翌日、僕と太陽は、前日の作戦会議の中で出てきた、『学校でいつも以上に織原さんの様子を意識して観察する』ことにした。
昨日、太陽から時任優紀の話を聞いたからだろうか。クラスの中心でいつものように鈴の鳴るような声で笑う織原さんの姿が、僕には昨日までとは全く違って見えた。
そして待ちに待った昼休み。
僕たちは購買で買ったパンを片手に、普段はあまり人が来ない旧校舎の屋上へと向かった。
重い鉄の扉を開けると、五月の心地よい風が僕たちの髪を揺らす。フェンスに背中を預けて地べたに座り込み、さっそく僕たちの「第二回作戦会議」――もとい、観察報告会が始まった。
「で、拓海。午前中、何か気づいたことはあったか?」
焼きそばパンを頬張りながら、太陽が聞いてくる。僕は自分のノートを思い出しながら言葉を返した。
「うん。・・・二時間目の休み時間さ、後ろの席の男子たちがサッカー日本代表の話をしてただろ?その時、織原さん。みんなと一緒に『凄いよねー!』って笑ってたんだけど・・・」
「だけど?」
「みんなが次の話題に移った一瞬、窓の外のグラウンドを、すごく遠くを見るような目でじっと見つめてたんだ。ほんの二、三秒のことだったけど、あの時の目は・・・嘘の笑顔じゃなくて、本当に寂しそうだった」
太陽は動きを止め、小さくため息をついた。
「やっぱりか・・・。あいつにとって、サッカーはまだ直視できない場所なんだな」
「太陽の方は?何か気づいた?」
僕が尋ねると、太陽は残りのパンを口に放り込み、ニカッと不敵に笑った。
「俺の観察結果はな――あいつ、いつも完璧に周りに話を合わせてるように見えて、実はちょくちょく、おまえのこと目で追ってたぞ」
「えっ・・・!?ぼ、僕を?」
予想外の報告に、僕は思わずむせてしまった。
「おう。おまえが教科書忘れて隣のやつに見せてもらってる時とか、ぼーっと外見てる時とかさ。あいつ、チラチラおまえの方を見て、複雑そうな顔してた。・・・この前、優紀の事故現場にいるのを見られたから気にしてんのか、それとも別の理由か。どっちにしろ、おまえは完全に織原の意識に入り込んでるってことだ」
「そ、そうかな・・・」
急に心臓がうるさく鼓動を刻み始める。
でも、太陽の言う通りなら、それは織原さんの閉ざされた心に近づくための、大きなヒントになるかもしれない。
僕はゴクリと唾を飲み込み、フェンスを背に、真っ直ぐ太陽を見つめた。
「・・・じゃぁ、今日の放課後、僕から話しかけてみようかな」
自分でも少し声が震えているのが分かった。
時任優紀という『天才』の影に怯えて何もしないままじゃ、あの日、太陽と誓い合った意味がない。
太陽は一瞬、意外そうに目を見開いた。それから、嬉しそうに口元をニィッと歪める。
「へぇ、言うじゃん拓海。ビビッて俺の後ろに隠れるかと思ったわ」
「ビ、ビビってないよ。・・・嘘、本当はめちゃくちゃ緊張してるけど。でも、僕が一昨日、彼女の涙を見ちゃったのは事実だから。僕が動かないと、何も始まらないと思うんだ」
「・・・合格」
太陽はポン、と僕の肩を叩いた。その手のひらが、やけに温かくて力強い。
「その意気だ。じゃぁ今日の放課後、俺が適当に理由つけてクラスの奴らを連れ出して、教室に織原一人にする。そこで男を見せろよ?」
「えっ、二人きり!?それは心の準備が――」
「あー、もう予鈴鳴るから戻るぞ!」
「ちょっと、太陽、待ってよ!」
太陽は僕の焦る声を笑い飛ばしながら、空になったゴミを手に、屋上の重い扉へと走っていく。
焦る気持ちと、激しい緊張。だけど、胸の奥には確かに、逃げ出さないための熱い覚悟が灯っていた。
――そして、放課後。
「おい、みんな!駅前に新しくできた唐揚げ屋、今日までオープン記念で半額らしいぞ!食いに行こうぜ!」
「マジで!?行く行く!」
ホームルームが終わった瞬間、太陽が信じられないほどの大声で、クラスの男子や女子を巻き込み、嵐のように教室から連れ出していった。
去り際、太陽が僕向かって親指をグッと立ててみせる。
・・・あいつの強引さには本当に脱帽する。
賑やかだった声が廊下の向こうへと消えていき、教室には一気に静寂が訪れた。
オレンジ色の夕陽が、誰もいない机と椅子を長く照らしている。
その空間に、ぽつんと残された横顔。
織原さんは、自分の机に座ったまま、まだ帰る支度もせずにじっと窓の外を見つめていた。どこか遠くの、届かない場所を見ているようだった。
カチ、カチ、と壁の時計の音がやけに大きく響く。
(・・・よし、行こう)
僕は机を掴む手にぎゅっと力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
自分の足音が、静かな教室にトツ、トツ、と不器用に響く。
「あの・・・織原さん」
僕の声に、織原さんがハッとしたようにこちらを振り向いた。
昨日、太陽から時任優紀の話を聞いたからだろうか。クラスの中心でいつものように鈴の鳴るような声で笑う織原さんの姿が、僕には昨日までとは全く違って見えた。
そして待ちに待った昼休み。
僕たちは購買で買ったパンを片手に、普段はあまり人が来ない旧校舎の屋上へと向かった。
重い鉄の扉を開けると、五月の心地よい風が僕たちの髪を揺らす。フェンスに背中を預けて地べたに座り込み、さっそく僕たちの「第二回作戦会議」――もとい、観察報告会が始まった。
「で、拓海。午前中、何か気づいたことはあったか?」
焼きそばパンを頬張りながら、太陽が聞いてくる。僕は自分のノートを思い出しながら言葉を返した。
「うん。・・・二時間目の休み時間さ、後ろの席の男子たちがサッカー日本代表の話をしてただろ?その時、織原さん。みんなと一緒に『凄いよねー!』って笑ってたんだけど・・・」
「だけど?」
「みんなが次の話題に移った一瞬、窓の外のグラウンドを、すごく遠くを見るような目でじっと見つめてたんだ。ほんの二、三秒のことだったけど、あの時の目は・・・嘘の笑顔じゃなくて、本当に寂しそうだった」
太陽は動きを止め、小さくため息をついた。
「やっぱりか・・・。あいつにとって、サッカーはまだ直視できない場所なんだな」
「太陽の方は?何か気づいた?」
僕が尋ねると、太陽は残りのパンを口に放り込み、ニカッと不敵に笑った。
「俺の観察結果はな――あいつ、いつも完璧に周りに話を合わせてるように見えて、実はちょくちょく、おまえのこと目で追ってたぞ」
「えっ・・・!?ぼ、僕を?」
予想外の報告に、僕は思わずむせてしまった。
「おう。おまえが教科書忘れて隣のやつに見せてもらってる時とか、ぼーっと外見てる時とかさ。あいつ、チラチラおまえの方を見て、複雑そうな顔してた。・・・この前、優紀の事故現場にいるのを見られたから気にしてんのか、それとも別の理由か。どっちにしろ、おまえは完全に織原の意識に入り込んでるってことだ」
「そ、そうかな・・・」
急に心臓がうるさく鼓動を刻み始める。
でも、太陽の言う通りなら、それは織原さんの閉ざされた心に近づくための、大きなヒントになるかもしれない。
僕はゴクリと唾を飲み込み、フェンスを背に、真っ直ぐ太陽を見つめた。
「・・・じゃぁ、今日の放課後、僕から話しかけてみようかな」
自分でも少し声が震えているのが分かった。
時任優紀という『天才』の影に怯えて何もしないままじゃ、あの日、太陽と誓い合った意味がない。
太陽は一瞬、意外そうに目を見開いた。それから、嬉しそうに口元をニィッと歪める。
「へぇ、言うじゃん拓海。ビビッて俺の後ろに隠れるかと思ったわ」
「ビ、ビビってないよ。・・・嘘、本当はめちゃくちゃ緊張してるけど。でも、僕が一昨日、彼女の涙を見ちゃったのは事実だから。僕が動かないと、何も始まらないと思うんだ」
「・・・合格」
太陽はポン、と僕の肩を叩いた。その手のひらが、やけに温かくて力強い。
「その意気だ。じゃぁ今日の放課後、俺が適当に理由つけてクラスの奴らを連れ出して、教室に織原一人にする。そこで男を見せろよ?」
「えっ、二人きり!?それは心の準備が――」
「あー、もう予鈴鳴るから戻るぞ!」
「ちょっと、太陽、待ってよ!」
太陽は僕の焦る声を笑い飛ばしながら、空になったゴミを手に、屋上の重い扉へと走っていく。
焦る気持ちと、激しい緊張。だけど、胸の奥には確かに、逃げ出さないための熱い覚悟が灯っていた。
――そして、放課後。
「おい、みんな!駅前に新しくできた唐揚げ屋、今日までオープン記念で半額らしいぞ!食いに行こうぜ!」
「マジで!?行く行く!」
ホームルームが終わった瞬間、太陽が信じられないほどの大声で、クラスの男子や女子を巻き込み、嵐のように教室から連れ出していった。
去り際、太陽が僕向かって親指をグッと立ててみせる。
・・・あいつの強引さには本当に脱帽する。
賑やかだった声が廊下の向こうへと消えていき、教室には一気に静寂が訪れた。
オレンジ色の夕陽が、誰もいない机と椅子を長く照らしている。
その空間に、ぽつんと残された横顔。
織原さんは、自分の机に座ったまま、まだ帰る支度もせずにじっと窓の外を見つめていた。どこか遠くの、届かない場所を見ているようだった。
カチ、カチ、と壁の時計の音がやけに大きく響く。
(・・・よし、行こう)
僕は机を掴む手にぎゅっと力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
自分の足音が、静かな教室にトツ、トツ、と不器用に響く。
「あの・・・織原さん」
僕の声に、織原さんがハッとしたようにこちらを振り向いた。
