それから三日、優凪は下がらない高熱に苦しんだ。朝も夜もなくうなされて、しまいにはもう体温計を使うことすら面倒になってしまった。食事はほとんど何も食べられない日が続いて、飲み物だけでも精いっぱい。汗にべとつく身体が気持ち悪いからなんとか風呂だけは入ったものの、シャワーを浴びるだけで酷く疲弊して髪が乾く前に倒れこんで眠る。
四日目に少し熱は下がり初めて五日目でようやく微熱に。でも身体は疲れ果てているから食事を作ることすら出来ない。インスタントのおかゆも食欲がなくて半分以上残してしまった。眩暈立ち眩み、うっすらとした吐き気がする。ひとりで病院にいけるほどの体力はない。
怠さにまかせてその日もベッドに横になっていた。来週には復帰できるだろうか、身体を起こすだけでふらつくから、もうしばらくは無理かもしれない。ますます勉強が遅れてしまう。ただでさえできそこないなのに……こんな自分が、嫌だ。
うとうととしながらその日も過ごした。夕方になり、目が覚めて何か食べないとは思ったが食欲はわかず、しかし食べないままではさらに体力が落ちる。困ったと思いながらも再びぐったりと眠りにつこうとしたその時だった。
インターフォンが鳴る、こんな時間に誰が。ふらつきながら外の様子を伺うとそこにいたのは響魚だった。
「どうして、響魚くん……」
ドアの鍵を開ける、そこにいたのはやっぱり響魚だ。寝癖としわだらけの寝間着が恥ずかしいと思った。しかし響魚はそれを気にした様子はなく、そっと優凪の頬を撫でる。
「随分痩せたな、大丈夫か?」
「あ……うち、体重計ないんだよね。だからそういうのはわからない」
「そうか」
「えっと、入る……?」
散らかっている部屋、慌てて落ちていたタオルを拾うがそれどころではないくらいに物が散っていた。ここ数日いかに優凪が何も出来なかったのかがよくわかる。
「あ、好きなところに座ってよ」
「片づけは俺がするよ、まだ熱が下がってないだろう。触れた頬が少し熱かった」
「微熱だから、もう大丈夫」
「寝てろ」
怠さがあったので響魚の言葉に甘えて優凪はソファに寄りかかる。響魚はてきぱきと落ちているものを集めて明らかに不要なものはゴミ袋に入れて行く。じわりと熱の残る身体で優凪はじっと響魚を見つめた。
「どうして部屋がわかったの?」
「ポストに書いてあった、本当はプリントだけ置いて帰ろうと思ったんだ。でも心配だったから」
「プリント?」
「授業の課題とか学校行事とか」
「わざわざ持って来てくれたの」
「学校に来れないから困っているだろうと思った」
「来週は行く、ありがとね」
「無理するな、もう少し休んでもいい。ひどい顔色をしているぞ」
「あは、食欲なくてさあ」
「笑うことじゃない」
響魚は至極まじめだ。他人に心配されていないから、そんなに大事にされたことがないから優凪はこういう時どんな顔をしたらいいのかわからない。とりあえず笑ってごまかしてみても、自分がますます惨めになる気がして。だから響魚の言葉になんだか涙が出そうになった。わざわざ家まで訪ねてくれて、家族とも疎遠になって以来そこまで誰も親しくすることはなかったから。
「食事作るよ、何なら食べられる?」
「おかゆを用意したんだけど、食べられなくて……」
「困ったな、食べたいものはないのか」
「……野菜スープなら、薄いコンソメ味が好きなんだ」
「わかった、それを作ろう。材料使ってもいいか」
冷蔵庫の中には少し古くなってしまった野菜がいくつかあった。響魚はそれを使ってスープを作ることにする。シンクにぽつりと置いてある食べられなかったおかゆの残りを見て、ここしばらくほとんど何も入っていない様子の優凪の身体を心配する。スープだけでも、少しでいいから栄養を。
優凪は台所で料理をしている響魚の背中をじっと見ていた。たくましいのに、優しい。彼は人に優しく出来るのだ、多分愛されて育ったのだろう。思いやりとか些細なものでも人に与えることが出来る。それは優凪へ、彼の背中に幼い頃に別れた母の姿を思い出す。何も疑わずに信じていた、多分それは愛情と言う。
「優凪……?」
響魚の背中にすがりついた。浮かんでくる涙を見られないようにぎゅっとその背中に頬を寄せて。骨ばった優凪の白い手が響魚のワイシャツをつかむ。響魚は少し黙って、その手をそっと握りしめた。
「ず、ずっと、ひとりで……孤独、って言うの? そう言う暮らしをしていたら何が寂しいのかわからなくなってた。本当は、誰かに助けて欲しかった、そばにいてもらいたかったんだ……っ」
かすれる声でつぶやいた、それは優凪の本心。響魚はそっと手を振りほどき振り返ってしがみついてくる優凪を抱きしめる。泣いた頬にはキスをして。
「大丈夫だ、優凪。これからは俺がそばにいるから」
「き、響魚く……」
もはや言葉にもならない。響魚は優凪を離さなかった。
その日、お姫さまは恋をした。たったひとりの王子さまは背が高くその頬にすら届かない。お姫さまは精いっぱいの背伸びをして彼に誰よりも近く寄り添うことを願った。
四日目に少し熱は下がり初めて五日目でようやく微熱に。でも身体は疲れ果てているから食事を作ることすら出来ない。インスタントのおかゆも食欲がなくて半分以上残してしまった。眩暈立ち眩み、うっすらとした吐き気がする。ひとりで病院にいけるほどの体力はない。
怠さにまかせてその日もベッドに横になっていた。来週には復帰できるだろうか、身体を起こすだけでふらつくから、もうしばらくは無理かもしれない。ますます勉強が遅れてしまう。ただでさえできそこないなのに……こんな自分が、嫌だ。
うとうととしながらその日も過ごした。夕方になり、目が覚めて何か食べないとは思ったが食欲はわかず、しかし食べないままではさらに体力が落ちる。困ったと思いながらも再びぐったりと眠りにつこうとしたその時だった。
インターフォンが鳴る、こんな時間に誰が。ふらつきながら外の様子を伺うとそこにいたのは響魚だった。
「どうして、響魚くん……」
ドアの鍵を開ける、そこにいたのはやっぱり響魚だ。寝癖としわだらけの寝間着が恥ずかしいと思った。しかし響魚はそれを気にした様子はなく、そっと優凪の頬を撫でる。
「随分痩せたな、大丈夫か?」
「あ……うち、体重計ないんだよね。だからそういうのはわからない」
「そうか」
「えっと、入る……?」
散らかっている部屋、慌てて落ちていたタオルを拾うがそれどころではないくらいに物が散っていた。ここ数日いかに優凪が何も出来なかったのかがよくわかる。
「あ、好きなところに座ってよ」
「片づけは俺がするよ、まだ熱が下がってないだろう。触れた頬が少し熱かった」
「微熱だから、もう大丈夫」
「寝てろ」
怠さがあったので響魚の言葉に甘えて優凪はソファに寄りかかる。響魚はてきぱきと落ちているものを集めて明らかに不要なものはゴミ袋に入れて行く。じわりと熱の残る身体で優凪はじっと響魚を見つめた。
「どうして部屋がわかったの?」
「ポストに書いてあった、本当はプリントだけ置いて帰ろうと思ったんだ。でも心配だったから」
「プリント?」
「授業の課題とか学校行事とか」
「わざわざ持って来てくれたの」
「学校に来れないから困っているだろうと思った」
「来週は行く、ありがとね」
「無理するな、もう少し休んでもいい。ひどい顔色をしているぞ」
「あは、食欲なくてさあ」
「笑うことじゃない」
響魚は至極まじめだ。他人に心配されていないから、そんなに大事にされたことがないから優凪はこういう時どんな顔をしたらいいのかわからない。とりあえず笑ってごまかしてみても、自分がますます惨めになる気がして。だから響魚の言葉になんだか涙が出そうになった。わざわざ家まで訪ねてくれて、家族とも疎遠になって以来そこまで誰も親しくすることはなかったから。
「食事作るよ、何なら食べられる?」
「おかゆを用意したんだけど、食べられなくて……」
「困ったな、食べたいものはないのか」
「……野菜スープなら、薄いコンソメ味が好きなんだ」
「わかった、それを作ろう。材料使ってもいいか」
冷蔵庫の中には少し古くなってしまった野菜がいくつかあった。響魚はそれを使ってスープを作ることにする。シンクにぽつりと置いてある食べられなかったおかゆの残りを見て、ここしばらくほとんど何も入っていない様子の優凪の身体を心配する。スープだけでも、少しでいいから栄養を。
優凪は台所で料理をしている響魚の背中をじっと見ていた。たくましいのに、優しい。彼は人に優しく出来るのだ、多分愛されて育ったのだろう。思いやりとか些細なものでも人に与えることが出来る。それは優凪へ、彼の背中に幼い頃に別れた母の姿を思い出す。何も疑わずに信じていた、多分それは愛情と言う。
「優凪……?」
響魚の背中にすがりついた。浮かんでくる涙を見られないようにぎゅっとその背中に頬を寄せて。骨ばった優凪の白い手が響魚のワイシャツをつかむ。響魚は少し黙って、その手をそっと握りしめた。
「ず、ずっと、ひとりで……孤独、って言うの? そう言う暮らしをしていたら何が寂しいのかわからなくなってた。本当は、誰かに助けて欲しかった、そばにいてもらいたかったんだ……っ」
かすれる声でつぶやいた、それは優凪の本心。響魚はそっと手を振りほどき振り返ってしがみついてくる優凪を抱きしめる。泣いた頬にはキスをして。
「大丈夫だ、優凪。これからは俺がそばにいるから」
「き、響魚く……」
もはや言葉にもならない。響魚は優凪を離さなかった。
その日、お姫さまは恋をした。たったひとりの王子さまは背が高くその頬にすら届かない。お姫さまは精いっぱいの背伸びをして彼に誰よりも近く寄り添うことを願った。
