エピローグ 望乃莉、しおりを開く夜
夜、自分の部屋で、望乃莉は、机の上に置いた一冊の本を、そっと開いた。窓の外には、春特有の、柔らかな夜風が、静かに、カーテンを、揺らしていた。桜の香りが、微かに、部屋の中まで、届いているような、そんな気がしていた。
『春をしおりにして』。惺くんが、一年前、初めて読んでくれた本。何度も読み返してきたページの中に、今日、彼から受け取った、新しいしおりを、そっと挟み込む。
窓の外では、春の夜風が、静かにカーテンを揺らしていた。桜の香りが、微かに、部屋の中まで届いているような気がした。
望乃莉は、しおりに施された、透明なラミネートの向こうに透ける、あの日の花びらを、指先で、そっと撫でた。部屋の小さな灯りが、その繊細な色合いを、優しく、照らし出していた。一年前、公園のベンチで、惺くんと一緒に拾った花びら。あのときは、まだ、彼のことを、こんなにも大切に思うようになるとは、想像もしていなかった。
無口な自分。人と話すことが、いつも怖かった自分。本の後ろに隠れて、物語の中の言葉だけを、心の拠り所にしていた自分。
けれど、惺くんと出会って、少しずつ、何かが変わっていった。生徒手帳を届けてくれた、あの日から。花びらを一緒に拾ってくれた、あの日から。名前を呼んでくれた、あの日から。
望乃莉は、机の引き出しを開けた。中には、これまで、書いては消し、消しては書き直した、たくさんの付箋が、しまわれていた。引き出しの中の、たくさんの付箋を、望乃莉が、一枚ずつ、取り出していく、その静かな時間、窓の外の三日月が、その柔らかな光を、部屋の中に、そっと、届けていた。
「好き」 「ありがとう」 「そばにいて」
どれも、最後まで、書き切れなかった言葉たち。惺くんに渡すことができなかった、心の中の欠片。
けれど、それらの付箋は、もう、使われることのない、過去の証になった。今日、屋上で、望乃莉は、初めて、何も持たずに、自分の声で、想いを伝えることができたから。
「好きです」
たった、四文字。それでも、その一言に、一年分の勇気と、たくさんの想いが、詰まっていた。
望乃莉は、引き出しの中の付箋を、そっと、一枚ずつ、取り出した。これまでの自分が、伝えられなかった言葉たち。それでも、この付箋があったからこそ、今日、自分の言葉で、想いを伝えることができたのだと、望乃莉は、思っていた。
託すことは、逃げることではなかった。想いを、少しずつ、形にしていく、大切な過程だった。そして、その過程の先に、今日という日が、待っていた。
望乃莉は、その付箋の束を、大切に、缶の中にしまった。捨てることはしない。これからも、大切な思い出として、取っておくつもりだった。
窓の外を見上げると、細い三日月が、静かに、夜空に浮かんでいた。灯凪町の夜は、穏やかに、更けていく。春の夜の、静かな空気が、優しく、包み込んでいた。
望乃莉は、もう一度、本を開いた。あのしおりが挟まれたページを、そっと、指でなぞる。
これから、惺くんと、どんな時間を、一緒に紡いでいけるだろう。まだ、分からないことも、たくさんある。それでも、もう、怖くはなかった。
言葉にできなかった一年間があったからこそ、今、こうして、自分の言葉で、想いを伝えられる自分になれた。
望乃莉は、しおりの挟まれたページを、そっと、閉じた。窓の外の三日月は、変わらず、静かに、その光を、夜空に、放ち続けていた。
「好き」
その一行だけが、望乃莉の心の中で、静かに、けれど、確かに、輝き続けていた。
夜、自分の部屋で、望乃莉は、机の上に置いた一冊の本を、そっと開いた。窓の外には、春特有の、柔らかな夜風が、静かに、カーテンを、揺らしていた。桜の香りが、微かに、部屋の中まで、届いているような、そんな気がしていた。
『春をしおりにして』。惺くんが、一年前、初めて読んでくれた本。何度も読み返してきたページの中に、今日、彼から受け取った、新しいしおりを、そっと挟み込む。
窓の外では、春の夜風が、静かにカーテンを揺らしていた。桜の香りが、微かに、部屋の中まで届いているような気がした。
望乃莉は、しおりに施された、透明なラミネートの向こうに透ける、あの日の花びらを、指先で、そっと撫でた。部屋の小さな灯りが、その繊細な色合いを、優しく、照らし出していた。一年前、公園のベンチで、惺くんと一緒に拾った花びら。あのときは、まだ、彼のことを、こんなにも大切に思うようになるとは、想像もしていなかった。
無口な自分。人と話すことが、いつも怖かった自分。本の後ろに隠れて、物語の中の言葉だけを、心の拠り所にしていた自分。
けれど、惺くんと出会って、少しずつ、何かが変わっていった。生徒手帳を届けてくれた、あの日から。花びらを一緒に拾ってくれた、あの日から。名前を呼んでくれた、あの日から。
望乃莉は、机の引き出しを開けた。中には、これまで、書いては消し、消しては書き直した、たくさんの付箋が、しまわれていた。引き出しの中の、たくさんの付箋を、望乃莉が、一枚ずつ、取り出していく、その静かな時間、窓の外の三日月が、その柔らかな光を、部屋の中に、そっと、届けていた。
「好き」 「ありがとう」 「そばにいて」
どれも、最後まで、書き切れなかった言葉たち。惺くんに渡すことができなかった、心の中の欠片。
けれど、それらの付箋は、もう、使われることのない、過去の証になった。今日、屋上で、望乃莉は、初めて、何も持たずに、自分の声で、想いを伝えることができたから。
「好きです」
たった、四文字。それでも、その一言に、一年分の勇気と、たくさんの想いが、詰まっていた。
望乃莉は、引き出しの中の付箋を、そっと、一枚ずつ、取り出した。これまでの自分が、伝えられなかった言葉たち。それでも、この付箋があったからこそ、今日、自分の言葉で、想いを伝えることができたのだと、望乃莉は、思っていた。
託すことは、逃げることではなかった。想いを、少しずつ、形にしていく、大切な過程だった。そして、その過程の先に、今日という日が、待っていた。
望乃莉は、その付箋の束を、大切に、缶の中にしまった。捨てることはしない。これからも、大切な思い出として、取っておくつもりだった。
窓の外を見上げると、細い三日月が、静かに、夜空に浮かんでいた。灯凪町の夜は、穏やかに、更けていく。春の夜の、静かな空気が、優しく、包み込んでいた。
望乃莉は、もう一度、本を開いた。あのしおりが挟まれたページを、そっと、指でなぞる。
これから、惺くんと、どんな時間を、一緒に紡いでいけるだろう。まだ、分からないことも、たくさんある。それでも、もう、怖くはなかった。
言葉にできなかった一年間があったからこそ、今、こうして、自分の言葉で、想いを伝えられる自分になれた。
望乃莉は、しおりの挟まれたページを、そっと、閉じた。窓の外の三日月は、変わらず、静かに、その光を、夜空に、放ち続けていた。
「好き」
その一行だけが、望乃莉の心の中で、静かに、けれど、確かに、輝き続けていた。

