幼馴染に恋を拗らせていたら、いつの間にか取り返しのつかないぐらい周りを巻き込んでいたらしい!

 やっと違う高校に進めて、この話はおしまい、だと思ってたのに。
 まさか会うなんて。それも、友達といるときに。
 想像以上に口の軽かった彼女は、今頃蒼葉に私のオタク気質を吹き込んでいることだろう。

 ……最悪だ。

 蒼葉は元から口数が少ないし優しいので、私を傷つけるようなことはきっと言ってこない。
 でも、

『気持ち悪い』

 そう思われて、静かに距離を取られたら?

 想像するだけで恐怖に駆られた。人気のあまりない通路に出て、思わずうずくまる。口に残ったバニラアイスの甘い味が、今は苦く辛い味に感じた。

 辛い、もう疲れた、……泣きたい。

 何分そうやってぐるぐる考えてたかはわからない。……けれど、「あの」と声をかけられ、ビクッと肩が震えた。
 男性の声。楓や蒼葉じゃ、ない。
 少し安心して、恐る恐る顔を上げる。

「大丈夫ですか? 体調悪いとか?」

 同年代ぐらいの男の子だった。明るい茶髪に、赤い瞳。右手にオレンジ色のラバーリストバンドが揺れている。

 ……何か、聞いたことある声? いやでも気のせいか。見覚えないし。
 彼は心配そうに眉を下ろしたあと、ポケットからスマホを取り出した。

「救急車呼びますか?」
「あ……っ、い、いや、大丈夫です! ありがとうございます」

 慌てて立ち上がる。心配かけさせちゃったみたいで申し訳ない。

「そうですか。良かった」

 ほっと息をついた彼は、スマホをポケットに戻す……最中。
 ……あ。
 見えてしまった。ロック画面の壁紙、……フユアヤのイラストだ。
 いつもの配信で使ってるやつ。ドキッと胸が反応して、状況が状況だけに泣きそうになる。

 この人もファンなんだ。……いいなあ、堂々と壁紙に設定できて。

「──斗っ!」

 勝手に傷ついていると、もう一人、男子が駆け寄ってきた。何だか焦った様子で何を言っていたのかは聞き取れなかったが、まあ概ねこの人の名前とかだろう。
 その人は彼を自分の方に引き寄せると、私を冷たい青色の瞳で捉える。

「誰?」
「え、あ、知り合いじゃなくて、ここでうずくまってたから、俺が声かけただけ!」
「……そう」

 逆ナンかと思った、と呟き和らげた瞳で私を見るその人。黒い髪、整った綺麗な顔、よく響く低音ボイス。……何か聞き覚えがありすぎるような。

「いや俺は逆ナンされないって、俺の顔よく見て?」
「ん? ──かわいい」
「なっ……せめてかっこいいにしろ!」

 そして突然繰り広げられるいちゃいちゃ。……何か、とてもとても見覚えが。
 首を捻っていると、彼に微笑んでいた彼──紛らわしいな。パワフルくんと低音くんとでも呼ばせてもらおう。
 低音くんが、ふと思い出したように口を開いた。

「そういえばさっき、クレープ二つ持って人を必死に探してる方がいたけど。探してるの、君じゃない?」
「え……」

 それは……どっちだ。

「ハーフアップの……?」
「いや」
「ショートカット、の」
「あぁ、そっちだ」

 蒼葉だ。安心すると同時に、何でという気持ちが襲ってくる。

 楓が何も喋らなかったとか? 変わった──とか、いや、でも私が抜け出してくる直前普通に言おうとしてた。
 蒼葉が引かなかったとか、でも。

『キモ』
『近寄ってくんなよオタク!』

 みんな──気持ち悪いって。
 トラウマを思い出して固まっていると、パワフルくんが顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか? やっぱり体調悪いとか」
「顔色も悪いし、無理はしない方がいいかと」

 あぁ、やばい。
 今は優しくしないでくれ、泣きそうになるから。

 ぐっと口を引き結び拳を握りしめる。俯くと、低音くんがターコイズブルーのラバーリストバンドをつけていることに気づいた。

 あ……フユくんの色。

 パワフルくんと合わせると、フユアヤの色だ。この人も好きなのかな。
 少しだけ救われたような感覚に陥る。結んだ唇を少しだけほどいた。

「あの、」
「はい! やっぱり救急車とか呼びますか?」
「いえ、そうじゃなくて」

 チラッとパワフルくんのポケットへ視線を送る。

「フユアヤ……好きなんですか」

 え、と声をあげ二人が固まった。あ……やばい、変な人に思われた!?

「そ、そのっ、スマホの壁紙を見てしまって、それで」
「あ、あぁ──俺の」

 明らかに二人が安堵したような表情になる。パワフルくんが気を取り直したようににこっと口角を上げた。

「はい! 俺、特にフユが好きで!」
「……俺はアヤが」

 あ、あれ、付けてるラバーリストバンドの色推しの色と逆なんだ?
 少しだけ予想が外れて面食らう。けど……そっか。

「私も、フユアヤ、二人が大好きで」

 じわじわと胸が温かくなる。ポツンと呟くと、二人は顔を見合わせ、本当に嬉しそうに笑ってくれた。

「仲間!」
「一緒だ」

 フユアヤだと、初めて同担様に出会った。親友同士──いや、恋人同士で推してるのかな。
 いいな、……私だって。

「るり!」

 友達と語りたいし一緒に推したい──って。

「どわっ!?」

 思いっきり衝突……否、抱きつかれた。

 レモンの爽やかな香りと、零れないように首の後ろに回されたクレープの香りが鼻をくすぐる。え、あ、蒼……葉?
 一気に現実に戻され胸が凍る。そうだ、私今絶望に浸ってる途中なんだった。な、何か言い訳を、……なんて。
 もう手遅れか。

「蒼葉、私」
「もうどんだけ探し回ったと思ってるの! トイレは嘘でしょあんた」
「え、あ、うん?」
「しかも何か男二人に絡まれてるし! 大丈夫何かされてない?」
「ちが、この人たちは」

 二人がいた方向へ目をやる。……って、いないんですけどー!?
 ぽかんと口を開ける。え、ちゃんとお礼するの忘れた、言いたかったのに。

「黙ってるってことは何かされたの? チッ、逃がしたか……殴ってやろうかと思ったのに」
「あ、蒼葉、落ち着いて」

 そもそも……何で、蒼葉は私を抱きしめるなんてことできるの?

「楓から、何か聞いた?」
「いや、何も? すぐさま帰ってもらった」

 何で、と呟くと、蒼葉はやっと私の身体を離した。そして、心底不思議そうに首を傾げる。

「るり、あの子のこと怖がってたっしょ? 自分の友達を優先するのは当然じゃない?」

 ひゅっと息を呑んだ。目を見開く。

 怯えてたの──気づいてたんだ。

 それに、てことは、私のこと、楓から何も聞いてない?
 深く安堵の息をつく。良かった、なんて。
 ……完全に喜べなくて何かが突っかかるのは、きっと、さっきあの人達と出会ったからだ。

『はい! 俺、特にフユが好きで!』
『……俺はアヤが』

 好きをオープンにしていて、一緒に推し活してて、確かに私はいいなって思った。
 引かれるかもしれない。──でも、もしも引かれなかったら?
 私は別にフユアヤに恋してるわけじゃない。引かれる確率は、前より低い。
 ねえ蒼葉。もしも楓から話を聞いてても、あなたは私を探してくれた?

「るり?」

 蒼葉が不審そうに私の名前を呼ぶ。緑色の瞳が、私を映した。──唇が震えて、吐いた分すっと息を吸い込む。
 怖い。怖い、怖い、怖い。
 せっかくピンチを回避したのに自分で打ち明けるなんて、それこそバカだ。

 でも、……もしも蒼葉が受け入れてくれたら?
 一緒に推し活できたら、なんて、魅力的な未来すぎる。

 ……蒼葉とは、できれば高校を卒業しても友達でいたい、から。
 いつかは明かしたいと心の隅で思っていた。その、いつかは──今でもいいのではないか。

『ん、みんながーんば』
『……頑張れ』

 フユアヤの声が頭をこだまする。それだけでふ、と心が少しだけ和らいだ。本当に推しってすごい。

 頑張ろう。

 気持ち悪がれたら、本当の友達じゃなかった。それだけだ。
 覚悟を決めて、蒼葉の目を見つめた。口を開く。

「あ、あのね蒼葉」
「ん?」
「お勧めしたい、活動者が、いて」

 活動者のとこだけ、とんでもない小声になってしまった。それでも蒼葉は聞き取ってくれたのか、眉をひそめる。
 その表情で察した。あ……やっぱり、無理、かな。
 泣きそうになって鼻がツンとする。

「ご、ごめ、何でもな」
「え、何かめっちゃ突然でびっくりだけど。るりのお勧めなら、もちろん。名前なに? 帰ったら見たいからメモる」

 そう言ってスマホを取り出した蒼葉。え……。

 なんて言った? かえったら、みたいから、めもる。……え?
 心が追いつかないのに、その代わり、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのだけわかった。

「い、いいん、ですか?」
「何で敬語──って、は」

 蒼葉がぎくっと固まる。や、やっぱり無理とか?

「あ、あんた、何で泣いて」

 ほら、結局……え?

「え、な、泣いてなんか」

 頬を触ると湿っていた。ほ、ほんとだ、泣いてる!?
 あんぐり口を開けると、蒼葉はおろおろと珍しく動揺して、ふと思い出したようにこっちを指差した。

「わかった! さっきの男たちに何か怖いことされたんでしょ!? くっそすぐ殺せば良かった」
「ち、違うってば、さっきの人たちはいい人!」
「じゃあ何で」

 そこで言葉を止め、今度は震えた指で自分を指差した蒼葉。

「も、もしかして、うち……?」
「そ、それも、ちが……いや、そうかも?」
「そうかも!?」

 初めて見たぐらいに動揺する蒼葉を目にして、思わずふふっと吹き出した。

「謝らなくていーよ。嬉し泣きだから!」
「う、うれ」
「それよりも! 私の推しはね、フユアヤって言って」
「そこに着地しますか今!」

 あぁ、──サラッと言えた。

 こんな反応をされるなら、もっと早く言えば良かったかな、なんて。
 我ながら広瀬るりは単純な女だ。