この日はラジオの収録でラジオ局に来ていた。
収録を終えて控室へ戻るなり、ミウがニヤニヤしながら俺の肩に腕を回してくる。
「ちょっと、ルナ。
美容、本気で頑張り始めたじゃない」
「……やっぱそこ突っ込まれる?」
この日のラジオは女性タレントがパーソナリティを務めるアイドル情報番組に、Prism★Stars三人でのゲスト出演。
新曲やライブの話題で盛り上がった後、美容の話になり、俺は最近始めたスキンケアや食生活について答えた。
その内容が予想以上に具体的だったらしく、パーソナリティはもちろん、隣のミウやレイまで驚いた顔をしていた。
そのまま話題は美容談義へと広がり、収録は終始和やかな雰囲気のまま終了した。
だがミウとしては、そんな俺の変化を嗅ぎつけたらしい。
「そりゃ突っ込むわよ。今までそんな感じじゃなかったじゃない」
呆れ半分、面白がるような笑みを浮かべるミウ。
俺は頭を掻きながら苦笑した。
「化粧水くれた友達がさ、美容に詳しくて。最近いろいろ教えてもらってるんだ」
「へぇ?」
ミウは興味深そうに目を細くした。
「友達って女?あたし達のこと知ってるの?」
「女じゃない。それに、仕事のことは話してない」
「ふぅん…」
そこまで聞くと意味ありげにミウは言葉を切った。
「アタシてっきり、アンタが恋でもしてるのかと思ってたわ」
肘をついていた腕が、思わずガクッと崩れた。
「……っ、なんでそうなるんだよ!?」
「だって定番じゃない、恋をしたらキレイになるって。
大体あんた、人前に出る仕事だから〜とか言ってたけど、この一年全然頑張る気配なんて無かったじゃないの」
「う…」
図星だった。
たしかに美容を頑張り始めた理由は、仕事じゃない。
律と話すようになって。
律がくれた化粧水を使って。
律に教わったことを試してみたら、少しずつ変わっていった。
それだけだった。
せめて誤解のないように、2人に向かって俺はハッキリ言う。
「…でも本当に、その友達の影響なんだよ。
その友達は元々仲良かったんだけど、最近肌荒れしてるからって化粧水くれたりして。
最近学校で話す機会も多くなって、そうしたらその友達が気をつけてる事も教えてくれて…それで詳しくなってきたし、結果も出てきてるんだと思う」
「…その友達って、同じ学校なのか?それで、男?
業界人とかじゃなくて?」
レイが驚いたように言う。
それに俺は頷く。
「うん。俺も最初はビックリしたんだけど、お母さんが美容部員だから詳しくなって本人も好きなんだってさ。
それで、教えられたことやったら仕事にもいい影響あるし…それで今は、美容頑張ってる」
そこまで聞いてようやく納得したようで、ミウはフンと鼻を鳴らした。
「それで納得したわ。最近あんたが綺麗になった理由が」
「誤解してないようで何より」
「でも一つだけ覚えときなさい」
「?」
「うちのグループ、恋愛禁止なんてルールはない。でも…スキャンダルは絶対ダメ」
またその話か。
少しうんざりしながらも頷く。
「わかってるよ」
「別にアタシもレイも、清廉潔白とは言わないわ。アタシだって彼女いるし」
「……ハ?」
まさかの新情報に俺は腰が抜けるほど驚いた。
……かのじょ?
それにレイが静かに笑った。
「初耳だとビビるよな。彼氏の間違いだろ、って」
「失礼ね、アタシは自認は女だけど恋愛対象も女。身体だけが男なのよ」
いや、全然わからない。
新情報過ぎて頭がついていかなかった。
「ていうか。ゲイで言ったらあんたの方だと思ってたけど?」
「……え?」
ミウこと 剛原 武は、そう言ってニヤリと笑った。
「共演者とか、テレビ関係者でも。
マッチョなオトコがいたら目で追ってたりするからそうかな〜と思ってたけど、違う?」
「な……っ」
俺は瞬時に耳まで真っ赤になる。
────それも、図星だったから。
小さい頃から母さんは「かわいい」が口癖で、俺にはフリルやリボンの服を着せた。
小さい頃両親が離婚して父さんが家を出てからはなおさらで、俺の周りに「男らしい大人」はほとんどいなかった。
だからなのか。
重い荷物を軽々持ち上げる腕。
鍛えられた肩。
頼もしそうな背中。
そんな男らしい部分を見ると、昔からつい目で追ってしまう自分がいた。
…でも、それをミウに気づかれていたなんて。
恥ずかしくて俺は一言も発せなくなってしまった。
そんな俺を見てレイはため息をついた。
「こら、ミウ。人の嗜好について踏み込むのはメンバーでも失礼だろ」
そんなレイに片眉をあげて、ミウは涼しげに続けた。
「あら、ごめんなさい。
じゃあレイちゃんの好きなのは男か女か聞いちゃダメかしら?」
「俺はどっちも」
「さっすがリーダー!器が大きいわね」
「そういう問題じゃない」
そんな風に言って笑い合う二人を前に、俺は未だショックから立ち直れないでいた。
******
仕事の時も思っていた。
人にメイクされる瞬間って、どうしてこんなに緊張するんだろう。
目元や頬、唇。
顔は触れられるだけで妙に意識してしまう場所だからだろうか。
ブラシが肌を滑るたび、くすぐったさとは違う落ち着かない感覚が胸をくすぐる。
律はそんな俺とは対照的に、真剣そのものだった。
手元のパレットから色を選び、細いブラシで瞼をなぞる。
時折少し距離を取って全体のバランスを眺めては、また顔を寄せる。
その横顔は部活で絵を描いている時と同じくらい集中していて、思わず見惚れてしまう。
「……目、閉じて」
低い声が耳元で落ちる。
言われるまま目を閉じると、柔らかなブラシが瞼を撫でた。
「次、唇軽く合わせて」
「……うん」
必要なことだけを短く伝えて、あとは黙々と手を動かす律。
静かな部屋には、ブラシのかすかな擦れる音だけが響いていた。
どれくらい経っただろう。
「……よし」
小さく息をついた律が、ようやく顔を上げる。
「はい。できた」
手鏡を差し出され、おそるおそる覗き込む。
「……わ」
思わず声が漏れた。
鏡の中にいたのは、紫から青へと美しく溶け合うアイシャドウをまとった、どこか幻想的な俺だった。
光を受けるたび、目元には細かなラメが瞬き、目尻には小さなラインストーンが星みたいにきらめいている。
「すごい……!なんかキラキラしてる!あ、さっきピンセットで付けてたのってこれ?」
「そう」
律は少しだけ照れたように笑う。
「今回は夏をイメージしてみた。光に当たると、もっと綺麗に見えると思う」
「へぇ……」
鏡を角度を変えながら眺める。
前にやってもらったのは素肌を生かしたナチュラルメイクだったけど、今回はまるでステージに立つためのコンセプトメイクだ。
ラメもラインストーンも、光を受けるたびに表情を変えて輝く。
動画で動いたら絶対映える。
そんな想像をしただけで胸が高鳴って、俺は鏡を抱えたまま律を振り返った。
「早く撮ろ!」
期待を隠せず声を弾ませると、律もつられるように小さく笑った。
*******
「前から思ってたんだけどさ」
撮り終えたスマホを眺めながら、律がぽつりと口を開く。
「ハヤテって、モデルとかやってた?」
「……え?」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
まさか、バレた?
一瞬で体が強張る。
「なんかさ、ポーズがすごく自然なんだよ」
律は撮った写真をスクロールしながら続ける。
「どう動けば綺麗に見えるか分かってるっていうか……目線の外し方とか、顎の角度とか。普通の人とはちょっと違う気がして」
胸の奥がざわつく。
それは全部、仕事で身につけたものだ。
本当なら話したい。
実はアイドルをやっていて、芸名は〝ルナ〟で。
ライブのことも、撮影のことも、メイクのことも。
律になら聞いてほしい。
そんな衝動が胸いっぱいに広がった。
だけど、まだその時じゃない。
そう思って、俺は本当のことを少しだけ口にした。
「あー……小さい頃、キッズモデルを少しやってたから。その癖が残ってるのかも」
「あ、やっぱり」
律は納得したように笑う。
「なんかそんな感じしたんだよ。
今はもうやってないの?」
「うん……今は、ちょっと」
その一言で会話は途切れた。
静かな空気が流れる。
窓から入る夏風だけが、カーテンをゆっくり揺らしていた。
やがて律が、小さく呟く。
「……もったいないな」
「え?」
「ほら」
律はスマホを俺の前へ差し出した。
画面いっぱいに映るのは、さっき撮ったばかりの写真と動画。
ノーマルカメラなのに、目元のラメは光を受けるたび繊細に輝き、目尻のラインストーンはまるで小さな星みたいに瞬いている。
伏せた睫毛。
少しだけ横へ流した視線。
何気なく取ったポーズまで、どこか物語のワンシーンみたいだった。
「……うわ、綺麗……」
「だろ?」
思わず声が漏れると、律は嬉しそうに笑った。
「もちろんメイクが上手くいったのもあると思う。でもやっぱりモデルがいいんだよ。
ハヤテさ、自分じゃ気付いてないかもしれないけど、『この角度が一番綺麗に見える』ってちゃんと分かって動いてる」
「そんなこと……」
「あるよ」
きっぱりと言い切る声。
そして律は、こちらを真っ直ぐ見て言った。
「……すごい綺麗だ」
律が俺の方に向き合って、少しだけ近づいた。
距離が縮まる。
「だからずっと、俺のモデルしてほしい」
「…………ずっと?」
思わず聞き返すと、律は照れもなく頷いた。
「うん」
真っ直ぐな瞳だった。
あまりにも真っ直ぐで、嘘なんてひとつもなくて。
だからこそ、その視線から逃げられない。
見つめ合ったまま、時間が止まったようだった。
……先に耐えられなくなったのは、俺だった。
熱くなった頬を隠すように俯く。
「……ありがと。俺も、できる限りモデル、続けたいと思うよ」
「よかった」
心から嬉しそうに笑う律。
その笑顔には下心なんて何もなくて、ただ綺麗なものを綺麗だと言っているだけなのだと分かる。
(……前に律のモデルをしてた子も、こんなこと言われたのかな)
そう考えた瞬間、胸が少しだけチクリと痛んだ。
理由なんて分からない。
分からないけど、なんだか面白くなくて。
誤魔化すように、もう一度スマホの画面へ目を落とす。
そこに映っていたのは、アイドルの〝ルナ〟じゃない。
男の姿のまま、メイクをまとった俺。
その姿が思っていた以上に綺麗で、思っていた以上に嬉しかった。
収録を終えて控室へ戻るなり、ミウがニヤニヤしながら俺の肩に腕を回してくる。
「ちょっと、ルナ。
美容、本気で頑張り始めたじゃない」
「……やっぱそこ突っ込まれる?」
この日のラジオは女性タレントがパーソナリティを務めるアイドル情報番組に、Prism★Stars三人でのゲスト出演。
新曲やライブの話題で盛り上がった後、美容の話になり、俺は最近始めたスキンケアや食生活について答えた。
その内容が予想以上に具体的だったらしく、パーソナリティはもちろん、隣のミウやレイまで驚いた顔をしていた。
そのまま話題は美容談義へと広がり、収録は終始和やかな雰囲気のまま終了した。
だがミウとしては、そんな俺の変化を嗅ぎつけたらしい。
「そりゃ突っ込むわよ。今までそんな感じじゃなかったじゃない」
呆れ半分、面白がるような笑みを浮かべるミウ。
俺は頭を掻きながら苦笑した。
「化粧水くれた友達がさ、美容に詳しくて。最近いろいろ教えてもらってるんだ」
「へぇ?」
ミウは興味深そうに目を細くした。
「友達って女?あたし達のこと知ってるの?」
「女じゃない。それに、仕事のことは話してない」
「ふぅん…」
そこまで聞くと意味ありげにミウは言葉を切った。
「アタシてっきり、アンタが恋でもしてるのかと思ってたわ」
肘をついていた腕が、思わずガクッと崩れた。
「……っ、なんでそうなるんだよ!?」
「だって定番じゃない、恋をしたらキレイになるって。
大体あんた、人前に出る仕事だから〜とか言ってたけど、この一年全然頑張る気配なんて無かったじゃないの」
「う…」
図星だった。
たしかに美容を頑張り始めた理由は、仕事じゃない。
律と話すようになって。
律がくれた化粧水を使って。
律に教わったことを試してみたら、少しずつ変わっていった。
それだけだった。
せめて誤解のないように、2人に向かって俺はハッキリ言う。
「…でも本当に、その友達の影響なんだよ。
その友達は元々仲良かったんだけど、最近肌荒れしてるからって化粧水くれたりして。
最近学校で話す機会も多くなって、そうしたらその友達が気をつけてる事も教えてくれて…それで詳しくなってきたし、結果も出てきてるんだと思う」
「…その友達って、同じ学校なのか?それで、男?
業界人とかじゃなくて?」
レイが驚いたように言う。
それに俺は頷く。
「うん。俺も最初はビックリしたんだけど、お母さんが美容部員だから詳しくなって本人も好きなんだってさ。
それで、教えられたことやったら仕事にもいい影響あるし…それで今は、美容頑張ってる」
そこまで聞いてようやく納得したようで、ミウはフンと鼻を鳴らした。
「それで納得したわ。最近あんたが綺麗になった理由が」
「誤解してないようで何より」
「でも一つだけ覚えときなさい」
「?」
「うちのグループ、恋愛禁止なんてルールはない。でも…スキャンダルは絶対ダメ」
またその話か。
少しうんざりしながらも頷く。
「わかってるよ」
「別にアタシもレイも、清廉潔白とは言わないわ。アタシだって彼女いるし」
「……ハ?」
まさかの新情報に俺は腰が抜けるほど驚いた。
……かのじょ?
それにレイが静かに笑った。
「初耳だとビビるよな。彼氏の間違いだろ、って」
「失礼ね、アタシは自認は女だけど恋愛対象も女。身体だけが男なのよ」
いや、全然わからない。
新情報過ぎて頭がついていかなかった。
「ていうか。ゲイで言ったらあんたの方だと思ってたけど?」
「……え?」
ミウこと 剛原 武は、そう言ってニヤリと笑った。
「共演者とか、テレビ関係者でも。
マッチョなオトコがいたら目で追ってたりするからそうかな〜と思ってたけど、違う?」
「な……っ」
俺は瞬時に耳まで真っ赤になる。
────それも、図星だったから。
小さい頃から母さんは「かわいい」が口癖で、俺にはフリルやリボンの服を着せた。
小さい頃両親が離婚して父さんが家を出てからはなおさらで、俺の周りに「男らしい大人」はほとんどいなかった。
だからなのか。
重い荷物を軽々持ち上げる腕。
鍛えられた肩。
頼もしそうな背中。
そんな男らしい部分を見ると、昔からつい目で追ってしまう自分がいた。
…でも、それをミウに気づかれていたなんて。
恥ずかしくて俺は一言も発せなくなってしまった。
そんな俺を見てレイはため息をついた。
「こら、ミウ。人の嗜好について踏み込むのはメンバーでも失礼だろ」
そんなレイに片眉をあげて、ミウは涼しげに続けた。
「あら、ごめんなさい。
じゃあレイちゃんの好きなのは男か女か聞いちゃダメかしら?」
「俺はどっちも」
「さっすがリーダー!器が大きいわね」
「そういう問題じゃない」
そんな風に言って笑い合う二人を前に、俺は未だショックから立ち直れないでいた。
******
仕事の時も思っていた。
人にメイクされる瞬間って、どうしてこんなに緊張するんだろう。
目元や頬、唇。
顔は触れられるだけで妙に意識してしまう場所だからだろうか。
ブラシが肌を滑るたび、くすぐったさとは違う落ち着かない感覚が胸をくすぐる。
律はそんな俺とは対照的に、真剣そのものだった。
手元のパレットから色を選び、細いブラシで瞼をなぞる。
時折少し距離を取って全体のバランスを眺めては、また顔を寄せる。
その横顔は部活で絵を描いている時と同じくらい集中していて、思わず見惚れてしまう。
「……目、閉じて」
低い声が耳元で落ちる。
言われるまま目を閉じると、柔らかなブラシが瞼を撫でた。
「次、唇軽く合わせて」
「……うん」
必要なことだけを短く伝えて、あとは黙々と手を動かす律。
静かな部屋には、ブラシのかすかな擦れる音だけが響いていた。
どれくらい経っただろう。
「……よし」
小さく息をついた律が、ようやく顔を上げる。
「はい。できた」
手鏡を差し出され、おそるおそる覗き込む。
「……わ」
思わず声が漏れた。
鏡の中にいたのは、紫から青へと美しく溶け合うアイシャドウをまとった、どこか幻想的な俺だった。
光を受けるたび、目元には細かなラメが瞬き、目尻には小さなラインストーンが星みたいにきらめいている。
「すごい……!なんかキラキラしてる!あ、さっきピンセットで付けてたのってこれ?」
「そう」
律は少しだけ照れたように笑う。
「今回は夏をイメージしてみた。光に当たると、もっと綺麗に見えると思う」
「へぇ……」
鏡を角度を変えながら眺める。
前にやってもらったのは素肌を生かしたナチュラルメイクだったけど、今回はまるでステージに立つためのコンセプトメイクだ。
ラメもラインストーンも、光を受けるたびに表情を変えて輝く。
動画で動いたら絶対映える。
そんな想像をしただけで胸が高鳴って、俺は鏡を抱えたまま律を振り返った。
「早く撮ろ!」
期待を隠せず声を弾ませると、律もつられるように小さく笑った。
*******
「前から思ってたんだけどさ」
撮り終えたスマホを眺めながら、律がぽつりと口を開く。
「ハヤテって、モデルとかやってた?」
「……え?」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
まさか、バレた?
一瞬で体が強張る。
「なんかさ、ポーズがすごく自然なんだよ」
律は撮った写真をスクロールしながら続ける。
「どう動けば綺麗に見えるか分かってるっていうか……目線の外し方とか、顎の角度とか。普通の人とはちょっと違う気がして」
胸の奥がざわつく。
それは全部、仕事で身につけたものだ。
本当なら話したい。
実はアイドルをやっていて、芸名は〝ルナ〟で。
ライブのことも、撮影のことも、メイクのことも。
律になら聞いてほしい。
そんな衝動が胸いっぱいに広がった。
だけど、まだその時じゃない。
そう思って、俺は本当のことを少しだけ口にした。
「あー……小さい頃、キッズモデルを少しやってたから。その癖が残ってるのかも」
「あ、やっぱり」
律は納得したように笑う。
「なんかそんな感じしたんだよ。
今はもうやってないの?」
「うん……今は、ちょっと」
その一言で会話は途切れた。
静かな空気が流れる。
窓から入る夏風だけが、カーテンをゆっくり揺らしていた。
やがて律が、小さく呟く。
「……もったいないな」
「え?」
「ほら」
律はスマホを俺の前へ差し出した。
画面いっぱいに映るのは、さっき撮ったばかりの写真と動画。
ノーマルカメラなのに、目元のラメは光を受けるたび繊細に輝き、目尻のラインストーンはまるで小さな星みたいに瞬いている。
伏せた睫毛。
少しだけ横へ流した視線。
何気なく取ったポーズまで、どこか物語のワンシーンみたいだった。
「……うわ、綺麗……」
「だろ?」
思わず声が漏れると、律は嬉しそうに笑った。
「もちろんメイクが上手くいったのもあると思う。でもやっぱりモデルがいいんだよ。
ハヤテさ、自分じゃ気付いてないかもしれないけど、『この角度が一番綺麗に見える』ってちゃんと分かって動いてる」
「そんなこと……」
「あるよ」
きっぱりと言い切る声。
そして律は、こちらを真っ直ぐ見て言った。
「……すごい綺麗だ」
律が俺の方に向き合って、少しだけ近づいた。
距離が縮まる。
「だからずっと、俺のモデルしてほしい」
「…………ずっと?」
思わず聞き返すと、律は照れもなく頷いた。
「うん」
真っ直ぐな瞳だった。
あまりにも真っ直ぐで、嘘なんてひとつもなくて。
だからこそ、その視線から逃げられない。
見つめ合ったまま、時間が止まったようだった。
……先に耐えられなくなったのは、俺だった。
熱くなった頬を隠すように俯く。
「……ありがと。俺も、できる限りモデル、続けたいと思うよ」
「よかった」
心から嬉しそうに笑う律。
その笑顔には下心なんて何もなくて、ただ綺麗なものを綺麗だと言っているだけなのだと分かる。
(……前に律のモデルをしてた子も、こんなこと言われたのかな)
そう考えた瞬間、胸が少しだけチクリと痛んだ。
理由なんて分からない。
分からないけど、なんだか面白くなくて。
誤魔化すように、もう一度スマホの画面へ目を落とす。
そこに映っていたのは、アイドルの〝ルナ〟じゃない。
男の姿のまま、メイクをまとった俺。
その姿が思っていた以上に綺麗で、思っていた以上に嬉しかった。

