【短】もう夏休みが終わるから




「……涼ちゃん、今これどこ向かってんの?」

「秘密だ」


 海岸沿いの、一段高くなっている道路を二人が乗った自転車が走っていく。昼間よりもやや涼しくなっており、空はじんわりと橙色に染まってきていた。


「涼ちゃんってさ、思い出大切にするタイプ?」

「だからこうやって巡ってる。幸太は」

「もっちろん! 大切にする!」

「まあ、青春の締めくくりっていうのもあるんだけどな」

「で、なぜか俺も連れ回されてるってわけか。てことはこれ、プレゼントなんじゃね?」

「……さあ?」


 ゆるい坂を下っていく。タイヤとアスファルトによる低い回転音が聞こえる。走っていくと視界が開けて、一面の原っぱが広がった。


「え、ここ……」


 幸太が体をかたむけた。視線の先で捉えているのは古びたバス停。


「涼ちゃん、まさかバス目当てじゃないよね?」

「そうじゃない」

「あ、やっぱ? ここ、1日二本しかバス来ないもんな。じゃあ、告白スポットか破局スポットとしてか」

「ああ。青春といえば恋愛の思い出もあるからな」

「よっしゃ恋バナ!」


 涼は自転車を止めて、バス停のほうへ向かった。その後ろを幸太がついていく。


「なあ、あいつらまだ付き合ってんのかな?」

「誰の話だ」

「ほら、生徒会だった人の――」

「知らん」

「涼ちゃん興味なさすぎ」


 バス停のベンチに座った涼の前で突っ立っていた幸太は、涼に聞く。


「そういえば涼ちゃんもここだったよな」

「……は?」


 涼は動きを止めた。


「だって涼ちゃん、中2のときの彼女にここでフラれてるだろ?」


 バス停の屋根を風が鳴らす。涼は道路の向こう側を見ていた。


「……一応、な」

「涼ちゃんと仲いい子なんだなぁって思ってたし、涼ちゃんもあの子のことよかったって言ってたし、俺もお似合いだって思ってたし、だから、」

「違う。俺は気にしてない」


 涼は幸太の言葉を最後まで聞かずにさえぎると、強い口調で言い切った。そんな涼を幸太が少し眉を寄せて見ている。


「……涼ちゃん?」

「たしかにあのときは好きだった。が、今はあれでよかったと思ってる。俺はもう気にしてない」

「そっか?」

「逆に」


 涼はいまだ立ったままの幸太に言う。


「俺が幸太をなぐさめる」

「冗談だろ?」

「本気だ」

「……なんでだよ」

「幸太もここでフラれてるから」


 注視していなければ分からない程度だが、幸太の顔がひきつった。


「去年の三学期のあたりだったか?」

「……まあ、な」

「可愛いし、親切でいい子だったな。俺も正直、幸太にお似合いだとずっと思ってた」

「…………」

「でもフラれてるから、なぐさめる」


 幸太はぎゅっと手を握ってから、開いた。目がやや尖って、涼を見据える。


「その頃、ちょうど俺も新しく好きな人できたから別によかったし。絶対不釣り合いだったし、高嶺の花すぎたって分かってたし!」


 勢いに押されて、涼が黙る。


「俺も結果としてあれでよかったから。後悔してることなんてないから」


 幸太は言い切ると、一度息をついて軽く肩を落としてみせた。


「ま、俺、その好きな人に告白して今も保留にされてるけど」


 沈黙が訪れる。風の音も、虫の音もしないほど静かだった。

 涼は、ぎこちなく視線を上へ向けた。涼の視線だけが空や雲の間を忙しなく動く。


「――次、小学校でも行ってみる?」


 夕日の逆光に照らされた幸太が、その沈黙を破った。

 一瞬、涼が顔を下げる。だが再度上を向いた。


「……いや、もういい。海、行こう」


 何秒か考えてからそのままの体勢で言う。自転車を押しだした涼を、幸太は腑に落ちない様子のままついて行った。