Prism★Stars〜女装アイドルは美容男子と恋に落ちる〜

「次のセンターは、ルナでいく」

その一言が告げられたのは、Prism★Starsのメンバー全員が集められた事務所の会議室だった。
社長の言葉に、俺は思わず目を見開く。

「……え。でも俺、この前スキャンダルもありましたし……。ミウとレイはテレビのレギュラーも決まってるし、次のセンターはどっちかだと思ってました」

戸惑いを隠せずに言うと、社長は静かに首を横へ振った。

「月9ドラマ、見させてもらったよ。
演技、素晴らしかった。
ネットでの評判も非常にいい。
今回のセンターは、その評価も含めての判断だ。
……そろそろ、これまでミウが担ってきたセンターを変える時期だと私は思っている」

「───っ」

胸が熱くなる。

スキャンダルではなく、ちゃんと自分の実力を見てくれていた。
今まで積み重ねてきたものを認めてもらえた気がして、込み上げるものがあった。
だけど、その喜びと同時に、俺の中には一つだけ譲れない想いがあった。

俺は真っ直ぐ社長を見つめる。

「……センターをやるなら。一つだけ、お願いを聞いてもらえませんか」

そうして俺は、胸の内で温めた〝ある計画〟を、静かに語り始めた。

********

『Prism★Starsの次期センターは、ルナ!』

その情報はSNSを瞬く間に駆け巡った。
公式インスタグラムのコメント欄には、

『めちゃくちゃ楽しみ!』
『ドラマも良かったし、期待!』
『ルナがセンターとか絶対泣く』
『この前スキャンダル出てたのはスルー?』

期待と応援。
そして、少しだけ混じる疑念。

そのすべてを飲み込むように、情報は拡散されていった。

全国の駅や街中には新ビジュアルの広告が掲出され、お披露目ライブは都内のアリーナで開催されることが決まる。

そして、あれよあれよという間に迎えた本番当日。
秋の風が街を吹き抜け始めた頃。
数万人を収容するアリーナは、開演前から熱気に包まれていた。

会場中を埋め尽くす色とりどりのペンライト。
赤はミウ。青はレイ。そして、黄色。

今まで以上に、その黄色が目に入る。

「ルナー!!」
「センターおめでとう!」
「頑張れーー!!」

ステージ袖から客席を覗いた俺は、その景色に思わず息を呑んだ。
(……こんなに)
俺を待ってくれている人がいる。
嬉しい。
だけど同時に、怖かった。
センターという重圧。
スキャンダルのこと。
ドラマで知ってくれた人たちの期待。

全部を背負って、このステージに立つ。

暗転。
観客の歓声が一段と大きくなる。
イントロが鳴り響き、巨大スクリーンにPrism★Starsのロゴが映し出された。

『Prism★Stars LIVE TOUR
“Shine Beyond”』

ドン、と重低音が会場を震わせる。
俺たちは三人同時にステージへ飛び出した。

「きゃああああああっ!!」

割れんばかりの歓声。
眩しいスポットライト。
その中心へ立った瞬間、胸の奥が熱くなった。
イントロが流れ始める。
俺はゆっくりとマイクを握り締めた。

(……俺らしく、か)

律の絵。
ドラマの中の優希。
律がくれた言葉。

全部が一瞬で頭をよぎる。
そうだ。

誰かになろうとしなくていい。
アイドルのルナも。
普通の高校生・ハヤテも。

どちらも間違いなく俺なんだ。
その全部を抱えたまま、ここに立てばいい。

そして俺たちはステージ上で三人、微笑んだ。
センターのミウがマイクを手にする。

「みんな、来てくれてありがとう!
それでは聞いてください。〝僕たちのShining stars〟」

そして、今までのPrism★Starsとして。
アイドル姿の俺たちは、踊り、舞った。

*********

セットリストも、いよいよ最後。
次はいよいよ────俺の初センター曲。
心臓が痛いほど鳴っている。

(……怖い)

もし受け入れてもらえなかったら。
もし今日で、Prism★Starsが終わってしまったら。

そんな考えが頭をよぎり、震える手をぎゅっと握り締めた。

「大丈夫」

ふわりと、誰かの温もりが重なる。
見ると、ミウが俺の手を握っていた。

「しっかりしろ、センター」

反対側ではレイが肩をぽんと叩く。
その二人の笑顔を見た瞬間、張り詰めていたものが少しだけほどけた。

「……ああ」

ゆっくり息を吸う。

「行こう!」

三人で顔を見合わせ、暗闇のステージへ飛び出した。
スポットライトが落ちる。
歓声が響く。

俺はセンターへ歩み出て、マイクを握る。
会場が静まり返る。

「…次で最後になります。次は、私ルナの初センター曲です。聞いてください。
『Lunatic Prism』」

その瞬間だった。
ステージいっぱいに白銀の光が降り注ぐ。
客席から、どよめきが起きた。

「えっ……!」
「うそ……!」

光の中から現れた三人は、今までのPrism★Starsとはまるで違っていた。

ふわりと広がるスカートはない。
華やかなリボンも、ハイヒールもない。

ミリタリーテイストを取り入れたスタイリッシュなジャケット。
細身のパンツ。
足元はブーツ。
メイクはナチュラルに抑えられ、ウィッグも外した。

風に揺れる短い髪。

そこに立っていたのは、紛れもなく〝男〟としての俺たちだった。

「ルナちゃん……?」
「男……?」
「嘘でしょ……」

客席に戸惑いが広がる。
それでも俺は、もう迷わなかった。

静かなイントロに合わせて、歌い始める。

『僕たちの中には どれくらいの傷があるんだろう
それも全部 ヒカリへと変えていく──』

透明な歌声が、アリーナいっぱいへ広がっていく。
静かに。
まっすぐに。

一人、また一人と観客が息を呑み始める。
ドラムが鳴った。ギターが走る。
イントロが弾けるように加速した瞬間、俺は大きく一歩踏み出した。

「♪────!」

伸びやかな高音。
キレのあるダンス。

全身を使って歌うたび、心の中の鎖が外れていくようだった。

もう隠さない。
もう取り繕わない。

女装アイドルのルナも。
高校生のハヤテも。

その全部が、俺だ。

その想いが歌に乗った瞬間、不思議なことが起こった。
さっきまで戸惑っていた客席が、少しずつ変わり始める。

「……すごい」
「なんか、目が離せない……」
「ルナ……あんな表情するんだ」

歌えば歌うほど。
踊れば踊るほど。
ルナはまるで内側から光を放つように輝きを増していく。

誰かを演じている輝きじゃない。

自分自身をさらけ出した者だけが放てる、本物の輝きだった。

巨大スクリーンに映し出された笑顔は、これまでで一番自然で、一番自由だった。

気付けば、客席の空気は完全に変わっていた。
戸惑いは、もうどこにもない。
黄色いペンライトが次々と揺れ始める。

「ルナーーーッ!!」
「最高ーー!!」
「かっこいい!!」

歓声はどんどん大きくなり、アリーナ全体を震わせる。
その景色を見た瞬間。
俺の頬を、一筋の涙が伝った。
でも、それを拭うことはしなかった。
涙さえも、今の俺の一部だから。

俺は笑った。
今までで、一番自由な笑顔で。

曲が終わり、静かな余韻が会場を包む。
俺はゆっくりとマイクを握り、客席を見渡した。

『この曲は……僕のわがままで、この姿で歌わせてもらいました。
メンバーにも、事務所の皆さんにも相談して……「やろう!」って背中を押してもらって。だから今日、このステージを皆さんへのサプライズにしました』

客席から温かな拍手が広がる。

「最高ー!」
「カッコいいー!」

そんな声に自然と笑みがこぼれ、俺はもう一度息を吸った。

『僕の本名は、朝倉ハヤテです』

その一言に、会場が静まり返る。

『ルナとして活動することは、本当に大好きです。でも、どこか心の中でずっと、皆さんに何かを隠しているような、取り繕っているような気持ちが消えませんでした。
だから今日は、全部さらけ出そうって決めたんです』

誰一人として騒ぐ人はいない。
何千人もの視線が、真っ直ぐ俺だけを見つめていた。

『これからも、Prism★Starsのルナとして歌い続けます。
でも同時に────朝倉ハヤテとしても、自分らしく活動していきたいと思っています。
それでも、これからも僕についてきてもらえたら、すごく嬉しいです!』

次の瞬間だった。
割れんばかりの拍手と歓声が、アリーナ中を震わせた。

「もちろんだよーーーッ!!」
「ハヤテくん最高ーー!!」
「もっと好きになった!!」
「一生ついていくーー!!」

四方八方から降り注ぐ歓声。
さっきまでの不安なんて、一瞬で吹き飛んでいく。
頬を伝う涙を拭う間もなく、俺は何度も何度も頭を下げた。

受け入れてもらえた。
ルナも、朝倉ハヤテも。

そのすべてを愛してくれる人たちが、こんなにも目の前にいる。

胸いっぱいの幸福を噛み締めながら、俺は人生で一番輝いたアリーナライブを締めくくった。