恋が終わっても、仕事は続く。
この日は、ミウと二人での撮影だった。
『話題沸騰のアイドルの素顔とは!?』
そんな特集のため、俺たちは淡いピンクとレモンイエローを基調にした、ふんわりと優しい雰囲気のワンピースに身を包む。
スタジオには柔らかな光が降り注ぎ、カメラマンの明るい声が響いた。
「ルナちゃん、もう少し笑顔お願いしまーす!」
「……はい!」
口角を上げる。
笑える。
ちゃんと笑えている。
そう思うのに、心だけがどこか遠くに置き去りになったままだった。
「よし、一旦休憩入りましょう」
監督の声がかかり、アシスタントさんから渡されたドリンクに口をつける。
その時、隣にいたミウが軽く俺の太ももを叩いた。
「撮影中くらいは切り替えなさい。プロでしょ」
少し厳しい口調。
でも、その瞳は心配そうだった。
「……終わったら話、聞くから」
「……うん。ありがと」
その一言だけで、少しだけ肩の力が抜けた。
休憩を終え、俺はもう一度笑顔を作る。
心の痛みは消えなかったけれど、それでもカメラの前では〝ルナ〟でいようと決めて、最後まで撮影をやり切った。
******
仕事終わりの控え室。
私服に着替えた俺とミウは、向かい合ってソファに座っていた。
「……で? その顔。失恋でもした?」
開口一番、図星を突かれて思わず苦笑する。
「……まあ、そんなところ」
俺がぽつりと答えると、ミウは「やっぱりね」とでも言いたげに頷いた。
「……告白を保留してた学校の友達が、さ。俺がPrism★Starsのルナだって、特番で知っちゃったみたいで……。今回のスキャンダルのことも知ってて、『その相手とは何もなかったのか』って聞かれた。でも……答えられなかった」
あの時の律の顔が脳裏をよぎる。
『今、俺……ハヤテに何するかわかんない』
震える声と、苦しそうな表情。
胸が締めつけられて、俺は俯いた。
「……それで、終わった」
その一言に、ミウは小さく息をついた。
「まあ、あんなスキャンダルが出たら簡単には信じられないわよね。アイドルやってることだって、いつかはバレるもの。隠し通せるなんて思わない方がいいわ」
「……うん」
「その子とは、もう一回ちゃんと話そうとは思わないの?」
「……『帰って』って言われちゃったから。今更何を言えばいいのかも……わかんない」
しばらく沈黙が流れた。
ふと顔を上げると、ミウが真っ直ぐ俺を見つめていた。
その目は、驚くほど厳しかった。
「アンタは、それでいいの?」
「え?」
「また昔と同じ」
静かな声だった。だからこそ、その言葉は鋭く胸に刺さる。
「誰かが助けてくれるのを待って、自分では何もしない。そんな〝お姫様〟のまま」
「なっ……」
思わず言葉を失う。
ミウは容赦なく続けた。
「言わせてもらうけど、ここまで全部流されてきたのはアンタでしょ」
「…………」
「神崎奏とのスキャンダルだって。自分でちゃんと線を引いてたら、ここまで大きくならなかったかもしれない」
返す言葉がなかった。
その通りだからだ。
「それで失恋しました、仕方ありませんってうずくまって終わるの?」
ミウは俺を真っ直ぐ見据えたまま言い切る。
「好きなら、自分で動きなさい。ぶつかって、それでもダメなら諦めればいい。でも、何もしないまま終わらせるのが一番後悔するわよ」
「…………っ」
胸がぎゅっと痛くなる。
全部、自分のせいだった。
流されて、傷つけて、逃げて。
だから今、こんなにも苦しいんだ。
「一つ、報告があるの」
ミウがふっと口元を緩める。
「私とレイね。『廻るスター御殿』のレギュラーに抜擢されたわ」
「……え?」
思わず声が漏れた。
『廻るスター御殿』。
夜のゴールデンタイムに放送されている、超大物タレントがMCを務める長寿トーク番組。
芸能人なら誰もが知る人気番組で、若手にとっては〝売れた証〟とも言われるような舞台だ。
そのレギュラーに選ばれるなんて──。
「すごいじゃん……! おめでとう」
驚きを隠せないまま笑って祝福すると、ミウは「ありがと」と短く返した。
そして、どこか含みのある笑みを浮かべる。
「……ねえ、どうやって私とレイが、そのレギュラーを掴んだと思う?」
「え……?」
突然の質問に、俺は目を瞬かせた。
Prism★Starsの知名度が上がってきたから。
ドラマやバラエティの出演が増えて、事務所が押してくれたから。
そういうことじゃないのか?
「グループの知名度が上がってきたのもある。
でもね、あの番組には出演の条件があるの。
メインMCの池谷鰤二郎主催する〝食事会〟に出席すること」
「食事会……?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
何か嫌な予感がして、背中を冷たい汗が伝う。
「池谷本人は見てるだけだったけど。
その場に他の大勢の女の子もいて、その子達と池谷の前で…させられたりしたわ」
「……ッ」
顔が青ざめた。
しかしそんなえげつない内容を話しているのに、ミウの顔は涼しげだった。
「まあでも、あの手のパーティにしちゃまだお上品なくらいだったんじゃないかしら?
別にハードなことは求められてないし、すぐお開きになったしね」
その〝まだ〟という言葉が、かえって胸に重くのしかかる。
「な、なんでそんな平然としてられるんだよ……!彼女、いるんだろ!?」
思わず声を荒げた。
そうだ、ミウには彼女がいる。
そんなことを知ったら、絶対悲しんで────
「彼女も知ってるわよ」
「え……」
皮肉げに笑ったその横顔は、どこか諦めきったようでもあった。
「私、小さい頃からジュニア撮影会に出てたの。
親は、なんとしてでもアンタで稼がなきゃいけない、ってどこからか変なおじさん連れてこられて、撮影されて。
そういうオヤジにいつもイタズラされてた」
俯いたまま語る声には、静かな憎しみが滲んでいた。
「彼女は、その頃から全部知ってる。事務所に入って、ようやくまともな仕事ができるようになったって一緒に喜んでくれた。でも…Prism★Starsに入ってからだって、綺麗事じゃ済まないことはあった。
それでも何も言わない。私がこうやって生きるしかなかったことを、一番わかってくれてるから」
その言葉が胸に刺さる。
ミウも。そして、そんなミウを支え続けてきた彼女も。
どれほど傷ついて、どれほど苦しい思いをしてきたんだろう。
何も知らずにいた自分が、情けなく思えた。
「でも、そんなことしなくなって……」
「……は?」
思わず漏れた俺の一言に、ミウの空気が一変した。
低く抑えた声に、思わず息を呑む。
「食事会にはね、私たちだけじゃなかった。グラビアアイドル、女優志望、モデル志望、タレント……有名な子も、まだ無名の子も、大勢いた。
みんな目を輝かせて、『テレビに出たい』『チャンスが欲しい』って必死だった」
静かな声なのに、その一言一言が鋭く突き刺さる。
ミウは真っ直ぐ俺を見る。
「いい?代わりなんて、いくらでもいるの。でも、目の前に転がってくるチャンスは、ほんのわずかしかない。
私は、そのチャンスを掴みにいっただけ」
その瞳には、燃えるような執念が宿っていた。
言い切ったミウの目は、一切揺らがない。
「私は、何としてでも芸能界で生き残る。
そのためなら、なんだってする」
その強さに、俺は何も返せなかった。
しばらく沈黙が流れる。
やがてミウはふっと目を伏せ、自嘲するように笑った。
「アタシは狂ってるのかもしれないわね。
でもこの芸能界は、元々そういう場所よ」
この日は、ミウと二人での撮影だった。
『話題沸騰のアイドルの素顔とは!?』
そんな特集のため、俺たちは淡いピンクとレモンイエローを基調にした、ふんわりと優しい雰囲気のワンピースに身を包む。
スタジオには柔らかな光が降り注ぎ、カメラマンの明るい声が響いた。
「ルナちゃん、もう少し笑顔お願いしまーす!」
「……はい!」
口角を上げる。
笑える。
ちゃんと笑えている。
そう思うのに、心だけがどこか遠くに置き去りになったままだった。
「よし、一旦休憩入りましょう」
監督の声がかかり、アシスタントさんから渡されたドリンクに口をつける。
その時、隣にいたミウが軽く俺の太ももを叩いた。
「撮影中くらいは切り替えなさい。プロでしょ」
少し厳しい口調。
でも、その瞳は心配そうだった。
「……終わったら話、聞くから」
「……うん。ありがと」
その一言だけで、少しだけ肩の力が抜けた。
休憩を終え、俺はもう一度笑顔を作る。
心の痛みは消えなかったけれど、それでもカメラの前では〝ルナ〟でいようと決めて、最後まで撮影をやり切った。
******
仕事終わりの控え室。
私服に着替えた俺とミウは、向かい合ってソファに座っていた。
「……で? その顔。失恋でもした?」
開口一番、図星を突かれて思わず苦笑する。
「……まあ、そんなところ」
俺がぽつりと答えると、ミウは「やっぱりね」とでも言いたげに頷いた。
「……告白を保留してた学校の友達が、さ。俺がPrism★Starsのルナだって、特番で知っちゃったみたいで……。今回のスキャンダルのことも知ってて、『その相手とは何もなかったのか』って聞かれた。でも……答えられなかった」
あの時の律の顔が脳裏をよぎる。
『今、俺……ハヤテに何するかわかんない』
震える声と、苦しそうな表情。
胸が締めつけられて、俺は俯いた。
「……それで、終わった」
その一言に、ミウは小さく息をついた。
「まあ、あんなスキャンダルが出たら簡単には信じられないわよね。アイドルやってることだって、いつかはバレるもの。隠し通せるなんて思わない方がいいわ」
「……うん」
「その子とは、もう一回ちゃんと話そうとは思わないの?」
「……『帰って』って言われちゃったから。今更何を言えばいいのかも……わかんない」
しばらく沈黙が流れた。
ふと顔を上げると、ミウが真っ直ぐ俺を見つめていた。
その目は、驚くほど厳しかった。
「アンタは、それでいいの?」
「え?」
「また昔と同じ」
静かな声だった。だからこそ、その言葉は鋭く胸に刺さる。
「誰かが助けてくれるのを待って、自分では何もしない。そんな〝お姫様〟のまま」
「なっ……」
思わず言葉を失う。
ミウは容赦なく続けた。
「言わせてもらうけど、ここまで全部流されてきたのはアンタでしょ」
「…………」
「神崎奏とのスキャンダルだって。自分でちゃんと線を引いてたら、ここまで大きくならなかったかもしれない」
返す言葉がなかった。
その通りだからだ。
「それで失恋しました、仕方ありませんってうずくまって終わるの?」
ミウは俺を真っ直ぐ見据えたまま言い切る。
「好きなら、自分で動きなさい。ぶつかって、それでもダメなら諦めればいい。でも、何もしないまま終わらせるのが一番後悔するわよ」
「…………っ」
胸がぎゅっと痛くなる。
全部、自分のせいだった。
流されて、傷つけて、逃げて。
だから今、こんなにも苦しいんだ。
「一つ、報告があるの」
ミウがふっと口元を緩める。
「私とレイね。『廻るスター御殿』のレギュラーに抜擢されたわ」
「……え?」
思わず声が漏れた。
『廻るスター御殿』。
夜のゴールデンタイムに放送されている、超大物タレントがMCを務める長寿トーク番組。
芸能人なら誰もが知る人気番組で、若手にとっては〝売れた証〟とも言われるような舞台だ。
そのレギュラーに選ばれるなんて──。
「すごいじゃん……! おめでとう」
驚きを隠せないまま笑って祝福すると、ミウは「ありがと」と短く返した。
そして、どこか含みのある笑みを浮かべる。
「……ねえ、どうやって私とレイが、そのレギュラーを掴んだと思う?」
「え……?」
突然の質問に、俺は目を瞬かせた。
Prism★Starsの知名度が上がってきたから。
ドラマやバラエティの出演が増えて、事務所が押してくれたから。
そういうことじゃないのか?
「グループの知名度が上がってきたのもある。
でもね、あの番組には出演の条件があるの。
メインMCの池谷鰤二郎主催する〝食事会〟に出席すること」
「食事会……?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
何か嫌な予感がして、背中を冷たい汗が伝う。
「池谷本人は見てるだけだったけど。
その場に他の大勢の女の子もいて、その子達と池谷の前で…させられたりしたわ」
「……ッ」
顔が青ざめた。
しかしそんなえげつない内容を話しているのに、ミウの顔は涼しげだった。
「まあでも、あの手のパーティにしちゃまだお上品なくらいだったんじゃないかしら?
別にハードなことは求められてないし、すぐお開きになったしね」
その〝まだ〟という言葉が、かえって胸に重くのしかかる。
「な、なんでそんな平然としてられるんだよ……!彼女、いるんだろ!?」
思わず声を荒げた。
そうだ、ミウには彼女がいる。
そんなことを知ったら、絶対悲しんで────
「彼女も知ってるわよ」
「え……」
皮肉げに笑ったその横顔は、どこか諦めきったようでもあった。
「私、小さい頃からジュニア撮影会に出てたの。
親は、なんとしてでもアンタで稼がなきゃいけない、ってどこからか変なおじさん連れてこられて、撮影されて。
そういうオヤジにいつもイタズラされてた」
俯いたまま語る声には、静かな憎しみが滲んでいた。
「彼女は、その頃から全部知ってる。事務所に入って、ようやくまともな仕事ができるようになったって一緒に喜んでくれた。でも…Prism★Starsに入ってからだって、綺麗事じゃ済まないことはあった。
それでも何も言わない。私がこうやって生きるしかなかったことを、一番わかってくれてるから」
その言葉が胸に刺さる。
ミウも。そして、そんなミウを支え続けてきた彼女も。
どれほど傷ついて、どれほど苦しい思いをしてきたんだろう。
何も知らずにいた自分が、情けなく思えた。
「でも、そんなことしなくなって……」
「……は?」
思わず漏れた俺の一言に、ミウの空気が一変した。
低く抑えた声に、思わず息を呑む。
「食事会にはね、私たちだけじゃなかった。グラビアアイドル、女優志望、モデル志望、タレント……有名な子も、まだ無名の子も、大勢いた。
みんな目を輝かせて、『テレビに出たい』『チャンスが欲しい』って必死だった」
静かな声なのに、その一言一言が鋭く突き刺さる。
ミウは真っ直ぐ俺を見る。
「いい?代わりなんて、いくらでもいるの。でも、目の前に転がってくるチャンスは、ほんのわずかしかない。
私は、そのチャンスを掴みにいっただけ」
その瞳には、燃えるような執念が宿っていた。
言い切ったミウの目は、一切揺らがない。
「私は、何としてでも芸能界で生き残る。
そのためなら、なんだってする」
その強さに、俺は何も返せなかった。
しばらく沈黙が流れる。
やがてミウはふっと目を伏せ、自嘲するように笑った。
「アタシは狂ってるのかもしれないわね。
でもこの芸能界は、元々そういう場所よ」

