クラスの中心で笑う彼女は、あの日、あの時間で止まった時計を抱きしめている

「瀬戸君・・・?」

心配そうに名前を呼ばれて、僕はハッと我に返った。
目の前に立つ女子生徒が、不安そうに僕の顔を覗き込んでいる。

激しく刻まれる心臓の音が、耳の奥がうるさいほどに響いていた。
彼女が伝えてくれた真っ直ぐな想い。それに誠実に答えなければいけないと分かっているのに、僕の脳裏には、どうしてもあの夕暮れの教室で見た、織原さんの姿が浮かんで消えなかった。

まだ、自分の中にあるこの感情は名前は分からない。それが恋なのか、それとも別の何かなのか、はっきりとした答えは出てこない。
だけど、ここで自分の気持ちをごまかして曖昧な返事をするのは、真っ直ぐにぶつかってきてくれた彼女に対して、一番失礼だ。

僕は小さく息を吸い込み、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。

「・・・ごめん。君の気持ちは嬉しいけど、僕には、大切にしたいと思っている人がいるんだ」

震えそうになる声を必死に抑えて、言葉を紡ぐ。
嘘偽りのない、今の僕の精一杯の答えだった。

彼女は一瞬、世界が止まったかのように目を見開いた。
襲ってきたであろうショックと悲しみに、その大きな瞳が小さく揺れる。

今にも溢れ出しそうな涙を必死に堪えるように、彼女はぐっと唇を嚙み締めた。そして、震える手で自分の制服の裾をぎゅっと強く掴む。
下を向いたまま、必死に感情を押し殺そうとしている彼女の姿に、僕の胸はズキズキと痛んだ。

「そっ、か・・・」

やがて、掠れた声で彼女は僕を見上げた。

「じゃぁ・・・友達としても・・・ダメかな・・・?」

縋るような、消え入りそうな声だった。
友達としてでもいいから近くに居たい、という健気な願い。
「友達なら」と頷いてしまえば、この痛々しい空気からは逃げられるかもしれない。

だけど、それは僕のただの自己満足だ。

「ごめん・・・。変に期待をさせたくないから、それはできない」

突き放すような冷たい言葉に聞こえるかもしれない。
でも、彼女の真っ直ぐな恋心に対して、中途半端な優しさで引き留めることだけは、絶対にしたくなかった。

彼女はぎゅっと掴んでいた制服の裾から、ゆっくりと手を離した。
俯いたまま、小さく何度も深呼吸をして、溢れそうになる感情を懸命に押し殺している。

そんな彼女の姿を、僕は逃げずに真っ直ぐに見つめ続けた。
誰かを傷つける覚悟も持てずに、ただ良い人でいようとするなんてずるい。傷つけてしまった痛みを、僕もちゃんと背負わなきゃいけない。

僕は小さく息を吸い込み、彼女に届くように、静かに、でも確かな声で言葉を紡いだ。

「・・・好きになってくれて、ありがとう」

自分のために勇気を出してくれた彼女の想いに、心からの感謝を込めて。

それだけを言い残すと、僕はゆっくりと翻り、彼女の前から歩き出した。
後ろを振り返ることはしなかった。それが、真っ直ぐにぶつかってきてくれた彼女に対する、今の僕ができる精一杯の誠実さだと思ったから。

遠ざかっていく足音を背中で聞きながら、僕はただ、夕暮れの廊下を一人で歩いていた。

校舎を出て、静まり返った校門へと向かう。
ぽつり、ぽつりと灯り始めた街灯の光が、僕の影を長く引き伸ばしていた。

頭の中にあるのは、先ほどの彼女の健気な姿――ではなく、不思議なほどに、あの夕暮れの教室で見た織原さんの姿ばかりだった。

どうしてあの瞬間、僕は織原さんの姿を思い浮かべたんだろう。
いつもクラスの中心で笑っている彼女。その優しさの裏側にある秘密に、少しだけ触れたあの放課後から、僕の中で何かが確実に変わり始めていた。
まだ、この感情の正体は分からない。ただ、彼女のことを考えると、胸の奥がキュッと締め付けられるように痛むのだ。

「・・・ん?」

答えの出ない問いを繰り返しながら歩いていると、ふと、前方に二つの人影が見えて、僕は無意識に足を止めた。

赤く染まった交差点のすぐそば。
親しげに肩を並べて立ち話をしているのは――太陽と、織原さんだった。

「・・・何、話してるんだろ」

ぽつりと、小さく呟いた言葉が、夕暮れの空気に溶けて消えた。

いつもなら、気安く「おーい」と声をかけて輪に加われるはずなのに。なぜだか今は、その二人の姿がひどく遠くに感じられて、一歩も前に進めない。

それどころか、胸の奥がチリチリと焼けるように熱くなり、言葉にできない重苦しいモヤモヤが、一気に押し寄せてくる。

笑顔で太陽を見つめる織原さんから、僕はどうしても、目を逸らすことができなかった。