、彼らはただの武装集団ではないことがわかりました。彼らはA級指名手配――黒針死団です。《影貫き》と称されるパトリックの姿も確認されました」
「デ、黒針死団……!? A級指名手配の盗賊団じゃないか。それはまた大物だね」
国内各地の貴族や裕福な商人を襲撃しては財産を奪うならず者集団。リーダーのパトリックは元A級冒険者ということもあり、組織としての驚異度は非常に高い。彼らは無駄な襲撃をしないことで有名だ。事前に獲物の所在や価値を見定め、空振りを防ぐ。
今の終焉原野は流通や交易も盛んになってきたので、どこかで発展しつつある情報を掴んだのだと考えられた。
対処法を練る僕に対し、スピカは淡々と告げる。
「焼き殺しましょう」
「久しぶりに人を斬ることになりそうだ。人体はな、魔物と違う感触がたまらんぞ。悪人であればあるほど斬り心地がいいのは皮肉だな」
スピカはもう普通に殺すとか言っちゃってるし、ベテルギウスさんはベテルギウスさんで騎士の血が滾るのか、徐々に過激な話をし始める。
「ちょ、ちょっと待ってください。相手は指名手配の人たちですけど、さすがに殺してしまうのはまずいので拘束するに留めましょう。……ピピは眠り粉とか使えたりしない?」
『使えるよ。ぐーぐー寝ちゃうくらいの眠り粉!』
「いいね、防衛作戦にぴったりだよ。黒針死団がまだ領地を襲うとは決まったわけじゃありませんが、こっちから先に攻撃を仕掛けましょう。指名手配犯は見つけ次第拘束するのが王国法で定められていますので」
一度地面に降り立ち、領民のみんなに今し方得た情報や計画を話す。やはり先手必勝が良いだろうということで話はまとまった。
拠点に向かうのは、僕、スピカ、ピピ、ベテルギウスさん、ソフィさんの他、騎士の皆さん、訓練が進んでいる領民たちだ。総勢五十人の遠征部隊であり、残りの領民たちと土ゴーレムは防衛のため領地に残ってもらう。
いくつかの小さなチームに分かれた後、総勢五匹のトカゲドラゴンに乗って拠点に向かうことが決まった。領地の防衛はウォルターさんが指揮してくれるとのことだから安心できる。
遠征部隊は迅速に装備を整え、トカゲドラゴンの背中に乗り込む。飛び上がると同時、僕はみんなに呼びかけた。
「これから僕たちが戦うのは、言わずと知れたA級指名手配の盗賊団――黒針死団です! 油断せず戦いましょう……僕たちの領地を守るために!」
「「了解っ!」」
頼もしい返事を空中に残し、僕たち遠征部隊は東に急行する。
□□□
数分も飛ぶと、遠方の地面に集落のような塊が少しずつ見え始めた。黒針死団の拠点だ。まずは上空から様子を伺う。ミアさんが持たせてくれた望遠鏡的な魔導具を覗いたら、予想以上に大規模の拠点だとわかった。
テントの数は十張くらいと流浪の民よりは少ないけど、いずれもかなりの大型だ。武器置き場には多種多様な武器がたくさん置かれ、張り詰めた空気が伝わった。
ベテルギウスさんもまた隣で望遠鏡を除いており、拠点の様子を騎士の観点から解説してくれた。
「設備はどれも理路整然と配置されているな。テントも武器置き場も動線が考えられた配置だ。有事に移行しても混乱は少ないだろう。やはり、ずいぶんと手慣れた連中らしい」
淡々とした声音からも黒針死団は厄介な相手だとわかる。リーダーのパトリックについては、半幽閉生活を送りながらも何かの新聞で顔を見たことがあった。だから、実際に見れば誰かわかるだろうけど……新聞。やけに頭に引っかかる単語なのはなぜだろうか。
彼の姿は見えないな、と望遠鏡から目を外したら、スピカの全身から怒気のオーラが迸っている。
「ティエリー様の領地にこのような拠点を勝手に作るとは許せません……。これは非常にきつい仕置きが必要となりますね」
「そ、そうだね。僕は許可してないもんね」
一応この辺りは終焉原野に含まれるので、僕の領地という扱いになる。流浪の民も勝手に拠点を作ってはいたけど、彼女たちは難民だ。黒針死団は指名手配中の盗賊団なので、この場合は不法侵入と不法滞在に該当する。領地を攻めなくても彼らはすでに罪を犯していたというわけか。
不意に、拠点全体が慌ただしくなる。改めて望遠鏡を覗き込むと、団員が仕切りに空を指差していた。
僕たちは結構上空にいるのだけど、感知能力が高いってこと?
さすがはA級指名手配の盗賊団だ。いや違う、これは……。
「許せません、許せません、許せません……」
スピカの激しい怒気のオーラが地上にまで伝わっていたらしい。ほんとにもう飛ぶドラゴンを落とすほどの強さなんだから。とはいえ、そんなことは言ってられない。地上の団員たちは弓矢を構え、魔法による遠距離攻撃を始めていた。
「皆さん、黒針死団が僕たちの存在に気づきました! でも、慌てず作戦通りにいきましょう!」
「「はいっ!」」
トカゲドラゴンが一斉に散開し、黒針死団の攻撃を攪乱する。飛び交う矢や魔法を避けながら、僕たちの乗るキュンちゃんは素早く急降下。拠点の上を旋回する中、僕はピピを大事にポケットから出した。
「ピピ、お願い!」
『わかっちゃ! えーいっ!』
ピピが短い両手を突き出すと、黄色い光の粒がパラパラと舞い降り始める。なかなかにスピードが速く、あっという間に拠点全体に降りかかった。地上からは、黒針死団の焦る声が仕切りに聞こえる。
「なんだこの粉! ……やべぇ、毒か!?」
「逃げろ! クソッ、意識が……っ!」
黒針死団は光の粉を吸った瞬間、パタパタと力なく倒れては寝息を立てていった。十秒も経たずに拠点には静けさが横たわる。
「すごいよ、ピピ! みんな眠っちゃった! ピピの眠り粉は強力だね!」
「お見事でございます、ピピちゃま」
『ありがと! 怪我しないのが一番なの!』
眠り粉作戦がうまくいってくれてよかったと思う僕に、ソフィさんが慌てた様子で告げる。
「ティエリー君、そろそろ【トカゲテイマー】の効力が切れちゃうかも……!」
「わかりました! ……皆さん、地面に降りて黒針死団を拘束しましょう!」
地面に降り立ち、ピピが【植物魔法】で生み出してくれた縄で団員たちを縛り上げる。相手は眠っているのでとても楽に、そして安全に拘束が完了しそうだ。事前の作戦会議が効果的だった。
『捕まえた人たちはどうしゅるの?』
「そうだね、王国騎士団に引き渡して……みんな、気をつけてください!」
不意に、拠点の一角から魔力の強い波動が感じられた。
明確な敵意を――
スピカやベテルギウスさん、仲間たちもすぐに気づいたようで、みな戦闘態勢を取る。波動を感じた方角を見ると、テントの影から金髪碧眼の若い男が現れた。貴族然とした穏やかな顔つきに反して、全身を纏う雰囲気は薄暗くて鋭利に感じる。新聞で見たことのあるあの男だった。
「《影貫き》パトリック。A級指名手配に指定されていることは知っているよね? さらに、僕の領地で勝手に拠点を設けたこと……これは不法侵入と不法滞在に該当する。よって、君たちを拘束させてもらう」
絶悪剣を構えて宣言すると、パトリックはくすりと小さく笑った。
「威勢がいいお坊ちゃんですね。私の若い頃を思い出しますよ。いやはや、挨拶にしてはずいぶんと手荒いですね。貴族ならもっと落ち着いた挨拶をするかと思っていましたが。あいにくと、私たちにご自慢の眠り粉は効きませんでしたよ」
パトリックの言葉に共鳴するかのように、拠点の方々から合計四人の団員が姿を現した。彼らが一般団員とまったく異なる立場であることはその装備が示しており、傍らのスピカが険しい声音で僕に話す。
「ティエリー様、彼らが身につける鎧は……」
「うん。状態異常を自動で回復する貴重なS級魔導具――祝鎧シリーズだ。それを五人分も所持しているなんてね」
パトリックと四人の団員の鎧は、いずれも肩や腹部分に星図を模した装飾が施される。ぼんやりと光を放つ様子から、ピピの眠り粉を無効化しているのだとわかった。物理的強度の高さも相まって、冒険を助けてくれるとても頼りがいのあるレア魔導具だ。前世の僕は結構〔サガオブ〕をやり込んだ記憶があるけど、それでも二つか三つ見つけられるくらいだった。
四人の団員が構える武器もA級やS級のレア魔導具ばかりだ。振るたびに激しい旋風を巻き起こす斧――旋風斧、斬りつけた相手に爆発の衝撃を与える爆導剣などなど……。
パトリックは落ち着いた様子で手を広げる。
「この者たちは私の自慢の部下――黒針死団が誇る四人衆でしてね。みな冒険者ギルドや裏の世界で名を上げた猛者です。……たとえ、そこにいる《神閃の刃》でも相手にはならないでしょう」
「馬鹿にするな。我の剣を止められる人間はおらん」
見え透いた挑発にベテルギウスさんは淡々と返し、拠点の緊張感は一団と張り詰めた。僕は最後通告を呼びかける。
「眠り粉は防げても数的不利は変わらない。投降するんだ、パトリック」
「数的不利? 何のことやら」
彼の言葉とともに団員の何人かが上空に手を翳した瞬間、何もない空中から何匹もの魔物が出現した。……なるほど、【魔物召喚】スキルを持つメンバーがいるのか。A級が主体で、B級やC級など厄介な能力を持つ種族が多い。
五十体は軽く超える数を確認すると、スピカが僕の前に出た。
「ティエリー様は後方で待機していてくださいませ。私たちが戦います」
「ありがとう。でも、僕も戦うよ。領主としてみんなを守る」
「……そうですね。立派な心意気に感動いたします」
パトリックは黒く染まった槍――S級魔導具の黒冥槍をゆらりと構える。装備者の素早さを特大上昇させる特殊な槍だ。魔力を斬撃の衝撃波に変換する能力もあり、攻撃特化型の魔導具としての確固たる地位を確立した。
僕はピピをポケットに仕舞い、パトリック彼に向かって絶悪剣を構える。
「投降しないのなら制圧させてもらう」
「良い意気込みですね。では、ティエリー・アンタレス……その首、謹んで貰い受ける」
拠点にいる人が一斉に動き出す。領地を狙う危険な組織――黒針死団との戦いが今ここに始まろうとしていた。
◆◆◆
乱戦を要した戦闘の中、ベテルギウスは団員の一人と剣を交えていた。敵は黄色の髪をした男で、A級魔導具の双剣――幻影双を駆使する。魔力を消費して剣の幻影を生み出す能力を持ち、本人の独特な剣術も相まって数多の猛者を数多く倒してきた。互いの剣がぶつかる度、金属音が激しく響き渡る。
鍔迫り合いとなったとき、黄色髪は不敵な笑みを浮かべた。
「さすがは《神閃の刃》様だな。俺の剣術にここまでついてこられるヤツはなかなかいねえよ」
「悪党に褒められてもまったく嬉しくないな」
「まぁ、そんな釣れないこと言わないでくれや。これでも剣術を志す者として、あんたに憧れた時期があるんだからよ。《神閃の刃》の強さにな!」
黄色髪はベテルギウスの剣を降り払おうとするが、彼女は僅かにも動かなかった。……そう、まるで何百年もそこにある巨岩のように。全身の力を黄色髪は込めるもののまったく動かすことができない。
彼の足が少しずつ地面に沈み込む様子からも、ベテルギウスの筋力の強さがよくわかった。
「う、動かねえ……なんで動かねえんだ!」
「我より鍛錬が足りない。ただそれだけだ」
「なんだと、この……がっ!」
鍔迫り合いの状態から強烈な上段蹴りが放たれ、黄色髪は吹き飛ばされる。すかさずベテルギウスは間合いを詰め、何発もの斬撃を振るった。いずれも黄色髪の身体が地面に沈み込むほどの強さで、名刀と称された幻影双はあっという間に刃こぼれしてはひび割れる。あまりの武器の違いに、黄色髪はたまらず叫んだ。
「ず、ずりいぞ、《神閃の刃》! 公爵家の金で手に入れた名剣で勝って嬉しいか!?」
「あいにくと、我の剣は希少品や名品の類いではない。誰でも手に入れられるただの一般的な剣だ」
「そんなわけが……っ!」
黄色髪は斬撃を凌ぐだけで精一杯であり、すぐに会話が不可能になった。
ベテルギウスの話は事実である。
彼女の持つ剣は駆け出しの冒険者が最初に手に取るような、造りも価格も初心者向けの剣だった。剣撃を熱風に変えたり、斬りつけたときの質量を十倍に増加させたり……そのような特殊な能力は何もない。王国騎士団の入団を目指すこの一年の修行をより効果的にするため、ベテルギウスは敢えて〝ただの剣〟を選んだのだ。
武器の性能差を物ともせず襲いかかる彼女に、黄色髪はある種の恐怖を抱く。
(この女は……どうして、これほどの剣技が扱えるんだ……!)
通常ならばあり得ない態勢や角度から、凄まじい斬り込みや突きが放たれる。それらは全て体幹の強さが成す技であった。
――基礎訓練の密度の高さ。
それがベテルギウスの強さの秘訣だ。幻影双を木っ端微塵に砕いた彼女は、留めの一撃を喰らわす。
「《飛閃》」
一般的な剣による斬撃はS級魔導具の祝鎧をいとも簡単に破壊し、黄色髪の肉体に再起不能なほどのダメージを与えた。地面に崩れ落ちた敵に向かって、ベテルギウスは淡々と告げる。
「私の強さを目指すのなら、まずは悪の心を身体から追い出すことだ。まぁ、もう我の言葉は届かないだろうがな」
彼女が黄色髪を倒したとき、スピカもまた自分の敵と交戦していた。丸腰のスピカに対するは、巨大な槌を装備した濃い緑の髪色をした女だ。細身の身体ながら、自由自在に槌を操る。
「はっはぁ! 逃げてばっかじゃ勝てないよ!」
緑髪が槌を振るう度、激しい雷が迸って地面を砕く。彼女の身長を超えるほどの槌は、A級魔導具――轟雷槌だ。装備者の魔力を雷に変え、威力を何倍にも引き上げる。
一度距離を取ったスピカは、短い戦闘ながら的確に分析した結果を話す。
「轟雷槌の性能を完全に引き出すには、それこそ手足のように扱える必要があると聞いたことがあります。魔力の流れを見るに、あなたは何かしらのスキルで身体能力を補っているようですね」
「ご名答。あたいのスキルは【筋力増強】でね。こいつと相性がいいんだよ」
轟雷槌が振るわれる度、スピカはひらりと回避する。狐人族の身のこなしもまた俊敏であり、緑髪は感心した表情で呟いた。
「あんたも速いね。狐人族ってこんなにすばしっこいんだ。良い経験になったよ。ここで殺しちまうのはもったいないけどさ」
「お言葉ですが私は負けません。あなたたちを倒し、ティエリー様の領地を守り抜きます」
スピカは淡々と答え、対する緑髪は返答の代わりに勢いよく駆け出した。轟雷槌の打撃と雷撃を両方躱しては、蹴りや殴打などで確実にダメージを与えてくるスピカに、緑髪は内心で毒づく。
(チッ……スピードは向こうが上か。だが、接近戦しか能がないようだな)
戦闘が始まってから、スピカは一度も遠距離攻撃を仕掛けていない。たとえ距離を取っても、すぐに間合いを詰めては接近戦を挑むたけだ。
(隙を作ってから一撃で沈めてやる)
緑髪はわざと大ぶりに轟雷槌を振るい、スピカは空高く飛んで避けた。着地を仕留めると彼女が上を向いたとき。太陽を背にしたスピカの両目がずいぶんと明るく輝いた。
「ティエリー様の大切な領地を脅かす者は誰であろうと許しません。【レーザーアイ】」
「ぐあっ……!」
スピカの光線は防御のため、咄嗟に構えられた轟雷槌ごと祝鎧を貫通する。内蔵を打ち抜かれた緑髪は激しい痛みに跪くことしかできなかった。彼女は薄れゆく意識に必死に抵抗して、一つの疑問をスピカに投げかける。
「な、なんで、そんな強力な武器があるのに……今まで使わなかった……」
「切り札は最後まで残しておくべきだと考えたからです。あなたがそうだったように敵を油断させられるので」
緑髪は呻き声を上げることもなく気絶した。
周りの領民たちが戦う中、終焉原野の領主と黒針死団のリーダーも激しく戦い合っている。自慢の黒冥槍を淡々と躱すティエリーに対して、パトリックは余裕のある笑顔を向けた。
「年端もいかぬ少年にしては良い動きをするじゃないですか。これほど動ける子どもは私も初めて相対しました」
「みんなと一緒に毎日訓練したからね」
ベテルギウスやウォルターの元で受けた訓練は、ティエリーの心身に文字通り刻み込まれていた。元来、本人の真面目な性分も相まって、初めての対人戦ながらまったく問題なく攻撃を捌くことができたのだ。
さらにパトリックが驚嘆する理由はもう一つあった。
「あなたが持つ武器もただの木剣ではないようだ。私の槍を受けても壊れる様子がありませんからね。いやはや、真に不思議な武器だ。どこで手に入れたので?」
「秘密だよ」
黒冥槍を振るい払われたパトリックは、静かにティエリーの底知れなさを実感する。
(この少年は明らかに一般的な子どもではない。まるで、歴戦の猛者を相手にしているかのような鉄壁だ。これでまだ十歳か……先が恐ろしいな)
対するティエリーは油断せず木剣を構えては敵の動きを注視する。
(強さだけを考えたら、パトリックは〔サガオブ〕のネームドキャラに匹敵するだろう。槍の動きをよく見て、防御主体で立ち回るのがよさそうだ)
防御に意識とリソースを割くことで、非常に強固な守りを実現したのだ。両者睨み合ったまま、先に声を発したのはティエリーだった。
「バークレイ侯爵領は襲わなかったようだね。君たちが襲撃を考えそうな豊かな領地なのに」
「まぁ、あの土地も非常に豊かですが、ここ終焉原野には劣りますよ。ただそれだけの理由です」
「実は誰かに指示されてたりして」
「……さあ、どうですかな。私にはわかり兼ねます」
問いにパトリックは淡々と答えた後、黒冥槍を改めて構えた。
「あなたはそんなことを気にする必要はない。ここで死ぬのですからね。私の槍に貫かれて……《分身の舞》!」
彼の全身に魔力が行き渡った次の瞬間、何人ものパトリックが現れた。
(あれは【分身魔法】スキル! 持っている人はすごく珍しいのに!)
多種多様なスキルのある〔サガオブ〕の中でも、自分を増やす能力は非常に希少だ。十数人に増えたパトリックはティエリーを取り囲み、一斉に黒冥槍を突き出した。
「「ここで死んでもらいましょう!」」
「僕の……僕たちの領地は誰にも傷つけさせない!」
「「な、なんだ、この力は……!」」
ティエリーが絶悪剣に魔力を注ぐと、激しい波動が放たれた。パトリックの全ての分身を打ち消し、そのままの勢いで本体に向かって強烈な一撃を振るう。
「《絶悪斬》!」
「ぐあああああっ!」
木剣は強靱な黒冥槍を砕き、祝鎧をも破壊する。弾き飛ばされたパトリックはがくりと気絶し、ティエリーはほぅっ……と大きなため息を吐いた。
『やっちゃ! ティエリーしゃんが勝っちゃの! 絶対勝つと思ってちゃ! わたち、ずっと応援してたのよ!』
「ありがとう、ピピ。おかげで勝てたよ」
ポケットから顔を出したピピを撫でるティエリーに、駆け寄る女性が二人。スピカとベテルギウスだ。
「お怪我はございませんか!? ……パトリックを倒したのですね! お見事でございます!」
「A級指名手配を一人で倒すなんて、これは相当な功績だぞ! いやぁ、よくやった!」
戦闘の結果を確認した二人は大変に喜ぶ。やがて、全ての戦闘が終息し、領民はティエリーとともに勝利を祝った。
「「我らの勝利だ! 領主様、万歳! 万歳!」」
荒れ果てた大地に似つかわしくない明るい声がいつまでも響く。
ティエリーは強力な盗賊団――黒針死団を退け、大切な領民たちを守り抜いたのだった。



