クラスの中心で笑う彼女は、あの日、あの時間で止まった時計を抱きしめている

織原さんは、これ以上涙が零れないように必死に堪えるように唇を噛むと、震える手でブレザーのポケットに手を伸ばした。
そして、ゆっくりと引き出された彼女の手の中にあったのは、一本の腕時計だった。

ベルト部分にはかすかな傷があり、ガラスの奥にある秒針は、あの日、あの時間で完全に止まったまま。
時任君が、あの事故の瞬間まで身につけていたという、彼の遺品だった。

織原さんはその時計を、まるで壊れ物を扱うように両手で包み込むと、そのまま胸元へと引き寄せ、愛おしそうに、そして祈るようにぎゅっと抱きしめた。

「・・・うん。・・・うんっ」

堪えていた涙が、溢れ出て止まらない。
クラスの中心で、いつも周りを気遣って明るく笑っていた彼女は、ずっと、このあの日から止まった時計を、一人きりで抱きしめ続けていたのだ。

僕はその健気で、あまりにも切ない姿から目を背けることができなかった。
激しい雨の音に混じる彼女の泣き声が、僕の胸を容赦なく締め付ける。何か、彼女の心を少しでも温められるような言葉をかけようと、僕は一歩、彼女の隣へと踏み出し、口を開きかけた――その瞬間だった。

カチ、と。

激しい雨音を突き抜けて、僕の耳の奥に確かに、小さな、だけど妙に澄んだ音が響いた。
それはまるで、止まっていた時計の秒針が、再び時を刻み始めたかのような音。

驚いて息を呑んだ僕の意識の奥に、ふっと、聞いたこともない男子の声が滑り込んでくる。

『――大丈夫だ』

穏やかで、どこか優しくて、頼りがいのある、見知らぬ少年の声。
だけど僕は、その声を聞いた瞬間、何の疑いもなく直感していた。

(・・・時任、君・・・?)

写真でしか見たことのない、織原さんの大切な人。
彼はきっと、僕たちのことを見ていたのだ。自分の思い出を抱きしめて泣いてくれる織原さんのことも、それを丸ごと受け止めようとした僕のことも。
そして、託してくれたのだ。織原さんのこれからの未来を、僕に。

視界が急に熱くなっていくのを自覚しながら、僕は強く拳を握りしめた。
隣に居る織原さんへと視線を向けた時――彼女もまた、ハッと息を呑んで顔を上げていた。

「優紀・・・?」

涙に濡れた瞳を大きく見開き、織原さんは誰もいない雨の空間を、呆然と見つめている。
彼女にも、今のが聞こえたのだ。一瞬、信じられないというように驚いた表情を浮かべた織原さんだったけれど、その瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちると同時に、その唇がひどく優しく、愛おしそうな笑みの形へと変わっていった。

「・・・そっか。ずっと、傍にいてくれたんだね・・・」

織原さんはもう一度、手の中の腕時計を、今度は愛おしそうに力強く胸元で抱きしめた。

「ありがとう、優紀。私、もう大丈夫。・・・私もね、前に進むよ。だけど、あなたのことは絶対に忘れない・・・」

それは、過去の悲しみに囚われていた彼女が、自分の足で未来へ歩き出すための、大切な、大切な決意の言葉だった。

織原さんはゆっくりと涙を拭うと、僕の方を振り返り、ひときわ眩しい笑顔を見せてくれた。
クラスの中心で、いつも周りを気遣って無理に笑っていた彼女は、もうここにはいない。あの日、あの時間で止まった時計を抱きしめたまま、それでも前を向いて笑う、本当の彼女がそこにいた。

「お待たせ、瀬戸君。・・・行こう?」

「うん。行こう、織原さん」

僕は小さく頷き、彼女の歩幅に合わせるようにして、ゆっくりと一歩を踏み出した。

アスファルトを優しく照らす青信号の光の中、僕たちは並んで歩き出す。
激しかった雨は、いつの間にか静かな小雨へと変わり、僕たちのこれからの未来を祝福するように、どこか遠くの空がうっすらと明るくなり始めていた。

(『クラスの中心で笑う彼女は、あの日、あの時間で止まった時計を抱きしめている』・完)