「すみません。しばらく学校には行けそうにないです…理由ですか?ちょっと言えないです」
昼過ぎに学校に連絡をし、家事などある程度やることを終わらせた慎太郎はソファに座りぐったりしていた。
「いやぁ疲れるな…でもこれからどうしようかな」
家事などほとんどやったことない男子高校生。見様見真似でここまでやっているが合っているかどうかなんてわからない。それ以外にも電気代やら家賃やらお金関係などわからないことも多すぎる。たった1人の高校生が担うにはあまりにも大きく、重かった。
「今日はもういいや。病院からも連絡こないし、スーパーでも行こう」
スーパーには家族連れが多く見受けられた。小学校の授業が終わってそのまま寄っているのだろうか?自分の年代とはかけ離れているが少し羨ましく見えた。
「お母さん!今日の夜ご飯なにー?」
「今日はねカレーだよ」
「やったー!」
あんな何気ない会話もきっともうできないんだろうなと悲観的になっていた。
「…カレーか。しばらく食べてないしいいかもな」
たかがカレーを作るだけでもレシピをみないとわからない。そもそも何が入ってるとかあんまり考えて食べたことがなかった。スマホで1から調べて野菜、肉、カレールーを買い物かごへ入れていく。
「なんか足りないな。なんだっけな」
食品売り場を練り歩き、豆腐コーナーの前までやってくる。
「カレーに豆腐?これはなんか違う気がする…あ!これだ!」
慎太郎が手に取ったのは油揚げだった。
「そうだようちのカレーにはいつも入ってた。これちゃんと染みてると美味しいんだよなー」
食材を買い、家へと戻った慎太郎はエプロンをつけ、さっそく台所に立っていた。
「えーっと…まずはお米を炊く…号数?なんだこれわかんないから2号でいいや」
米びつから米を取り出し、炊飯器へ入れる。
「え?これで足りんのかな?なんか少なく見えるけど大丈夫か?」
追加でカップ半分ほどお米を入れ、水で洗い炊飯器のボタンを押す。
「これで米はOKだろー?次は野菜か…
おぼつかない手つきで野菜の皮を剥き、ざく切りにしていく。見たことないぐらい大きい野菜がゴロゴロと鍋の中に入っていく。
「どうせでかい方がうまいだろ」
水と肉を適当に入れ火をかけて沸騰させる。肉に火が通ったのを確認し、カレールーを次々と入れていく。1人分にしてはかなり大量のカレールーが出来上がっていた。
「なんか多いな」
ピーピーピーと炊飯器の音が鳴る。
「お!炊き上がったー」
蓋を開けるとそこには大量のお米が待ち構えていた。
「え?!多くね?こんな量入れたっけ?まぁ味が良けりゃなんでもいっか」
お米をお皿に盛り、カレールーをかける。見た目だけは良いカレーライスが完成した。テレビをつけてその日のニュースを見ながら1人でカレーを頬張る。
「お米硬!野菜もなんかしゃりしゃり音がして硬いな。失敗しちゃったよ。あはは…あ、油揚げだけは美味しい」
母親がいたらなんと言ってくれただろうか。無理してでも美味しいと言ってくれただろうか。生活の全ての記憶に元気だった頃の母が浮かび上がってくる。テレビの音しかしない一人ぼっちのリビングで涙を流しながらカレーを食べていた。
翌日、病院から電話があった。麻酔が切れ母が目を覚ましたようだ。久々に見る母親に少しだけほっとした。
「お母さん…」
母親は病室の外をじっと眺め一向にこちらを向く気配がない。
「ごめん。俺が試合来てなんて言ったから」
その言葉を聞きやっと口を開いた。
「あんたのせいじゃないよ。なんとも思ってないから大丈夫」
「そっか。あ、あと…」
「お父さん。いなくなったでしょ?」
「え?なんでそれを…」
「なんとなくよ。ずっと前からあの人の心の中には違う人がいたような気がする。多分その人の元へ行ったんだわ」
「そんな…そんなの!」
「いいの。こんなんじゃ一緒にいてもしんどいだけ。私も別になりたくてこんなのになったわけじゃないんだけどね」
母親の声は少し震えていた。
その後、医師と看護師に呼び出され、診察室へと入る慎太郎。
「お母さんが目を覚ましましたし、病院としてももうやれることがないので退院という形にはなるのですが」
「そうですか…こういった時ってどうしたらいいんですか?」
「まぁ多くの場合は障害者施設に入ったり、自宅で療養したりしますね。ただ自宅だとご家族の支援が必ず必要になると思います」
「そうですか…自宅と施設だと施設の方が高いですか?」
「それはちょっと我々にも…」
「そうですか…」
だいたい予想はしていたが、施設に入れるとなると、とても払えるような金額ではなかった。ベッドや車椅子をレンタルで導入し、平日の昼間はヘルパーをお願いすることにした。そして家賃を抑えるため、ボロボロのアパートへと引っ越しをした。
数日後。
「お母さん、ここが新しい家だよ、ボロボロだけどちゃんと暮らせはするから」
「そう」
新しい家を見て母親は少し残念そうにしていた。
「これから介護は俺がしていくし、学校に行っている間はヘルパーさんが来てくれるからさ」
「そう。あとお願いなんだけど、私のこと周りに言わないでくれる?」
「なんで?」
「麻痺して介護されてる上に旦那に逃げられたなんて知られたら恥ずかしくて生きていけないわ」
「…そう」
この日から慎太郎の介護生活は始まった。部活を正式に退部し、アルバイトを始め、毎日のように遅刻するようになったのもこの頃からだった。
最初は口数が少なくどこか慎太郎に気を遣っているように見えた母も数ヶ月経った頃には快適さを求めて、要求がエスカレート。甘えるようになっていた。
「慎太郎」
「ん?」
「トイレ連れてって」
「え?いま?もうすぐヘルパーさん来るし、俺学校行かなきゃ行けないんだけど」
「いやいつもの時間なんだけど」
「わかったよ」
いつものようにトイレに連れて行き、終わればまたベッドへと戻す。トイレに行くだけで20分も30分も無駄にすることになる。
ピーンポーン。
「あ、やっと来た」
「おはようございます」
「あ、松永さん。今日もよろしくお願いします」
「はい。あれから体調どうですかね?」
「うーん。特に変わらないと思います。わがままなまんまです」
「そうですか、ではここからは私が」
「はい」
そう言い慎太郎は学校へと向かって行った。
「真由子さん。おはようございます」
「あぁ松永さん。今日もお願いします。毎日申し訳ない」
「いいえ。別になんとも思ってませんよ」
「そりゃよかった」
「朝ごはん食べたんですか?」
「いやまだ。多分慎太郎が冷蔵庫に入れてってくれてる」
冷蔵庫を開くとすりおろしたりんごやお粥など消化に良く食べやすいものがたくさん入っていた。
「これ全部息子さんが?」
「うん。いつの間にか料理ができるようになってたみたい」
「すごいですね」
「こんな形で息子の成長を見るとは思ってもいなかったよ」
真由子は嬉しそうに語っていた。
「でも息子さんお母さんわがままで困ってるんですって言ってましたよ?」
「そうねぇ。もちろん感謝してるんだよ。こんな姿になっても見捨てずにいてくれる息子にね。だからそれに安心して甘えちゃってるのかな?あの子がいないと何にもできないのになんか素直になれないんだよね」
「いつか言えるといいですね。感謝」
「そうね。いつからこんなに捻くれちゃったのかしら」
ヘルパーにお粥を口に運んでもらう。
「あ、美味しい」
「じゃあもうすぐ息子さん帰ってくると思うので、私はここで失礼しますね」
「ありがとう。またよろしくね」
そして入れ替わるように慎太郎が帰ってくる。
「ただいまー」
家に帰ってきた慎太郎は台所へ向かい、ぐちゃぐちゃになっている食器を見てため息をつく。
「おかえり。今日バイトは?」
「休み」
「そう。じゃあ今日はあの弁当を食べずに済むのね」
洗い物をしていた慎太郎の手が止まる。
「何それ」
「ここ数ヶ月いつもあそこの弁当ばっかりで流石に私も飽きるわ」
「あっそ」
本当は言い返してやりたかった。誰のせいでこんなことになってんだって。しかしそんな行き場のない怒りを動けもしない母親にぶつけたってどうしようもない。
洗い物を終え、今日はもう寝てくれ、呼ばないでくれとだけ伝え、リビングの電気を消し自分の部屋へ入って行った。
土日はヘルパーが来ないため、一日中慎太郎がつきっきりで介護を行う。数ヶ月も経つと慣れた手つきで、家事と介護をこなしていく。
「慎太郎!」
「あ?」
「掃除機がうるさくてテレビの音聞こえない」
「あぁそう」
この時の慎太郎は事故当初のように母親への感情はなく、ただ介護をこなす機械と化していた。
「じゃあ俺部屋で勉強してるから。なんかあったら呼んで」
「はいよ」
この時間が好きだった。やっと1人になれる気がして、呼ばれない限り何をしててもいい唯一の自由時間。勉強と言って部屋に入っているが、やってはいない。成績は落ちてもいいから心の安らぎが欲しかった。
そんな安らぎの時間を邪魔するようにインターホンが鳴る。
「はい。どなたですか」
「あの私、玉中康弘と申します。立石真由子さんを車で轢いてしまった張本人です」
「は?」
昼過ぎに学校に連絡をし、家事などある程度やることを終わらせた慎太郎はソファに座りぐったりしていた。
「いやぁ疲れるな…でもこれからどうしようかな」
家事などほとんどやったことない男子高校生。見様見真似でここまでやっているが合っているかどうかなんてわからない。それ以外にも電気代やら家賃やらお金関係などわからないことも多すぎる。たった1人の高校生が担うにはあまりにも大きく、重かった。
「今日はもういいや。病院からも連絡こないし、スーパーでも行こう」
スーパーには家族連れが多く見受けられた。小学校の授業が終わってそのまま寄っているのだろうか?自分の年代とはかけ離れているが少し羨ましく見えた。
「お母さん!今日の夜ご飯なにー?」
「今日はねカレーだよ」
「やったー!」
あんな何気ない会話もきっともうできないんだろうなと悲観的になっていた。
「…カレーか。しばらく食べてないしいいかもな」
たかがカレーを作るだけでもレシピをみないとわからない。そもそも何が入ってるとかあんまり考えて食べたことがなかった。スマホで1から調べて野菜、肉、カレールーを買い物かごへ入れていく。
「なんか足りないな。なんだっけな」
食品売り場を練り歩き、豆腐コーナーの前までやってくる。
「カレーに豆腐?これはなんか違う気がする…あ!これだ!」
慎太郎が手に取ったのは油揚げだった。
「そうだようちのカレーにはいつも入ってた。これちゃんと染みてると美味しいんだよなー」
食材を買い、家へと戻った慎太郎はエプロンをつけ、さっそく台所に立っていた。
「えーっと…まずはお米を炊く…号数?なんだこれわかんないから2号でいいや」
米びつから米を取り出し、炊飯器へ入れる。
「え?これで足りんのかな?なんか少なく見えるけど大丈夫か?」
追加でカップ半分ほどお米を入れ、水で洗い炊飯器のボタンを押す。
「これで米はOKだろー?次は野菜か…
おぼつかない手つきで野菜の皮を剥き、ざく切りにしていく。見たことないぐらい大きい野菜がゴロゴロと鍋の中に入っていく。
「どうせでかい方がうまいだろ」
水と肉を適当に入れ火をかけて沸騰させる。肉に火が通ったのを確認し、カレールーを次々と入れていく。1人分にしてはかなり大量のカレールーが出来上がっていた。
「なんか多いな」
ピーピーピーと炊飯器の音が鳴る。
「お!炊き上がったー」
蓋を開けるとそこには大量のお米が待ち構えていた。
「え?!多くね?こんな量入れたっけ?まぁ味が良けりゃなんでもいっか」
お米をお皿に盛り、カレールーをかける。見た目だけは良いカレーライスが完成した。テレビをつけてその日のニュースを見ながら1人でカレーを頬張る。
「お米硬!野菜もなんかしゃりしゃり音がして硬いな。失敗しちゃったよ。あはは…あ、油揚げだけは美味しい」
母親がいたらなんと言ってくれただろうか。無理してでも美味しいと言ってくれただろうか。生活の全ての記憶に元気だった頃の母が浮かび上がってくる。テレビの音しかしない一人ぼっちのリビングで涙を流しながらカレーを食べていた。
翌日、病院から電話があった。麻酔が切れ母が目を覚ましたようだ。久々に見る母親に少しだけほっとした。
「お母さん…」
母親は病室の外をじっと眺め一向にこちらを向く気配がない。
「ごめん。俺が試合来てなんて言ったから」
その言葉を聞きやっと口を開いた。
「あんたのせいじゃないよ。なんとも思ってないから大丈夫」
「そっか。あ、あと…」
「お父さん。いなくなったでしょ?」
「え?なんでそれを…」
「なんとなくよ。ずっと前からあの人の心の中には違う人がいたような気がする。多分その人の元へ行ったんだわ」
「そんな…そんなの!」
「いいの。こんなんじゃ一緒にいてもしんどいだけ。私も別になりたくてこんなのになったわけじゃないんだけどね」
母親の声は少し震えていた。
その後、医師と看護師に呼び出され、診察室へと入る慎太郎。
「お母さんが目を覚ましましたし、病院としてももうやれることがないので退院という形にはなるのですが」
「そうですか…こういった時ってどうしたらいいんですか?」
「まぁ多くの場合は障害者施設に入ったり、自宅で療養したりしますね。ただ自宅だとご家族の支援が必ず必要になると思います」
「そうですか…自宅と施設だと施設の方が高いですか?」
「それはちょっと我々にも…」
「そうですか…」
だいたい予想はしていたが、施設に入れるとなると、とても払えるような金額ではなかった。ベッドや車椅子をレンタルで導入し、平日の昼間はヘルパーをお願いすることにした。そして家賃を抑えるため、ボロボロのアパートへと引っ越しをした。
数日後。
「お母さん、ここが新しい家だよ、ボロボロだけどちゃんと暮らせはするから」
「そう」
新しい家を見て母親は少し残念そうにしていた。
「これから介護は俺がしていくし、学校に行っている間はヘルパーさんが来てくれるからさ」
「そう。あとお願いなんだけど、私のこと周りに言わないでくれる?」
「なんで?」
「麻痺して介護されてる上に旦那に逃げられたなんて知られたら恥ずかしくて生きていけないわ」
「…そう」
この日から慎太郎の介護生活は始まった。部活を正式に退部し、アルバイトを始め、毎日のように遅刻するようになったのもこの頃からだった。
最初は口数が少なくどこか慎太郎に気を遣っているように見えた母も数ヶ月経った頃には快適さを求めて、要求がエスカレート。甘えるようになっていた。
「慎太郎」
「ん?」
「トイレ連れてって」
「え?いま?もうすぐヘルパーさん来るし、俺学校行かなきゃ行けないんだけど」
「いやいつもの時間なんだけど」
「わかったよ」
いつものようにトイレに連れて行き、終わればまたベッドへと戻す。トイレに行くだけで20分も30分も無駄にすることになる。
ピーンポーン。
「あ、やっと来た」
「おはようございます」
「あ、松永さん。今日もよろしくお願いします」
「はい。あれから体調どうですかね?」
「うーん。特に変わらないと思います。わがままなまんまです」
「そうですか、ではここからは私が」
「はい」
そう言い慎太郎は学校へと向かって行った。
「真由子さん。おはようございます」
「あぁ松永さん。今日もお願いします。毎日申し訳ない」
「いいえ。別になんとも思ってませんよ」
「そりゃよかった」
「朝ごはん食べたんですか?」
「いやまだ。多分慎太郎が冷蔵庫に入れてってくれてる」
冷蔵庫を開くとすりおろしたりんごやお粥など消化に良く食べやすいものがたくさん入っていた。
「これ全部息子さんが?」
「うん。いつの間にか料理ができるようになってたみたい」
「すごいですね」
「こんな形で息子の成長を見るとは思ってもいなかったよ」
真由子は嬉しそうに語っていた。
「でも息子さんお母さんわがままで困ってるんですって言ってましたよ?」
「そうねぇ。もちろん感謝してるんだよ。こんな姿になっても見捨てずにいてくれる息子にね。だからそれに安心して甘えちゃってるのかな?あの子がいないと何にもできないのになんか素直になれないんだよね」
「いつか言えるといいですね。感謝」
「そうね。いつからこんなに捻くれちゃったのかしら」
ヘルパーにお粥を口に運んでもらう。
「あ、美味しい」
「じゃあもうすぐ息子さん帰ってくると思うので、私はここで失礼しますね」
「ありがとう。またよろしくね」
そして入れ替わるように慎太郎が帰ってくる。
「ただいまー」
家に帰ってきた慎太郎は台所へ向かい、ぐちゃぐちゃになっている食器を見てため息をつく。
「おかえり。今日バイトは?」
「休み」
「そう。じゃあ今日はあの弁当を食べずに済むのね」
洗い物をしていた慎太郎の手が止まる。
「何それ」
「ここ数ヶ月いつもあそこの弁当ばっかりで流石に私も飽きるわ」
「あっそ」
本当は言い返してやりたかった。誰のせいでこんなことになってんだって。しかしそんな行き場のない怒りを動けもしない母親にぶつけたってどうしようもない。
洗い物を終え、今日はもう寝てくれ、呼ばないでくれとだけ伝え、リビングの電気を消し自分の部屋へ入って行った。
土日はヘルパーが来ないため、一日中慎太郎がつきっきりで介護を行う。数ヶ月も経つと慣れた手つきで、家事と介護をこなしていく。
「慎太郎!」
「あ?」
「掃除機がうるさくてテレビの音聞こえない」
「あぁそう」
この時の慎太郎は事故当初のように母親への感情はなく、ただ介護をこなす機械と化していた。
「じゃあ俺部屋で勉強してるから。なんかあったら呼んで」
「はいよ」
この時間が好きだった。やっと1人になれる気がして、呼ばれない限り何をしててもいい唯一の自由時間。勉強と言って部屋に入っているが、やってはいない。成績は落ちてもいいから心の安らぎが欲しかった。
そんな安らぎの時間を邪魔するようにインターホンが鳴る。
「はい。どなたですか」
「あの私、玉中康弘と申します。立石真由子さんを車で轢いてしまった張本人です」
「は?」
