「土手に行く? もうこの時期の夕方は寒いからやめておけ」
「大丈夫だよ、着こんでるし。マラソン大会も近いしさ」
「お前はマラソン大会には出ないだろう?」
「うん、参加するのは響魚くん。走れる?」
「そりゃあ、診断書をもらってるわけでもないし走らないと成績にも響くしな」
「成績とかのために仕方なく走るんじゃなくてさ、本気で、部活やってた頃みたいに本気で走ってみてよ」
「……優凪?」
夕方の土手は帰宅の途につく学生や犬の散歩、遠くの鉄橋からは私鉄が音を立てて走っている。秋の終わりの草花の匂い、固い地面にローファーのかかとに土がつく。響魚はメーカーもののシューズを使っていた。多分走るのに適したシューズだったのだろう。
「響魚くんの走ってる姿、忘れてないよ。僕のことはいいから、想ってくれているのはもう十分に分かったから、そろそろ自分の夢に向かって走ることを取り戻してよ」
「優凪、お前は何を……」
「マラソン大会、十位以内にゴールできる?」
「は……」
驚いた響魚はじっと優凪を見つめる。とんでもないことを言っているのはわかっていた。なにしろ数百人規模の学校で十位以内なんて。でも響魚なら大丈夫、そう思える自信はあった。
「優凪、何を考えている?」
「ねえ響魚くん、十位以内になってよ。僕のためだと思って」
「無理だよ、俺はもう数か月ろくに走っていないんだぞ」
「今日からトレーニングしよ、僕も付き合う」
「もう走ることはやめたんだ」
「本当は走りたいんでしょ? 響魚くんは誰よりも走ることが好きだって、他の何にも変わるものはないって僕、知ってるよ」
「優凪……」
「十位以内になったら部活に戻してくれるって、庄司さんと約束してきたんだ。あの人怖いけど嘘をつくような人じゃないよね。そして来年の県大会の代表は響魚くんが」
「無理だ。代表なんて、俺はなれない」
「なれるよ、きっと」
「優凪」
じっと澄んだ目で響魚を見つめる優凪に、響魚の心は動いていた。優凪は大切だ、でも優凪と同じくらいに走ることも好きだった。代わりになる何かを探してはいたが結局何も見つからなかったこと、それが本心だ。
「……走っても、いいか。もう一回だけ」
「いいよ、応援してる。響魚くんがまた走っている姿を見たい」
響魚の目に光が宿った。また、走る。その決意は彼をいま動かし始めた、いままでずっと走って来たんだ。そう簡単にこの身体は走り方を忘れたりなんてしない。足首を柔らかくして、息を吸う。そして駆け出した、ローファーに土交じりのアスファルトは走りづらいなんてものではなかったけれど、風を切る感覚にかつての勢いを思い出した。この空気が好きだったんだ。
しばらく走って振り返ると、遠くから優凪が大きく手を振っている。響魚も答えるように手を振って、空を仰ぐ。それは泣きそうなくらい、あまりに綺麗な夕暮れで。
「大丈夫だよ、着こんでるし。マラソン大会も近いしさ」
「お前はマラソン大会には出ないだろう?」
「うん、参加するのは響魚くん。走れる?」
「そりゃあ、診断書をもらってるわけでもないし走らないと成績にも響くしな」
「成績とかのために仕方なく走るんじゃなくてさ、本気で、部活やってた頃みたいに本気で走ってみてよ」
「……優凪?」
夕方の土手は帰宅の途につく学生や犬の散歩、遠くの鉄橋からは私鉄が音を立てて走っている。秋の終わりの草花の匂い、固い地面にローファーのかかとに土がつく。響魚はメーカーもののシューズを使っていた。多分走るのに適したシューズだったのだろう。
「響魚くんの走ってる姿、忘れてないよ。僕のことはいいから、想ってくれているのはもう十分に分かったから、そろそろ自分の夢に向かって走ることを取り戻してよ」
「優凪、お前は何を……」
「マラソン大会、十位以内にゴールできる?」
「は……」
驚いた響魚はじっと優凪を見つめる。とんでもないことを言っているのはわかっていた。なにしろ数百人規模の学校で十位以内なんて。でも響魚なら大丈夫、そう思える自信はあった。
「優凪、何を考えている?」
「ねえ響魚くん、十位以内になってよ。僕のためだと思って」
「無理だよ、俺はもう数か月ろくに走っていないんだぞ」
「今日からトレーニングしよ、僕も付き合う」
「もう走ることはやめたんだ」
「本当は走りたいんでしょ? 響魚くんは誰よりも走ることが好きだって、他の何にも変わるものはないって僕、知ってるよ」
「優凪……」
「十位以内になったら部活に戻してくれるって、庄司さんと約束してきたんだ。あの人怖いけど嘘をつくような人じゃないよね。そして来年の県大会の代表は響魚くんが」
「無理だ。代表なんて、俺はなれない」
「なれるよ、きっと」
「優凪」
じっと澄んだ目で響魚を見つめる優凪に、響魚の心は動いていた。優凪は大切だ、でも優凪と同じくらいに走ることも好きだった。代わりになる何かを探してはいたが結局何も見つからなかったこと、それが本心だ。
「……走っても、いいか。もう一回だけ」
「いいよ、応援してる。響魚くんがまた走っている姿を見たい」
響魚の目に光が宿った。また、走る。その決意は彼をいま動かし始めた、いままでずっと走って来たんだ。そう簡単にこの身体は走り方を忘れたりなんてしない。足首を柔らかくして、息を吸う。そして駆け出した、ローファーに土交じりのアスファルトは走りづらいなんてものではなかったけれど、風を切る感覚にかつての勢いを思い出した。この空気が好きだったんだ。
しばらく走って振り返ると、遠くから優凪が大きく手を振っている。響魚も答えるように手を振って、空を仰ぐ。それは泣きそうなくらい、あまりに綺麗な夕暮れで。
