あれから、あの例のアサミとかいうオンナとは、何回か寝た。
電話で気まぐれに呼び出されて、体を求められるだけの、いわゆるセフレみたいな関係。
そんな関係にすら、罪悪感どころかなんの感慨すらもなかった。
――キャバ嬢のアサミが俺を残して出勤した後、なかなかベッドから体を起こせずにいたら、
ふいに、「おい?」って、上から声をかけられた。
「誰だ? おまえ……」
耳元で声がして、俺は目をうっすらとあけた。
目の前に、知らないヒゲづらのオヤジの顔があった。
「……あんたこそ、誰だよ?」
「あんたじゃねぇだろ。口のきき方を知らないヤツだな」
言って、そのオヤジは眉間にしわを寄せた。
「……アサミの男かよ、あんた?」
もしそうなら修羅場確定かもと、ちょっとかったるく思いながら重たい体を起こした。
「バカ、ちげぇよ。俺は、あいつのアニキだ。またアサミの奴は、男つれ込んでんのかよ、まったく」
そう仕方なさげにオヤジは口にして、
「ところでおまえ、えらい若くねぇか? いくつだよ?」
と、俺の顔をまじまじとのぞき込んだ。
「ジュウシチ……」
年齢を言うと、オヤジは驚きを隠さなかった。
「17って……あいつ、どんだけ若いの引っ張り込んでんだよ!」
「年齢とか、いくつでもいいだろうが。それより、耳元でデカイ声出さないでくれる? 頭ガンガンするし……」
頭をおさえて横目ににらみつけると、
「おまえ、酔っ払ってんのか?」
いぶかしげに聞き返された。
「わりぃかよ……酒でも飲まねぇと、やってられねぇだろうが」
あくびをしながら、言い捨てる。
「それが、17のガキの言うセリフかよ……」
オヤジはあきれたように口にして、それから軽くため息を吐くと、
「……俺の店、このすぐ下だから、ちょっと休んでけや」
なぜかふいにやさしげに話した。
「いい。もう少し寝たら、帰るし」
妙な同情とかしてほしくないと思って、また腕を枕に寝ようとすると、
「いいから来いって言ってんだよ。人の同情は素直にもらっとくもんだ」
と、ベッドから引っ張り出された。
アサミの住むマンションの一階にあるバーに、オヤジに肩を貸してもらいながらころがり込んだ。
そこは、カウンターと、あとテーブル席が二つ三つあるだけの小さなバーだった。
カウンターに座らされ、
「ほら、水やるから、自分で飲め!」
冷蔵庫から出したペットボトルを投げ渡された。
水を口に含んだら、少しだけ酔いがさめてきた。
「水……ありがと」
言うと、「ああ、好きなだけ飲めや」と、言われた。
ペットボトルの半分くらいを飲んで、やっと頭がはっきりし出した。
酔いざましにタバコでも吸おうとしたら、
「……タバコも吸うのかよ?」
とがめ立てるように言われた。
「いいじゃん。別に」
ムッとしてタバコを口にくわえると、
「酒の飲み方も知らねぇヤツが、でかい口たたくな」
って、タバコを引っこ抜かれた。
そうして、俺のタバコをそのままくわえると、
オヤジはわざと目の前で火をつけて、煙を吸い込んだ。
「くそっ……」
煙が吐き出され、顔にかかる煙を振り払った。
「……ケムリ、嫌だろ? おまえはそういうのを吸ってるって自覚しとけ。ただ俺も、イキって若い頃から吸ってたからな。頭ごなしにやめろとは言わねぇ。けどな、酒でもタバコでも、自分の体を痛めつけてるだけなら、やめとけや」
それって悔しいけど、なんか言い返せないじゃん……。
黙りこくってたら、
「あんま酒飲みすぎんな、バカ」
と、頭をガシガシなでられた。
「……おまえさぁ、なんなら大人のたしなみを、教えてやろうか?」
「大人のたしなみって、なんだよ?」
尋ね返すと、オヤジは「よく聞いとけ」と、したり顔で口にした。
「俺は、このバーの一応マスターだしな。たしなみとして、酒の飲み方とかぐらいは、わきまえてるつもりだから。ついでに、バーテンも仕込んでやるから、おまえ、ここで働かないか?」
「働く? 俺が?」
「そうそう。おまえが本気でやるんなら、いろいろ仕込んでやるぜ?」
「ああ、うん。おもしろそうだけど、俺、今スタンドのバイトとかしてるし、少しずつ慣らしてく感じなら、やってもいいけど……」
「おう! じゃあ、決まりな! 俺のことは、マスターって呼べや」
「マスター……名前は? 俺は、佐倉 涼。涼でいいし」
「俺の名前か…? 名前は……笑うなよ?
神崎 馨(かんざき かおる)って、いうんだが……」
笑うなって言われたのに、笑いがこらえ切れない。
だって、このヒゲオヤジと、「かんざきかおる」なんて名前、
似合わなさすぎる──。
笑いを必死でこらえてたら、
「だから、笑うなって言っただろうが!」
と、指でデコをはじかれた。
「いってーこのオヤジ! いや、かおるちゃん?」
「てめっ、この!」
ホールドネックでぎゅうぎゅう締められたあと、
「……けど、よろしくな。リョウ」
と、急に真顔になって、手を差し出された。
「……俺の方こそ、よろしく……」
差し出された手を握ると、強い力で握り返された。
――マスターとは、そうして出会って、
その次の週から、俺は時間を見つけてバーを手伝うようになった。
電話で気まぐれに呼び出されて、体を求められるだけの、いわゆるセフレみたいな関係。
そんな関係にすら、罪悪感どころかなんの感慨すらもなかった。
――キャバ嬢のアサミが俺を残して出勤した後、なかなかベッドから体を起こせずにいたら、
ふいに、「おい?」って、上から声をかけられた。
「誰だ? おまえ……」
耳元で声がして、俺は目をうっすらとあけた。
目の前に、知らないヒゲづらのオヤジの顔があった。
「……あんたこそ、誰だよ?」
「あんたじゃねぇだろ。口のきき方を知らないヤツだな」
言って、そのオヤジは眉間にしわを寄せた。
「……アサミの男かよ、あんた?」
もしそうなら修羅場確定かもと、ちょっとかったるく思いながら重たい体を起こした。
「バカ、ちげぇよ。俺は、あいつのアニキだ。またアサミの奴は、男つれ込んでんのかよ、まったく」
そう仕方なさげにオヤジは口にして、
「ところでおまえ、えらい若くねぇか? いくつだよ?」
と、俺の顔をまじまじとのぞき込んだ。
「ジュウシチ……」
年齢を言うと、オヤジは驚きを隠さなかった。
「17って……あいつ、どんだけ若いの引っ張り込んでんだよ!」
「年齢とか、いくつでもいいだろうが。それより、耳元でデカイ声出さないでくれる? 頭ガンガンするし……」
頭をおさえて横目ににらみつけると、
「おまえ、酔っ払ってんのか?」
いぶかしげに聞き返された。
「わりぃかよ……酒でも飲まねぇと、やってられねぇだろうが」
あくびをしながら、言い捨てる。
「それが、17のガキの言うセリフかよ……」
オヤジはあきれたように口にして、それから軽くため息を吐くと、
「……俺の店、このすぐ下だから、ちょっと休んでけや」
なぜかふいにやさしげに話した。
「いい。もう少し寝たら、帰るし」
妙な同情とかしてほしくないと思って、また腕を枕に寝ようとすると、
「いいから来いって言ってんだよ。人の同情は素直にもらっとくもんだ」
と、ベッドから引っ張り出された。
アサミの住むマンションの一階にあるバーに、オヤジに肩を貸してもらいながらころがり込んだ。
そこは、カウンターと、あとテーブル席が二つ三つあるだけの小さなバーだった。
カウンターに座らされ、
「ほら、水やるから、自分で飲め!」
冷蔵庫から出したペットボトルを投げ渡された。
水を口に含んだら、少しだけ酔いがさめてきた。
「水……ありがと」
言うと、「ああ、好きなだけ飲めや」と、言われた。
ペットボトルの半分くらいを飲んで、やっと頭がはっきりし出した。
酔いざましにタバコでも吸おうとしたら、
「……タバコも吸うのかよ?」
とがめ立てるように言われた。
「いいじゃん。別に」
ムッとしてタバコを口にくわえると、
「酒の飲み方も知らねぇヤツが、でかい口たたくな」
って、タバコを引っこ抜かれた。
そうして、俺のタバコをそのままくわえると、
オヤジはわざと目の前で火をつけて、煙を吸い込んだ。
「くそっ……」
煙が吐き出され、顔にかかる煙を振り払った。
「……ケムリ、嫌だろ? おまえはそういうのを吸ってるって自覚しとけ。ただ俺も、イキって若い頃から吸ってたからな。頭ごなしにやめろとは言わねぇ。けどな、酒でもタバコでも、自分の体を痛めつけてるだけなら、やめとけや」
それって悔しいけど、なんか言い返せないじゃん……。
黙りこくってたら、
「あんま酒飲みすぎんな、バカ」
と、頭をガシガシなでられた。
「……おまえさぁ、なんなら大人のたしなみを、教えてやろうか?」
「大人のたしなみって、なんだよ?」
尋ね返すと、オヤジは「よく聞いとけ」と、したり顔で口にした。
「俺は、このバーの一応マスターだしな。たしなみとして、酒の飲み方とかぐらいは、わきまえてるつもりだから。ついでに、バーテンも仕込んでやるから、おまえ、ここで働かないか?」
「働く? 俺が?」
「そうそう。おまえが本気でやるんなら、いろいろ仕込んでやるぜ?」
「ああ、うん。おもしろそうだけど、俺、今スタンドのバイトとかしてるし、少しずつ慣らしてく感じなら、やってもいいけど……」
「おう! じゃあ、決まりな! 俺のことは、マスターって呼べや」
「マスター……名前は? 俺は、佐倉 涼。涼でいいし」
「俺の名前か…? 名前は……笑うなよ?
神崎 馨(かんざき かおる)って、いうんだが……」
笑うなって言われたのに、笑いがこらえ切れない。
だって、このヒゲオヤジと、「かんざきかおる」なんて名前、
似合わなさすぎる──。
笑いを必死でこらえてたら、
「だから、笑うなって言っただろうが!」
と、指でデコをはじかれた。
「いってーこのオヤジ! いや、かおるちゃん?」
「てめっ、この!」
ホールドネックでぎゅうぎゅう締められたあと、
「……けど、よろしくな。リョウ」
と、急に真顔になって、手を差し出された。
「……俺の方こそ、よろしく……」
差し出された手を握ると、強い力で握り返された。
――マスターとは、そうして出会って、
その次の週から、俺は時間を見つけてバーを手伝うようになった。

