ピピピッ、と電子音が雨音に混じり、目の前の赤信号が青へと変わる。
行き交い車が途切れ、アスファルトに反射する青い光が僕たちの足元を照らした。
だけど、織原さんは一歩も動こうとはしなかった。ただ、じっとその青い光の先にある交差点の真ん中を見つめている。
――さっきの僕の言葉は、彼女にどう届いたのだろう。
誰のことも中途半端な想いで期待させたくない、だから断った。その理由の奥にある僕の本当の気持ちを、彼女は察してくれたのだろうか。
激しくなる雨の音が、僕のバクバクと暴れる心臓の音をかき消していく。
織原さんが小さく息を吸う気配がした。
傘を少しだけ後ろに傾け、雨に濡れる交差点を見つめたまま、彼女はぽつりと、静かに言葉を切り出した。
「・・・私、まだ優紀のこと、忘れられない」
その名前が耳に届いた瞬間、僕の身体は冷水を浴びせられたように凍りついた。
織原さんの声は、雨の音に負けないくらい、ひどく澄んでいて、そして悲しいほどに真っ直ぐだった。やっぱり、彼女の心の中に今も時任君がいて、僕が入り込める隙間なんてないのかもしれない。
容赦なく突きつけられた現実に、胸の奥がズタズタに引き裂かれそうになる。
だけど、織原さんは交差点を見つめたまま、小さく傘の柄を握り直して言葉を続けた。
「でもね・・・昨日、瀬戸君がほかのクラスの子に呼び出されたって、太陽と話してるのを聞いて・・・胸の奥がすごくザワザワしたの」
「え――」
ドクン、と心臓がひときわ大きく跳ね上がった。
織原さんはゆっくりとこちらを振り向くと、雨に濡れた白い頬をほんのりと赤く染め、今にも泣き出しそうな、だけどどこか愛おしそうな瞳で僕を見つめていた。
「あの呼び出しが、もし告白だったらどうしようって、そればかり考えてモヤモヤして・・・。優紀のことが忘れられないはずなのに、瀬戸君のことが気になって仕方ないの。そんなの、優紀にも、瀬戸君にだって失礼なのに・・・」
自分の矛盾した心に戸惑い、苦しんでいるような織原さんの告白。
だけどその言葉は、僕にとって、これ以上ない救いのようにも聞こえた。
織原さんは、僕は他の女子に奪われてしまうかもしれないと、焦って、嫉妬してくれたのだ。
「それって・・・」
乾いた喉から、やっとの思いで声を絞り出す。
――昨日、楽しそうに笑い合っていた太陽と織原さんを見て、胸の奥が引き裂かれそうにモヤモヤしていた、あの時の僕と似ている。
その言葉が口をついて出そうになったけれど、僕はそれをグッと堪えて、心の奥底へと飲み込んだ。
今の織原さんは、自分の心に芽生えた新しい感情と、時任君への罪悪感の狭間で、押し潰されそうになりながら必死に僕に本音を伝えてくれているのだ。自分の小さな嫉妬を重ね合わせて、彼女の言葉を茶化すような真似は絶対にしたくなかった。
僕はゆっくりと、だけど強い意志を込めて、織原さんの真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
「・・・織原さんの、時任君への想いは、簡単に忘れられるものじゃないよ」
雨音に負けないように、一言一言を彼女の心に届けるように語りかける。
「むしろ、忘れちゃいけない気がする」
「え・・・?」
織原さんが息を呑み、小さく肩を震わせた。
責められると思っていたのかもしれない。あるいは、「僕のことで上書きして」なんて言葉を予想していたのかもしれない。そんな彼女の不安を全て溶かすように、僕は優しく微笑んだ。
「だって、織原さんにとって、時任君が大切な存在だってことだから。その大切な想いを無理に消す必要なんて、絶対にないよ」
織原さんの目から、堪えきれなくなった一滴の涙が、雨の雫に混じるようにして頬を伝い落ちた。
青信号から赤信号へ変わろうとしている交差点で、激しい雨のカーテンが、僕たちの世界を静かに包み込んでいた。
行き交い車が途切れ、アスファルトに反射する青い光が僕たちの足元を照らした。
だけど、織原さんは一歩も動こうとはしなかった。ただ、じっとその青い光の先にある交差点の真ん中を見つめている。
――さっきの僕の言葉は、彼女にどう届いたのだろう。
誰のことも中途半端な想いで期待させたくない、だから断った。その理由の奥にある僕の本当の気持ちを、彼女は察してくれたのだろうか。
激しくなる雨の音が、僕のバクバクと暴れる心臓の音をかき消していく。
織原さんが小さく息を吸う気配がした。
傘を少しだけ後ろに傾け、雨に濡れる交差点を見つめたまま、彼女はぽつりと、静かに言葉を切り出した。
「・・・私、まだ優紀のこと、忘れられない」
その名前が耳に届いた瞬間、僕の身体は冷水を浴びせられたように凍りついた。
織原さんの声は、雨の音に負けないくらい、ひどく澄んでいて、そして悲しいほどに真っ直ぐだった。やっぱり、彼女の心の中に今も時任君がいて、僕が入り込める隙間なんてないのかもしれない。
容赦なく突きつけられた現実に、胸の奥がズタズタに引き裂かれそうになる。
だけど、織原さんは交差点を見つめたまま、小さく傘の柄を握り直して言葉を続けた。
「でもね・・・昨日、瀬戸君がほかのクラスの子に呼び出されたって、太陽と話してるのを聞いて・・・胸の奥がすごくザワザワしたの」
「え――」
ドクン、と心臓がひときわ大きく跳ね上がった。
織原さんはゆっくりとこちらを振り向くと、雨に濡れた白い頬をほんのりと赤く染め、今にも泣き出しそうな、だけどどこか愛おしそうな瞳で僕を見つめていた。
「あの呼び出しが、もし告白だったらどうしようって、そればかり考えてモヤモヤして・・・。優紀のことが忘れられないはずなのに、瀬戸君のことが気になって仕方ないの。そんなの、優紀にも、瀬戸君にだって失礼なのに・・・」
自分の矛盾した心に戸惑い、苦しんでいるような織原さんの告白。
だけどその言葉は、僕にとって、これ以上ない救いのようにも聞こえた。
織原さんは、僕は他の女子に奪われてしまうかもしれないと、焦って、嫉妬してくれたのだ。
「それって・・・」
乾いた喉から、やっとの思いで声を絞り出す。
――昨日、楽しそうに笑い合っていた太陽と織原さんを見て、胸の奥が引き裂かれそうにモヤモヤしていた、あの時の僕と似ている。
その言葉が口をついて出そうになったけれど、僕はそれをグッと堪えて、心の奥底へと飲み込んだ。
今の織原さんは、自分の心に芽生えた新しい感情と、時任君への罪悪感の狭間で、押し潰されそうになりながら必死に僕に本音を伝えてくれているのだ。自分の小さな嫉妬を重ね合わせて、彼女の言葉を茶化すような真似は絶対にしたくなかった。
僕はゆっくりと、だけど強い意志を込めて、織原さんの真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
「・・・織原さんの、時任君への想いは、簡単に忘れられるものじゃないよ」
雨音に負けないように、一言一言を彼女の心に届けるように語りかける。
「むしろ、忘れちゃいけない気がする」
「え・・・?」
織原さんが息を呑み、小さく肩を震わせた。
責められると思っていたのかもしれない。あるいは、「僕のことで上書きして」なんて言葉を予想していたのかもしれない。そんな彼女の不安を全て溶かすように、僕は優しく微笑んだ。
「だって、織原さんにとって、時任君が大切な存在だってことだから。その大切な想いを無理に消す必要なんて、絶対にないよ」
織原さんの目から、堪えきれなくなった一滴の涙が、雨の雫に混じるようにして頬を伝い落ちた。
青信号から赤信号へ変わろうとしている交差点で、激しい雨のカーテンが、僕たちの世界を静かに包み込んでいた。
