言語文化の授業中。僕はそそくさとさっきもらった封筒を取り出す。
席は拓也とくっついているがもう気にしない。後ろもどうせあいつだし。
言語文化担当は定年退職してもう一度学校で勤めている再任用の先生だ。
授業はいつも教卓から。回ってくることも当てられることもほぼない。廊下から先生に見られることもこの席なら心配いらない。
封筒のマスキングテープを綺麗にはがし、三つ折りされたA4の紙を広げる。
なんだこれ?生徒会長候補、公開演説、推薦人……。よく見ると2年3組、同じクラスの立候補者もいるみたいだ。
「まだ入ってる」
クラフト封筒から拓也が取り出したのは花がらのメモだった。
『黒川さんへ 今回お願いしたいのは浅桐綾さんの推薦人です。推薦人は本来もっと早く決めるべきなんだけど諸事情で決めることができていなくて。それで私のなかで信頼できるあなたにお願いしたいと思ったの。返事は金曜まで待つから。』
「見えなかった」とうるさいまなみは置いておいて、拓也と顔を見合わせる。
拓也はいらない裏紙を取り出して何か書き始めた。半分に切った紙を僕によこしてくる。
『なんだよこれ、普通教師が生徒に頼むもんじゃないだろ』
『わからない。浅桐綾も知らないし』
「はあ!?」
急に拓也が大声を出してビクッとする。教室中の視線が集まってくる。まずいどうにかしないと。慌てて僕は手をたたく。乗ってきてくれ、拓也!
「どうかしましたか?」
「どっから火球に虫がとんできてびっくりしただけです。さーせん」
張り詰めた空気が一気にほぐれて危機を脱した。
「なんだあ、面白くなーい」
後ろからそんな声が聞こえて授業が再開した。クラスメイトからは何か疑われていたようだが、まなみの助けで何とかなった。
拓也の声で起きたクラスメイトももう一度睡眠態勢に入った。
再びシャーペンを手にした拓也は
『黒、髪ロング、首席で入学、無口無言、有名人』とかき、その真ん中に棒人間を描き入れた。
その絵の下に浅桐綾と書き込むと、有名人を強調した。
「なんで知らないんだよ。入学式の式辞をよんでた」
小声で話しかけてくる。
なんでちょっと怒ってるんだよ。
入学式を思い出そうとするも制服の姉ちゃんが手を振ってくれてうれしかったことしか覚えてない。式辞なんてちゃんと聞いてるほうがおかしいんじゃないのか?
「どうすんの?いいきかいじゃね?」
何がいい機会なのかわからない。ん?でももしかしたらいい機会かも。
もし僕が次期生徒会会長と仲良くなれば姉ちゃんの情報を得られるかも。
でも浅桐綾が落選して、ライバルが次期生徒会長になったら?
無口無言が気になる。あまりいい印象ではなさそうだ。浅桐綾を推薦した僕はおそらく嫌われることになる。それだけは避けたい。
「浅桐綾って当選しそう?」僕は拓也に小声で尋ねる。
「そこまでは保証できないけど」
そんなのどうでもよくね?葵が落ちるわけじゃないんだし。表情からそう言いたいのが分かる。
そうこうしているうちに授業が終わり、ソワソワしたまなみがつついてくる。
痛い。こいつ絶対芯出してるだろ。僕が振り返った途端シャーペンを引っ込めやがった。
説明するのも面倒だったので紙をそのまま手渡す。
「すごいじゃん!やってみたら?」
第一声がそれだった。いいなー、私がやりたかったのにー。
嫌われてるからかなあとか何とかずっとしゃべっている。
「私ねお兄ちゃんがいるから生徒会に関することはだいたいわかるんだ。あやちんは男子人気が絶大だけどシャイ過ぎて話せない可愛い子なんだよ」
言われて思い出したけどそういえばこいつは兄が生徒会長だった。昨日生徒会活動があることも、こいつがクラスで騒いてたから知ったことだった。思い切って聞いてみる。
「この浅桐綾って当選しそうなの?」
まなみはなぜか百面相をして最終的にわからないで締めくくった。そんなに今年の生徒会は激戦なのか。また聞いてんのかって顔を拓也にされる。
「生徒会ってほぼ当選確実みたいな人がいるのかと」
「たしか私のお兄ちゃんはそうだったよ?でもねー」なんだか最後を濁して意味深な笑みを向けてくる。
「じゃあ、特別に会わせてあげてもいいよ」
借りを作るみたいでなんかヤダ。けど姉ちゃんの役に立てるかもしれない。人を見る目に自信があるか聞かれたら分からないけど僕との相性が悪かったら困るし。
浅桐綾がどんな人物なのか当選できそうなら引き受ける。無理そうだったら断ればいいだけだ。今より少しでも姉ちゃんに近づくことができるのを期待するだけだ。
放課後四時ちょうど生徒会室の鍵をまなみに持たされた僕だが、鍵はすでに空いていた。
「待たせてごめん。浅桐さんで合ってる?」
「はい」
目の前にいる浅桐さんと思われる人に話しかける。黒髪ロングだからきっとそうだ。
自分からは話さないという意思を感じる。
「僕は黒川です。よろしくお願いします」なぜか敬語になってしまったけどまあいいや。
「僕のことは聞いていますか? 浅桐さんのこといろいろ聞きたくてですね……」
返事がない。なんだかこっちが問い詰めているような構図で気まずい。
「あの、これって尋問ですか?」
尋問をしているつもりはない。ただあなたが当選するかしないか見込みがほしいんです。と言いたかったがそうすることはあまりにも失礼で、
「まあ、どっちかって言うと面接てすかね?」
険悪な空気をさらに悪化させた僕の言葉ははたして彼女に聞き入れてもらえるのだろうか。
席は拓也とくっついているがもう気にしない。後ろもどうせあいつだし。
言語文化担当は定年退職してもう一度学校で勤めている再任用の先生だ。
授業はいつも教卓から。回ってくることも当てられることもほぼない。廊下から先生に見られることもこの席なら心配いらない。
封筒のマスキングテープを綺麗にはがし、三つ折りされたA4の紙を広げる。
なんだこれ?生徒会長候補、公開演説、推薦人……。よく見ると2年3組、同じクラスの立候補者もいるみたいだ。
「まだ入ってる」
クラフト封筒から拓也が取り出したのは花がらのメモだった。
『黒川さんへ 今回お願いしたいのは浅桐綾さんの推薦人です。推薦人は本来もっと早く決めるべきなんだけど諸事情で決めることができていなくて。それで私のなかで信頼できるあなたにお願いしたいと思ったの。返事は金曜まで待つから。』
「見えなかった」とうるさいまなみは置いておいて、拓也と顔を見合わせる。
拓也はいらない裏紙を取り出して何か書き始めた。半分に切った紙を僕によこしてくる。
『なんだよこれ、普通教師が生徒に頼むもんじゃないだろ』
『わからない。浅桐綾も知らないし』
「はあ!?」
急に拓也が大声を出してビクッとする。教室中の視線が集まってくる。まずいどうにかしないと。慌てて僕は手をたたく。乗ってきてくれ、拓也!
「どうかしましたか?」
「どっから火球に虫がとんできてびっくりしただけです。さーせん」
張り詰めた空気が一気にほぐれて危機を脱した。
「なんだあ、面白くなーい」
後ろからそんな声が聞こえて授業が再開した。クラスメイトからは何か疑われていたようだが、まなみの助けで何とかなった。
拓也の声で起きたクラスメイトももう一度睡眠態勢に入った。
再びシャーペンを手にした拓也は
『黒、髪ロング、首席で入学、無口無言、有名人』とかき、その真ん中に棒人間を描き入れた。
その絵の下に浅桐綾と書き込むと、有名人を強調した。
「なんで知らないんだよ。入学式の式辞をよんでた」
小声で話しかけてくる。
なんでちょっと怒ってるんだよ。
入学式を思い出そうとするも制服の姉ちゃんが手を振ってくれてうれしかったことしか覚えてない。式辞なんてちゃんと聞いてるほうがおかしいんじゃないのか?
「どうすんの?いいきかいじゃね?」
何がいい機会なのかわからない。ん?でももしかしたらいい機会かも。
もし僕が次期生徒会会長と仲良くなれば姉ちゃんの情報を得られるかも。
でも浅桐綾が落選して、ライバルが次期生徒会長になったら?
無口無言が気になる。あまりいい印象ではなさそうだ。浅桐綾を推薦した僕はおそらく嫌われることになる。それだけは避けたい。
「浅桐綾って当選しそう?」僕は拓也に小声で尋ねる。
「そこまでは保証できないけど」
そんなのどうでもよくね?葵が落ちるわけじゃないんだし。表情からそう言いたいのが分かる。
そうこうしているうちに授業が終わり、ソワソワしたまなみがつついてくる。
痛い。こいつ絶対芯出してるだろ。僕が振り返った途端シャーペンを引っ込めやがった。
説明するのも面倒だったので紙をそのまま手渡す。
「すごいじゃん!やってみたら?」
第一声がそれだった。いいなー、私がやりたかったのにー。
嫌われてるからかなあとか何とかずっとしゃべっている。
「私ねお兄ちゃんがいるから生徒会に関することはだいたいわかるんだ。あやちんは男子人気が絶大だけどシャイ過ぎて話せない可愛い子なんだよ」
言われて思い出したけどそういえばこいつは兄が生徒会長だった。昨日生徒会活動があることも、こいつがクラスで騒いてたから知ったことだった。思い切って聞いてみる。
「この浅桐綾って当選しそうなの?」
まなみはなぜか百面相をして最終的にわからないで締めくくった。そんなに今年の生徒会は激戦なのか。また聞いてんのかって顔を拓也にされる。
「生徒会ってほぼ当選確実みたいな人がいるのかと」
「たしか私のお兄ちゃんはそうだったよ?でもねー」なんだか最後を濁して意味深な笑みを向けてくる。
「じゃあ、特別に会わせてあげてもいいよ」
借りを作るみたいでなんかヤダ。けど姉ちゃんの役に立てるかもしれない。人を見る目に自信があるか聞かれたら分からないけど僕との相性が悪かったら困るし。
浅桐綾がどんな人物なのか当選できそうなら引き受ける。無理そうだったら断ればいいだけだ。今より少しでも姉ちゃんに近づくことができるのを期待するだけだ。
放課後四時ちょうど生徒会室の鍵をまなみに持たされた僕だが、鍵はすでに空いていた。
「待たせてごめん。浅桐さんで合ってる?」
「はい」
目の前にいる浅桐さんと思われる人に話しかける。黒髪ロングだからきっとそうだ。
自分からは話さないという意思を感じる。
「僕は黒川です。よろしくお願いします」なぜか敬語になってしまったけどまあいいや。
「僕のことは聞いていますか? 浅桐さんのこといろいろ聞きたくてですね……」
返事がない。なんだかこっちが問い詰めているような構図で気まずい。
「あの、これって尋問ですか?」
尋問をしているつもりはない。ただあなたが当選するかしないか見込みがほしいんです。と言いたかったがそうすることはあまりにも失礼で、
「まあ、どっちかって言うと面接てすかね?」
険悪な空気をさらに悪化させた僕の言葉ははたして彼女に聞き入れてもらえるのだろうか。
