翌日、久しぶりに学校を休んでしまった。文化祭以降体調がいい日が続いていたのに、ついていない。響魚に連絡をしたら授業が終わって夕食の買い物をしたら来てくれると言う。眠れない夜を過ごしてずっと朝が来るのを待っていた、ひとりきりの夜がなんだか寂しくて、でも深夜に響魚に連絡をするのはどこか申し訳ない気持ちがあった。
いまさら遠慮なんて、と彼は言うだろう。でも彼が大切だと思うからこそ、遠慮してしまうのだ。それでも響魚は優しいから。
「僕に、何か出来ることってあるのかなあ」
響魚のために優凪が出来ること、それがいま思いつかない。
***
「優凪、俺だ」
少しうつらうつらと眠って、気がついたら夕方になっていた。インターフォンで目を覚まして、優凪はふらつきながら玄関へ。そこにはスーパーマーケットで買い物を終えた響魚が立っている。
「食欲はあるか?」
「あまり……でも響魚くんの作ってくれるものなら食べられる気がする」
「そうか、何食べたい?」
「響魚くんは何がいいの?」
「何がってお前が食べられなかったらしょうがないだろう。そうだな、たまご雑炊にでもするか」
「一緒に食べて行ってくれる?」
「ああ、かまわないよ」
台所に立つ響魚の背中も見慣れて来た。制服姿の袖をまくって、くつくつと鍋を煮立てる音。器用に野菜を刻むリズム、やがて優しい匂いがする。すべてが失いたくないものでしょうがない。
「ねえ、響魚くん……何が欲しいの?」
「何がって?」
「いま、響魚くんは何をしているときが一番楽しい?」
「そうだな、お前と一緒にいるときかな」
「そんなの、つまらないでしょ。趣味が合うわけじゃないし」
「そうか? 一緒に話をしていると落ち着くんだけどな」
「でも僕は頭が悪いから、響魚くんの求めているような答えなんて言えないよ」
「何も求めている答えなんかない、ただそばにいるだけでいいんだ。お前は違うか?」
「僕も響魚くんのそばにいたい……だけど、苦しい」
「苦しい?」
「僕は何も出来ないから」
何かを持っているわけじゃない。響魚の望むものを与えてやる自信はなかった無能な自分を、優凪は価値がないと思った。ただいつも彼に寄りかかってしまう、だから重く苦しいのは響魚だけで……。
「そんなことない、お前に俺は救われているんだ」
「え?」
「俺はなにも持っていないからな、唯一そばにいてくれるのはお前だけなんだよ。優凪」
「響魚くん……」
「いつまでもそばにいてくれるか?」
「響魚くんのほうが僕のこと嫌になっちゃうかもしれないよ」
「そんなことはない、俺はお前がいい。お前だけがそばにいれば他に何もいらないから」
じわり、と涙が浮かんできて思わず優凪は下を向いた。優凪も響魚がそばにいたらいい、出来ればずっとこうして日々を過ごしていたい。でもきっとふたりの道は分かれるときは来るだろうし、そうなったらもう生きて行けない。それでは困るんだ、でもいまの優凪にとっては本当のことだから。
「そういえばね、響魚くん、あのさ……僕、今月誕生日なんだ」
いまから十六年前に生まれた。その当時は多分普通に両親に望まれていた、普通の子供だったのだと思う。心の中にある幼い記憶の中で、母はいつも笑っていた。父もその頃は毎日家に帰って来ていたし、普通の家庭に育っていた。
優凪が病弱だからいけなかったんだ。成長とともによく寝込んで、幼稚園は休みっぱなし。母は次第に疲弊して行き、父も優凪から目をそらした。
どうして皆と同じに出来ないの、そんな言葉をよく投げつけられた。しかし幼い優凪には体調不良ばかりはどうしようもなかったし、勉強や習い事を頑張っても、すぐにまた体調を崩す。そんな子供に自己肯定感は育たなかった。
「なんだ、はやく言ってくれたらよかったのに。それならもっとお祝いを」
「あはは、いいってば。僕もすっかり忘れていたんだ、誕生日を祝う習慣なんてうちにはなくてさあ」
「じゃあもっと祝わないと駄目だ、誕生日は大切なものなんだよ。優凪が生まれた時はきっと皆、喜んだんだから」
「そうでもないよ、いまは一家離散。そんな嬉しかった時のことも僕のことも、全部忘れたみたいだ」
「……今月の、何日だ?」
「十六日」
「今週の土曜日か、じゃあその日は一緒に夕食を食べよう。何のメニューかは、お楽しみだ」
「ご飯作ってくれるの?」
「ああ、プレゼントは何がいい?」
「はは、いいよ。一緒にいてくれるだけで、十分」
「そういうわけにはいかないだろ、そうだな、考えてみる」
忘れていたはずの誕生日が途端に楽しみなものになった。何も期待はしていなかったが、響魚が祝ってくれると言うのなら。
いまさら遠慮なんて、と彼は言うだろう。でも彼が大切だと思うからこそ、遠慮してしまうのだ。それでも響魚は優しいから。
「僕に、何か出来ることってあるのかなあ」
響魚のために優凪が出来ること、それがいま思いつかない。
***
「優凪、俺だ」
少しうつらうつらと眠って、気がついたら夕方になっていた。インターフォンで目を覚まして、優凪はふらつきながら玄関へ。そこにはスーパーマーケットで買い物を終えた響魚が立っている。
「食欲はあるか?」
「あまり……でも響魚くんの作ってくれるものなら食べられる気がする」
「そうか、何食べたい?」
「響魚くんは何がいいの?」
「何がってお前が食べられなかったらしょうがないだろう。そうだな、たまご雑炊にでもするか」
「一緒に食べて行ってくれる?」
「ああ、かまわないよ」
台所に立つ響魚の背中も見慣れて来た。制服姿の袖をまくって、くつくつと鍋を煮立てる音。器用に野菜を刻むリズム、やがて優しい匂いがする。すべてが失いたくないものでしょうがない。
「ねえ、響魚くん……何が欲しいの?」
「何がって?」
「いま、響魚くんは何をしているときが一番楽しい?」
「そうだな、お前と一緒にいるときかな」
「そんなの、つまらないでしょ。趣味が合うわけじゃないし」
「そうか? 一緒に話をしていると落ち着くんだけどな」
「でも僕は頭が悪いから、響魚くんの求めているような答えなんて言えないよ」
「何も求めている答えなんかない、ただそばにいるだけでいいんだ。お前は違うか?」
「僕も響魚くんのそばにいたい……だけど、苦しい」
「苦しい?」
「僕は何も出来ないから」
何かを持っているわけじゃない。響魚の望むものを与えてやる自信はなかった無能な自分を、優凪は価値がないと思った。ただいつも彼に寄りかかってしまう、だから重く苦しいのは響魚だけで……。
「そんなことない、お前に俺は救われているんだ」
「え?」
「俺はなにも持っていないからな、唯一そばにいてくれるのはお前だけなんだよ。優凪」
「響魚くん……」
「いつまでもそばにいてくれるか?」
「響魚くんのほうが僕のこと嫌になっちゃうかもしれないよ」
「そんなことはない、俺はお前がいい。お前だけがそばにいれば他に何もいらないから」
じわり、と涙が浮かんできて思わず優凪は下を向いた。優凪も響魚がそばにいたらいい、出来ればずっとこうして日々を過ごしていたい。でもきっとふたりの道は分かれるときは来るだろうし、そうなったらもう生きて行けない。それでは困るんだ、でもいまの優凪にとっては本当のことだから。
「そういえばね、響魚くん、あのさ……僕、今月誕生日なんだ」
いまから十六年前に生まれた。その当時は多分普通に両親に望まれていた、普通の子供だったのだと思う。心の中にある幼い記憶の中で、母はいつも笑っていた。父もその頃は毎日家に帰って来ていたし、普通の家庭に育っていた。
優凪が病弱だからいけなかったんだ。成長とともによく寝込んで、幼稚園は休みっぱなし。母は次第に疲弊して行き、父も優凪から目をそらした。
どうして皆と同じに出来ないの、そんな言葉をよく投げつけられた。しかし幼い優凪には体調不良ばかりはどうしようもなかったし、勉強や習い事を頑張っても、すぐにまた体調を崩す。そんな子供に自己肯定感は育たなかった。
「なんだ、はやく言ってくれたらよかったのに。それならもっとお祝いを」
「あはは、いいってば。僕もすっかり忘れていたんだ、誕生日を祝う習慣なんてうちにはなくてさあ」
「じゃあもっと祝わないと駄目だ、誕生日は大切なものなんだよ。優凪が生まれた時はきっと皆、喜んだんだから」
「そうでもないよ、いまは一家離散。そんな嬉しかった時のことも僕のことも、全部忘れたみたいだ」
「……今月の、何日だ?」
「十六日」
「今週の土曜日か、じゃあその日は一緒に夕食を食べよう。何のメニューかは、お楽しみだ」
「ご飯作ってくれるの?」
「ああ、プレゼントは何がいい?」
「はは、いいよ。一緒にいてくれるだけで、十分」
「そういうわけにはいかないだろ、そうだな、考えてみる」
忘れていたはずの誕生日が途端に楽しみなものになった。何も期待はしていなかったが、響魚が祝ってくれると言うのなら。
