部活終わりの騒がしい声が、遠くのグラウンドから響いてくる。
オレンジ色の夕陽が長く影を伸ばす校門のすぐ脇で、葵は一人、壁に背を預けて立ち尽くしていた。いつもならホームルームが終わればすぐに帰る彼女が、こんな時間まで学校に残っているなんて、滅多にないことだった。
「・・・織原?」
スポーツバッグを肩にかけ、部活の仲間と別れた太陽が、彼女の姿を見つけて足を止めた。
太陽の顔から、いつもの人懐っこい笑顔がすっと消える。昼休みのあのコンビネーション、そして授業中の張り詰めた空気を経て、彼女がここで誰を、何を待っていたのか、太陽には痛いほど分かっていた。
「・・・どうしたんだよ。こんなところで」
太陽が努めて明るい声で問いかける。
葵はゆっくりと顔を上げた。今にも零れ落ちそうなほどの不安と、戸惑いに揺れている。
「太陽・・・。あのね、昼休みのミニゲームのことなんだけど・・・」
蚊の鳴くような声だった。
それでも、彼女の口から出た言葉は、太陽の胸の奥を鋭く突き刺した。
「瀬戸君の、あのパスの出し方・・・。太陽だって、気づいた、よね・・・?」
葵は自分の両腕をぎゅっと抱きしめる。
「優紀に、似てた」――その決定的な名前を口にすることすら恐れるように、彼女は言葉を震わせていた。
縋るような葵の視線を受け止め、太陽はスポーツバッグの紐をぎゅっと握りしめた。
視線を地面に落とし、低く、掠れた声を絞り出す。
「・・・あぁ、俺も、一瞬優紀が走ってるのかと思った」
その言葉に、葵が小さく息を呑むのが分かった。太陽はゆっくりと顔を上げ、夕陽の向こうの、誰もいないグラウンドを見つめながら続けた。
「パスの出し方も、タイミングも、独特の首の振り方も・・・あいつとちょっと似てた。ただの偶然にしては・・・あまりにも、な」
一番近くで優紀のプレーを見て、何百回とパスを交わしてきた太陽だからこその言葉。それは葵の「見間違いじゃなかったんだ」という確信を強めると同時に、二人の胸の奥にある、決して開けてはならなかった古い箱をこじ開けていくようだった。
「優紀と拓海は、会ったこともないはずなのに・・・」
太陽は自分の髪をくしゃくしゃと掻きむしり、もどかしそうに呟く。夕暮れの校門前に、重苦しい沈黙が再び舞い降りた。
「・・・やっぱり、そうだよね・・・」
葵は力なく呟くと、小さく俯いた。自分の心が壊れて幻影を見たわけではなかった。その事実は、彼女を安心させるどころか、余計に深い混乱へと突き落としていく。
葵はブレザーの裾をぎゅっと握りしめ、何かを決意したように太陽を見上げた。
「・・・瀬戸君から、昨日の放課後のこと、聞いた?」
その問いに、太陽が一瞬だけ表情を曇らせたが、隠し事はできないと悟ったのか静かに頷く。
「・・・あぁ、聞いた。織原を泣かせちまったって、拓海のやつ、すげぇ凹んでたよ」
拓海が自分のことで悩んでいたと知り、葵は痛む胸を隠すように視線を逸らす。
そして、夕陽に染まる自分の靴先を見つめながら、消え入りそうな声で問いかけた。
「そっか・・・。ねぇ、太陽。太陽は・・・前に進めてる?」
それは、どこか縋るような、それでいて置いていかれることを恐れるような、切ない響きを孕んでいた。
大好きなサッカーを今も続けている太陽。そんな彼を見て、葵はどこかで「自分だけが過去に取り残されている」と感じていたのかもしれない。
不意の質問に、太陽は言葉を詰まらせた。
グラウンドを渡る夕方の風が、二人の間に冷たく吹き抜けていく。
長い沈黙の後、太陽は小さく息を吐き出し、ゆっくりと首を横に振った。
「・・・いや、進めてない」
その言葉に、葵がハッと顔を上げる。いつも前を走っているように見えた太陽も、自分と同じようにあの日から足が止まったままだったのだと、その横顔が物語っていた。
「だけど、拓海のおかげで前に進めそうなんだ」
「え・・・?」
「今日の昼休み、あいつのプレーを見て、一瞬優紀の影を追っちまった。だけど、その瞬間にあいつが俺の名前を呼んで、ゴールを指し示したんだ。過去じゃなくて、今を見ろって言われてる気がした」
太陽の瞳には、いつの間にか、グラウンドでボールを追いかけているような光が宿っていた。
「あいつのプレーが優紀に似てる理由は、俺にもわかんねぇ。だけど・・・拓海は優紀の代わりじゃねぇよ。拓海は拓海として、俺を前に引っ張ろうとしてくれてる。だから俺、あいつと一緒に、もう一回ちゃんと走ってみたいんだ」
太陽の言葉が、夕暮れの静寂に真っ直ぐに響く。
その言葉は、葵の固く閉ざされた心の奥を、優しく、だけど激しく揺さぶり始めていた。
太陽の言葉を受け止めながら、葵は静かに瞳を伏せた。
前を向こうとしている太陽が、少しだけ遠くに行ってしまうような気がして、胸の奥がキュッと切なく痛む。
彼女は自分の肩を抱く手に少しだけ力を込め、消え入りそうな声で呟いた。
「私も・・・前に進めるかな・・・」
それは太陽への問いかけであり、同時に、暗闇に取り残された自分自身への悲痛な問いでもあった。
すると、太陽はふっと表情を和らげ、いつもの優しい目で葵を見つめた。
「それはおまえ次第だと思うけど・・・でもさ、無理に進もうとしなくていいとも思う」
「え・・・?」
「優紀のことが大好きな織原のままでいいじゃん。焦ることねぇよ」
太陽はそう言って一度言葉を切ると、少し照れくさそうに頭を掻き、悪戯っぽく微笑んだ。
「まぁ・・・拓海はおまえを救いたいって思ってるみたいだけどな」
「瀬戸君が・・・?」
驚いて目を見開く葵に、太陽は「おう」と短く頷く。
「おまえが泣いてるのを見た後、あいつ言ってたんだ。『織原さんの、本当の笑顔を見たい』って。柄にもなく熱く語りやがってさ。だから、おまえが一人で立ち止まってても、あいつが強引に引っ張り上げに来るんじゃねぇの?」
太陽の言葉に、葵はトクン、と胸が高鳴るのを感じた。
昨日の放課後、夕暮れの教室で自分に真っ直ぐな言葉をぶつけてきた拓海の姿が、脳裏に鮮烈に蘇る。
(瀬戸君、そんな風に私のことを・・・)
葵は、ぎゅっと自分の胸元を押さえた。
彼はただの『優紀に似た誰か』なんかじゃない。傷ついて立ち止まっている自分を、一人の人間として必死に救い出そうとしてくれている、瀬戸拓海という男の子なんだ。
グラウンドから吹く風が、葵の長い髪を揺らす。
彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳からは、先ほどまでの迷いや不安が消え、夕陽の光を反射して、強く、確かな輝きを放っていた。
「・・・前に進むのは、まだ怖い。優紀を置いていっちゃうみたいで、すごく怖いよ」
素直な恐怖を、葵は言葉にした。
だけど、すぐに唇をぎゅっと結び、太陽を真っ直ぐに見つめる。
「だけど・・・私、瀬戸君ともう一度、ちゃんと話したい。話さなきゃいけない気がするの」
それは、彼女が自分の足で一歩を踏み出すための、強い決意の表明だった。
その瞳を見た太陽は、一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、心の底から嬉しそうな、いつもの眩しい笑顔を咲かせた。
「おう。そうしてやりなよ。あいつ、織原が話しかけたら、絶対に喜び狂うからさ」
「ふふ、何それ・・・」
張り詰めていた空気がふっと解け、葵の唇から、小さな、だけど優しい笑みが零れた。
太陽の茶化すような、だけど温かい言葉に背中を押され、葵は小さく笑った。
胸の奥に灯った「瀬戸君ともう一度話したい」という小さな光を、消さないようにしっかりと抱きしめて、その日は家路についた。
――そして、翌朝。
鞄を握る葵の手は、緊張で少し汗ばんでいた。
ガララ、と教室の戸を開けると、すでに自分の席に座ってスマホを眺めている拓海の姿が目に飛び込んでくる。
(・・・よし。今、話しかけよう)
始業前の教室はまだ人がまばらだ。今なら、昨日のお詫びも、本当の気持ちも、ちゃんと静かに伝えられる。
すう、と深く息を吸い込み、一歩を踏み出した、その時だった。
「おーう、瀬戸!おはよ!」
後ろから入ってきた同じクラスの男子数人が、ドタバタと音を立てて拓海の机の周りに集まった。
「昨日のおまえのパス、マジでヤバかったってサッカー部で話題になっててさ!」
「他のクラスの奴らも『あの転校生何者?』って、噂してたぞ」
突然囲まれた拓海は、少し驚いたように眉を下げながらも、「あ、あぁ・・・おはよう。大したことしてないよ」と、戸惑いながら答えていた。
「何言ってんだよ!なぁ、今日の昼休みもまたサッカーやろうぜ!」
賑やかに盛り上がる男子たちの輪。
拓海に伸びかけた葵の手は、行き場をなくして宙で留まった。転校生である拓海にクラスメイトたちが馴染もうとしてくれているのは良いことのはずなのに。
ガヤガヤと楽しそうな笑い声の向こうで、拓海がふと、葵に視線を向けた。
一瞬だけ、拓海と葵の目が真っ直ぐに交錯する。
何かを言いたげに揺れる、拓海の瞳。
だけど、次の瞬間、無情にも朝の予鈴が校舎に鳴り響いた。
(・・・話せなかった)
お互いに視線を逸らし、自分の席へと向かう。
胸の奥の時計が、じりじりと焦燥感が刻む音が聞こえるようだった。
オレンジ色の夕陽が長く影を伸ばす校門のすぐ脇で、葵は一人、壁に背を預けて立ち尽くしていた。いつもならホームルームが終わればすぐに帰る彼女が、こんな時間まで学校に残っているなんて、滅多にないことだった。
「・・・織原?」
スポーツバッグを肩にかけ、部活の仲間と別れた太陽が、彼女の姿を見つけて足を止めた。
太陽の顔から、いつもの人懐っこい笑顔がすっと消える。昼休みのあのコンビネーション、そして授業中の張り詰めた空気を経て、彼女がここで誰を、何を待っていたのか、太陽には痛いほど分かっていた。
「・・・どうしたんだよ。こんなところで」
太陽が努めて明るい声で問いかける。
葵はゆっくりと顔を上げた。今にも零れ落ちそうなほどの不安と、戸惑いに揺れている。
「太陽・・・。あのね、昼休みのミニゲームのことなんだけど・・・」
蚊の鳴くような声だった。
それでも、彼女の口から出た言葉は、太陽の胸の奥を鋭く突き刺した。
「瀬戸君の、あのパスの出し方・・・。太陽だって、気づいた、よね・・・?」
葵は自分の両腕をぎゅっと抱きしめる。
「優紀に、似てた」――その決定的な名前を口にすることすら恐れるように、彼女は言葉を震わせていた。
縋るような葵の視線を受け止め、太陽はスポーツバッグの紐をぎゅっと握りしめた。
視線を地面に落とし、低く、掠れた声を絞り出す。
「・・・あぁ、俺も、一瞬優紀が走ってるのかと思った」
その言葉に、葵が小さく息を呑むのが分かった。太陽はゆっくりと顔を上げ、夕陽の向こうの、誰もいないグラウンドを見つめながら続けた。
「パスの出し方も、タイミングも、独特の首の振り方も・・・あいつとちょっと似てた。ただの偶然にしては・・・あまりにも、な」
一番近くで優紀のプレーを見て、何百回とパスを交わしてきた太陽だからこその言葉。それは葵の「見間違いじゃなかったんだ」という確信を強めると同時に、二人の胸の奥にある、決して開けてはならなかった古い箱をこじ開けていくようだった。
「優紀と拓海は、会ったこともないはずなのに・・・」
太陽は自分の髪をくしゃくしゃと掻きむしり、もどかしそうに呟く。夕暮れの校門前に、重苦しい沈黙が再び舞い降りた。
「・・・やっぱり、そうだよね・・・」
葵は力なく呟くと、小さく俯いた。自分の心が壊れて幻影を見たわけではなかった。その事実は、彼女を安心させるどころか、余計に深い混乱へと突き落としていく。
葵はブレザーの裾をぎゅっと握りしめ、何かを決意したように太陽を見上げた。
「・・・瀬戸君から、昨日の放課後のこと、聞いた?」
その問いに、太陽が一瞬だけ表情を曇らせたが、隠し事はできないと悟ったのか静かに頷く。
「・・・あぁ、聞いた。織原を泣かせちまったって、拓海のやつ、すげぇ凹んでたよ」
拓海が自分のことで悩んでいたと知り、葵は痛む胸を隠すように視線を逸らす。
そして、夕陽に染まる自分の靴先を見つめながら、消え入りそうな声で問いかけた。
「そっか・・・。ねぇ、太陽。太陽は・・・前に進めてる?」
それは、どこか縋るような、それでいて置いていかれることを恐れるような、切ない響きを孕んでいた。
大好きなサッカーを今も続けている太陽。そんな彼を見て、葵はどこかで「自分だけが過去に取り残されている」と感じていたのかもしれない。
不意の質問に、太陽は言葉を詰まらせた。
グラウンドを渡る夕方の風が、二人の間に冷たく吹き抜けていく。
長い沈黙の後、太陽は小さく息を吐き出し、ゆっくりと首を横に振った。
「・・・いや、進めてない」
その言葉に、葵がハッと顔を上げる。いつも前を走っているように見えた太陽も、自分と同じようにあの日から足が止まったままだったのだと、その横顔が物語っていた。
「だけど、拓海のおかげで前に進めそうなんだ」
「え・・・?」
「今日の昼休み、あいつのプレーを見て、一瞬優紀の影を追っちまった。だけど、その瞬間にあいつが俺の名前を呼んで、ゴールを指し示したんだ。過去じゃなくて、今を見ろって言われてる気がした」
太陽の瞳には、いつの間にか、グラウンドでボールを追いかけているような光が宿っていた。
「あいつのプレーが優紀に似てる理由は、俺にもわかんねぇ。だけど・・・拓海は優紀の代わりじゃねぇよ。拓海は拓海として、俺を前に引っ張ろうとしてくれてる。だから俺、あいつと一緒に、もう一回ちゃんと走ってみたいんだ」
太陽の言葉が、夕暮れの静寂に真っ直ぐに響く。
その言葉は、葵の固く閉ざされた心の奥を、優しく、だけど激しく揺さぶり始めていた。
太陽の言葉を受け止めながら、葵は静かに瞳を伏せた。
前を向こうとしている太陽が、少しだけ遠くに行ってしまうような気がして、胸の奥がキュッと切なく痛む。
彼女は自分の肩を抱く手に少しだけ力を込め、消え入りそうな声で呟いた。
「私も・・・前に進めるかな・・・」
それは太陽への問いかけであり、同時に、暗闇に取り残された自分自身への悲痛な問いでもあった。
すると、太陽はふっと表情を和らげ、いつもの優しい目で葵を見つめた。
「それはおまえ次第だと思うけど・・・でもさ、無理に進もうとしなくていいとも思う」
「え・・・?」
「優紀のことが大好きな織原のままでいいじゃん。焦ることねぇよ」
太陽はそう言って一度言葉を切ると、少し照れくさそうに頭を掻き、悪戯っぽく微笑んだ。
「まぁ・・・拓海はおまえを救いたいって思ってるみたいだけどな」
「瀬戸君が・・・?」
驚いて目を見開く葵に、太陽は「おう」と短く頷く。
「おまえが泣いてるのを見た後、あいつ言ってたんだ。『織原さんの、本当の笑顔を見たい』って。柄にもなく熱く語りやがってさ。だから、おまえが一人で立ち止まってても、あいつが強引に引っ張り上げに来るんじゃねぇの?」
太陽の言葉に、葵はトクン、と胸が高鳴るのを感じた。
昨日の放課後、夕暮れの教室で自分に真っ直ぐな言葉をぶつけてきた拓海の姿が、脳裏に鮮烈に蘇る。
(瀬戸君、そんな風に私のことを・・・)
葵は、ぎゅっと自分の胸元を押さえた。
彼はただの『優紀に似た誰か』なんかじゃない。傷ついて立ち止まっている自分を、一人の人間として必死に救い出そうとしてくれている、瀬戸拓海という男の子なんだ。
グラウンドから吹く風が、葵の長い髪を揺らす。
彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳からは、先ほどまでの迷いや不安が消え、夕陽の光を反射して、強く、確かな輝きを放っていた。
「・・・前に進むのは、まだ怖い。優紀を置いていっちゃうみたいで、すごく怖いよ」
素直な恐怖を、葵は言葉にした。
だけど、すぐに唇をぎゅっと結び、太陽を真っ直ぐに見つめる。
「だけど・・・私、瀬戸君ともう一度、ちゃんと話したい。話さなきゃいけない気がするの」
それは、彼女が自分の足で一歩を踏み出すための、強い決意の表明だった。
その瞳を見た太陽は、一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、心の底から嬉しそうな、いつもの眩しい笑顔を咲かせた。
「おう。そうしてやりなよ。あいつ、織原が話しかけたら、絶対に喜び狂うからさ」
「ふふ、何それ・・・」
張り詰めていた空気がふっと解け、葵の唇から、小さな、だけど優しい笑みが零れた。
太陽の茶化すような、だけど温かい言葉に背中を押され、葵は小さく笑った。
胸の奥に灯った「瀬戸君ともう一度話したい」という小さな光を、消さないようにしっかりと抱きしめて、その日は家路についた。
――そして、翌朝。
鞄を握る葵の手は、緊張で少し汗ばんでいた。
ガララ、と教室の戸を開けると、すでに自分の席に座ってスマホを眺めている拓海の姿が目に飛び込んでくる。
(・・・よし。今、話しかけよう)
始業前の教室はまだ人がまばらだ。今なら、昨日のお詫びも、本当の気持ちも、ちゃんと静かに伝えられる。
すう、と深く息を吸い込み、一歩を踏み出した、その時だった。
「おーう、瀬戸!おはよ!」
後ろから入ってきた同じクラスの男子数人が、ドタバタと音を立てて拓海の机の周りに集まった。
「昨日のおまえのパス、マジでヤバかったってサッカー部で話題になっててさ!」
「他のクラスの奴らも『あの転校生何者?』って、噂してたぞ」
突然囲まれた拓海は、少し驚いたように眉を下げながらも、「あ、あぁ・・・おはよう。大したことしてないよ」と、戸惑いながら答えていた。
「何言ってんだよ!なぁ、今日の昼休みもまたサッカーやろうぜ!」
賑やかに盛り上がる男子たちの輪。
拓海に伸びかけた葵の手は、行き場をなくして宙で留まった。転校生である拓海にクラスメイトたちが馴染もうとしてくれているのは良いことのはずなのに。
ガヤガヤと楽しそうな笑い声の向こうで、拓海がふと、葵に視線を向けた。
一瞬だけ、拓海と葵の目が真っ直ぐに交錯する。
何かを言いたげに揺れる、拓海の瞳。
だけど、次の瞬間、無情にも朝の予鈴が校舎に鳴り響いた。
(・・・話せなかった)
お互いに視線を逸らし、自分の席へと向かう。
胸の奥の時計が、じりじりと焦燥感が刻む音が聞こえるようだった。
