存在証明

 いつだってみんな仮面をかぶっているに違いない。実際、僕もそうだ。周囲に合わせてしまい、本当の姿を見失っている。昼の相沢蒼汰と夜の相沢蒼汰は、别人という域を超えているほどに異なる生命体だ。

 昼の僕は、人間としての自覚を欠いている。それは呼吸をしていないということではない。目の前を無彩色のフィルターが覆い尽くし、人間としての「営み」を履行していないというだけだ。むしろ呼吸は深く、心臓は大地との繋がりを感じてしまうほどに躍動しているのに、中身は空っぽだ。昼という時間帯において、僕は皆の「空気」と化し、ただ教室の秩序を保つための部品としてそこにいる。

 一方、夜の僕は時間に溶けている。夜という輪郭が曖昧になるこの時間に、僕は恍惚とする。散歩をしたり、少し運動してみたり。月というこの時間帯を象徴する天体を享受しながら過ごしている。そんな、周囲とは少しだけ違った生活を送る僕の、無彩色に塗りつぶされた日常。そこに鮮やかな風穴を開けられたのは、たぶんあの日だ。僕が感じた夢見心地な時間は、きっとあの日から始まっている。

重い足取りで僕は教室の扉を開ける。開けた先にはいつもと変わり映えのない日常が広がっていた。昨日のテレビの話をする女子生徒、ゲームの話をする男子生徒。たわいもない会話が繰り広げられるこの教室に、日差しまでもが参加し、「朝の教室」という舞台を作り上げている。そんな舞台の邪魔にならないよう、僕は空気となり慎重に歩く。

席に着き、一限にある数学の小テストに向け昨日の復習を行っていた。勉強は好きだ。知見が広がるし、知ることで人生が豊かになる。勉強なんて意味がない、将来使うことはほとんどないと非難する者もいるが、勉強の真意はそこではない。全ては考え方なのだ。数学的思考のアプローチによる問題解決能力。文学、国語による読解力、解釈能力の向上など、実生活で役に立つような考え方につながっていると僕は思う。

そんなことを考えていると、教室の扉が勢いよく開く。
「おはよー」

まるで実力と名声を兼ね備えた主演俳優が現場入りしたかのような、皆が注目する空気感に包まれた。瀬戸美月。彼女を取り巻く状況は、どこからどう見ても高校の中では不自由一つない暮らしができるような、無敵のようにさえ感じる。

僕は窓へ視線を移す。そこには教室という舞台に光が一層強く差し込んできていた。舞台に入り込む自然照明に、僕は閃光弾を食らったような圧倒的な光量を目の当たりにした。太陽光までもが瀬戸美月をバックアップしているようにさえ見える。

眩しさに耐えきれず、僕はノートに視線を落とす。数学は嘘をつかない。解を導き出せば、そこには必ず答えがある。この数字や記号の羅列は記号であって感情ではない。だからこそ、彼女の眩しい姿とは相対する存在。僕にとっては常に答えのあるこの冷たい記号こそが正義であり、唯一の正解なのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、教室の扉が再び開き、担任の先生が入ってくる。
「みんなー席につけー、ホームルーム始めるぞー」

教室の中、皆が慌ただしく自席へと戻っていく。あれほどまでに完璧な劇として回っていた空間が、呆気なく終焉を迎えた。
「今日の1限の数学は小テストだからな。これがしっかりとれていれば定期テストの対策もできる。真面目に取り組むように」

担任の言葉にクラスが少しだけざわつく。担任の斎藤先生は数学の教師でもある。僕はただそのざわつきに傷をつけないように無機質に聞き流した。

ホームルームが終わり、問題用紙と解答用紙が配られる。僕は開始の合図にすかさずペンを走らせる。テスト中は自身の鼓動が聞こえるほどに静寂が保たれている。この静寂が心地よいのだ。

この静寂が長く続くこともなく、終了の合図が響いた。
その瞬間、綺麗に保たれていた静寂は、演者たちによって無残にも踏み荒らされた。「今回のテスト、結構難しくなかった?」と談笑する声。状況に反するように、僕の心はまだ先ほどの静寂を求めていた。僕は内側に住まわせていた微かな静寂を呼び寄せ、呼吸を整えて落ち着きを取り戻そうとする。しかし、僕ができる小さな抵抗など無力だ。教室は生徒たちの日常という名のノイズで再び埋め尽くされていく。

次の授業のため、僕は体育館に来ていた。肌に張り付くような独自の湿気と、没個性的な体操着に身を包まされている事実が、僕に「今は青春という名の義務の真っ盛りなのだ」と冷たく認識させる。

教師の笛の合図とともに、体育館の空気が一斉に張り詰めた。
床を蹴るスニーカーの摩擦音、バスケットボールが硬い木床を叩く乾いた低音、そして生徒たちの熱を帯びた歓声が、ドーム状の天井に向かって乱反射する。汗と微かな制汗剤の匂いが混ざり合った独特の澱みが、巨大な生き物の息吹のように空間全体を支配していた。

その中心で、彼女――瀬戸美月はひときわ異質な輝きを放っていた。

彼女がボールに触れるたび、体育館の照明の光が汗ばんだ髪の毛や白い肌に弾け、まるで周囲の喧騒を切り裂くような閃光を放つ。男子生徒たちが彼女を囲み、群がり、まるで引力に引かれるようにパスを回す。その光景は、完成された舞台の上で完璧に演じられるダンスのようだった。

休憩が終了すると再び試合の合図が鳴り響いた。僕は見学。
こんな完成された舞台に、僕のような無色の傍観者が参入してはただの妨害に過ぎない。それを理解しているからこそ、僕は体育の輪には加わらない。いや、正確には加わりたくないのだ。

誰もが同じ方向を向き、誰かの期待通りの「役割」を完璧に全うする。その生き方は確かに波風を立てず、この学校という小さな社会においては無敵の得策なのだろう。けれど、その代償として失うものがあまりにも大きすぎることを、彼らは知る由もない。自分の感性を殺し、他人のための輪郭に自分を押し込んでいくのは、生きているようでいて、ただ時間を消費しているだけに等しいからだ。

僕はベンチの端、誰の視線も届かない影に身を潜め、バウンドするボールの音をただ数えていた。

ふと視線を上げる。みな楽しそうだ。それだけはわかるのかもしれない。