-epilogue-
「……あの、佐倉さん」
「はい」
私の隣の席に座った佐倉が、私の方を見て僅かに首を傾げる。
「打ち合わせでわざわざ来ていただけるのはありがたいんですが……どうしていつもご飯屋さんなんですか」
「だって先生、放っておくとまともな食事摂らないじゃないですか」
お済みのお皿お下げいたします、というテンプレートな声が斜め上から降ってきて、軽く会釈をして応じる。
「……一応、栄養食への置き換えは1日1食までと決めてはいます」
机の上は綺麗に空になった。
ちゃんと食べてくださいよと言う佐倉に、思わず苦笑いしてしまう。前から思ってはいたけど、私と彼は2人ともなかなかの頑固者だ。
「さて、少し真面目な話をしますと……今回の原稿もありがとうございました。少ないですが校正点はまとめたので、ご確認お願いします」
「はい」
「今回の作品、もう後半戦ですよね。雑談のテンションで構わないのですが、次回作の構想とかってありますか?」
「……そうですね」
先日の情景が、脳裏に鮮やかに蘇る。
「……夜の話を、書きたいなと思っています」
「夜、ですか」
「はい。この前、高校生の女の子と夜の公園で会ったんですが」
「へぇ。先生、補導されませんでしたか?」
「幾つだと思ってるんですか……」
「じゃあその方が補導対象?」
「たぶんそうですけど……運が良かったということで」
曖昧な私の答えに、佐倉が少し笑った。傾聴の姿勢には見えないのに、私の言葉を真っ直ぐに受け止めるこの人は、思えば彼女と少しだけ似ているところがある。
「……へぇ、そんなことが。不思議な巡り合わせですね」
「えぇ。巡り合わせついでにペンネーム教えちゃったんですが、大丈夫でしたか?」
佐倉の表情が、「え?」とでも言いたげに一瞬静止する。数瞬の間の後、彼が緩やかに笑った。
「その方だけなら問題はないとは思いますが……先生のその事後報告の悪癖だけは早急に改善いただきたいものです」
「……すみません」
しおしおと小さくなった私に、「食い扶持に炎上されてしまったら困るので」と佐倉が戯けたように言った。私も食いはぐれたくはない。行き当たりばったりでの情報開示は慎もうと心の中で思う。
「SNSとかには載せないって話はしました?」
「えぇ。写真も撮ってないですし、大丈夫かと」
佐倉が私をじっと見ていることに気付いて、「何か?」と問うた。彼の目がふっと静かに笑う。
「先生、その方とすごく仲良くなられたんですね」
「……連絡先すら知らないですけどね」
引きこもりの先生にしては大きな進歩ですよ、と佐倉が笑った。酷い言いようだとは思いつつ、思わず釣られて笑ってしまった。
また会えるだろうか、とは、思わない。
ただ、あの日の朝焼けの匂いが、ふとした瞬間に私の鼻先を掠めて通り過ぎていく。
「……あの、佐倉さん」
「はい」
私の隣の席に座った佐倉が、私の方を見て僅かに首を傾げる。
「打ち合わせでわざわざ来ていただけるのはありがたいんですが……どうしていつもご飯屋さんなんですか」
「だって先生、放っておくとまともな食事摂らないじゃないですか」
お済みのお皿お下げいたします、というテンプレートな声が斜め上から降ってきて、軽く会釈をして応じる。
「……一応、栄養食への置き換えは1日1食までと決めてはいます」
机の上は綺麗に空になった。
ちゃんと食べてくださいよと言う佐倉に、思わず苦笑いしてしまう。前から思ってはいたけど、私と彼は2人ともなかなかの頑固者だ。
「さて、少し真面目な話をしますと……今回の原稿もありがとうございました。少ないですが校正点はまとめたので、ご確認お願いします」
「はい」
「今回の作品、もう後半戦ですよね。雑談のテンションで構わないのですが、次回作の構想とかってありますか?」
「……そうですね」
先日の情景が、脳裏に鮮やかに蘇る。
「……夜の話を、書きたいなと思っています」
「夜、ですか」
「はい。この前、高校生の女の子と夜の公園で会ったんですが」
「へぇ。先生、補導されませんでしたか?」
「幾つだと思ってるんですか……」
「じゃあその方が補導対象?」
「たぶんそうですけど……運が良かったということで」
曖昧な私の答えに、佐倉が少し笑った。傾聴の姿勢には見えないのに、私の言葉を真っ直ぐに受け止めるこの人は、思えば彼女と少しだけ似ているところがある。
「……へぇ、そんなことが。不思議な巡り合わせですね」
「えぇ。巡り合わせついでにペンネーム教えちゃったんですが、大丈夫でしたか?」
佐倉の表情が、「え?」とでも言いたげに一瞬静止する。数瞬の間の後、彼が緩やかに笑った。
「その方だけなら問題はないとは思いますが……先生のその事後報告の悪癖だけは早急に改善いただきたいものです」
「……すみません」
しおしおと小さくなった私に、「食い扶持に炎上されてしまったら困るので」と佐倉が戯けたように言った。私も食いはぐれたくはない。行き当たりばったりでの情報開示は慎もうと心の中で思う。
「SNSとかには載せないって話はしました?」
「えぇ。写真も撮ってないですし、大丈夫かと」
佐倉が私をじっと見ていることに気付いて、「何か?」と問うた。彼の目がふっと静かに笑う。
「先生、その方とすごく仲良くなられたんですね」
「……連絡先すら知らないですけどね」
引きこもりの先生にしては大きな進歩ですよ、と佐倉が笑った。酷い言いようだとは思いつつ、思わず釣られて笑ってしまった。
また会えるだろうか、とは、思わない。
ただ、あの日の朝焼けの匂いが、ふとした瞬間に私の鼻先を掠めて通り過ぎていく。



