病弱少年はいつかお姫さまに

 一時間ほど眠って、昼休み。少し軽くなった身体で優凪は保健室を後にする。しかし食欲はないし、そもそも教室に戻っても自分の席は友人と食事を食べる同級生に使われているだろうし居場所なんてなかった。もちろん誰とも食事の約束はしていない。
 別に優凪はいじめられているとか嫌われているとかそう言ったマイナスな理由で孤立しているわけではなかった。入学以前から病弱で学校にはろくに通えず、中学は不登校。高校に入ったから心機一転友人を作りたいとは思ったものの、体質はそう簡単には変わらなくて保健室に通うことが多くなりそうしていると、教室に戻ってももうすでにグループは出来ている。
 嫌われてはいないが、親しくもない。そのうちに誰かが陰で優凪をお姫さまだなんて呼ぶものだからますます周りの生徒との距離は開いて行き……。

「くだらないねえ」

 結局いつも自分はひとりなんだ、優凪のそばには誰もいない。
 行き場をなくした優凪はとりあえず購買の方に行こうと思った。喉が少し乾いたから飲み物でも、しかし今の時間は混んでいるから出来ることならあまり近寄りたくもないが。

「市川」

 背後から聞こえた誰かの声に歩みを止めた。今、呼ばれたんじゃないのか? 優凪を呼び止める人物なんて覚えもないし少し驚き戸惑った。黙って後ろを振り向く、そこにいたのは……。

「市川優凪……」
「僕の名前? そう、だけど。えっと誰だっけ……」
加瀬響魚(かせきょうな)、一年生。さっき保健室で」
「ああ、体育で怪我した人か。傷は大丈夫なの」
「落ち着いた、痛みもない」
「そっかあ、それはよかったね」

 さきほどの生徒だ、加瀬響魚と言うらしい。保健室で見かけたときは体操着姿だったから改めて制服姿で会うとわからなかった。身長差は優凪と比べ十五センチくらいあるのではないだろうか。視線が高いのを感じる。優凪だってそれほど低い身長じゃない。初対面から背が高いとは思ったけれど高校一年にしてよくもまあ育ったものだ、体格が良い。

「何か用なの?」
「いや……昼食は食べたのか」
「ううん、あまり食欲ないんだよねえ。だからいいかなって、とりあえず購買には行くつもりだけど。のど乾いちゃって」
「購買……一緒に行ってもいいか?」
「えっ、僕と? まあ、いいけど……なんで」

 いきなりなんだ、ちょっと前までは名前すら知らなかったのに。加瀬はちょっと口ごもって、自分も購買に用事があるというようなことを言った。それならば、道中ともにしても。
 ふたりで購買に向かう、しかし加瀬はそれきり何も話さなかった。気まずくなった優凪は焦りつつも話題を探す。けれどなぜ誘われた自分が気を遣わねばならないのか。

「加瀬くんって、何組?」
「一組」
「ああ、進学コースか。頭良いんだねえ、僕は三組」
「知ってる。普通コースの、文系だろ」
「えーっ、何で知ってるの。そう、でもその中でも落ちこぼれなんだあ。どうしようもないよね。加瀬くんは有名大学でも狙ってるの。それとも国公立とか?」
「名字じゃなくて、響魚でいい」
「きょ……えっ、下の名前で?」
「優凪って呼んでもいいか」
「僕を? いや、そんなの、友達みたいじゃん……」
「友達になったらいけないのか」
「えぇ……いや、いいけどさ」

 いきなりそんなにぐいぐい来られても。自分からは何も話題を出さないのに距離感は近い、優凪は少し警戒する。加瀬改め響魚は一体何を考えているんだ。

「将来は陸上を続けるか、体育教師になりたい」
「ふうん、スポーツ好きなんだ。目標があるってうらやましいよ、夢かなうと良いね」

 そう優凪が言うと響魚はじっと優凪を見た。その視線が少し怖くて戸惑った優凪は目をそらす。

「優凪は夢はないのか?」
「僕はないよ。今はただ学校に来るのも精いっぱいだ」

 言い切った優凪から目をそらさない。響魚は何か言いたげな顔をして、ふたりは購買に向かって行った。