病弱少年はいつかお姫さまに

 今日は朝練があるから、その連絡をもらって優凪は今朝は響魚に会えないのだと知った。その途端になんだか学校に行く気になれなくなってしまった。自分の気の変わりように苦笑しながら、道の途中で眩暈がして座り込む。吐き気は治まったもののぐったりと疲れ果て、朝食も食べられないまま家を出てしまった。響魚に会えば少し気も持ち直したかもしれない。でも、仕方がないこともある。
 いつもの電車を乗り過ごして、そのまま休み休み学校に向かう。到着したのはもうすでに始業チャイムの鳴った後だった。

「あのー……ベッド空いてますか」
「あれ、市川くんどうしたの」
「えっとあの……少し、体調悪くて」
「え、大丈夫? いいよ、おいで」
「へへ、その、すみません……」

 新学期早々の保健室に優凪は気まずい思いで入室する。倒れそうなほど体調が悪いわけではないのだけれど、なんだかひどく疲れてしまって。

「窓側いいですか」
「どうぞー、ああ念のために熱測ってね」
「はあい」

 結局この場所に戻ってきてしまう。夏休みは調子が良かったのだけれど、学校が始まるとだめだなんてただのわがままじゃないのか。
 電子音が鳴ったので表示すら見ずに体温計を幸原に渡した。自分のふがいなさに最悪の気分だ。

「ああ、少し熱あるねえ」
「え、そうですか?」
「自覚ないの? 横になっていなさい」

 言われて見れば身体が少し熱い気がする。残暑のせいじゃなかったのか、でも、……どうでもいい。
 ベッドに横たわって目を閉じたらそのまま眠りに落ちて行く。楽しかった夏休みがまるでもう全て夢だったよう。これじゃあいけない、しっかり自分の足で立ちあがらなければ。

「もうちょっと横になっていきなよ」
「うーん、大丈夫。そこまで怠さもないし、放課後は早く帰りまあす」

 一時間だけ眠ったところで保健室を後にすることにした。あまり保健室にばかりいても怠ける癖がついてしまう気がするし、まあもう遅いことかもしれないが。昼休みには響魚と会う。少しは目を覚まして、彼に心配はかけたくない。

「……加瀬くんと会えていないの?」
「いいえ? まあ、最近部活に忙しそうですけど」
「ひとりで抱え込むんじゃないよ。話なら聞くからね」
「はあい、どうもです」

 この行き場のない寂しさは、幸原に相談したらどうにかなっただろうか。優凪はふらつきながら教室に戻って行く。しっかりしないと、しっかり……。

 ***

「優凪」

 昼休み、人影まばらな中庭で。購買は生徒であふれていた、そこで勝ち抜いてパンをいくつか買って来た響魚と飲み物だけを持って待っていた優凪。響魚の顔を見たらなんだか泣きそうになってしまった。響魚はいつものように無表情で、でもこの顔は怒っているわけではない。

「パン、買って来たんだ?」
「ああ。今朝は悪かったな朝練、忘れていて」
「これからも朝練あるの?」
「ああ、しばらくは朝は会えなさそうだ」
「そっか、部活頑張って」
「悪いな」
「ふ、なんで謝るの」

 響魚は何も言わずくしゃくしゃと優凪の頭をなでる。まるで子供扱い、でもその手のひらがあまりに優しいから泣かないでいることは難しかった。こらえなければ、でも多少会えないだけのことがこんなに寂しいだなんて本当に子供じゃないか。どうしてこんなに孤独に弱くなってしまったのだろう。

「優凪、顔色悪くないか?」
「気のせいだよ、別に元気だし」
「……優凪」

 そっと響魚は優凪の手を握る。優凪は慌ててその手を振り払った。気まずい沈黙が続いて、いたたまれなくなった優凪は思わずその場から逃げ出してしまう。響魚は呆気にとられた表情をして去って行く優凪を見つめていた。

「はあ、あ、……もう最悪」

 人影のない三号館の一階で優凪は息をひそめている。こんな態度をとりたかったわけじゃないのに、きっと響魚も戸惑って、もしかしたら怒っているかもしれない。最低な自分を振り返って、ふと見上げたのはジュースの自販機。

「ミルクティー……」

 幸原が美味しいって言っていた、あの日は三人で一緒に飲んだんだ。ポケットの小銭を出して、優凪はミルクティーを買う。そしてストローをさして、誰もいない廊下で飲んだ。

「うん、美味しい」

 専門的なことはわからないけれど、このミルクティーは他のものと比べてやっぱり美味しかった。このパックを飲み終わったら教室に戻ろう。帰りもひとりだ、優凪は、孤独。