病弱少年はいつかお姫さまに

 響魚がそばにいてくれる日々は優凪にとって心から安らげる幸せなものだった。もとより誰もいないひとりきりだったマンションで、いまでは一緒に食事が出来る人がいること。同じものを食べておいしいねって、まるで家族みたいじゃないか。幼い頃はそんな生活もあった気がする。でもいまでは遠い昔の話で。
 一方で優凪は響魚が最近部活に行っていない様子なのが気になっていた。いくら代表に選ばれなかったとはいえ、こう練習もない日々なんて続かないだろう。もしかして優凪を気にして部活を休んでいるのだろうか。
 彼にとって走ることがどんなに大切なことかは知っているつもりだったし、優凪もそこまでして欲しいわけじゃなかった。響魚に迷惑をかけたいわけじゃないんだ。日曜日の午後、いつもなら学校で部活をやっている時間のはずなのに優凪の自宅にやって来た響魚に、優凪は戸惑いながら問う。

「あのさ、今日って学校は行かなくていいの? テスト前でもないし部活、あるよね?」

 響魚はしばらく黙っていた。その表情はどこか寂しそうで全てをあきらめたような、でも決して優凪を責めているわけじゃない。それだけで優凪は察してしまった。ああ、響魚は部活を辞めてしまったのだと。

「き、響魚くん、僕……ごめん、ごめん響魚くん! 僕は君から何もかも奪いたいわけじゃなかったんだ!」
「何も言ってないだろ?」
「部活、辞めたんだよね? 僕のせいで」
「優凪のせいじゃないよ。まだ一応籍は置いているが、多分もう行かないかな。でもこれでいいんだ。俺の望んだことだよ」
「どうして……」
「優凪をひとりには出来ない」
「僕は、ずっとひとりだったよ」
「でもいまはひとりじゃないだろ? 俺がいるんだから、俺は自分の出来ることをしたいと思っただけだ。いまの優凪をひとりにしておくのは危なっかしすぎる。なにかあってからじゃ遅いんだから」
「あ……響魚くん……」
「そんな顔するなよ、大丈夫だ」

 それきり優凪は言葉が出なくなってしまった。なんてことをしてしまったのだろう。救われたのは優凪ばかりで、響魚は……。
 だから自分が嫌になる、大切な人にまで迷惑をかけてしまう、もし優凪が同じ状況に立たされた時全てを捨てることが出来るだろうか。そこにあるのは愛情だ、響魚の愛し方は深く優しく決してその手を離さない。
 優凪には響魚しかいなかった。その響魚がここまで愛してくれるのなら、優凪もお返しをしよう。これからも彼のそばにいる、そしていつか優凪も響魚のために。

 ***

「響魚くん、今日は僕が夕飯を作るよ」
「出来るのか?」
「ひどいなあ、僕だって本来はひとり暮らしなんだからねー?」

 週末、テスト前だと言うこともあるし、一緒に勉強しがてら響魚が泊まりにやって来た。いつも響魚が料理を作ってくれているから今日くらいは夕食を優凪が。と言っても本来優凪は自分のためにでさえ料理なんてろくにしたことはなく、何の料理が得意なのかと聞かれても答えられない。

「うーん、やきうどん!」
「味付けが面倒だな」
「お、親子丼」
「たまごとじが上手く出来るかな」
「カレーライス……」
「ふたりじゃ食べきれないだろう」
「もう! せっかく何か作ろうと思ったのに!」

 優凪をからかった響魚が笑う。結局夕食はいつものとおり響魚が作った。優しい味のたまご炒飯とにらともやしのスープ、悔しいけれどやはり響魚が作る料理は美味しい。

「今度は一緒に料理でも作るか。手作り餃子とか、一緒に作るとたくさん作れるぞ」
「作ったことないけど出来るかな」
「教えてやるよ、ふたりで作るときっと楽しい」

 ふと、ここは楽園のようだと思った。孤独だったかつての優凪の毎日からは考えられない、響魚がそばにいれば心はいつも柔らかで、無性に誰かに優しくしたくなるのだ。そんな風に物事を考えられるようになったのも、響魚が優凪に優しくしてくれるから。だからこそ優凪も響魚に恩返しがしたい。しかし何が出来るのかを考えても、なかなか思いつかなかった。