重い足取りで校門をくぐろうとした時、街灯の影に人影が見えた。
見慣れた少し癖のある髪と、いつもより小さく見える背中――太陽だった。
「・・・拓海」
太陽は僕の姿に気づくと、心配そうに眉を下げて駆け寄ってきた。
スマホを握りしめたその手は、心なしか少し震えているように見えた。
「大丈夫だったか?織原のやつ、まだ教室に・・・?」
太陽は、みんなと唐揚げ屋に行った後、僕たちのことを心配して戻ってきて、ここで待っていてくれたんだ。
僕は胸の奥がキリキリと痛みのを感じながら、ゆっくりと首を横に振った。
「・・・ごめん、太陽」
隣に並んで歩き出し、すっかり夜の帳が下がり始めた夜道を、僕たちは静かに進む。
僕は視線を地面に落としたまま、ぽつり、ぽつりと、教室で起きたことを話し始めた。
「僕・・・織原さんに全部聞いたって言っちゃったんだ。時任君のことも、一年前の事故のことも。・・・そしたら、織原さんがぽつりぽつりと時任君との思い出や、事故の日のことを話し始めてくれて・・・」
太陽の歩みが、ピタリと止まった。
夜の静寂の中に、太陽の小さく息を呑む音だけが響く。
「・・・織原、話したのか。自分の口から、あの日のこと」
「うん。でも・・・僕、織原さんを深く傷つけることを言っちゃった。『今の姿を見たら時任君が悲しむ』って。・・・そしたら織原さんが、怒って、泣き崩れちゃって・・・。『一人にして』って言われて、僕、何もできずに帰ってきた」
僕は拳をぎゅっと握りしめた。友達の大切な幼馴染を傷つけてしまった罪悪感が、一気に押し寄せてくる。
「怒るよな・・・。いくら作戦会議したからって、転校してきたばかりの僕が、あんなこと言うべきじゃなかった。本当に、ごめん」
謝る僕を、太陽は静かに見つめていた。
「・・・おまえは間違ったことは言ってないと思うぜ」
太陽の口から出たのは、怒りの言葉ではなかった。
どこか遠くを見るような、少し寂しげで、でも確かな温かさを持った声だった。
「太陽・・・?」
驚いて顔を上げた僕に、太陽は少しだけ口元を緩めてみせた。だけどその瞳には、複雑な感情が渦巻いている。
「俺はさ・・・織原を傷つけるのが怖くて、腫れ物に触るみたいに、ずっとその話題を避けてきたんだ。あいつが嘘の笑顔を浮かべてるって分かってても、それを受け入れることしかできなかった」
太陽はポケットに手を突っ込み、夜空を見上げた。
「優紀の事件以来、織原の時間は止まったままだ。それを動かせるのは、きっと俺みたいに過去に縛られてない、おまえみたいな奴だったんだよ。おまえの言葉は織原に刺さったかもしれないけど・・・それはあいつのために、絶対必要な言葉だったはずだ」
太陽は歩みを再開すると、僕の肩をポン、と強く叩いた。
「だから、あんま気にするよな。おまえはよくやったよ、拓海」
友達からのその言葉に、胸の奥の重苦しい塊が、少しだけ解けていくような気がした。
次の日の朝。
僕は重い足取りで、いつものように教室のドアを開けた。
真っ先に視線が向かったのは、彼女の席だった。
――織原さんは、いつも通りそこに座っていた。
だけど、僕が教室に入ってきたことに気づいた瞬間、彼女の肩が一瞬だけピクリと跳ねる。
いつもの、誰にでも等しく向けられる「完璧な笑顔」は、そこにはなかった。
「・・・おはよう、瀬戸君」
ぽつりと、掠れるような声で挨拶をしてくれた。
だけど、その瞳は僕の顔を避けるように、机の上の教科書へと落とされたままだった。
絶対に、目を合わせてくれない。
「・・・うん、おはよう、織原さん」
僕はそう返すのが精一杯で、それ以上は言葉が続かなかった。
拒絶されているわけじゃない。でも、昨日僕が彼女の心に撃ち込んでしまった言葉の重みが、二人の間に見えない壁を作っているようだった。
午前中の授業が終わっても、僕と織原さんの間の空気はどこか冷たいままだった。
どうすればいいか分からず、机に突っ伏してため息を吐いた時、不意に頭の上から快活な声が降ってきた。
「よぉ、拓海!昼飯食ったらグラウンド行こうぜ。サッカー部だったおまえの実力、そろそろ俺にも見せてくれよ!」
顔を上げると、太陽がサッカーボールを小脇に抱えて、いつものニカッとした笑顔で立っていた。
「太陽・・・」
前の学校でサッカー部だった僕の経歴を知っている太陽からの、直球の誘い。
太陽はそのままくるりと織原さんの席の方を振り返り、その場にいた織原さんの友達グループに向けて声を張った。
「あ、そうだ!おーい、おまえらも昼暇ならグランドに見に来いよ!転校生のガチのプレイ、拝みに行こうぜ!」
「あ、そういえば瀬戸君、転校初日の挨拶でサッカー部だったって言ってたよね!見たい見たい!」
「葵も一緒に行こうよ、ね?」
友達に腕を引かれ、織原さんは戸惑ったように僕を見た。
一瞬、また僕と目が合いそうになって、彼女はすぐに落としてしまう。だけど、今度は小さく「・・・うん」と頷いてくれた。
太陽は僕の背中をポンと叩き、小さくウインクしてみせた。
(――おまえの全力のプレイで、織原の止まった時間を動かしてこい)
太陽の無言のメッセージが、痛いほど伝わってきた。
昨日の今日で、ギクシャクした僕たちのために最高のきっかけを作ってくれた友達。その真っ直ぐな優しさに応えるためにも、僕はグランドで、全力でボールを追いかけることを決意した。
見慣れた少し癖のある髪と、いつもより小さく見える背中――太陽だった。
「・・・拓海」
太陽は僕の姿に気づくと、心配そうに眉を下げて駆け寄ってきた。
スマホを握りしめたその手は、心なしか少し震えているように見えた。
「大丈夫だったか?織原のやつ、まだ教室に・・・?」
太陽は、みんなと唐揚げ屋に行った後、僕たちのことを心配して戻ってきて、ここで待っていてくれたんだ。
僕は胸の奥がキリキリと痛みのを感じながら、ゆっくりと首を横に振った。
「・・・ごめん、太陽」
隣に並んで歩き出し、すっかり夜の帳が下がり始めた夜道を、僕たちは静かに進む。
僕は視線を地面に落としたまま、ぽつり、ぽつりと、教室で起きたことを話し始めた。
「僕・・・織原さんに全部聞いたって言っちゃったんだ。時任君のことも、一年前の事故のことも。・・・そしたら、織原さんがぽつりぽつりと時任君との思い出や、事故の日のことを話し始めてくれて・・・」
太陽の歩みが、ピタリと止まった。
夜の静寂の中に、太陽の小さく息を呑む音だけが響く。
「・・・織原、話したのか。自分の口から、あの日のこと」
「うん。でも・・・僕、織原さんを深く傷つけることを言っちゃった。『今の姿を見たら時任君が悲しむ』って。・・・そしたら織原さんが、怒って、泣き崩れちゃって・・・。『一人にして』って言われて、僕、何もできずに帰ってきた」
僕は拳をぎゅっと握りしめた。友達の大切な幼馴染を傷つけてしまった罪悪感が、一気に押し寄せてくる。
「怒るよな・・・。いくら作戦会議したからって、転校してきたばかりの僕が、あんなこと言うべきじゃなかった。本当に、ごめん」
謝る僕を、太陽は静かに見つめていた。
「・・・おまえは間違ったことは言ってないと思うぜ」
太陽の口から出たのは、怒りの言葉ではなかった。
どこか遠くを見るような、少し寂しげで、でも確かな温かさを持った声だった。
「太陽・・・?」
驚いて顔を上げた僕に、太陽は少しだけ口元を緩めてみせた。だけどその瞳には、複雑な感情が渦巻いている。
「俺はさ・・・織原を傷つけるのが怖くて、腫れ物に触るみたいに、ずっとその話題を避けてきたんだ。あいつが嘘の笑顔を浮かべてるって分かってても、それを受け入れることしかできなかった」
太陽はポケットに手を突っ込み、夜空を見上げた。
「優紀の事件以来、織原の時間は止まったままだ。それを動かせるのは、きっと俺みたいに過去に縛られてない、おまえみたいな奴だったんだよ。おまえの言葉は織原に刺さったかもしれないけど・・・それはあいつのために、絶対必要な言葉だったはずだ」
太陽は歩みを再開すると、僕の肩をポン、と強く叩いた。
「だから、あんま気にするよな。おまえはよくやったよ、拓海」
友達からのその言葉に、胸の奥の重苦しい塊が、少しだけ解けていくような気がした。
次の日の朝。
僕は重い足取りで、いつものように教室のドアを開けた。
真っ先に視線が向かったのは、彼女の席だった。
――織原さんは、いつも通りそこに座っていた。
だけど、僕が教室に入ってきたことに気づいた瞬間、彼女の肩が一瞬だけピクリと跳ねる。
いつもの、誰にでも等しく向けられる「完璧な笑顔」は、そこにはなかった。
「・・・おはよう、瀬戸君」
ぽつりと、掠れるような声で挨拶をしてくれた。
だけど、その瞳は僕の顔を避けるように、机の上の教科書へと落とされたままだった。
絶対に、目を合わせてくれない。
「・・・うん、おはよう、織原さん」
僕はそう返すのが精一杯で、それ以上は言葉が続かなかった。
拒絶されているわけじゃない。でも、昨日僕が彼女の心に撃ち込んでしまった言葉の重みが、二人の間に見えない壁を作っているようだった。
午前中の授業が終わっても、僕と織原さんの間の空気はどこか冷たいままだった。
どうすればいいか分からず、机に突っ伏してため息を吐いた時、不意に頭の上から快活な声が降ってきた。
「よぉ、拓海!昼飯食ったらグラウンド行こうぜ。サッカー部だったおまえの実力、そろそろ俺にも見せてくれよ!」
顔を上げると、太陽がサッカーボールを小脇に抱えて、いつものニカッとした笑顔で立っていた。
「太陽・・・」
前の学校でサッカー部だった僕の経歴を知っている太陽からの、直球の誘い。
太陽はそのままくるりと織原さんの席の方を振り返り、その場にいた織原さんの友達グループに向けて声を張った。
「あ、そうだ!おーい、おまえらも昼暇ならグランドに見に来いよ!転校生のガチのプレイ、拝みに行こうぜ!」
「あ、そういえば瀬戸君、転校初日の挨拶でサッカー部だったって言ってたよね!見たい見たい!」
「葵も一緒に行こうよ、ね?」
友達に腕を引かれ、織原さんは戸惑ったように僕を見た。
一瞬、また僕と目が合いそうになって、彼女はすぐに落としてしまう。だけど、今度は小さく「・・・うん」と頷いてくれた。
太陽は僕の背中をポンと叩き、小さくウインクしてみせた。
(――おまえの全力のプレイで、織原の止まった時間を動かしてこい)
太陽の無言のメッセージが、痛いほど伝わってきた。
昨日の今日で、ギクシャクした僕たちのために最高のきっかけを作ってくれた友達。その真っ直ぐな優しさに応えるためにも、僕はグランドで、全力でボールを追いかけることを決意した。
