Prism★Stars〜女装アイドルは美容男子と恋に落ちる〜

夏休みに入った。
美術部は夏季合宿くらいしか活動がない。
少し寂しいけれど、その代わり律とは「夏休み中、何回か遊ぼう」とLINEで約束していた。

(楽しみだな)

スマホのトーク画面を見返しているだけで、自然と頬が緩む。

そんな俺たち高校生の夏休みに合わせるように、事務所もびっしりと仕事を入れていた。
この日は、新曲発売を記念した大規模なリリースイベント────通称、リリイベの日。
ミニライブで新曲を披露したあと、CDを買ってくれたファンの人たちと握手やチェキ撮影、短いトークを楽しむ交流イベントだ。
ファンと直接会える貴重な機会。

だからこそ、俺は毎回、楽しみと同じくらい緊張していた。

「ルナちゃん!この前のテレビも雑誌も最高だったよ!」

最初にやって来たのは、大学生くらいの少しふくよかな男性だった。
チェック柄のシャツを着たその人は、目を輝かせながら話しかけてくる。

「雑誌も十冊買った! 読む用、保存用、布教用……あと予備!」
「えっ、十冊も!?」

思わず笑ってしまう。

「ありがとうございます。本当に嬉しいです」

特典は握手とツーショットチェキ。
握手した手は、少し汗ばんでいた。

「手、小さいねぇ。かわいい」

にやにやと笑われる。
俺は営業スマイルを崩さないまま、

「ありがとうございます」

と微笑み返した。
そのまま二人でハートを作り、カシャッとチェキが撮影される。

「また来るね!」
「はい、お待ちしてます!」

そう見送ると、次の人が前へ出てきた。

「ルナちゃん!」

現れたのは、俺と同じくらいの年齢の女の子だった。
髪もメイクも可愛く整えていて、着ている衣装を見て思わず目を丸くする。

「それ……!」

Prism★starsの公式衣装。
しかも黄色担当の俺と同じデザインだった。

「今日、ルナちゃんに会うために作って、着てきたの!」

嬉しそうにくるりと一回転する。
その姿があまりにも可愛くて、自然と笑みがこぼれた。

「ありがとう!すごく似合ってる。めちゃくちゃ可愛いよ」

その一言で、女の子はぱっと頬を赤く染めた。

「やばい……生ルナちゃん、本当に可愛い……。
私、ルナちゃんのこと雑誌の特集を見て好きになったの。これからもずっと応援するね!」
「ありがとう。また会いに来てね」

笑顔で手を振ると、女の子も何度も振り返りながら帰っていった。
そうしてこの日も、たくさんのファンと言葉を交わし、握手をして、チェキを撮る。
一人ひとりとの時間はほんの数十秒。
それでも、その短い時間を楽しみに来てくれる人がいる。
だから俺は、今日も〝ルナ〟として笑顔を絶やさなかった。

「お疲れさまー」
「お疲れ」

楽屋へ戻ると、一足先にミウとレイが衣装を脱ぎ終え、着替えを始めていた。
俺も鏡の前に座り、イヤリングを外してメイクを落とし始める。
すると、スマホを見ていたミウが何気ない口調で言った。

「今日のファン分析、もう出てたわよ」
「もう?」

イベントが終わって一時間も経っていない。
スタッフの仕事は相変わらず早い。

「アタシとレイは男女比がほぼ半々。でもルナは男性七割、女性三割」
「……へぇ」
「年齢層も面白いわ。アタシは十代から二十代前半が中心。レイは少し年上が多め。ルナは学生から社会人まで幅広くて、案外バランスいいのよね」
「それで?」

鏡越しに聞き返すと、ミウはふっと片眉を上げた。

「別に?ファン層を把握するのも仕事って話。……あと」

一拍置いて、意味ありげに紙をこちらへ向ける。

「今回、一位だったわよ」
「……え?」

思わず立ち上がり、その紙を奪い取った。

そこには各メンバーの〝レーン動員数〟つまり、誰にどれだけ特典券が使われたかを示す数字が並んでいる。
人気を測る、一番わかりやすい指標だ。
これまでは、

一位・ミウ。
二位・レイ。
三位・俺。

それが今回は────

ルナ 3500
ミウ 3200
レイ 2500

と、紙に書かれていた。

「……うそ」

思わず見返す。
見間違いじゃない。

本当に、俺が一位だった。

「……マジか」

呆然と呟く俺を見て、ミウが小さく鼻を鳴らした。

「今までは正直、あんたのこと嫌いだったのよ」
「おい」
「顔とダンスだけで売れてるくせに、向上心もないし、やる気もない奴だって思ってた」

そこまで言われると少し傷つく。
だけどミウは真っ直ぐ俺を見たまま、続けた。

「でも最近は違う」
「……」
「美容も勉強して、ライブでも雑誌でも、自分からもっと良くしようっていう気持ちが見えるようになった。
グループを良くしたいっていうのが、ちゃんと伝わってくる。
ファンはそういうところ、ちゃんと見てるのよ」

その言葉に、思わず息を呑む。
ミウはふっと笑った。

「だからこの結果なんでしょうね。
……おめでとう、ルナ」
「ミウ……」

胸が熱くなる。
あのミウが。
いつも俺に厳しかったミウが、真正面から認めてくれた。
これまでの厳しい言葉も、グループを本気で良くしたいからこそだったのかもしれない。
そんな考えが、初めて頭をよぎった。

「俺からも、おめでとう」

レイも穏やかに笑う。

「最近のルナは本当に変わった。
努力してるのが分かるし、その努力がちゃんと結果になってる。
これからも、一緒にPrism★Starsを引っ張っていこう」
「……ありがとう、リーダー」

思わず目頭が熱くなる。
そんな俺を見て、二人は同時に苦笑した。

「泣くにはまだ早いだろ」
「そうよ。一回抜いたくらいで満足しないことね」

ミウは腕を組み、にやりと笑う。

「次はドラマ出演でも勝ち取ってきなさい」
「……ドラマ?」

その一言に、胸が小さくざわついた。
役者。
それは子役だった頃から、ずっと憧れてきた仕事だ。

「いきなりハードル高くないか?」

そう返すと、ミウは肩をすくめた。

「何言ってるの。
一つ先輩のHYPER-MENだって、一般メンバーがドラマに出てるじゃない。
別に夢物語じゃないわ」

レイも思い出したように頷く。

「そういえば、マネージャーが言ってたな。そろそろ秋ドラマのキャスティングが動き始める時期だって。
俺たちにも何か来ないかなぁ。男の娘役とか、今なら普通にありそうだし」
「そうそう!」

ミウも身を乗り出す。

「恋敵でも犯人役でも何でもいいから仕事ちょうだいって感じ!」
「ミウは悪役、似合いそうだな」
「あら、褒め言葉?」
「リーダーは生徒会長とかだろ」
「じゃあ俺は?」

俺が聞くと、ミウは少し考えてから、にやりと笑った。

「……何も知らずに一番最初に殺されるヒロイン?」
「なんだよ、それ!」

楽屋に笑い声が響く。
この時の俺は、ドラマなんてまだまだ遠い世界の話だと思っていた。

まさか、その話がすぐ自分のもとへ舞い込んでくるなんて、夢にも思っていなかった。