◆◇◆
振り返り配信に、文化祭の準備。
テストとリアルイベントが終わっても目まぐるしく、日常は回っていく。気づけば、リアルイベントから約一週間が経過していた。
明日は待ちに待った文化祭。前返ってきたテストもいつもより点数高くてハッピー……なんだけれど俺は、どうしても拭えないもやもやを抱え過ごしていた。
また泊まらせてもらっている篠山家にて、廊下で冬輝とばったり出くわす。
……正直、リアルイベントが終わってからの記憶が曖昧で。
夢だと思えたら、どんなに楽だっただろう。
冬輝は俺を捉えて、一瞬足を止める。けれどすぐに視線を逸らし去ろうとして、慌てて声をかけた。
声がつっかえる。
「ど、……どこ行くの?」
「……風呂」
「そっ、か」
冬輝はあの日から、俺と目を合わせようとしない。
顔を逸らされるたびに、いつも通り声をかけてくれないたびに、うざいほど胸が痛んだ。メンタルが削られていく感覚がして、心が壊れるんじゃないか、と。俺にとって冬輝の存在がどれだけ大きいのかを突きつけられる。
毎回もしかして元に戻っているのではないか、と声をかけて、胸を痛めて──その繰り返し。
だから俺も、引きどころや作り笑顔を覚えてしまった。
「じゃあ、また」
にこっと笑いかけてから、逃げるように廊下を歩く。
学校も、食事中も、寝る時も、全部一緒。少しばかりの言い合いやすれ違いあったとて、すぐに仲直りして、気まずさを引きずる間柄ではなかった、はずなのに。
……どんな風に、接すればいい?
今はそれすら、見失っている。
ぼうっと生きた心地がしないまま廊下を歩く。と、「あやくん」と声をかけられた。
その方向へゆっくり視線を移動させると、開いたドアの奥に、千くんの姿。
ちょいちょいと手招きをされて、俺は首を傾げながら千くんの部屋へ入らせてもらう。
「どうしました?」
「どうしたもこうもないよ」
『ほんまさあ』
圭だ。モニターで圭と通話が繋がってるらしく、声が聞こえて目を瞬く。
二人して、何だろう。フユアヤのことか?
千くんは呆れたような、それでいて心配そうな顔を浮かべる。
「ふゆと、何かあった?」
息を呑んだ。
びくっと肩を震わせて、視線を彷徨わせる。
何故、バレた。……いや、自分でも分かっている。確かにここ最近の冬輝と俺は、明らかにおかしい。
「……何もないですよ」
『いやいや、千から聞いただけやけど、なんもないは無理あるって。あんま見くびらんとってくれる?』
次いで、アヤが思う以上に千や俺はお前らのことちゃんと見とるで、だって。……今その言葉、ずるくない?
胸に染み込んでいってしまう言葉を慌てて引き止める。すると、千くんは何やらスマホをいじり差し出してきた。
「ファンの方も、心配してる」
え?
【久しぶりの配信! ︎︎リアルタイムで見れてよかった、寂しかったよ〜!】
【イベント参戦した者です! 他の推し目当てで行ったんだけど、ちょっとフユアヤが沼すぎて。フォローしちゃった】
【今日の配信、二人とも少し声が冷たかった? 気のせいかな……お身体大事にしてください】
【テストもリアルイベントもお疲れ様でした! 今度は絶対イベント行きます!】
【フユアヤいつも以上に距離遠くなかった? 二人とも遠慮してるというか】
【他の皆さんも呟いてるけど、私も同意見。リアルイベントで何かあった? 心配です】
【リアルイベントの様子、感想、伝えてくれてありがとう! 良ければまた開いて欲しいです】
【フユアヤ喧嘩でもした……? こんなこと言いたくないけど、解散とかしたら泣くからね。しないよね?】
【今日の配信も面白かった! けど、少しだけ雰囲気違かった? 有識者様、リアルイベントで何かあったのなら教えてください〜!】
明るい呟きに混じって、……確かに、フユアヤを案じる声たち。
ぐっと喉を鳴らした。瞳が揺れる。
……ファンのみんなにまで。
心配をかけさせちゃうなんて。申し訳なさと、……ありがたさでいっぱいになる。
「何があったか、聞いてもいい?」
ひとり立ち尽くしていると、千くんがそっと首を傾げた。今度は強引に訊くのではなく、気遣ってくれている、優しい温かい声。
ゆるゆるとあっけなく、零れさせまいと何とか堰き止めていた喉がほぐれた。ゆっくりと思考する。
あれは、……あれは。
「き、す? され……て」
確かに、唇を重ねて……俺の知識の中では、それをキスと言う。
こうやってちゃんと言葉にするのは初めてで、自分でもあれはキスだったのだと、妙な感覚で納得した。千くんは面食らった顔をし、圭も戸惑ったように声を上げる。
『ええと、……それはフユに、告白されて?』
「こ、こくはっ……は、全く」
「あー、やってるわ。それはふゆが悪い」
深くため息をつく千くん。あとで叱っとくねと言われ、慌てて大丈夫ですと断らせてもらったら、彼は藍色の瞳を朧げに揺らした。
「そっか。……あのさ。あやくんはどう思ったの?」
「え?」
ドクンと心臓が反応する。
「ふゆと、付き合いたい?」
「え、っと」
確信をつかれた感覚がした。
自然と握り込んでいた手を脱力させ、弱々しく声を出す。
「どう、なんでしょう……」
「え?」
『は?』
すると、何故かすかさず遠慮のない驚愕の声が飛んでくる。
そんな反応をされるとは思わなくて目を見開くと、千くんは恐る恐るとでも言うように俺の顔を伺った。
「待って待って待って。あやくんはふゆのこと、好きなんだよね?」
「え? それは」
『恋愛の方でな』
「はっ!?」
ま、まって、なんでそんな話に。ゆるりと首を傾けると、圭はため息をつき、千くんは頭を抱えた。
「ちょっと……はあ。ええー? ……じゃあ、今までのあやくんは何だったのよ。俺が好きな人って言ってふゆを見たのは? 甘えてたのは?」
『配信で散々好き好き言うてたのは?』
「そ、それはっ……俺じゃなくて、アヤだから」
「あー相っ当拗れてるわコレ。もう天然鈍感もここまでいくとひどいね」
千くんは投げやりにそう言うと、天井を仰ぐ。圭ももうひとつため息をついた。
……そんな、驚かれること、だっただろうか。
千くんとモニターに目を滑らせ──俺は俯いてから、小さく言葉を吐き出した。
「で、でも、その……最近、分かんなくなって」
聞き取ることすら危うい、か細い声。けれど二人は聞き取ってくれて、……頷いてくれた。
『……そか』
「じゃあ、もう一回質問するね。──綾斗くんは、どうしたい?」
圭へは本名を言ってないことを考慮して、「綾斗」のところは小声で尋ねてくれた。
千くんは口に緩やかなカーブを描き、藍色の瞳を温かく細める。
その、優しい、……少しだけ冬輝の面影がある笑顔に。
胸が、苦しくなった。目元に熱が集まる。
俺は……俺は、綾斗は、冬輝のこと?
今までの建前とか、フユアヤのこととか、全部頭からなくして。
思考した、瞬間に。
ぶわっと脱力した。一気に雷に打たれたように立てなくなって、へなへなと座り込む。千くんが近くに来て背中をさすってくれた。圭の俺が話し出すのを待っていてくれている沈黙も、ありがたくて。
首を持ち上げらせる力すら残っておらず、必然的に下を向く。頭の中に、冬輝の声や顔が、想い出が、鮮やかに通り過ぎていく。
……本当は。
途端に唇が震えてきた。視界がぼやける。
ずっと、気づいていたのか。
覚悟を決めた、というか……気づかなければいけない状況に陥って。ひどく久しぶりに、自分の気持ちに真っ直ぐと向き合ってみる。
……諦めれるわけがなかったんだ。それに加えまさか、冷めるわけなかった。
寧ろ、日に日に好きになっていくばかりで。
俺、ばっかり。
情けなく熱い雫が膝に落ちてくる。言葉になっていない声が漏れる。
すがるように手を彷徨わせると、千くんが何も言わず抱きしめてくれた。兄の温もりに、優しさに、堪えようとした涙が止まらなくなって。
思わず子供のように、嗚咽を漏らしてしまう。
「っ、ごめ、なさ」
「大丈夫」
『苦しい時は、ちゃんと泣いてええ』
二人の優しさに甘えるように身を委ねてみる。涙がぼろぼろと零れて、それを拭う余裕すらない。
……ふゆき。返事が返ってこないのは百も承知だ。それでも語りかけてみる。冬輝。
︎︎何でキスしたの。俺、期待していいの。
でも、遅えんだよ、……ばーか。
中学生の時にしてくれたら、俺は迷わず想いを伝えに行ったのに。
一週間もギクシャクしちゃったじゃんか。
久々に剥き出しにした感情に、苦々しいような、嬉しいような、懐かしいような、不思議な感覚で泣きながらも笑みを零した。情けない嗚咽と同時に、言葉を漏らす。
「……好き……みたいです」
それも多分、前から、ずっと。俺は、冬輝のこと。
恋心なんてそんな簡単に、消えるわけなかった。心の内にずっと存在していた感情を、ようやく俺が認めただけ。
素直に告げると、圭と千くんは「やっと気づいた?」なんてとっても優しい声色で笑い飛ばしてくれた。
振り返り配信に、文化祭の準備。
テストとリアルイベントが終わっても目まぐるしく、日常は回っていく。気づけば、リアルイベントから約一週間が経過していた。
明日は待ちに待った文化祭。前返ってきたテストもいつもより点数高くてハッピー……なんだけれど俺は、どうしても拭えないもやもやを抱え過ごしていた。
また泊まらせてもらっている篠山家にて、廊下で冬輝とばったり出くわす。
……正直、リアルイベントが終わってからの記憶が曖昧で。
夢だと思えたら、どんなに楽だっただろう。
冬輝は俺を捉えて、一瞬足を止める。けれどすぐに視線を逸らし去ろうとして、慌てて声をかけた。
声がつっかえる。
「ど、……どこ行くの?」
「……風呂」
「そっ、か」
冬輝はあの日から、俺と目を合わせようとしない。
顔を逸らされるたびに、いつも通り声をかけてくれないたびに、うざいほど胸が痛んだ。メンタルが削られていく感覚がして、心が壊れるんじゃないか、と。俺にとって冬輝の存在がどれだけ大きいのかを突きつけられる。
毎回もしかして元に戻っているのではないか、と声をかけて、胸を痛めて──その繰り返し。
だから俺も、引きどころや作り笑顔を覚えてしまった。
「じゃあ、また」
にこっと笑いかけてから、逃げるように廊下を歩く。
学校も、食事中も、寝る時も、全部一緒。少しばかりの言い合いやすれ違いあったとて、すぐに仲直りして、気まずさを引きずる間柄ではなかった、はずなのに。
……どんな風に、接すればいい?
今はそれすら、見失っている。
ぼうっと生きた心地がしないまま廊下を歩く。と、「あやくん」と声をかけられた。
その方向へゆっくり視線を移動させると、開いたドアの奥に、千くんの姿。
ちょいちょいと手招きをされて、俺は首を傾げながら千くんの部屋へ入らせてもらう。
「どうしました?」
「どうしたもこうもないよ」
『ほんまさあ』
圭だ。モニターで圭と通話が繋がってるらしく、声が聞こえて目を瞬く。
二人して、何だろう。フユアヤのことか?
千くんは呆れたような、それでいて心配そうな顔を浮かべる。
「ふゆと、何かあった?」
息を呑んだ。
びくっと肩を震わせて、視線を彷徨わせる。
何故、バレた。……いや、自分でも分かっている。確かにここ最近の冬輝と俺は、明らかにおかしい。
「……何もないですよ」
『いやいや、千から聞いただけやけど、なんもないは無理あるって。あんま見くびらんとってくれる?』
次いで、アヤが思う以上に千や俺はお前らのことちゃんと見とるで、だって。……今その言葉、ずるくない?
胸に染み込んでいってしまう言葉を慌てて引き止める。すると、千くんは何やらスマホをいじり差し出してきた。
「ファンの方も、心配してる」
え?
【久しぶりの配信! ︎︎リアルタイムで見れてよかった、寂しかったよ〜!】
【イベント参戦した者です! 他の推し目当てで行ったんだけど、ちょっとフユアヤが沼すぎて。フォローしちゃった】
【今日の配信、二人とも少し声が冷たかった? 気のせいかな……お身体大事にしてください】
【テストもリアルイベントもお疲れ様でした! 今度は絶対イベント行きます!】
【フユアヤいつも以上に距離遠くなかった? 二人とも遠慮してるというか】
【他の皆さんも呟いてるけど、私も同意見。リアルイベントで何かあった? 心配です】
【リアルイベントの様子、感想、伝えてくれてありがとう! 良ければまた開いて欲しいです】
【フユアヤ喧嘩でもした……? こんなこと言いたくないけど、解散とかしたら泣くからね。しないよね?】
【今日の配信も面白かった! けど、少しだけ雰囲気違かった? 有識者様、リアルイベントで何かあったのなら教えてください〜!】
明るい呟きに混じって、……確かに、フユアヤを案じる声たち。
ぐっと喉を鳴らした。瞳が揺れる。
……ファンのみんなにまで。
心配をかけさせちゃうなんて。申し訳なさと、……ありがたさでいっぱいになる。
「何があったか、聞いてもいい?」
ひとり立ち尽くしていると、千くんがそっと首を傾げた。今度は強引に訊くのではなく、気遣ってくれている、優しい温かい声。
ゆるゆるとあっけなく、零れさせまいと何とか堰き止めていた喉がほぐれた。ゆっくりと思考する。
あれは、……あれは。
「き、す? され……て」
確かに、唇を重ねて……俺の知識の中では、それをキスと言う。
こうやってちゃんと言葉にするのは初めてで、自分でもあれはキスだったのだと、妙な感覚で納得した。千くんは面食らった顔をし、圭も戸惑ったように声を上げる。
『ええと、……それはフユに、告白されて?』
「こ、こくはっ……は、全く」
「あー、やってるわ。それはふゆが悪い」
深くため息をつく千くん。あとで叱っとくねと言われ、慌てて大丈夫ですと断らせてもらったら、彼は藍色の瞳を朧げに揺らした。
「そっか。……あのさ。あやくんはどう思ったの?」
「え?」
ドクンと心臓が反応する。
「ふゆと、付き合いたい?」
「え、っと」
確信をつかれた感覚がした。
自然と握り込んでいた手を脱力させ、弱々しく声を出す。
「どう、なんでしょう……」
「え?」
『は?』
すると、何故かすかさず遠慮のない驚愕の声が飛んでくる。
そんな反応をされるとは思わなくて目を見開くと、千くんは恐る恐るとでも言うように俺の顔を伺った。
「待って待って待って。あやくんはふゆのこと、好きなんだよね?」
「え? それは」
『恋愛の方でな』
「はっ!?」
ま、まって、なんでそんな話に。ゆるりと首を傾けると、圭はため息をつき、千くんは頭を抱えた。
「ちょっと……はあ。ええー? ……じゃあ、今までのあやくんは何だったのよ。俺が好きな人って言ってふゆを見たのは? 甘えてたのは?」
『配信で散々好き好き言うてたのは?』
「そ、それはっ……俺じゃなくて、アヤだから」
「あー相っ当拗れてるわコレ。もう天然鈍感もここまでいくとひどいね」
千くんは投げやりにそう言うと、天井を仰ぐ。圭ももうひとつため息をついた。
……そんな、驚かれること、だっただろうか。
千くんとモニターに目を滑らせ──俺は俯いてから、小さく言葉を吐き出した。
「で、でも、その……最近、分かんなくなって」
聞き取ることすら危うい、か細い声。けれど二人は聞き取ってくれて、……頷いてくれた。
『……そか』
「じゃあ、もう一回質問するね。──綾斗くんは、どうしたい?」
圭へは本名を言ってないことを考慮して、「綾斗」のところは小声で尋ねてくれた。
千くんは口に緩やかなカーブを描き、藍色の瞳を温かく細める。
その、優しい、……少しだけ冬輝の面影がある笑顔に。
胸が、苦しくなった。目元に熱が集まる。
俺は……俺は、綾斗は、冬輝のこと?
今までの建前とか、フユアヤのこととか、全部頭からなくして。
思考した、瞬間に。
ぶわっと脱力した。一気に雷に打たれたように立てなくなって、へなへなと座り込む。千くんが近くに来て背中をさすってくれた。圭の俺が話し出すのを待っていてくれている沈黙も、ありがたくて。
首を持ち上げらせる力すら残っておらず、必然的に下を向く。頭の中に、冬輝の声や顔が、想い出が、鮮やかに通り過ぎていく。
……本当は。
途端に唇が震えてきた。視界がぼやける。
ずっと、気づいていたのか。
覚悟を決めた、というか……気づかなければいけない状況に陥って。ひどく久しぶりに、自分の気持ちに真っ直ぐと向き合ってみる。
……諦めれるわけがなかったんだ。それに加えまさか、冷めるわけなかった。
寧ろ、日に日に好きになっていくばかりで。
俺、ばっかり。
情けなく熱い雫が膝に落ちてくる。言葉になっていない声が漏れる。
すがるように手を彷徨わせると、千くんが何も言わず抱きしめてくれた。兄の温もりに、優しさに、堪えようとした涙が止まらなくなって。
思わず子供のように、嗚咽を漏らしてしまう。
「っ、ごめ、なさ」
「大丈夫」
『苦しい時は、ちゃんと泣いてええ』
二人の優しさに甘えるように身を委ねてみる。涙がぼろぼろと零れて、それを拭う余裕すらない。
……ふゆき。返事が返ってこないのは百も承知だ。それでも語りかけてみる。冬輝。
︎︎何でキスしたの。俺、期待していいの。
でも、遅えんだよ、……ばーか。
中学生の時にしてくれたら、俺は迷わず想いを伝えに行ったのに。
一週間もギクシャクしちゃったじゃんか。
久々に剥き出しにした感情に、苦々しいような、嬉しいような、懐かしいような、不思議な感覚で泣きながらも笑みを零した。情けない嗚咽と同時に、言葉を漏らす。
「……好き……みたいです」
それも多分、前から、ずっと。俺は、冬輝のこと。
恋心なんてそんな簡単に、消えるわけなかった。心の内にずっと存在していた感情を、ようやく俺が認めただけ。
素直に告げると、圭と千くんは「やっと気づいた?」なんてとっても優しい声色で笑い飛ばしてくれた。
