あおりつ

  あと5分。あいつはきっとここから出てくる。
 
 腕につけた針のソーラー時計が5時までのカウントダウンをしている。こんなに長い待ち時間は初めてだ。
暑さもだいぶ引いてきた9月、廊下にいるのもそこまで苦にならない。
 
 スマホの画面で向かいの生徒会室を拡大し覗き見る。手がぶれて見にくいが、かろうじて生徒会長の姿をロックオンした。

 瀬戸湊。生徒会会長で僕とは接点が一つもない雲の上の存在だ。名前からあるように爽やかそうな好青年だ。天然でドジだという噂がたっているが、実際は話したこともないのでわからない。
 

 図書室の扉が開き、中から見慣れた顔が出てきた。慌ててスマホをしまい、窓の外を眺める。気づかれませんように。
 「何してんだよ、こんなとこで」
 
 肩を叩かれ、考え途中だった言い訳が吹っ飛んだ。
 心底不思議そうに聞いてくる豊田に罪悪感でフリーズする。
 
 「部活サボっていつもどこ行ってんだよ。いい加減にしねえと行きづらくなんぞ」

  簡潔に言うと豊田はいい奴だ。クラスは違うが、部活動説明会の時に初めて会った。
 強面といわれる顔立ちとバレーに似合わないガッチリした体格から少し圧があるようにも思われる。しかし、豊田が部活に関して毎回フォローしてくれているのを知っている。
 
「え、あ、なんでもない。雨降るかなーって考えてただけ」
 
 窓の外は中庭。隣の館の生徒会室をのぞき見していたなんて言えるわけがない。天気の話題なんて不自然だっただろうか。豊田の様子をうかがうも、話に乗ってくれた。
 
 「外見ろよ。雨なんて降るわけねーだろ」
 
 案の定、今日は雲一つない快晴ではぐらかそうとしていることがバレバレだ。バレーだけに。そんな余裕な状態ではなく内心汗ダラダラだ。
 
 「お前悩みあるならいつでも言えよ。恋愛相談は乗れないけどな」
 「ありがとう。でもいまはそんな場合じゃ」
 
 豊田の視線はななめ下。視線の先では中庭のベンチで女子生徒たちが騒いでいる。うるさいのは嫌いだし、あんまり女子は好きじゃない。
 
 「女子生徒なんて盗み見ないよ」
 「嘘つかなくたっていいんだぞ。盗み見なんてただ目に入っただけだからな」
 
 あんなにフレンドリーだから女子生徒ともよく話すところを見るが、モテている自覚は本人にはないみたいだ。
 
「1ヶ月後に隣町の高校と練習試合をしようとしてるらしい。圭ちゃんが団結力を上げたいとかでちゃんと呼べってうるさいんだ」
 
 圭ちゃんはバレー部顧問で英語の教師でもある。僕のクラスは持ってないけど豊田の担任だからしつこいんだろう。

 「じゃあその日は予定あけられるように頑張るからさ」
 「そうなんだけどそうじゃなくて。早く来いよ」待ってるから。
 
その言葉をつけ足さなかったのは豊田なりの優しさがあるんだと思う。僕が部活を無断欠席していても何も咎めてこない。大変なはずなのに急かしてこない。
 部活に行くからと豊田は豪快なストライドで廊下を走っていった。
 
 
 豊田との会話で何かが引っかかる。バレー部は好きだったけど周六あるなんて聞いてなかったし毎日真面目に出てたら飽きた。部活に最近行ってなさすぎて部活のことなんて頭になかった。豊田がうまくはぐらかしてくれているんだろう。豊田にも悪いし今度行かなきゃなあ。

 女子生徒盗み見?盗み見するくらいなら直接話しに行くし。僕そんなに視力良くないし。
 遠くのものを見るときはいつもスマホのカメラで。そうだ、僕は今女子生徒を盗み見なんてしてなかった。生徒会室をのぞき見してたんだ。
 
 豊田ーー!時計はもう15分ほど予定時刻から進んでいる。 
 あ、電気が消えた。しばらくするとプリントを持ったサラサラ黒髪の男子生徒が出てきた。 確か生徒会の人だけど名前は分からない。
 生徒会長は一番最後までのこって仕事が終わった仲間を労うのでは?もしかしたらまだ校舎内にいる可能性が高い。
 かすかな希望を抱いて走りだす。どこが生徒会長のクラスなんて分からないからとりあえず下に走っていたらいつの間にか下駄箱についた。
 
 下駄箱は上履きと土足が半々くらいの割合だ。クラスも出席番号も知らないんじゃ下駄箱がどれかも分からない。最後の生徒が来るまで待つしかないか。静かで冷たい風が吹き抜けていく。
 さっき雲一つなく快晴だった空は急に曇り始め、今にも雨が降りそうだ。傘持ってきてる人いるんだろうか。傘立てには1本だけ傘が刺さっている。どうせ忘れ物だろう。
 
 座ることができた僕は船を漕ぎ始めていた。ガチャッ。誰か来た?そう思い顔を上げるが知らない人しか通らない。もう帰ろう。ぼつぼつ雨が降っている。傘をつかんでは離し。つかんでは離す。明日返そう。今度こそかさを手にした僕はビニール傘を開いて安堵する。傘の骨の部分は錆びていてビニールもしばらく使われていない証拠に張り付いていてパリパリ音がした。
 
 「ねえ、君。校舎出ようとしてる君」
 
 僕はまさに校舎から足を一歩踏み出していた。
 けっして大きくはないけどよく通る声。
 悪寒が走る。ここから離れるべきだと本能がそう言っているが、身体が硬直して動けない。かろうじて開いた口を開いて
 
 「すみません、この傘は僕のものではありません……今日は天気予報も晴れで冊子まで快晴で雨が降ると思ってもいなくて。どうせ誰も傘持ってきてないだろうと思ってたんですが、1本あったので。忘れ物だと思い込んでこれを使って帰ろうとしました。ごめんなさい。今度何でもするので見逃してください」
 
 思わず自分を守るための言い訳が連なり早口になってしまっていた。
 誰もいなかったはずの下駄箱付近には男子生徒が立っていた。背は僕より少し高いくらい。顔を見るのが怖い。ちらっと盗み見ると視線が合った。
 
 男子生徒は冷ややかに僕の事をみているのがわかる。背中に受ける視線が怖い。どっかで見たことある気がするけど今は誰でもいい。素早い動きで踵を返し走り出した僕に彼は何か言ったのかもしれないが何も聞こえない。
 ごめんなさいとできるだけ大声で叫びながら逃げる。今と僕はどんなヤツよりもダサい走り方になっているに違いない。
 きっとこれは天罰なんだ。傘を取ってからどんどん雨が強くなってる。
 強いて言えば雨が降っていれば追ってくることもないから雨が降っててよかった。
 
 ごめん、まただめだった。