「で、なんで、俺が、漕いで、る、んだよ……!」
「助け合い」
「俺、助けて、もらっ、て、ない、けど!」
上り坂で自転車を走らせている幸太がキレ気味に言う。息はあがっていて、顔も赤くなっている。下り坂を走っていたときよりも遥かに遅いスピードで、少しずつ進んでいた。
「これ、誰のっ、自転車だよ!」
「俺の」
「誘った、のはっ!」
「俺」
「じゃあっ、涼、ちゃん、がっ、漕いで、よ!」
「幸太、頑張れ」
涼はただ後ろに座って、呑気に応援するだけだった。
ようやく上り坂が終わり、山の麓に到着した。涼のあとに降りた幸太はふらふらと自転車を押してベンチの近くに止めると、自分はベンチに寝転がった。
「俺、もう動きたくない……」
幸太は空を見上げた。視界いっぱいに広がる青色と、ところどころに浮かぶ白色。風が吹いて雲はゆっくりと流され、幸太の前髪も揺れた。
「涼しい……」
目をつむる。山のほうから小さく蝉の鳴き声が聞こえてきた。それと同時に、足音も。
幸太の頬に、キンキンに冷えたなにかが触れたのはその直後だった。
「……冷た」
「早く飲まないとぬるくなるぞ」
目を開くと涼が上から幸太のことを見ていた。
そのまま涼に観察されていた幸太は、首をかしげる。
「なんかついてる?」
「……いや、なんとなく見てただけだ」
涼は幸太の頭のすぐ横にそれを置くと、ベンチの端に座った。ぽんっ、という乾いた音と、からん、という軽やかな音。
「ラムネだ!」
「ああ。おばちゃんのとこで買ってきた」
「だからここついたあとどっか行ってたんだ」
幸太は体を起こすとラムネを開けて、飲み始める。ビー玉が飲み口を塞がないようにかたむけながら、炭酸を喉に通していった。
「さっすが涼ちゃん、俺の希望分かってんな!」
「まあな。幸太はブルーハワイしか飲まないし」
涼は透明なラムネを飲んで答えた。
「……これ、涼ちゃんのおごりだよな?」
「いや、そんなことはないからお金」
「うっそお!」
「嘘。おごり」
「よっしゃ! あざっす!」
幸太はもう一口飲んだ。
「涼ちゃん、大学行ってもこういうことやる?」
「……分からん。まだ決まってないし」
「オッケ、なら今度は俺が誘う!」
「断ってもいいか」
「ダメ! どうせ来てくれるんでしょ?」
「それは……行くが」
再び蝉の音。二人ともなにも言わない時間が数秒続く。
かもめが一羽、頭上の空を飛んでいった。あとを追うように二羽、三羽と現れる。
涼が、黙り込んだ幸太のほうを向く。動きを追っていた幸太は、かもめたちが通りすぎていくとおもむろに口を開いた。
「今日、やけに静かだよな。夏休みって小学生とかが遊びに来てた気がするんだけど」
「そうか?」
「なあ涼ちゃん、俺さ、結構覚えてんの。仲良くなったきっかけが遠足だったこととかさ」
「珍しいな」
「バカにしやがって! 涼ちゃんさ、先生に『熊いるから奥行くな』って言われたの覚えてる?」
「ああ」
「俺、普通に入ったさ。行くなって言われたら行きたくなるじゃん?」
「俺も入った。熊見るために」
「でも、なんであんな奥にいたわけ?」
「お前がな」
涼はちらっと幸太を見る。幸太は涼と目が合うと笑ってみせた。
「涼ちゃんと会って、俺より変なやついるんだなって思った」
「こっちのほうがそう思った」
「俺と気が合うやついるんだなぁって嬉しくなったけど」
「俺もだ。……熊見つけるより面白かったし」
「なにそれ!」
ひゅう、と冷たい風が吹いた。ざわざわと、葉同士がこすれあう音がする。
幸太は残っていたラムネを一気に飲み干すと、立ち上がった。
ベンチに寝転がっていたときと同じように空をあおいで、
「あとさ、涼ちゃん泣いてたよな」
「…………」
「二人でこっそり山の中探検して、そしたら迷って、やばいってなったときに涼ちゃん泣いてた。俺も、まさか迷うとは思ってなかったなぁ」
「…………」
「涼ちゃん?」
「……そうだったか」
「そうでしたよ?」
涼は無言で立ち上がると、幸太の手からラムネ瓶をとって歩き出した。近くにあった段ボール箱に瓶を入れると、幸太のもとを通りすぎて自転車にまたがった。
「行くぞ」
「ちょっと涼ちゃん!」
「……なんなら幸太のほうが泣いてたからな」
「んなこと知るかっ!」
幸太を乗せてから、自転車は山の空気をまとって走り出す。


