クラスの中心で笑う彼女は、あの日、あの時間で止まった時計を抱きしめている

「そしたら、織原がさ・・・おまえが他のクラスの女子に呼び出されたのを、めちゃくちゃ気にしてて」

「・・・え?」

予想もしなかった言葉が耳に飛び込んできて、思考が完全にフリーズした。

太陽と織原さんが、楽しげに笑い合っていたあの帰り道。
二人の世界に自分が置いて行かれたような気がして、勝手に傷ついて、逃げ出したあの光景。

――あの時、二人が話していたのは、僕のことだった、のか?

「あいつ、なんかすごくソワソワした感じでさ。『瀬戸君、何で呼び出されたのかな・・・』って、本気で心配そうな顔して俺に聞いてくるんだよ。だから、別に何も心配するようなことはねぇと思うけどって話してたんだけど・・・」

太陽はポリポリと頭を掻きながら、ふぅと小さくため息をついた。

「朝のおまえのあの態度見て、何となく分かったわ。おまえ、昨日あの子と何かあったんだろ?」

「っ・・・」

心臓が跳ね上がる。
違う。あの子と何かあったからじゃない。僕は、太陽と織原さんの姿に勝手に嫉妬して――。

「・・・っていうかさ」

太陽が手元のペットボトルを見つめたまま、少しだけ声を落とした。

「理由が何であれ、おまえが織原にあんな風に冷たくすんの、正直めちゃくちゃショックだった。あいつ、おまえのこと本当に心配してたんだぞ」

友達の真っ直ぐな言葉が、罪悪感となってグサリと胸に突き刺さる。

太陽の言う通りだ。理由なんて、言い訳にすらならない。
僕はぎゅっと拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込むのを無視して、喉の奥から本音を絞り出した。

「・・・あの後、何であんな態度とっちゃったんだろうって思って、そのことは本当に申し訳ないって思ってる」

「拓海・・・」

「・・・自分でも、どうしてあんな態度とったのか分からなくて。ただ・・・」

そこで一度言葉を切り、僕は太陽の目を真っ直ぐに見つめた。隠し通すことなんて、この男の前ではできなかった。

「昨日の帰りに、太陽と織原さんが、楽しそうに笑い合ってるのを見てから・・・僕、変なんだ」
太陽は、目を見開いたまま完全に言葉を失っている。購買のパンを握る手が、かすかに止まった。

ぽつりと溢れた言葉は、昼休みの静かな体育館裏にやけにハッキリと響いた。

他のクラスの女子との話じゃない。
太陽と、織原さん。二人の眩しい笑顔を見てから、胸の奥がずっと苦しくて、モヤモヤして、おかしくなりそうだったんだ。

自分の口から突きつけられて初めて、僕はその感情の正体に気づきそうになって、慌てて頭を振った。

しばらくの沈黙の後、太陽はふぅと大きく息を吐き出すと、少し困ったような顔で僕を見た。

「・・・拓海、おまえ、それマジで言ってる?」

「え?」

問い返すと、太陽は頭をガシガシと掻きむしり、あきれたような、でもどこか面白がるような複雑な苦笑いを浮かべた。

「マジで分かってない感じだな。拓海・・・それは『嫉妬』だ」

「・・・しっ、と?」

予想だにしない単語を突きつけられて、僕はポカーンと言葉を失った。

嫉妬。
それは、他人の幸せや才能を羨んで、妬む感情のことだ。

――僕が?太陽と織原さんに?

「おまえ、織原が俺と仲良く話してるのが嫌だったんだろ。あいつが他の男に向ける笑顔を見て、胸がモヤモヤしたんだろ。・・・それを世間では嫉妬って言うんだよ」

太陽の言葉が、一つ一つ、僕の胸の奥にストンと落ちていく。

呆然とする僕を、太陽は呆れたような、でもどこか愛おしそうな目で見つめ、ふっと小さく笑った。

「俺はてっきり、おまえは織原のこと、好きなんだと自覚してんのかと思ってたけどな」

「え、ぼ、僕が織原さんを・・・!?」

跳ね上がった声が、静かな体育館裏に響き渡る。
心臓が、これまでにないほど激しい警鐘を鳴らし始めた。全身の血が、一気に顔に集まっていくのが分かる。

僕が、織原さんを、好き?

「いや、そうじゃなきゃ、織原のこと、助けたいとか言わねぇだろ」

太陽はからかう風でもなく、ただ当然のことを口にするように真っ直ぐな声を響かせた。

他のクラスの女子に呼び出された時、僕は一番に頭に浮かべたのは織原さんの顔だった。
太陽と楽しそうに話す彼女を見て、胸が引き裂かれそうに苦しかった。
彼女が困っていれば、いつだって自分のこと以上に必死になって体が動いていた。

今までの感情全てに、太陽が、明確な名前を与えてしまったんだ。

ニカッと笑う太陽の顔が、急に遠くに見える。
自分の心の中にあった正体不明の想いと、その本当の名前を知ってしまった僕は、ただただ呆然と、太陽の前で立ち尽くすことしかできなかった。