◆◇◆
俺たちが通っている高校は、十月下旬に文化祭がある。
時計を見て、俺は立ち上がった。
「じゃ俺、そろそろ帰る。みんなまた明日〜」
「またな〜遠藤」
「篠山も」
「ばいばい〜」
「ん、また」
放課後、文化祭の準備をしていた部活ない組に手を振り、当然のように隣に並んだ冬輝と教室を出た。
文化祭まで残り一ヶ月を切った。グラウンドの木はもう赤黄に染まっていて、準備もそろそろ本格的になりつつある。
俺と冬輝のクラス二年二組は、まあ……簡潔に言うとカフェをやろうとしている。
本当に詳しいことは削って削りまくったら、だけど。
もう何回目かの苦いような面白いような複雑な気持ちになっていると、表情に出ていたのか、冬輝が「綾斗?」と首を傾げた。
それに慌てて「なんでもない」と返そうとして。
「し、篠山くん!」
遮られた。
驚いて声のした方向──後ろを振り返ると、さっき別れの挨拶を交わしたはずのクラスメイト。
彼女は走ってきたわけでもないのに顔を赤く染めると、頭を下げた。
「文化祭の時、制服──貸して下さい!」
──男装カフェ。
これが今年の二年二組の出し物だ。
こんなことになったのは、まあ、良く高校生顔負けな程のおっちょこちょいをしでかす担任が、文化祭の出し物を決めることを忘れていたことが全ての始まりだろう。
気づいた頃には、もう時すでに遅し。メジャーで人気な出し物はとっくに他のクラスに取られており、あろうことか一人の生徒が「男女逆転喫茶」をアイディアに出した。
何故かそれに、大半の女子生徒と悪ノリ男子が乗っかり。
多数決で男女逆転喫茶になりそうだったところを、一部の男子が大ブーイング。数人がもしそうなったら休むと宣言したところから、渋々逆転するのは女子だけでいいよ──と。
この流れで、結果男装カフェへと見事に着地した。
いや、なんでって感じなんだけど、まあ男子達が餌にならなかったことは良かった。
と言うことで、女子が男装することになり……そのため服は、兄弟から借りる人、もともと持っていた男性っぽいものを着る人、男子生徒から制服を借りる人に別れる。
そして、今は第三者だ。
男子に借りることは所謂その人が好きと示すこととほぼ同様で、勇気がいっただろうなと思う。
それと、ごめん。俺ずっと冬輝の隣にいるもんね、本当は二人きりの時に言いたかったよね……ごめん。
心の中で謝っていると、冬輝はひとり黙っていた。
悩んでいるのか? 顔をあげると、驚くことにバチっと目が合った。
……いや、なんで俺を見る。
見るべきは絶対俺ではないだろう。眉をひそめながら、口を開く。
「いいんじゃない? 冬輝、彼女いないでしょ?」
チャンスじゃん。そうふざけるように投げかけてみたら、青い瞳に一瞬、光が走った。
傷ついたような色。
……何その表情。意味わかんない。
今は「フユアヤ」じゃないんだけど。
ふいと視線を逸らす。気を紛らわすようにクラスメイトを捉えて、冬輝の返事に耳を澄ました。
「……ごめん」
──その言葉に、思わず安堵したように息を吐きそうになった俺の方が、もっと意味わかんない。
「多分、俺のじゃサイズ全く合わないから。だから、ごめん」
「で、でもその、まくったりすれば……っ、あの、私、篠山くんのことが好きで」
「うん。ありがとう」
一ミリもトーンを変えずに頷く冬輝に、突如ぐいっと手を引っ張られた。
「うわっ」
「好きになってくれたのは嬉しい。……でも、ごめん」
行こう、綾斗。すぐその場を立ち去ろうとする冬輝は優しいのか残酷なのか。
強引に腕を引っ張られ、ある程度離れてから、腕を放された。
「良かったの?」
「何が」
「彼女作んなくて」
あの子、うちのクラスでも可愛いって言われてる子だったんだけど。
高校生になってから、冬輝が告白されて振るシーンは何度か見てきた。その度に俺はこう問いていて、「何が」と言う冬輝も、もう分かりきっているような気がする。
恒例と化した質問に、冬輝は飽きた様子もなくじっと俺を見つめた。
「……フユアヤとしての活動もあるし、勉強もあるし、彼女作る暇ない」
いつも通りの回答。それに思わず笑みを零して、うんと頷く。
「変わってないかー。あと、やっぱ俺、冬輝が告られると少し焦るな」
「……何で?」
「冬輝は俺の親友だし。それに、俺の方が先に彼女作るから! 先越されたら悔しい!」
我ながら何というわがまま持論。
にっと笑ってみせると、冬輝は少し息をついて、眉を上げた。それすらも絵になって、思わず見惚れてしまう自分がいる。
視線を逸らし、今度こそ帰るかと歩き出す。冬輝もそれに続き、違う話題を出そうと思ったら、
「あーでも」
新たな回答が追加された。
「アイツとなら、付き合いたいかもね」
待て、そんなの聞いてない。
俺たちが通っている高校は、十月下旬に文化祭がある。
時計を見て、俺は立ち上がった。
「じゃ俺、そろそろ帰る。みんなまた明日〜」
「またな〜遠藤」
「篠山も」
「ばいばい〜」
「ん、また」
放課後、文化祭の準備をしていた部活ない組に手を振り、当然のように隣に並んだ冬輝と教室を出た。
文化祭まで残り一ヶ月を切った。グラウンドの木はもう赤黄に染まっていて、準備もそろそろ本格的になりつつある。
俺と冬輝のクラス二年二組は、まあ……簡潔に言うとカフェをやろうとしている。
本当に詳しいことは削って削りまくったら、だけど。
もう何回目かの苦いような面白いような複雑な気持ちになっていると、表情に出ていたのか、冬輝が「綾斗?」と首を傾げた。
それに慌てて「なんでもない」と返そうとして。
「し、篠山くん!」
遮られた。
驚いて声のした方向──後ろを振り返ると、さっき別れの挨拶を交わしたはずのクラスメイト。
彼女は走ってきたわけでもないのに顔を赤く染めると、頭を下げた。
「文化祭の時、制服──貸して下さい!」
──男装カフェ。
これが今年の二年二組の出し物だ。
こんなことになったのは、まあ、良く高校生顔負けな程のおっちょこちょいをしでかす担任が、文化祭の出し物を決めることを忘れていたことが全ての始まりだろう。
気づいた頃には、もう時すでに遅し。メジャーで人気な出し物はとっくに他のクラスに取られており、あろうことか一人の生徒が「男女逆転喫茶」をアイディアに出した。
何故かそれに、大半の女子生徒と悪ノリ男子が乗っかり。
多数決で男女逆転喫茶になりそうだったところを、一部の男子が大ブーイング。数人がもしそうなったら休むと宣言したところから、渋々逆転するのは女子だけでいいよ──と。
この流れで、結果男装カフェへと見事に着地した。
いや、なんでって感じなんだけど、まあ男子達が餌にならなかったことは良かった。
と言うことで、女子が男装することになり……そのため服は、兄弟から借りる人、もともと持っていた男性っぽいものを着る人、男子生徒から制服を借りる人に別れる。
そして、今は第三者だ。
男子に借りることは所謂その人が好きと示すこととほぼ同様で、勇気がいっただろうなと思う。
それと、ごめん。俺ずっと冬輝の隣にいるもんね、本当は二人きりの時に言いたかったよね……ごめん。
心の中で謝っていると、冬輝はひとり黙っていた。
悩んでいるのか? 顔をあげると、驚くことにバチっと目が合った。
……いや、なんで俺を見る。
見るべきは絶対俺ではないだろう。眉をひそめながら、口を開く。
「いいんじゃない? 冬輝、彼女いないでしょ?」
チャンスじゃん。そうふざけるように投げかけてみたら、青い瞳に一瞬、光が走った。
傷ついたような色。
……何その表情。意味わかんない。
今は「フユアヤ」じゃないんだけど。
ふいと視線を逸らす。気を紛らわすようにクラスメイトを捉えて、冬輝の返事に耳を澄ました。
「……ごめん」
──その言葉に、思わず安堵したように息を吐きそうになった俺の方が、もっと意味わかんない。
「多分、俺のじゃサイズ全く合わないから。だから、ごめん」
「で、でもその、まくったりすれば……っ、あの、私、篠山くんのことが好きで」
「うん。ありがとう」
一ミリもトーンを変えずに頷く冬輝に、突如ぐいっと手を引っ張られた。
「うわっ」
「好きになってくれたのは嬉しい。……でも、ごめん」
行こう、綾斗。すぐその場を立ち去ろうとする冬輝は優しいのか残酷なのか。
強引に腕を引っ張られ、ある程度離れてから、腕を放された。
「良かったの?」
「何が」
「彼女作んなくて」
あの子、うちのクラスでも可愛いって言われてる子だったんだけど。
高校生になってから、冬輝が告白されて振るシーンは何度か見てきた。その度に俺はこう問いていて、「何が」と言う冬輝も、もう分かりきっているような気がする。
恒例と化した質問に、冬輝は飽きた様子もなくじっと俺を見つめた。
「……フユアヤとしての活動もあるし、勉強もあるし、彼女作る暇ない」
いつも通りの回答。それに思わず笑みを零して、うんと頷く。
「変わってないかー。あと、やっぱ俺、冬輝が告られると少し焦るな」
「……何で?」
「冬輝は俺の親友だし。それに、俺の方が先に彼女作るから! 先越されたら悔しい!」
我ながら何というわがまま持論。
にっと笑ってみせると、冬輝は少し息をついて、眉を上げた。それすらも絵になって、思わず見惚れてしまう自分がいる。
視線を逸らし、今度こそ帰るかと歩き出す。冬輝もそれに続き、違う話題を出そうと思ったら、
「あーでも」
新たな回答が追加された。
「アイツとなら、付き合いたいかもね」
待て、そんなの聞いてない。
