病弱少年はいつかお姫さまに

 響魚が彼を初めて見たのは入学式の日だった。細身の綺麗な顔をした少年がいる。何を考えているのかは伺い知れないぼんやりとした表情をしながらも、どこかその横顔は寂しそうに見えた。周りの生徒もその少年のことを気にしていて、しかし本人は気が付いていない様子でひとりパイプ椅子に腰かけている。
 市川優凪と言う名前。
 彼を気にしていたらそんな風な話が耳に入って来た。特定の友人はいないようだが同級生に話しかけられるとそれなりににこやかに応じる。口下手だとか人見知りだとかそういうようでもないらしい。でもいつかどこか外れていて、それが響魚の孤独と共感した。響魚も部活を通じての友人はいるがいつも一緒にいるほど親しくはない。
 そのうち優凪が保健室によく通っていることを知った。体調不良が続いているのだと言う。養護教諭の幸原のことは地元の先輩と言うこともあり以前から知っていた。何度か話したこともあったが保健室ではなかなか優凪と一緒にならない。そんなある日、響魚が体育の授業で怪我をして保健室に行ったことで、ふたりの人生は交差する……。

「加瀬くん! 加瀬くんいる?」

 翌日の昼休み、教室から購買に行こうとしていた響魚の元へ幸原が駆けつける。響魚は思わず廊下に飛び出した。

「先生!」
「加瀬くん! 市川くん、目を覚ましたって……!」

 ***

 授業を早退して幸原の車で響魚は再び病院を訪れた。はやる気持ちを抑えて急いで優凪の元へ。そこには優凪の父もいた、ベッド上に寝かされた優凪はぼんやりと響魚に目を向ける。

「響魚くん……」
「わかるか、優凪」
「うん、でも僕なんでここにいるんだっけ……」

 頭を打ったせいだろうか、優凪の記憶は曖昧だった。それでも響魚のことは覚えていた、穏やかな顔で響魚を見つめる。

「駅で、階段から落ちて……でも、よかった優凪」
「階段……ふうん、先生もどうしてそんな顔しているの?」
「君が心配だったんだよ、市川くん」

 怪我をしたのが後頭部だったこともあるし、しばらくは様子を見るために優凪は入院することになった。でもいまのところ事故のショックで記憶が多少抜け落ちているだけで、それほど心配はないらしい。傷も出血もひどくはないと言われた。
 優凪の父は改めて響魚と幸原に心配をかけたことを謝罪し、しばらく病室に滞在した後そのまま仕事に戻ると言って病院を去って行った。また折を見て面会に来ると言う。こんな時くらいそばにいてやってもいいのに、それが、優凪の孤独。だけど優凪はそんな父に何も言うことはなかった。

「何か欲しいものはあるか?」
「いや、大丈夫。でもまた会いに来てくれる?」
「ああ、明日も来るから」

 入院翌日にあまり長時間の見舞いは優凪も疲れるだろうと、響魚と幸原も帰ることにした。父のときとは違い響魚に向けて寂し気な表情を見せる優凪だったが、それでもまた来るからと約束はした。会いに来てくれるなら、大丈夫。そう答えるように小さく優凪は笑う。

「思ったよりも元気そうで良かったね」
「はい」

 帰りの車で幸原はそう言ってほっとした様子を見せた。このまま回復したらいい、でも意識が戻って本当に良かった。

「加瀬くんまた会いに行ってあげてね。あのお父さんじゃ……ねえ」
「行きます、毎日でも」
「うん、そのほうが市川くんも安心すると思う」

 優凪のためなら、少々の手間はいとわない。ただ、響魚は一つの問題を抱えることになってしまった。