病弱少年はいつかお姫さまに

 翌日、ポケットのなかに渡したいものはあった。しかしいま優凪はそれどころではない。朝から咳が止まらなくて仕方がないのでふらつきながら保健室へ。朝、出勤早々の来客に幸原は驚く。

「学校来たばかりじゃない、辛いなら無理して学校に来ないでよかったのに」
「ゲホッゴホッ、のどいた……」
「風邪だねえ、最近朝晩の気温差が激しいからね。身体冷やしたでしょう? 今日はもう帰りなさい」
「放課後に約束があるんだけど……ああ、でも風邪うつしちゃうかな」
「何の約束?」
「響魚くんにお守りを渡したいんですー、もうすぐマラソン大会だから」
「ああ、そうだねえ。生徒は皆憂鬱だけど陸上部は花形だね。君は見学だっけ」
「はい、ゴールでスポーツドリンクを」
「じゃあ早く風邪は治したほうがいい。まだ日数もあるし、ゆっくり身体を休めて。お守りだっけ? 代わりに私が渡しておこうか」

 保健室で寝込んでいた優凪は幸原の厚意に甘えることにした。今日は早退して風邪を治すことに努めよう。無理をして響魚に移してしまっては元も子もない。

「この封筒を響魚くんに、お守り、多分見たらわかるから」
「はいはい。じゃあ気を付けて帰りなさいね。これはきちんと渡しておくよ」
「お願いします……ゲホッ、あの、お見舞いはいいからって伝えてください」

 ふらつきながら優凪は早退して早朝の昇降口へ向かう。すれ違う生徒たち、多分響魚は心配するだろうな、とは思った。だけど彼に家には来ないように。大丈夫だから、マラソン大会本番はもうすぐ。その日までに風邪も治すから……。

「え、帰ったんですか」
「うん、ちょっと熱もあるみたいだったしね。でもしばらくゆっくりすれば大丈夫だと思うよ。お見舞いは大丈夫だって、きっとマラソン大会も近いから君にうつすことを心配してるんだよ。はい、これは市川くんから頼まれていたもの」

 そう言って昼休みに幸原は響魚の教室の入口で託された封筒を渡す。その中からは金属音が微かに聞こえた。
 
「なんか、お守りって言ってたよ。なんだろうね?」
「お守り……あの、ありがとうございます、わざわざ」
「いいえ、そう言えば君、最近また走り出したね? たまに放課後学校の近く走ってるでしょう。この前、見かけたよ」
「優凪と約束したんです。だから、トレーニングしてて」
「何の約束?」
「マラソン大会で十位以内になるって」
「十位? ひええ、それはまた……」
「この約束だけは守りたくて。だから俺、頑張ります」
「そっか、目指すことがあるのはいいことだね。君も風邪をひかないように気を付けて」
「はい」

 幸原が去って、響魚は教室の隅でそっと封筒を開けた。その中にはチェーンのついた指輪が。シルバー製で多少の彫り物のデザインを施された見覚えのない新品、サイズは響魚の小指にも入らなかった。

「お守り……そうか、優凪」