病弱少年はいつかお姫さまに

「ああ、実は同じ中学出身みたいで私のことを前から知っていたみたいだよ。地元の中学の陸上部からの大学駅伝に出たこともあって、今でも母校では卒業生として話題にしてくれているみたいでね」
「えっ、先生が?」
「昔のことだよ、子供の頃から足だけは速かったんだ」

 昼休みの終わる間際、一足先に響魚は教室に帰っていった。そこで優凪は幸原と響魚の共通点の話をして驚いた。しかしそこまで幸原に関する英雄伝があったとは。

「走るのって楽しいんですか?」
「苦しいけどね、自分との戦いだよ。自分に打ち勝った瞬間は今まで走ってきてよかったと思う。いまから思えば若い時だけに出来る経験かなー、まあ歳がいっても走り続ける人もいるけどさ」
「僕は絶対無理だぁ、根性なんてないですよ」
「まだ若いでしょ。加瀬くんとも話してごらん、精神が強いと何かと戦っていける」
「うらやましいなあ、僕は戦って勝てるものなんてないです」
「そうかな、市川くんもいつか何か見つかるかもよ?」
「はは、いやあほんと、無理無理」

 自分は何も持っていない。人に話せるような自慢話も、褒められるような経験も。響魚も幸原もすごい、優凪はまだこれからだった。
 授業が終わり、帰宅時間。なんとか授業に復帰できたものの優凪はその疲れからとぼとぼと昇降口を出る。校庭では運動部がそれぞれ活動している、そのなかにはもちろん陸上部も。生き生きと走る響魚の姿がそこにはあった、夕方の風景なんだか彼がまぶしく見える。懸命で力強いその姿は自分にはないものだと思い、うらやましさ半分。優凪はまたうつむいて静かに学校を後にした。

 ***

 体調が悪い。
 翌朝、午前七時半過ぎのこと。昨日の晩からだろうか、熱でもあるのか寒くて仕方がなくて朝になるとぐったりとしてしまい身体に力が入らなかった。でも今日は、課題の提出をしないといけないから……そう思って優凪は無理矢理家を出て来たが歩けば歩くほど息が切れて一歩進むだけでも身体が辛い。休んだほうが良かったかもしれない、そう思ってもうもう駅まで着いてしまったのでふらつく身体で電車に乗る。課題を提出したら早退しよう。でも、そこまでもつだろうか。

「優凪?」
「あ……」

 気が付くと同じ車内に響魚がいる。同じ電車だったのか、響魚は人をかき分けて優凪のそばへ。優凪はどこか安堵してため息をついた。

「おはよ」
「……どうかしたのか?」

 そう言って響魚は遠慮なく優凪の頬に触れる。大きな手、優凪は身体を任せるかのように目を閉じた。

「優凪!」
「だいじょ……ちょっと、調子悪くて」
「このまま家に帰るか?」
「学校、行く。別に平気……」

 がくりと響魚の方へ崩れ落ちる優凪を支える。触れた手は熱く明らかに発熱していた。
 学校になんとかたどり着き、優凪を支えながら響魚は保健室に行く。早朝から現れたふたりに幸原は驚いていた。

「どうしたの、体調悪い?」
「熱があるみたいで」

 身体にもう力も入らない優凪をふたりで支えながらベッドへ。体温計で測った熱は高熱を示していてそれを見た幸原は渋い顔をした。

「市川くん、誰か連絡の取れる方いる? 今日は病院に行ったほうがいい」
「連絡は、しないで」
「でも、こんなに熱が高かったら辛いでしょう?」
「別に平気です、ちょっと寝ていたら下がるから」
「いや、それでもね……最近体調悪かったでしょう? おうちの方は知っているの?」
「さあ、最近会ってないし」
「会ってないって……じゃあずっとひとり?」
「そうですねえ、でももう慣れた」
「そういうの本当は良くないんだよ。君は体調も崩しやすいんだから、誰かがそばにいたほうがいい」
「親次第ですよ、まあ多分興味もないだろうけれど……」
「市川くん!」

 熱で朦朧としながら優凪はつぶやく。もう父とは高校入学以来会ってはいない。電話やメールでの簡単な話すらもうしてはいなかった。

「……あの」
「なに、加瀬くん」
「市川、放課後まで寝かせておいてくれませんか。俺が責任もって家まで送り届けます。迎えに来る人もいなそうだし、このままひとりで帰すのは……必要だったら病院にも連れて行きますから」

 どうして響魚がそんなに世話を焼くのか。しかし優凪はもうどうでもよくなってしまって、そのまま黙って目を閉じた。