激しく路面を叩く雨音の向こうで、車のしぶきが白く煙っている。
隣に立つ織原さんは、じっと赤信号の交差点を見つめたまま、小さく息を呑んで動かない。その横顔を見ていたら、僕の胸の奥がチクリと痛んだ。
(そういえば・・・織原さんには、今朝のこと、まだちゃんと謝ってないな)
今朝、下駄箱で彼女に声をかけられた時、昨日の太陽とのやり取りがどうしても頭をよぎってしまって、僕はとっさに冷たい態度をとってしまい、足早に教室へと向かってしまった。
自分の気持ちに気づいた今ならよく分かる。あの時の僕はただ単に嫉妬と気恥ずかしさでパニックになっていただけだ。だけど、事情を知らない織原さんを傷つけてしまったかもしれない。
込み上げてくる後悔に突き動かされるように、僕はぎゅっと傘の柄を握り直した。
「・・・あの、織原さん」
雨音に消されてしまわないように、少しだけ声を張る。
織原さんが、傘を少し傾けて、驚いたように僕を見た。
「・・・今朝は、ごめん。下駄箱で、なんか避けるみたいな変な態度とっちゃって」
視線を泳がせながらも、何とか言葉を絞り出した。
すると織原さんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、ふわりと、どこか切なげな笑みをこぼした。
「ううん、気にしてないよ。私の方こそ、急に誘ったりしてごめんね」
ホッと胸を撫で下ろす。織原さんが怒っていなくて本当に良かった、と安心したのも束の間。
織原さんは再び、雨に煙る交差点へと視線を戻した。その横顔は、やっぱりどこか切なげで、小さく結ばれた唇が心なしか震えているように見える。
雨音が、僕たちの間に再び静かな境界線を引き直していく。
織原さんが本当に話したかったことは、きっとここからだ。
信号は、まだ赤のまま。
じっと次の言葉を待つ僕に、織原さんは傘を少し傾け、意を決したように僕の目を見つめて言った。
「あのね、瀬戸君。・・・昨日、他のクラスの子から、告白された・・・?」
「え――」
激しい雨の音が一瞬で遠のき、頭の中が真っ白になる。
――『おまえが他のクラスの女子に呼び出されたのを、めちゃくちゃ気にしてて』
今日、太陽から聞かされた言葉が、強烈な勢いで脳裏に蘇ってきた。
太陽はただ「呼び出された理由を気にしていた」としか言っていなかったけれど、織原さんはあの後、一人でいろいろ考えていたんだろう。
昨日の放課後、僕は他のクラスの女子に呼び出されたあの光景。それが一体何の用だったのか、もしかして・・・と、彼女は彼女なりにずっとモヤモヤと悩んで、思い詰めていたのだ。
だからこそ、今、わざわざ僕を「一緒に帰ろう」と誘ってまで確かめてきたのだ。
5時間目に自分の本当の気持ちに気づいた今なら、織原さんがどんな思いでその質問を僕にぶつけているのか、その一端だけでも察することはできてしまう。もし僕が同じ立場なら、好きな人が誰かに呼び出されただけで一日中何も手につかなくなるはずだ。
織原さんの瞳は、僕の答えを待つように真っ直ぐ揺れている。
今この場で、嘘をつくわけにはいかない。僕は濡れたアスファルトに視線を落とし、消え入りそうな声で白状した。
「・・・うん。された、けど・・・」
「そっ、か・・・」
織原さんは小さく息を吐くと、どこかホッとしたような、でも同時にひどく寂しそうな表情を浮かべて、持っていた傘をきゅっと握り返した。やはり自分の予感は当たっていたのだと、答え合わせをしてしまったかのような、切ない沈黙が僕たちの間に流れる。
雨に濡れる彼女の横顔を見ていたら、胸が締め付けられるように苦しくなった。織原さんに、そんな顔をしてほしくない。その一心で、僕は慌てて言葉を紡いだ。
「・・・でも、断ったんだ」
「え・・・?」
織原さんが弾かれたように顔を上げ、丸い瞳をさらに大きくして僕を見つめた。
驚きで少し開いた唇から、白い息が小さくこぼれる。
僕は真っ赤になりそうな顔を必死に隠すように、少しぶっきらぼうに、だけど一言ずつ噛み締めるように続けた。
「友達からでもいいので・・・って言われたんだけど。中途半端な想いで、変に期待させるのは失礼だと思って、だから、ちゃんと断った」
言いながら、自分の語気が必要う以上に強くなっていくのが分かった。
中途半端な想いで、誰かと付き合うことなんてできない。
なぜなら僕の心の中には、もう――。
そこまで言いかけて、僕はハッとして口を噤んだ。これ以上は、自分の本当の気持ちが決壊して、すべて溢れ出てしまいそうだったから。
激しい雨音だけが、僕たちの間に返ってくる。
織原さんは、差していた傘の手元が微かに震えるほど動揺した様子で、じっと僕を見つめていた。その頬が、心なしかほんのりと赤みを帯びていく。
――押しボタン式信号機が、ピピピッと、電音を鳴らし、目の前の赤信号が青へと変わった。
隣に立つ織原さんは、じっと赤信号の交差点を見つめたまま、小さく息を呑んで動かない。その横顔を見ていたら、僕の胸の奥がチクリと痛んだ。
(そういえば・・・織原さんには、今朝のこと、まだちゃんと謝ってないな)
今朝、下駄箱で彼女に声をかけられた時、昨日の太陽とのやり取りがどうしても頭をよぎってしまって、僕はとっさに冷たい態度をとってしまい、足早に教室へと向かってしまった。
自分の気持ちに気づいた今ならよく分かる。あの時の僕はただ単に嫉妬と気恥ずかしさでパニックになっていただけだ。だけど、事情を知らない織原さんを傷つけてしまったかもしれない。
込み上げてくる後悔に突き動かされるように、僕はぎゅっと傘の柄を握り直した。
「・・・あの、織原さん」
雨音に消されてしまわないように、少しだけ声を張る。
織原さんが、傘を少し傾けて、驚いたように僕を見た。
「・・・今朝は、ごめん。下駄箱で、なんか避けるみたいな変な態度とっちゃって」
視線を泳がせながらも、何とか言葉を絞り出した。
すると織原さんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、ふわりと、どこか切なげな笑みをこぼした。
「ううん、気にしてないよ。私の方こそ、急に誘ったりしてごめんね」
ホッと胸を撫で下ろす。織原さんが怒っていなくて本当に良かった、と安心したのも束の間。
織原さんは再び、雨に煙る交差点へと視線を戻した。その横顔は、やっぱりどこか切なげで、小さく結ばれた唇が心なしか震えているように見える。
雨音が、僕たちの間に再び静かな境界線を引き直していく。
織原さんが本当に話したかったことは、きっとここからだ。
信号は、まだ赤のまま。
じっと次の言葉を待つ僕に、織原さんは傘を少し傾け、意を決したように僕の目を見つめて言った。
「あのね、瀬戸君。・・・昨日、他のクラスの子から、告白された・・・?」
「え――」
激しい雨の音が一瞬で遠のき、頭の中が真っ白になる。
――『おまえが他のクラスの女子に呼び出されたのを、めちゃくちゃ気にしてて』
今日、太陽から聞かされた言葉が、強烈な勢いで脳裏に蘇ってきた。
太陽はただ「呼び出された理由を気にしていた」としか言っていなかったけれど、織原さんはあの後、一人でいろいろ考えていたんだろう。
昨日の放課後、僕は他のクラスの女子に呼び出されたあの光景。それが一体何の用だったのか、もしかして・・・と、彼女は彼女なりにずっとモヤモヤと悩んで、思い詰めていたのだ。
だからこそ、今、わざわざ僕を「一緒に帰ろう」と誘ってまで確かめてきたのだ。
5時間目に自分の本当の気持ちに気づいた今なら、織原さんがどんな思いでその質問を僕にぶつけているのか、その一端だけでも察することはできてしまう。もし僕が同じ立場なら、好きな人が誰かに呼び出されただけで一日中何も手につかなくなるはずだ。
織原さんの瞳は、僕の答えを待つように真っ直ぐ揺れている。
今この場で、嘘をつくわけにはいかない。僕は濡れたアスファルトに視線を落とし、消え入りそうな声で白状した。
「・・・うん。された、けど・・・」
「そっ、か・・・」
織原さんは小さく息を吐くと、どこかホッとしたような、でも同時にひどく寂しそうな表情を浮かべて、持っていた傘をきゅっと握り返した。やはり自分の予感は当たっていたのだと、答え合わせをしてしまったかのような、切ない沈黙が僕たちの間に流れる。
雨に濡れる彼女の横顔を見ていたら、胸が締め付けられるように苦しくなった。織原さんに、そんな顔をしてほしくない。その一心で、僕は慌てて言葉を紡いだ。
「・・・でも、断ったんだ」
「え・・・?」
織原さんが弾かれたように顔を上げ、丸い瞳をさらに大きくして僕を見つめた。
驚きで少し開いた唇から、白い息が小さくこぼれる。
僕は真っ赤になりそうな顔を必死に隠すように、少しぶっきらぼうに、だけど一言ずつ噛み締めるように続けた。
「友達からでもいいので・・・って言われたんだけど。中途半端な想いで、変に期待させるのは失礼だと思って、だから、ちゃんと断った」
言いながら、自分の語気が必要う以上に強くなっていくのが分かった。
中途半端な想いで、誰かと付き合うことなんてできない。
なぜなら僕の心の中には、もう――。
そこまで言いかけて、僕はハッとして口を噤んだ。これ以上は、自分の本当の気持ちが決壊して、すべて溢れ出てしまいそうだったから。
激しい雨音だけが、僕たちの間に返ってくる。
織原さんは、差していた傘の手元が微かに震えるほど動揺した様子で、じっと僕を見つめていた。その頬が、心なしかほんのりと赤みを帯びていく。
――押しボタン式信号機が、ピピピッと、電音を鳴らし、目の前の赤信号が青へと変わった。
