病弱少年はいつかお姫さまに

 夏がもう終わってしまう。来週からは学校も再開する。今日は一足早く学校に来て、保健室で勉強をしながら校庭の響魚を優凪は見ていた。アイスコーヒーの入ったタンブラーを傾けながら、幸原も興味深そうに校庭を見る。持久走だろうか、延々と響魚は走り続ける。この暑い中、よく走れるものだと。

「スポーツマンは体力あるね」
「ほんと、同じ人間とは思えないですよー」
「でも最近市川くんも体調良さそうじゃない。良いことだよ」
「……王子さまが、よく世話をしてくれるので」
「そっかそっか」

 長く短い夏だった。それでも、孤独じゃない日々を送ったことで優凪の心は満たされていた。響魚がいてくれて良かった、せめてもの寂しさが癒されたことで、身体も心も軽い気がする。だからと言って響魚のように炎天下のスポーツに勤しめるほど体力があるわけではないが。

「ああ、夏休み、終わっちゃうね。市川くん残念でしょう?」
「ほんと、早かったなって思って。新学期はせめて学校を休まないことが目標でーす」
「それは良いことだね。応援してるよ」
「全然自信はないんですけどね」
「そのへんは……王子さまに」
「毎日忙しそうだからなあ」
「君のためなら、加瀬くんは喜んで世話を焼くよ」
「迷惑かけたいわけじゃないんですよ」
「支えあう関係って理想でしょう。いつか君も彼を」
「……はい」

 校庭からじっと保健室を見つめている響魚と目が合った。優凪が手を振ると響魚も振り返す。今度は、彼を。優凪だって、迷惑ばかりかけたいんじゃないんだ。

 ***

「優凪」

 新学期初日の朝、駅前で待ち合わせをした。久しぶりに見た制服姿の響魚、気がつかなかったけれど思ったよりも日焼けをしている。そんな彼のたくましい手が優凪の手に触れる。

「電車に乗るよ、おいで」
「うん」

 満員電車のなか、ふたりはこっそりと手をつないでいる。響魚は恥ずかしくないのだろうか、でも彼の温もりが嬉しいのも嘘じゃない。こんなたくましい手、優凪の情けなく細いやわらかな手とは大違いだ。響魚は強い、彼のそばにいたら自分までも強くなれるような、それはきっと思い込みに違いないのだけれど。
 授業は滞りなく行われた。響魚とは昼休みに会って、しばらく一緒に帰ることは出来ないと言われた。県大会に向けて部活を休めないらしい。部活に行かないで、そんなわがままは言えるはずないから黙って彼を見送った。今年の夏休みは一緒に過ごした、だからもう十分だ。
 その日の晩、断続的な吐き気で優凪は眠れない夜を迎えていた。久しぶりの学校で疲れているのだろうか。響魚も帰りが遅かったのか連絡が来る様子はなかった。でももともとこんな生活だったなと思い出せば、そのうちに自分の価値を思い出した。そもそも誰も優凪の相手なんかしなかったじゃないか、ひとりぼっちに違和感なんて感じたことはなかったのだから、いまさら寂しいなんて思うのも……。

「いつのまにこんなに贅沢になったんだよ」

 自分が恥ずかしい。響魚は響魚として目標を持って生きているのだから、優凪も何かをみつけなければならない。誰かに依存してしまうのはきっと幸せなことではないのだろう。吐き気はやまない、今夜はもう何も食べられないな。優凪は夕飯をあきらめてふらつきながら眠る準備をする。明日は学校に行かないと、新学期早々休んでしまうのはなんだか情けないから。