散々泣いて、金井のブレザーをびしょびしょにしてやった。
「俺の鼻水で一生カピカピしとけ!」
「はぁ〜ははは」
負け惜しみは溜め息プラス笑い声みたいな、変な声で流された。
あんなにモヤモヤぐちゃぐちゃしていたのに、もう、泣いたらスッキリした。
何がのぞむだ、何が僕だ、何が金井くんだ。
俺は希、コイツはただの物好き。
べしべし叩いて離れさせる。
でも離れないからもっと叩く。
「は、な、れ、ろ!」
「うん」
「うんじゃねぇ!」
ぎゅうぎゅう抱き締められて、本当に調子が狂う。
もう、もう、どうしたらいいんだよ。
俺はどうしたら良いんだよ、何が正解なんだよ。
本当はただ愛されたかっただけで、本当はただ認められたかっただけで。
ありのまま、そのままで良いって受け入れられたくて、でもそんなの無理だと思っていて。
だから笑顔を作って、皆の望む、希になったのに。
コイツが、金井が、ガンガン壊してくるから、分からなくなった。
ガキでバカでクソで全然完璧じゃない俺を好きって言う。
『僕』のことは好きって言わなかったのに、俺のことは好きって言う。
コイツの好きはこれまで聞いた好きより、どんな好きより、心が満たされるからうざい、ありえない、鬱陶しい。
でもなんでこんなに嬉しいんだ、なぁ。
俺はどうしたらいいんだよ、なぁ。
「お前、変!」
「希も変だよ」
「はー!うるせー!」
イライラする、じたばたする、なのに心はこんなにも嬉しい。
「好きって言え」
「言っただろ」
「もっと言え!」
「好き」
「っくそ、」
じわ、と涙が滲むから、本当に本当に鬱陶しい。
こんなの『僕』じゃない、
でも
『僕』も俺じゃなかった。
「希は」
「きらい」
「ふふ」
「喜ぶな!」
コイツを今すぐぶん投げて、グラウンドを走って、そのまま、雨の中、ずぶ濡れのまま、帰りたい気分だった。
ありえない、もう一生分の恥を晒した。
逃げたいのに力の強いコイツに敵わない、逃げたい思いが叶わない。ずっと楽しそうなコイツが腹立つ、許せない。
「俺、ずっと、泣きそうに笑う希が心配だった。だから今の方が良い、ずっと良い」
くそ。
泣きそうに笑うってなんだよ。
あれは完璧な笑顔だったんだぞ。
みんなあれに騙されて、みんなあれを好きになるんだ。
だから『僕』の武器だったのに。
「なあ」
「うん」
「俺凄く性格悪いよ」
「へえ」
「凄く嫌な奴で、バカでガキでアホだよ」
「っふふ、何」
「本当に俺が好きなの」
「うん」
「…………うそだ」
嘘だ。
俺のこと何も知らない癖に。
好きってなんだよ。
どういう好きなんだよ。
「一回も手ぇ出して来なかった癖に」
ぐ、と突き放そうとする、のに。
突き放されてはくれずに、でも、少しだけ離れて行く。
「はぁ」
何を言ってるんだ、みたいな、はぁ、が降ってきて。
こちらも、はぁ?となる。
「我慢、してただけだけど」
「はぁ?」
今度は普通に声が出た。我慢ってなんだ、我慢……?
「毎日毎日可愛い顔して梅干し舐めて、種出す時はいつも舌出すからえろいし」
「はぁ!?」
「その種持って帰る俺の身にもなって、どれだけ自制して何もせず捨ててると思ってるの」
「は……」
「バイク乗る時もぎゅうぎゅう抱き付いて来るから天国かと思う、一生そのままで居て欲しい」
「ば……」
「俺は別に男が好きって訳じゃないけど、希で勃つよ」
「は……!?」
何言ってんだコイツ、コイツもおかしくなった。
「希はいろいろあっただろうから控えてただけ」
また、真っ直ぐな目、射抜かれるような目。
「俺の初恋、全部希にあげる」
「っ」
顔が、熱い。耳まで熱い。
初恋を、全部、俺に。
それを言うなら
「俺も初恋だばぁああああああか!!」
「っはは」
俺の叫びは、移動教室に来ていた二年の別クラス全員に届き。
その日のうちに、「希の初恋が始まった」と、全校生徒に広まった。
クソ!!
放課後になると、律儀にまた俺の元に来る金井。
容姿が良くて、物腰が柔らかで、タイミングが良ければ誰でも付き合えるチャンスのある『僕』。
そんな『僕』の姿が崩れたら、どうしたらいいのか分からなくなって。
昼休み以降、俺はずっと金井の後頭部を睨み付けていた。
アイツは昼休み寝られなかったせいか、授業の合間の休み時間では器用に自席ですうすうと寝ていて。
その寝顔を周りに見せんなバカ!
マイナスイオンを教室で撒くなバカ!
と、更に睨みが激しくなっていた。
そんな俺に、クラスメイトは最初「希くんがおかしくなった……」「何かあったのかな……」「喧嘩……?」「別れたりする…?」と、戸惑っていた、のに。
今やすっかりクラス全員がニマニマとしていて。
腹立たしくて仕方ない。
なんで高二にして、クラス全員に、初恋を見守られなきゃいけないんだ。
でももう一人の当事者である金井はいつも通り。
普通に「帰ろ」って言ってくる。
それも腹立たしくて、キッと睨む。
荒々しく席を立って、教室を出て。
やっと絡みつく視線を振り払えたと思ったのに、今度は廊下ですれ違う人にもニマニマ顔を向けられて、ああもう、本当に腹立たしい!!
雨の中、傘を差す中、バス停でもニマニマひそひそされて、本当に逃げ場が無くて、早く帰りたくて仕方ない。
それなのに金井はシラ〜と平気そうにしていて本当に訳が分からない。心臓に毛が生えてるタイプか?
むすっとしていると、金井にも若干ニマニマされる。泣きそうに笑う『僕』じゃなく、イライラを晒している俺、が良いらしい。いや、せめてお前は味方であれよ。
脳内でパンチをかましていると、ワイヤレスイヤホンを両耳分、渡される。
受け取って耳に着けると、何を言っているのか分からない民族曲みたいなのが流れてきて、本当にぶん殴ってやろうかと思った。
そんな俺の表情を見て、あ、って顔をする金井。
ただ間違えていたらしく、すぐ雨音に変わったけれど、いや、それはそれでおかしくないか?
お前この民族曲もいつも聴いてんのか??
不思議を通り越して不気味だった。
でも、雨の中で聴く雨の音は、やっぱりちょっと好きだった。
バスに乗り込むと、割と埋まっていて並んで座ることは難しそうで。
じゃ、って金井から離れようとすると、既に座っていたクラスメイトに袖を引っ張られ、金井共々席に押し込められる。
若干重なり合う俺達を見て、やり遂げた顔をしたクラスメイトは、そのまま別の席に行き。
ま、まじか、クラスメイト公認だと、こういうことになるのか、と震えた。
金井には、丁寧に膝の上から下ろされた。
バスが発車すると、それから数分もしないうちに金井の頭がぐらぐらし始めて。
え、珍しい、寝てる?と思うと、ぐらん、と俺の肩に、金井の頭が着地して。
は〜!?誰に許可取ってんだー!?と思ったけれど、お昼誰かさんの号泣のせいで寝られなかったんだもんな、と思って、仕方なく肩を貸したままにする。
それにしても、よく眠る。
休み時間も寝ていたのに。
寝不足だったのか、と思って、俺も目を閉じる。
そしたらイヤホン越しに、カメラのシャッター音が聞こえたので、目を開けると。
二人揃ってバスの中で寝ている、という俺達の姿をスマホに収めた奴がいて。
イヤホンを片耳外して、
「それは止めて」
って、目を見て言う。
すると、ちゃんと謝って、消してくれた。
俺自身はこういうの、割とよくあるからもう諦めているけれど。金井はダメだろ、と思った。
思ったから、金井の真似をして、ちゃんと目を見て言った。そしたら伝わって、金井を守ることができた。
良かった、と思う。
お手本が金井で良かった、とも思う。
俺は金井がよくやる、真っ直ぐなコミュニケーションに憧れている。あの想いの籠った、真摯な言葉は、時に刃よりも鋭いけれど、その分人の心に突き刺さって、人を突き動かす力を持っていると思う。
流され消えゆく俺の言葉とは違うと思っている。
これは卑下ではなく、自己分析で。
学びたいと思っているのだ。成長したいと思っている。
伝えることが上手な金井のやり方を、会得したいなと思っている。
なぁ、俺は、お前のこと。尊敬しても、いるんだぞ。
言わない代わりに頭をぶつける。
そのまま俺も、また目を閉じた。
ゆらゆらぐらぐら揺らされて、起きる。
間近に金井の顔があってぎょっとする。
金井も起きたてらしく、目がまだ眠そうで。
しっかり寝られたみたいで良かったな、の意を込めて、頭突きする。
今度はちゃんと当たった。今日の金井は寝覚めが甘いので余裕だった。
驚いている金井に、悪い笑みが出る。
人を枕扱いにしたお返しだ、ばあか。
でも起こしてくれたので、手加減はした。
今日もバスから最後の方に降りる。
ようやく、ようやくあのニマニマの嵐から開放された。
金井を見ると、送る、って目をされたので、先を歩く。
雨だし、今日は徒歩だし、良いのに。
でもこういう時の金井は頑固だと知っているので、素直に送ってもらうことにする。
暫く歩いて、道が広くなったから並んで。
イヤホンを外して、払って、金井に返すと、じっと見られて。
「なに」
む、として言うと、イヤホンを受け取りながら、金井は少し考えて。
「かわいいな、と思っただけ」
「はぁあ?」
今の行動の、どこに、そんな、要素が!
ぼすぼす殴ると、全然効いてない金井が立ち止まる。
つられて立ち止まると、真っ直ぐな目と、視線が絡む。
「ごめん、これからはもっと言葉にする。イヤホンをさ、毎回払ってから返してくれるから。マメでかわいいなと思ってた、いつも」
「…………」
確か、に。いつもじっと、見られていた気がする。
てことはつまり、あれか。
お前がじっと見てくる時は、その。
か、かわ、かわいいって、思ってる時って、ことか。
そう思うと、勝手に頬やら耳やらが熱を持つからうざい。
「かわいくねぇ!」
ふん、と先を行くと、あっさり追い付いてくる金井。
昼以降、俺ばっかり感情を乱されていて腹立たしい。
こんなはずじゃなかったのに。
くあ、と欠伸の音が聞こえて。
じと、と金井を見ると眠そうな顔。
「寝不足か」
そう聞くと、目が合う。
欠伸のせいでほんのり涙目で、そのままの目でじっと見られるから、少し緊張する。
「うーん」
返ってきたのは肯定か否定か、微妙な反応で。
「んだよ」
そう促すと、ちょっと言いにくそうにしている。珍しい。
言いにくいってことはあれか、男の子のアレ的なアレか、と勝手に解釈していると、金井は視線を逸らして、傘の棒の部分に頭を預けている。
「予報、雨だったから、バイク無理だなと思って。それなら早く起きて、こっちに来たら、希と一緒に登校できるかなって。だからいつもより一時間くらい睡眠時間短い、それだけ」
「……まじか」
俺のこと好き過ぎかよ、と、茶化すつもりが。
嬉しい、って、先に声色に出てしまって。
しまった、と思ったけれど、金井が柔らかい目元でこちらを見るので、もう金井に届いてしまっていて。
クソ、もう本当、全然上手くいかない。
悔しくて、びし、と金井を指差す。
「俺は今朝雨だったから、お前に気を付けてってメッセージ送ろうとしたぞ!」
ふん!!て言ってから、気付く。
あれ、やり返しのつもりが、これ墓穴掘ってないか?
案の定金井はきょとんとしたあと、「ありがとう嬉しい」と言っていて。
クソ。
そうやって、素直にありがとうとか言われると、それはそれで悔しい。
何枚も上手って感じがして、悔しい。
「でもID知らなくて送れなかった」
むすと言うと、そうだった、とスマホが差し出される。
だから立ち止まって、ようやくIDの交換をする。
挨拶代わりに犬が威嚇しているスタンプを送ると、真横で「ふっ」と微かに笑う音がしたから、むずむずする。
何をしても嬉しそうで、悔しくて。でも。
受け入れられている、って感覚が、むずむず、嬉しくて、仕方なかった。
家に着くと、また「入って」って言われるから、大人しく家に入る。
扉が閉まる寸前で、「風邪引くなよ」って睨んでおくと、ちょっとしてから『ありがとう。希も温かくしてな』ってメッセージと、犬がお腹を見せているスタンプが送られてきて、笑う。
なんで今このスタンプなんだよ、どういう感情なんだよ。
一人くすくす笑って、スマホの画面を撫でる。
「はあ」
おかしくて仕方なかった。
愛しくて、仕方なかった。
夜になるとスマホが鳴る。
珍しいなと思って確認すると、金井からだった。
家族以外はキリが無いので通知を切っていて、金井は、ちょっと考えて、通知をオンにしていた。
内容はただひと言、「おやすみ」で。
マメなのはどっちだよ、と思う。
てかまだ21時だぞ、早過ぎないか……!?
そう思ってから、俺と登校したいが為に、一時間早く起きて来たという金井の話を思い出し、ぐ、唸る。
なんとなく明日の天気予報を確認して、雨だな、と思って。
明日も来るのかな、と考える。
そうだといいな、と思って、俺も『おやすみ』って返した。
「俺の鼻水で一生カピカピしとけ!」
「はぁ〜ははは」
負け惜しみは溜め息プラス笑い声みたいな、変な声で流された。
あんなにモヤモヤぐちゃぐちゃしていたのに、もう、泣いたらスッキリした。
何がのぞむだ、何が僕だ、何が金井くんだ。
俺は希、コイツはただの物好き。
べしべし叩いて離れさせる。
でも離れないからもっと叩く。
「は、な、れ、ろ!」
「うん」
「うんじゃねぇ!」
ぎゅうぎゅう抱き締められて、本当に調子が狂う。
もう、もう、どうしたらいいんだよ。
俺はどうしたら良いんだよ、何が正解なんだよ。
本当はただ愛されたかっただけで、本当はただ認められたかっただけで。
ありのまま、そのままで良いって受け入れられたくて、でもそんなの無理だと思っていて。
だから笑顔を作って、皆の望む、希になったのに。
コイツが、金井が、ガンガン壊してくるから、分からなくなった。
ガキでバカでクソで全然完璧じゃない俺を好きって言う。
『僕』のことは好きって言わなかったのに、俺のことは好きって言う。
コイツの好きはこれまで聞いた好きより、どんな好きより、心が満たされるからうざい、ありえない、鬱陶しい。
でもなんでこんなに嬉しいんだ、なぁ。
俺はどうしたらいいんだよ、なぁ。
「お前、変!」
「希も変だよ」
「はー!うるせー!」
イライラする、じたばたする、なのに心はこんなにも嬉しい。
「好きって言え」
「言っただろ」
「もっと言え!」
「好き」
「っくそ、」
じわ、と涙が滲むから、本当に本当に鬱陶しい。
こんなの『僕』じゃない、
でも
『僕』も俺じゃなかった。
「希は」
「きらい」
「ふふ」
「喜ぶな!」
コイツを今すぐぶん投げて、グラウンドを走って、そのまま、雨の中、ずぶ濡れのまま、帰りたい気分だった。
ありえない、もう一生分の恥を晒した。
逃げたいのに力の強いコイツに敵わない、逃げたい思いが叶わない。ずっと楽しそうなコイツが腹立つ、許せない。
「俺、ずっと、泣きそうに笑う希が心配だった。だから今の方が良い、ずっと良い」
くそ。
泣きそうに笑うってなんだよ。
あれは完璧な笑顔だったんだぞ。
みんなあれに騙されて、みんなあれを好きになるんだ。
だから『僕』の武器だったのに。
「なあ」
「うん」
「俺凄く性格悪いよ」
「へえ」
「凄く嫌な奴で、バカでガキでアホだよ」
「っふふ、何」
「本当に俺が好きなの」
「うん」
「…………うそだ」
嘘だ。
俺のこと何も知らない癖に。
好きってなんだよ。
どういう好きなんだよ。
「一回も手ぇ出して来なかった癖に」
ぐ、と突き放そうとする、のに。
突き放されてはくれずに、でも、少しだけ離れて行く。
「はぁ」
何を言ってるんだ、みたいな、はぁ、が降ってきて。
こちらも、はぁ?となる。
「我慢、してただけだけど」
「はぁ?」
今度は普通に声が出た。我慢ってなんだ、我慢……?
「毎日毎日可愛い顔して梅干し舐めて、種出す時はいつも舌出すからえろいし」
「はぁ!?」
「その種持って帰る俺の身にもなって、どれだけ自制して何もせず捨ててると思ってるの」
「は……」
「バイク乗る時もぎゅうぎゅう抱き付いて来るから天国かと思う、一生そのままで居て欲しい」
「ば……」
「俺は別に男が好きって訳じゃないけど、希で勃つよ」
「は……!?」
何言ってんだコイツ、コイツもおかしくなった。
「希はいろいろあっただろうから控えてただけ」
また、真っ直ぐな目、射抜かれるような目。
「俺の初恋、全部希にあげる」
「っ」
顔が、熱い。耳まで熱い。
初恋を、全部、俺に。
それを言うなら
「俺も初恋だばぁああああああか!!」
「っはは」
俺の叫びは、移動教室に来ていた二年の別クラス全員に届き。
その日のうちに、「希の初恋が始まった」と、全校生徒に広まった。
クソ!!
放課後になると、律儀にまた俺の元に来る金井。
容姿が良くて、物腰が柔らかで、タイミングが良ければ誰でも付き合えるチャンスのある『僕』。
そんな『僕』の姿が崩れたら、どうしたらいいのか分からなくなって。
昼休み以降、俺はずっと金井の後頭部を睨み付けていた。
アイツは昼休み寝られなかったせいか、授業の合間の休み時間では器用に自席ですうすうと寝ていて。
その寝顔を周りに見せんなバカ!
マイナスイオンを教室で撒くなバカ!
と、更に睨みが激しくなっていた。
そんな俺に、クラスメイトは最初「希くんがおかしくなった……」「何かあったのかな……」「喧嘩……?」「別れたりする…?」と、戸惑っていた、のに。
今やすっかりクラス全員がニマニマとしていて。
腹立たしくて仕方ない。
なんで高二にして、クラス全員に、初恋を見守られなきゃいけないんだ。
でももう一人の当事者である金井はいつも通り。
普通に「帰ろ」って言ってくる。
それも腹立たしくて、キッと睨む。
荒々しく席を立って、教室を出て。
やっと絡みつく視線を振り払えたと思ったのに、今度は廊下ですれ違う人にもニマニマ顔を向けられて、ああもう、本当に腹立たしい!!
雨の中、傘を差す中、バス停でもニマニマひそひそされて、本当に逃げ場が無くて、早く帰りたくて仕方ない。
それなのに金井はシラ〜と平気そうにしていて本当に訳が分からない。心臓に毛が生えてるタイプか?
むすっとしていると、金井にも若干ニマニマされる。泣きそうに笑う『僕』じゃなく、イライラを晒している俺、が良いらしい。いや、せめてお前は味方であれよ。
脳内でパンチをかましていると、ワイヤレスイヤホンを両耳分、渡される。
受け取って耳に着けると、何を言っているのか分からない民族曲みたいなのが流れてきて、本当にぶん殴ってやろうかと思った。
そんな俺の表情を見て、あ、って顔をする金井。
ただ間違えていたらしく、すぐ雨音に変わったけれど、いや、それはそれでおかしくないか?
お前この民族曲もいつも聴いてんのか??
不思議を通り越して不気味だった。
でも、雨の中で聴く雨の音は、やっぱりちょっと好きだった。
バスに乗り込むと、割と埋まっていて並んで座ることは難しそうで。
じゃ、って金井から離れようとすると、既に座っていたクラスメイトに袖を引っ張られ、金井共々席に押し込められる。
若干重なり合う俺達を見て、やり遂げた顔をしたクラスメイトは、そのまま別の席に行き。
ま、まじか、クラスメイト公認だと、こういうことになるのか、と震えた。
金井には、丁寧に膝の上から下ろされた。
バスが発車すると、それから数分もしないうちに金井の頭がぐらぐらし始めて。
え、珍しい、寝てる?と思うと、ぐらん、と俺の肩に、金井の頭が着地して。
は〜!?誰に許可取ってんだー!?と思ったけれど、お昼誰かさんの号泣のせいで寝られなかったんだもんな、と思って、仕方なく肩を貸したままにする。
それにしても、よく眠る。
休み時間も寝ていたのに。
寝不足だったのか、と思って、俺も目を閉じる。
そしたらイヤホン越しに、カメラのシャッター音が聞こえたので、目を開けると。
二人揃ってバスの中で寝ている、という俺達の姿をスマホに収めた奴がいて。
イヤホンを片耳外して、
「それは止めて」
って、目を見て言う。
すると、ちゃんと謝って、消してくれた。
俺自身はこういうの、割とよくあるからもう諦めているけれど。金井はダメだろ、と思った。
思ったから、金井の真似をして、ちゃんと目を見て言った。そしたら伝わって、金井を守ることができた。
良かった、と思う。
お手本が金井で良かった、とも思う。
俺は金井がよくやる、真っ直ぐなコミュニケーションに憧れている。あの想いの籠った、真摯な言葉は、時に刃よりも鋭いけれど、その分人の心に突き刺さって、人を突き動かす力を持っていると思う。
流され消えゆく俺の言葉とは違うと思っている。
これは卑下ではなく、自己分析で。
学びたいと思っているのだ。成長したいと思っている。
伝えることが上手な金井のやり方を、会得したいなと思っている。
なぁ、俺は、お前のこと。尊敬しても、いるんだぞ。
言わない代わりに頭をぶつける。
そのまま俺も、また目を閉じた。
ゆらゆらぐらぐら揺らされて、起きる。
間近に金井の顔があってぎょっとする。
金井も起きたてらしく、目がまだ眠そうで。
しっかり寝られたみたいで良かったな、の意を込めて、頭突きする。
今度はちゃんと当たった。今日の金井は寝覚めが甘いので余裕だった。
驚いている金井に、悪い笑みが出る。
人を枕扱いにしたお返しだ、ばあか。
でも起こしてくれたので、手加減はした。
今日もバスから最後の方に降りる。
ようやく、ようやくあのニマニマの嵐から開放された。
金井を見ると、送る、って目をされたので、先を歩く。
雨だし、今日は徒歩だし、良いのに。
でもこういう時の金井は頑固だと知っているので、素直に送ってもらうことにする。
暫く歩いて、道が広くなったから並んで。
イヤホンを外して、払って、金井に返すと、じっと見られて。
「なに」
む、として言うと、イヤホンを受け取りながら、金井は少し考えて。
「かわいいな、と思っただけ」
「はぁあ?」
今の行動の、どこに、そんな、要素が!
ぼすぼす殴ると、全然効いてない金井が立ち止まる。
つられて立ち止まると、真っ直ぐな目と、視線が絡む。
「ごめん、これからはもっと言葉にする。イヤホンをさ、毎回払ってから返してくれるから。マメでかわいいなと思ってた、いつも」
「…………」
確か、に。いつもじっと、見られていた気がする。
てことはつまり、あれか。
お前がじっと見てくる時は、その。
か、かわ、かわいいって、思ってる時って、ことか。
そう思うと、勝手に頬やら耳やらが熱を持つからうざい。
「かわいくねぇ!」
ふん、と先を行くと、あっさり追い付いてくる金井。
昼以降、俺ばっかり感情を乱されていて腹立たしい。
こんなはずじゃなかったのに。
くあ、と欠伸の音が聞こえて。
じと、と金井を見ると眠そうな顔。
「寝不足か」
そう聞くと、目が合う。
欠伸のせいでほんのり涙目で、そのままの目でじっと見られるから、少し緊張する。
「うーん」
返ってきたのは肯定か否定か、微妙な反応で。
「んだよ」
そう促すと、ちょっと言いにくそうにしている。珍しい。
言いにくいってことはあれか、男の子のアレ的なアレか、と勝手に解釈していると、金井は視線を逸らして、傘の棒の部分に頭を預けている。
「予報、雨だったから、バイク無理だなと思って。それなら早く起きて、こっちに来たら、希と一緒に登校できるかなって。だからいつもより一時間くらい睡眠時間短い、それだけ」
「……まじか」
俺のこと好き過ぎかよ、と、茶化すつもりが。
嬉しい、って、先に声色に出てしまって。
しまった、と思ったけれど、金井が柔らかい目元でこちらを見るので、もう金井に届いてしまっていて。
クソ、もう本当、全然上手くいかない。
悔しくて、びし、と金井を指差す。
「俺は今朝雨だったから、お前に気を付けてってメッセージ送ろうとしたぞ!」
ふん!!て言ってから、気付く。
あれ、やり返しのつもりが、これ墓穴掘ってないか?
案の定金井はきょとんとしたあと、「ありがとう嬉しい」と言っていて。
クソ。
そうやって、素直にありがとうとか言われると、それはそれで悔しい。
何枚も上手って感じがして、悔しい。
「でもID知らなくて送れなかった」
むすと言うと、そうだった、とスマホが差し出される。
だから立ち止まって、ようやくIDの交換をする。
挨拶代わりに犬が威嚇しているスタンプを送ると、真横で「ふっ」と微かに笑う音がしたから、むずむずする。
何をしても嬉しそうで、悔しくて。でも。
受け入れられている、って感覚が、むずむず、嬉しくて、仕方なかった。
家に着くと、また「入って」って言われるから、大人しく家に入る。
扉が閉まる寸前で、「風邪引くなよ」って睨んでおくと、ちょっとしてから『ありがとう。希も温かくしてな』ってメッセージと、犬がお腹を見せているスタンプが送られてきて、笑う。
なんで今このスタンプなんだよ、どういう感情なんだよ。
一人くすくす笑って、スマホの画面を撫でる。
「はあ」
おかしくて仕方なかった。
愛しくて、仕方なかった。
夜になるとスマホが鳴る。
珍しいなと思って確認すると、金井からだった。
家族以外はキリが無いので通知を切っていて、金井は、ちょっと考えて、通知をオンにしていた。
内容はただひと言、「おやすみ」で。
マメなのはどっちだよ、と思う。
てかまだ21時だぞ、早過ぎないか……!?
そう思ってから、俺と登校したいが為に、一時間早く起きて来たという金井の話を思い出し、ぐ、唸る。
なんとなく明日の天気予報を確認して、雨だな、と思って。
明日も来るのかな、と考える。
そうだといいな、と思って、俺も『おやすみ』って返した。
