――太陽も、気づいていたんだ。
昨日、織原さんに言われた言葉が頭の中で激しくリフレインする。バクバクとうるさいほどの心音を響かせる僕を、太陽はただ真っ直ぐに見つめていた。
「あ、あのさ、太陽。そのことなんだけど・・・」
何か言わなきゃ、そう思った瞬間に、無情にも時6時間目の予鈴が教室に鳴り響いた。
周りの生徒たちが慌ただしく席に戻り始める。
「・・・悪ぃ、もう6時間目始まるな。この話、放課後、部活が終わったら、ちゃんと二人で話そう」
「うん・・・わかった」
太陽は小さく息を吐いて自分の席へと戻っていった。
授業中、黒板の文字なんて全く頭に入らなかった。ただひらすらに、放課後の時間が近づくのを、怖れるような気持ちで待つしかなかった。
――そして、放課後。
夕陽のオレンジ色が校舎を長く染める頃、僕は部活着の入ったスポーツバッグを肩にかけた太陽と校門で合流し、並んで歩き出した。
校門を離れ、人通りの少ない夕暮れの帰り道を二人の足音だけが規則正しく刻んでいく。
沈みかけた夕陽が、僕たちの影を道路に長く引き伸ばしていた。
スポーツバッグの紐を片手で握り直した太陽が、前を向いたまま、ぽつりと口を開く。
「・・・さっきの続きなんだけどさ」
「うん・・・」
僕はゴクリと息を呑み、意を決して、昨日織原さんから言われたことを打ち明けることにした。
「実はさ・・・昨日、織原さんにも、同じことを言われたんだ。『瀬戸君のプレーを見てたら・・・優紀と重なっちゃったの』って」
「・・・そうか。あいつ、そこまで話したのか・・・」
太陽は足を止め、少し驚いたように僕の顔をじっと見つめる。そして、ふっと視線を落とし、何かを確信するような真面目なトーンで言った。
「実は、あのミニゲームをした日の放課後。俺、織原とおまえのプレーが優紀に似てるって話をしたんだ。」
「太陽と織原さんが、そんな話を・・・」
「あぁ。あいつも相当驚いてた。・・・なぁ、拓海、おまえ、本当に小さい頃に優紀と会ったこととかないのか?」
「・・・授業中、ずっと考えてたんだ。太陽にそう言われてから、あの瞬間のこと、何度も頭の中で思い出して・・・でも、自分でもどうして時任君のプレーと似てたのか、心当たりがないんだ」
「心当たりが、ない・・・?」
「うん。誰かの真似をしようとしたわけじゃないし、ただ、あの瞬間は体が勝手に動いたというか、あそこにパスを通さなきゃ、って思っただけで・・・」
これが嘘偽りのない、僕の本音だった。
「・・・そうか。おまえが本当に無意識だったなら、なおさら凄いっていうか、信じられないんだけどな」
太陽の声が遠くへ消えていく。
僕の頭の中では、太陽と織原さんの言葉が激しい濁流となって渦巻いていた。
「本当に心当たりないのか?例えば、小さい頃にどこかのクラブチームの練習試合とかで、優紀と会ったことがあるとか・・・」
太陽は縋るような、どこか答えを求めるような目で僕を見つめてくる。
僕はもう一度、記憶の引き出しを必死にひっくり返してみた。自分が初めてサッカーボールを蹴ったあの頃から、今まで出会ってきた選手たちの顔を。
「・・・いや。太陽たちが言うように、そんな上手い子がもし身近にいたら、僕だって絶対覚えてる。・・・やっぱり、どうしても心当たりがないな」
眉を下げて困り果てた僕の返答に、太陽は「そうか・・・」と小さく呟き、それ以上は何も言わなくなった。
夕暮れの道に、また二人の足音だけが響き始める。
心当たりはない。けれど、僕の身体があの瞬間に選んだプレーは、確かに彼女や太陽の「止まった時間」を動かすほど、あの男の子の面影を残していた。
――織原さん。
胸の奥でその名前を反芻するたびに、なぜか切ない痛みがじんわりと広がっていくのを感じていた。
「おかえり、拓海。・・・あら、なんだか難しい顔して、どうしたの?」
玄関のドアを開けると、エプロン姿の母さんがおっとりとした笑顔で出迎えてくれた。
普段は天然でどこか抜けている人なのに、こういう時の鋭さはいつも不思議でならない。
(普段あんなにおっとりしてるのに、こういう時は本当に勘が鋭いな・・・)
「いや、別に何でもないよ」
そう言って自室へと向かおうとする僕の背中に、母さんは優しく声をかけ続けた。
「そう?もし何か悩み事があるなら、いつでも相談に乗るわよ?」
その言葉に、僕は思わず足を止めた。
胸の奥で、太陽の言葉がリフレインする。
――『小さい頃、優紀と会ったことがあるとか・・・』
自分だけの記憶をいくら手繰り寄せても、答えは出なかった。けれど、自分がまだ物心つく前、あるいは記憶が曖昧だった幼い頃のことなら、ずっと近くで僕を見てきた母さんなら、何か知っているかもしれない。
喉の奥が小さく鳴った。
僕はゆっくり振り返り、少し戸惑いながらも、母さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「・・・ねぇ、母さん。ちょっと聞いてもいい?」
「なぁに?」
「あのさ。この前、友達とサッカーのミニゲームをやったんだけど・・・。僕のプレースタイルが、その友達の知り合いに似てるらしくて。『なんでそんなに似てるんだ』って聞かれたんだ」
母さんは小首を傾げて、僕の話をじっと聞いてくれている。
「でも、僕にはいくら考えても心当たりがないんだよ。・・・僕って、小さい頃に、どこかで誰かとサッカーをしたりしたこと、あったりする・・・?」
昨日、織原さんに言われた言葉が頭の中で激しくリフレインする。バクバクとうるさいほどの心音を響かせる僕を、太陽はただ真っ直ぐに見つめていた。
「あ、あのさ、太陽。そのことなんだけど・・・」
何か言わなきゃ、そう思った瞬間に、無情にも時6時間目の予鈴が教室に鳴り響いた。
周りの生徒たちが慌ただしく席に戻り始める。
「・・・悪ぃ、もう6時間目始まるな。この話、放課後、部活が終わったら、ちゃんと二人で話そう」
「うん・・・わかった」
太陽は小さく息を吐いて自分の席へと戻っていった。
授業中、黒板の文字なんて全く頭に入らなかった。ただひらすらに、放課後の時間が近づくのを、怖れるような気持ちで待つしかなかった。
――そして、放課後。
夕陽のオレンジ色が校舎を長く染める頃、僕は部活着の入ったスポーツバッグを肩にかけた太陽と校門で合流し、並んで歩き出した。
校門を離れ、人通りの少ない夕暮れの帰り道を二人の足音だけが規則正しく刻んでいく。
沈みかけた夕陽が、僕たちの影を道路に長く引き伸ばしていた。
スポーツバッグの紐を片手で握り直した太陽が、前を向いたまま、ぽつりと口を開く。
「・・・さっきの続きなんだけどさ」
「うん・・・」
僕はゴクリと息を呑み、意を決して、昨日織原さんから言われたことを打ち明けることにした。
「実はさ・・・昨日、織原さんにも、同じことを言われたんだ。『瀬戸君のプレーを見てたら・・・優紀と重なっちゃったの』って」
「・・・そうか。あいつ、そこまで話したのか・・・」
太陽は足を止め、少し驚いたように僕の顔をじっと見つめる。そして、ふっと視線を落とし、何かを確信するような真面目なトーンで言った。
「実は、あのミニゲームをした日の放課後。俺、織原とおまえのプレーが優紀に似てるって話をしたんだ。」
「太陽と織原さんが、そんな話を・・・」
「あぁ。あいつも相当驚いてた。・・・なぁ、拓海、おまえ、本当に小さい頃に優紀と会ったこととかないのか?」
「・・・授業中、ずっと考えてたんだ。太陽にそう言われてから、あの瞬間のこと、何度も頭の中で思い出して・・・でも、自分でもどうして時任君のプレーと似てたのか、心当たりがないんだ」
「心当たりが、ない・・・?」
「うん。誰かの真似をしようとしたわけじゃないし、ただ、あの瞬間は体が勝手に動いたというか、あそこにパスを通さなきゃ、って思っただけで・・・」
これが嘘偽りのない、僕の本音だった。
「・・・そうか。おまえが本当に無意識だったなら、なおさら凄いっていうか、信じられないんだけどな」
太陽の声が遠くへ消えていく。
僕の頭の中では、太陽と織原さんの言葉が激しい濁流となって渦巻いていた。
「本当に心当たりないのか?例えば、小さい頃にどこかのクラブチームの練習試合とかで、優紀と会ったことがあるとか・・・」
太陽は縋るような、どこか答えを求めるような目で僕を見つめてくる。
僕はもう一度、記憶の引き出しを必死にひっくり返してみた。自分が初めてサッカーボールを蹴ったあの頃から、今まで出会ってきた選手たちの顔を。
「・・・いや。太陽たちが言うように、そんな上手い子がもし身近にいたら、僕だって絶対覚えてる。・・・やっぱり、どうしても心当たりがないな」
眉を下げて困り果てた僕の返答に、太陽は「そうか・・・」と小さく呟き、それ以上は何も言わなくなった。
夕暮れの道に、また二人の足音だけが響き始める。
心当たりはない。けれど、僕の身体があの瞬間に選んだプレーは、確かに彼女や太陽の「止まった時間」を動かすほど、あの男の子の面影を残していた。
――織原さん。
胸の奥でその名前を反芻するたびに、なぜか切ない痛みがじんわりと広がっていくのを感じていた。
「おかえり、拓海。・・・あら、なんだか難しい顔して、どうしたの?」
玄関のドアを開けると、エプロン姿の母さんがおっとりとした笑顔で出迎えてくれた。
普段は天然でどこか抜けている人なのに、こういう時の鋭さはいつも不思議でならない。
(普段あんなにおっとりしてるのに、こういう時は本当に勘が鋭いな・・・)
「いや、別に何でもないよ」
そう言って自室へと向かおうとする僕の背中に、母さんは優しく声をかけ続けた。
「そう?もし何か悩み事があるなら、いつでも相談に乗るわよ?」
その言葉に、僕は思わず足を止めた。
胸の奥で、太陽の言葉がリフレインする。
――『小さい頃、優紀と会ったことがあるとか・・・』
自分だけの記憶をいくら手繰り寄せても、答えは出なかった。けれど、自分がまだ物心つく前、あるいは記憶が曖昧だった幼い頃のことなら、ずっと近くで僕を見てきた母さんなら、何か知っているかもしれない。
喉の奥が小さく鳴った。
僕はゆっくり振り返り、少し戸惑いながらも、母さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「・・・ねぇ、母さん。ちょっと聞いてもいい?」
「なぁに?」
「あのさ。この前、友達とサッカーのミニゲームをやったんだけど・・・。僕のプレースタイルが、その友達の知り合いに似てるらしくて。『なんでそんなに似てるんだ』って聞かれたんだ」
母さんは小首を傾げて、僕の話をじっと聞いてくれている。
「でも、僕にはいくら考えても心当たりがないんだよ。・・・僕って、小さい頃に、どこかで誰かとサッカーをしたりしたこと、あったりする・・・?」
