若き介護者

 電車を降りて改札を出る。ポケットに入っているスマートフォンを取り出し時間を確認する。8時50分。今日も学校には間に合わなかった。駅から学校までは歩いて10分。いつもは走っているが今日はもういいや、諦めて歩こう。ある程度遅れていけば生徒指導の矢崎に玄関先で会って怒られることもない。そう思いコンビニでパンを買いゆっくりと学校へ向かう。しかし見立ては甘かった。
「おい!立石慎太郎!お前また遅刻か!」
「うわ…マジか」
こういう日に限っていつまでも玄関先で立ってやがる。
「しかもパンなんか咥えて来て。自分が遅刻してくることわかってんのか?」
こいつは一度捕まると長い。慎太郎はそのことをわかっていた。おはようございますと小さい声で言い、無視してそのまま学校の中へと入って行った。
「まだ話は終わってねぇぞ!」
「なんですか?授業に遅れるんですけど」
「遅刻した分際でよくそんなことが言えるな。朝からお前みたいな生徒を相手にするこっちの身にもなってくれよ」
くだらない嫌味に反応することなく、階段を上がり教室へと向かっていく。慎太郎が扉を開けるとすでに朝の会が始まっていた。
「おぉ。来たか」
担任もクラスメイトも慎太郎が遅刻してくることに別に驚きはしない。
慎太郎は自分の席につくと水筒の水を一口飲み机突っ伏して寝てしまった。そのまま時が経ち気づいた時には帰りの会が始まっていた。
「立石。今日一日中寝てたらしいな」
担任の宮本が慎太郎の机を叩く。
「はぁ…そうみたいですね」
周りからクスクスとバカにしたような笑いが聞こえる。
「そうみたいですねじゃねぇよ。もうちょっと気にしたらどうだ?」
「はい。わかりました」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った瞬間、慎太郎はカバンを持ち教室を出ていく。そして入れ違いで教室に生徒指導の矢崎が入ってきた。
「宮本先生!立石は?」
「あいつもう帰っちゃいました」
「まさかまた?」
「えぇ。反省文を朝書かせようと思ったんですけど逃げられてしまって」
2人の教師は目を合わせため息をつく。
「あいつどうしちゃったんでしょうね」
「1年生のときはあんなに野球部で頑張ってて、入部したばっかりだったのにエースナンバーももらって」
「なのに突然部活を辞めて今や遅刻常習犯。学業のほうも成績が落ちてるみたいじゃないですか」
宮本はため息をつきながら頷く。
「そうなんですよ。成績が落ち始めたのも部活を辞めた時期とちょうど同じぐらいですかね。最初は心配して何があったか聞き出そうと頑張ったんですけど、なんでもないの一点張りで」
「どうせ悪い奴に流されてるんですよ。後悔するのはあいつなんで放っておきましょう」

 学校を出た慎太郎はすでに電車に揺られていた。5つほど駅を通過し、自宅の最寄駅で降りる。そのまま帰宅するのではなく近くのお弁当屋さんへと入って行った。
「あら。立石くん今日もシフトに入ってるの?がんばるね」
「えぇ。お金が必要なので」
慎太郎は自宅近くのお弁当屋さんでほぼ毎日夜遅くまでアルバイトをしていた。時給は1000円ちょっと。そんなに高くはないが、高校生のお小遣いにはちょうどいいぐらいだった。しかし慎太郎が稼いだお金の使い道は自分のお小遣いではなかった。
「立石くん。今日も余ったお弁当持っていくかい?」
「いいんですか?!すごく助かります!」
アルバイトを終えた慎太郎は袋に弁当を3つほど詰め込み店を後にした。
慎太郎の家はお弁当屋さんから歩いて5分ほどのところにある。見た目からして古いアパートだ。外階段はギシギシと音を鳴らし、渡り廊下も薄暗く、他の人から見れば、本当に人が住んでるから怪しいレベルの家だった。
「ただいまー。悪い今日も遅くなった」
リビングからはテレビの音が聞こえる。慎太郎はため息をつきながらリビングへと向かった。
「母さん、テレビ見ないなら消してよ。うちお金ないんだからこういうところから節約しなきゃやってかないんだよ?」
「そんなこと言われたって音がないと寂しいし」
慎太郎の目の前には昇降式のベッドの上で寝たきりになっている母親の姿があった。
「いや、知らないし。そんなことよりもうお風呂入れてもらったんでしょ?」
「うん。ヘルパーさんが来てやってくれたよ」
「そう。お弁当あっためてくるから。そしたらご飯にしよう」
「あ、待って。トイレに連れてって」
「えぇ?ご飯食べた後にしたら?」
「いやぁ…時間的に今なんだよ…」
慎太郎は少しイラッとした顔をするも、うんうんと頷いて母親を車椅子に移動させ、トイレへと連れて行った。
「慎太郎、いつもの」
「わかったわかった」
母親のお腹をのの字になぞり、蠕動運動を促す。
「坐薬より効くからいいね」
「俺は坐薬が効いてほしいけどね」
「なんでそんなこと言うの」
「毎回人の排便を見てなきゃいけないこっちの身にもなってよ」
全て出し切った後慎太郎が拭き取り、再び車椅子へ乗せ、ベッドへと戻す。
「ありがとう」
「はい。手洗ってお弁当あっためるからそこで寝っ転がって待ってて」
 母親と2人で売れ残った弁当に手をつける。2人の間に特に会話はなく、静かな時間が流れていた。

 慎太郎は1年ほど前から母親の介護を余儀なくされたヤングケアラーだった。訪問介護はお願いしているが、それは平日の日中のみ。土日や夜は介護士たちも休みのため慎太郎が付きっきりで介護を行なっていた。
 あの事故さえなければ母親がこんな姿にならなかったのに、あの時自分がわがままを言わなければ未来は違ったかもしれないと後悔しない日は無い。