【短】もう夏休みが終わるから




「あれ、ここって……、中学校じゃん!」


 高校と同じサイズ感の古びた校舎。錆びかけた校門。グラウンドから見えるサッカー部や野球部の様子。幸太はきょろきょろと視線を動かす。


「うわあ懐かしい! ぜんっぜん変わってない!」

「だな」

「卒業してから全然来てなかったし! 懐かしいなぁ」


 涼は迷うことなくまっすぐに木の下まで自転車を移動させて、止めた。


「俺らさ、ここでいろいろやったよな! 楽しかったこと、ちゃんと覚えてるわ」

「高校より中学のほうがやらかしてたしな」

「涼ちゃんもだよ? 中学のほうが好き放題できたしさ。やっぱり、俺らの全盛期はここだよな」

「じゃあ」


 幸太と向き合った涼は思いついたことを述べた。


「忍び込んでみるか」

「つかまったときに涼ちゃんが怒られてくれるなら」

「ああ」

「ならやる!」


 涼、幸太の順で塀を登り、近くの木に移る。開いていた二階の窓から軽々と中に入った二人は、校内を歩き出した。


「あの頃のまんまだ……あ、涼ちゃんこれ見て!」


 入って早々に幸太は駆け出した。涼はそんな幸太を追いかけることなく歩いていて、幸太は飛び跳ねながら手招きする。

 涼が来てから、幸太は軽く拳を振り上げて掲示板を殴るふりをした。


「またやる気か」

「これ、俺と涼ちゃんが壊した掲示板! 直ってる!」

「ほんとだな」

「あれだろ、俺がサッカーボール当てたやつだろ」

「幸太、『掲示板の裏側には宝物があるんだ!』って自信満々に言ってた」

「だっけ?」

「で、持ってきたサッカーボール蹴ってへこませてた。俺も蹴った。――これ、新品だな」


 涼は掲示板の真ん中のあたりを軽く押していた。その横で幸太が一人で騒いでいる。

「うわー! たしかにやりかた提案したの涼ちゃんだったし!」

「壊すか」

「涼ちゃんやばっ! 俺ですらふりで止めたのに!」

「幸太うるさい」

「知らない! 涼ちゃん涼ちゃん、三年二組行こう! 早く!」


 言いつつも幸太は次は駆け出さず、涼の隣を歩いていた。なにかを発見するたびに止まる幸太にため息をつきつつも、涼は幸太を置いていくようなことはしない。幸太に合わせている。

 そんな二人が三年二組について真っ先に向かったのは、黒板の前だった。

 幸太は教室を見回したあとに呟いた。


「……変わってないな」

「だな」

「俺、どこ座ってたっけ?」

「窓側一番後ろ」

「え、怖。なんで覚えてんの?」

「そんなもんだ」


 幸太はもともとの自分の席へ歩いていくと、机に触れた。


「今、誰がこの席なんだろ……」


 涼の位置から見えたのは、幸太の口元が緩んでいることだけだった。

 しばらく、外でも聞こえた運動部の声がはっきりと届いた。


「幸太、どうかしたか」

「んーん、なんも!」

「せっかくだし、黒板に落書きでもしてみようと思うんだが、どうだ」

「やろ! それもでかでかと!」


 涼はチョーク受けにのっていた中から長いチョークを選ぶと、戻ってきた幸太にも渡した。

 幸太は左に、涼は右に、それぞれ文字を羅列して黒板を埋め尽くしていく。

 ある程度書いたあと、黒板から離れた。距離を置いて黒板の落書きを改めて見て、涼が言う。


「幸太、なに書いたんだ」

「んー? 対数微分法のやり方! マウントとった――」

「誰かいるのか?」


 見知らぬ声に、二人は同時に振り返った。ドアの向こうに黒い影が映ったあと、見回りに来たであろう先生と目が合う。その目がどんどん鋭くなっていくのを見て、幸太は涼に向かって言った。


「とりあえず逃げよう!」


 二人は走って教室から飛び出した。涼が素早く『左だ』と幸太に伝える。


「何階から来たっけ?」

「二階」

「分かった!」


 ときどき背後を確認しながら廊下を疾走し、もと来た窓を目指す。


「わあ俺三年間ずっとここで飯食ってた!」

「そうだな」

「俺、先生に追いかけられたときいっつもここに隠れてたし!」

「……黙って走ったらどうだ」

「でも、思ってたより回れなかったし……今度また来よ!」


 ようやく窓へたどり着いた。幸太、涼の順で木に移ると、やっと追いついた先生が怒鳴り散らす。


「おいお前ら!」

「――幸太、行くぞ」

「おう!」


 塀から地面に降り立った涼は、幸太が降りてくるのを待った。しかし、一向に幸太は降りてこない。


「なんかあったのか」

「俺……ここの塀にトラウマある。中1の頃ここから落ちた」

「いいから降りてこい」

「涼ちゃん冷たい!」

「はぁ……、ほら」


 涼が手を差し伸べると、幸太は遠慮がちにその手をとった。その瞬間、


「――涼ちゃぁぁぁん!?」

「ほら、自転車乗れ」

「にしても引っ張って落とすこたないじゃん!?」

「俺が受け止めた。これは幸太がぐだぐだしてたせい」


 涼は後ろに幸太が乗ったのを確認してから猛烈にペダルを漕ぎ出した。

 冷たい風が服の中を通り抜けて夏の熱気を逃がし、冷や汗を乾かしていく。


「幸太、山にでも寄っていくか」

「いいけど……俺、マジで死にかけた……」