幼馴染に恋を拗らせていたら、いつの間にか取り返しのつかないぐらい周りを巻き込んでいたらしい!

 ◇

 そしてやあっとやって来ました、お昼休憩。

「じゃ俺抜けまーす。冬輝知らない?」

 確か、休憩時間は被ってたはず。財布を手に取りクラスメイトに声をかければ、不思議そうに首を傾げられた。

「篠山なら、数分前にどっか行っちゃったよ?」
「約束してるんじゃないの?」
「あはは、色々ありまして……ありがとう!」

 苦笑いをしてから、教室を飛び出した。冬輝、逃げたな絶対!
 お昼ご飯は文化祭の出し物で何か調達しないといけないから、冬輝を探すことだけに時間を使えないんだけど……。

 でも、早く話したい。近くにいたい。

 きょろきょろと周りを見回しながら歩いていると、角で人とぶつかった。不幸中の幸いか少量のダメージで済み、慌ててぶつかった人を見る。

「す、すみません!」
「いえ、こちらこそすみません。……その、重ねてすみません、お聞きしますが、一年一組ってどこにあるか分かりますか?」
「あぁ、えっとですね」

 パッと見親……の年齢ではないし、兄だろうか。爽やか好青年という感じのその人に大体の方向を教えてから、「送りましょうか?」と首を傾げた。

「あーいや、ありがたいですけど遠慮しときます。その、ありがとう、君のクラスは」
「あ、二年二組、男装カフェやってます!」

 こんなところに宣伝の機会が転がっているとは。はっきりと答えれば、目を瞬かれた。

「じゃあ、君も?」

 女子なのか。ギクっと肩が跳ねる。まあ男装カフェなんだし、俺それっぽいメイクしてるし、その考えになるのが普通……だよな。

 でも声や体格で男子だって気づいてくれると嬉しかったです!

 本当に女子に見間違えることあるんだなんて若干なショックを受けながらも、どう答えようと思考を巡らせる。男子って言いたいけど、でもそれだと嘘ついて接客してることバレるからな。
 しょうがなく、ゆるゆると頷いた。

「まあ、そうですね?」

 ごめんなさい。バリっバリの男子ですハイ。
 すると、彼は純粋に瞳を驚愕の色に染めた。

「そ、そっか……随分とクオリティが高いですね」

 男子ですからね。
 そっと押し黙って流す。はあ、罪悪感が半端ない。

「何やってるんですか?」

 視線を逸らしていると、彼の後ろから聞き覚えのありすぎる声が届いた。
 驚いて、パッとその方向を見て……青色の瞳と視線が交わった。その瞳が心なしか、こちらを心配しているように見える。

「……ふゆき」

 ──大方、俺が罪悪感を感じている姿を、困っていると取ったのだろう。

 俺が助けて欲しい時に、必ず駆けつけてくれるのは彼だから。
 誤解なんだけど……。けれど苦い気持ちよりも歓喜が勝ち、俺はすかさず話していた彼を追い越し冬輝の方へ駆け寄る。
 最中、流石に無言で立ち去るのはと思い声をかけた。

「すみません、俺もう行きます」
「あ、はい? ありがとうございました。時間あれば寄らせていただきますね……?」

 あーあ俺とか言っちゃったもうバレてるねきっと。まあいいか。
 俺にはもう冬輝以外どうでもいい。

「つ、か、ま、え、た」

 逃げ出そうとした冬輝の手を確保し、ニコッと笑ってみる。冬輝は何だか複雑な表情で俺を見つめるが、もう諦めたらしく俺の手を振り解く様子は見られない。

 よくも避けてくれたな、この一週間。

 強引にぐいぐいと引っ張り人気のない方へ連れて行く。普段は物置になっているが文化祭によって空になったちょうどいい空き教室を見つけ、中に入った。
 冬輝に向き直る。じっと見つめる。

「冬輝」
「……」

 黙秘を貫くつもりか。
 でもどうしてだろう。久しぶりに冬輝が真正面にいて、喜びが隠しきれない。……これが、惚れた弱みってことですか。

「……何か、俺に言いたいことは?」

 これで何もないって言われたら立ち直れる自信ないけど、俺。

 そうわざと強気な態度で首を傾け冬輝を見上げれば、──へなへなと力が抜けたように座り込まれた。
 一気に冬輝を見下すような格好になって、目を見開く。

「冬輝?」
「……ごめん」

 初めて聞いたほどの、弱々しい声。

「ごめん、俺……綾斗に、ひどいことして」

 泣きそうな声。
 俺は視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。……ちがう、冬輝。
 俺はそれが聞きたかったんじゃない。

「……何で、キスしたの」

 小さく呟いた。なあ、冬輝。
 なんで?

「俺のこと、からかいたかった?」

 違うよね、俺もわかってる。

「唇を重ねるのって、親友同士でもできるタイプ?」

 違う。

「それとも、フユアヤの延長線上での行為だった?」

 それが一番あり得るけど……でも、違うと願いたい。
 黒い髪へ手を伸ばした。そうっと、端正な顔を覗き込む。

「ふゆき」

 俺にキスをしたのは、どうして?

「ちゃんと言って」

 まっすぐに、つたえて、みつめて。

 しばらく沈黙が流れた。数秒か、数分か──正確にはわからないけれど、やっと、冬輝が顔を上げる。

 青い瞳は、それこそ今まで見た中で一番だと断言できるほど、頼りなく揺れていて。
 綺麗な揺らぎと、熱を帯びたような色に、思わず心臓が反応する。冬輝の唇が、緩やかに開かれた。

「…………好き」

 崩れた。
 その一言だけで、強気で行こうとか、取り繕ってたところとか、怒りとか、ぜんぶ。

「ごめん──好き、綾斗のことが」
「……っ、うん」

「アヤ」じゃなくて、「綾斗」。
 あーあ、やっと言ってくれた。

 耐えきれずに、冬輝の身体を引き寄せた。そのまま、自分の額を彼の肩に押し付ける。抱きしめた身体がふるりと戸惑ったように、怯えたように震えた。

「……あや、と?」

 ……どうも、やはり俺は冬輝の前では幼くなってしまうらしく。
 情けなく糸の線が緩んで、視界が歪んでくる。

「おれも、すき」

 冬輝も、俺のこと好きだとか。こんなことあっていいのか。
 それこそ奇跡のような幸せに浸りながら、耳元で言葉を紡ぐと。
 バッと、身体を離された。零れそうだった涙が引っ込み、ぱちぱちと、目を瞬く。

「……ほんとに……?」

 冬輝の限界まで開かれた瞳が、信じられないと物語っていて。
 滅多に見せない表情に、くす、と笑みを零した。身を乗り出して、そっと口を開く。冬輝の手を取って、少しばかり浮き出ている骨をなぞってみる。

 いつも、アヤという立場に甘えていた。もちろんフユは好きだ。大好きで、愛しくて、特別な存在。
 でも、それ以上に俺は、ずっと。

「大好き。冬輝」

 綾斗として、冬輝のことが。

 改めて言葉にして、そのまま、にっといたずらっ子ぽく笑ってみせる。と、冬輝は何だかまた瞳を揺らし、顔を歪め。
 次の瞬間、勢いよく抱きすくめられた。落ち着く香りが鼻をくすぐり、それ以上に押し付けられた胸元からどくん、どくんと心臓の音が聴こえてくる。

「綾斗、……好き。あやと」

 すぐ近くで囁かれた、すがっているような掠れた声。
 相変わらずいい声だなと、ふと他人事のように思う。緩慢に頷いた。

「……うん」

 冬輝の背に手を回し受け入れれば、さらに強く、苦しくなるほど力が込められる。
 ばか、そんなことしなくても逃げないって。

「っ、大好き」
「うん」
「かわいい」
「…………うん?」

 できればかっこいいがいいんだけど。……って、なんか前にやったな、この会話。
 でも今は冬輝が言ってくれることなら何でも嬉しいや。重症だなあ、わかりきっていたけど。苦笑が滲み出る。

 冬輝の身体に身を任せていると、優しく離された。湖面のように揺らぐ瞳には、温かな色が宿っている。
 その瞳に吸い込まれぼーと見惚れていたら、すかさず手を絡み取られる。そのまま、温和に握られた。

「あやと」

 愛おしそうに、丸っこく、少し幼さも感じる声色で。心臓が握られたような感覚に陥るほどの、甘い、綺麗な発音。
 綾斗、綾斗、と──繰り返し名前を呼ばれながら、何度も存在を確かめるように手を握られた。「ふゆき」と口で転がし握り返せば、幸せそうに、さらに泣きそうにぐしゃっと顔を歪め目を細められる。

「……ずっと、好きだった。叶うわけないって、思ってて」

 それは、こっちのセリフ。そう返したくなると同時に、驚く。『ずっと』──いつから?

 もしかして、俺たち、前からすれ違ってたのかな。

 何だか可笑しくて笑うと、冬輝に頬を触られた。愛しい、大切なものを扱うような手つき。
 段々と近づいてくる顔に、この先何をされるかわかってしまって。……ちょっと待て、これ以上は俺がパンクする。

「ふゆき……待っ、て」

 形だけの抵抗をすれば、彼は困ったように眉をひそめ。
 そのまま少し考えるような素振りを見せたあと、

「……無理」

 そう言い捨て俺の唇を喰んだ。
 ──待ってってば、俺の方が無理。