次の日、登校して席に着くと、何度か「おはよう」と声をかけられる。まだおずおず、といった様子だったけれど、僕もちゃんと微笑んで挨拶を返した。
それから少し後に登校してきた金井くんは、何か大きなカバンが増えていて。
なんだあれ、と思ったけれど、先生が来て聞くタイミングを逃した。
その後の休み時間には時々僕の周りに人が溜まるようになった。
常に囲まれているのが普通だったから、日常に戻りつつあるなと思う。
けれど、息苦しさは変わらないなと思う。
金井くんと、話したいなと思った。
昼休みになると、金井くんが僕の席までやってくる。
お弁当を片手に持っているから、僕もお弁当を持って立ち上がる。
僕の席に机を寄せようとしていたクラスメイトは、少し残念そうにしながらも、まあでも『今』の彼氏だもんね、って諦めていく。
僕のお付き合いの最長って、どのくらいの期間だったかな。
今日も先を行く金井くんは、また別棟の階段に座り込む。
だから僕も並んで座って、ようやくちゃんと顔が見られたなと思った。
「昨日、ありがとう」
お弁当を開け始めた金井くんに、お弁当を抱えたまま言う。
動きを止めた金井くんは僕を見て、なにが??って顔をするから、気が抜けた。
「ちゃんと早く寝た」
それも追加すると、ちょっと目元が優しくなる。
変化が微細だから、間違い探しみたいだ。
金井くんがお弁当を食べ始めるから、僕も隣でお弁当を開ける。
するとまた梅干しが届けられるから、今日はお弁当ごと見せてみる。
今日のラインナップはミニグラタン、つくね、蓮根の煮物。全部、冷凍食品。
金井くんはじっと僕のお弁当を見た後、蓮根の煮物を一つだけ取っていく。
そんな小さな欠片だけでいいの。って思ったけれど、ご飯が進んでいるみたいだから良しとした。
今日も金井くんのお弁当はご飯がとても多い。
でも部活してなさそうだし、ムキムキって訳でもないし。
不思議な人だなと思う。
梅干しを齧って、ご飯を食べて、また梅干しが齧って。
最後にまた舐めていたら、また金井くんのお弁当の蓋を差し出される。
よく見てるなぁと思う。見てるというか、察している。
今日もコロン、と端っこの方に、舌先から種を落とす。顔を上げると、やっぱり金井くんにじっと見られていた。
でも、何も言わないから僕も何も言わない。
内心で物凄く引かれていたら怖いなと思ったけれど、金井くんはそんな人じゃない気がした。
今日も遠いどこかの教室から、微かに話し声が聞こえていた。
食べ終わると、やっぱり眠る金井くん。
これまでも食べた後寝てたのかなと気になったけれど、付き合う前の金井くんの記憶が無い。
こんなに不思議で面白い人なのに。
僕もやっぱり、見える部分しか見られていないのだなと思う。
今日は踊り場の端に行き、壁に背を預けて座る。
僕も寝転びたかったけれど、やっぱり食べた後すぐに寝転ぶのは抵抗があった。
だから座ったままで、すうすう眠っている金井くん頭を眺める。
それだけで、心が解れていくのを感じた。
予鈴が鳴ると、またすっと起き上がる金井くん。
寝入りも寝起きも良過ぎて寧ろ怖い。
僕も立ち上がると、歩き始める金井くん。
追い付いて、二人並んで教室に戻ると、クラスメイトが一人、寄って来て。
「元彼、転校するんだって」
そう、教えてくれたから、金井くんと目を合わせる。
転校、までは僕も考えていなかったけれど。
金井くんの言った、二度と面を見せるな、という言葉を、彼なりに守ろうとしたのだと思った。
もうあんな思いは二度としたくない。
けれど、ある意味で僕に気付きを与えてくれた出来事でもあって。
だから彼の望む、幸せとしての記憶の仕方ではないけれど、僕も忘れないで居たいとは思う。
黙り込んだままの僕を見て、クラスメイトは何かを言おうとして。
それを止めたのは金井くんだった。
何を言うでもなく、ただ片手を緩く上げて、制止した。
それでも伝わったようで、彼女は自分の席に戻る。
金井くんは何も言わない。
ただ、じっと僕を見ていて。
だから、しっかりと頷く。
大丈夫、って気持ちを込めて。
そしたら、金井くんも頷いて、席に戻って行く。
大丈夫。
あの日、金井くんがそう言ってくれたから。
大丈夫。
帰る時間になると、金井くんが来る。
また明日、ってクラスメイトと別れて、並んで歩く。
けれど今日は金井くんがバス停に向かわず、途中で別ルートに行くから二度見した。
え?突然の方向音痴?
けれど、ちらと僕を見て、また進むので、付いて行く。今のは付いて来いって目だった。猫か。
暫く歩くと、見えたのは駐輪場。
なるほど今日は自転車で来たのか、と思って、いやそれなら僕はどうなるんだと思う。
二人乗りを校内で始めるのはなかなかリスキーだ。外でももちろんだめだけれど。
そんな心配をよそに、辿り着いたのは大きなバイクの横。
まさかな、と思ったけれど、その座面に金井くんがカバンを乗せるので、まさかだ……と震えた。
それから金井くんは通学カバンじゃない方のカバンをがさごそ探って、取り出したのは大きなヘルメット。フルフェイス、ってやつ、だろうか。
それを僕に寄越してくるから、とりあえず受け取る。
そしたらカバンから更にもう一つヘルメットが出てきたので、ああこれ僕のなんだ……!と若干震える。
金井くんは手馴れた様子で被って、しゃがんで何やら足元を触って。すると小さな棒が生えてきていて、もしかしなくても、あそこに足を置くんだろうなと思う。
それからカバンを前側に抱えた金井くんが、颯爽とバイクに跨って、こちらを見る。
「乗れそう?送って行く」
ヘルメット越しだから少し声が籠っていて、けれどそう、確かに聞こえて。
「……僕、バイク乗ったことない」
ヘルメットを持ったまま言うと、ちょっと間があって、金井くんがバイクごと寄って来る。
そうして伸ばした手で僕の持つヘルメットを掴むから、顔を上げると、目が合う。
「安全運転で行く。慎重に、丁寧に運転する。それでも万が一が無いとは言い切れないから、バスでも大丈夫」
また、あの真っ直ぐな目と、真っ直ぐな言葉。
だからほんの少し焦る。僕は金井くんのその真っ直ぐさに、ちょっと弱い。
「嫌とかじゃ、なくて、分からないだけ」
出た声は思ったより弱々しくて、恥ずかしい。
「来て」
ヘルメットをほんの少し引っ張られて、金井くんに近付く。
ヘルメットを受け取った金井くんは、底の方を持つと、大きく開いて。
「目閉じて」
言われるままに目を閉じると、影がかかる感じがして、頭の側面からヘルメットに擦れていく感覚。
その後頭のテッペンにクッションが着いて、しっかりと被った感じがしたから目を開けると、思ったより近くに金井くんの顔があって驚く。
けれどすぐに、ガチャ、とヘルメットが閉じられて、プラスチック越しになってしまった。
……何を、期待したんだろう。
思わず握っていた自分のブレザーを手放す。
真夏でもないのに、耳が熱いのが分かった。
「俺の肩持って、跨って」
「……うん」
言われた通り、少し左に傾いて、スタンドを立てている金井くんの肩を借りる。
そうして跨がれば、割と背がある僕でも、つま先しか地面に着かなくなって。
「しっかり掴まって、内ももで俺のこと挟んで」
「へ、」
掴まるって、どこに、と思うと、後ろに手を伸ばしてきた金井くんの手に腕が捕まる。
それからぐ、っと金井くんの胴に回されて、抱き付く、みたいな形になって。
膝もぎゅっと寄せられて、全身で金井くんに引っ付いていて、なんだこれ、かなり恥ずかしいぞ。
「足はステップ、場所分かる?」
ステップ、は、さっきの小さな棒かな、と足先で探る。するとすぐに見つかって、小さく見えた割にしっかりと安定していて感心する。
「うん、あった」
「ん。じゃあ走るけど、怖かったり、気持ち悪かったらすぐ俺のこと叩いて」
「え」
「声は多分聞こえない」
え、
その声は、確かに自分でも聞こえなかった。
ブウン、とエンジンのかかる音。
金井くんの右腕が動かすと、それに呼応するようにエンジン音が鳴る。
左足の近くでガチャン、と音がして、少し左に傾いていた体が真っ直ぐになる。
それからぽんぽん、と、金井くんのお腹に回した手が叩かれて、カチャ、と左下から音がする。
金井くんの右手が動く感覚と共に、すぐに動き始めて。
「(う、わ……!)」
お尻から振動が伝わる、エンジン音が響く。
自転車よりも断然早くて、風の激しい音を感じる。
けれどすぐに減速して、駐輪場を出て。
カッチカッチ、とウィンカーの音がして、また発進。
次はスピードが出た後、金井くんの左足と右手が動いて、エンジン音に強弱が付く。またその、繰り返し。
胴に掴まって集中すると、左手と右足が動いているのも感じる。
バイクって忙しいんだな……と思っていると、突っかかるみたいな反動が何度かした後、信号で止まる。
ブロロロロ、と低く鳴るエンジン音がかっこいい。
車より断然、生で音を感じているのだと伝わってくる。
実際、走り出せば存外、バイクは怖くなくて。
スピードが出ると風がジェットコースターのようで、ワクワクした。
いつもはただぼうっと眺めている景色も、外の音を聞きながら、風を感じながら走ると凄く楽しい。
気持ちが昂って、嬉しくなって、ぎゅっと金井くんに抱き付くと、コン、とヘルメットがぶつかる。
返事をする様に金井くんが頭を後ろに、少し傾けたのだと分かって。
なんだか凄くむずむずした。
心と口角、どっちもむずむずとした。
学校からのバスはいつも最寄りの駅に寄るけれど、金井くんは駅には寄らずに僕の家に直行してくれる。
橋の辺りで少し緊張したけれど、何も無かった。
川辺もいつも通り、綺麗だった。
家の前に着くと、また少し体が左に傾く。
スタンドを立てる音がして、金井くんが僕の腕を軽く叩く。
だから乗った時と同じように、肩に掴まって、左側に降りる。
ようやく地面にぴったりと足が着いて、少し震える様な感覚がした。
「おつかれ、大丈夫?」
「うん、た、楽しかった……!」
感動と興奮で何度も頷く。
手が伸びてきて、ヘルメットが開けられて、ゆっくり脱がされる。
頭を振ると髪が開放感あって、全部全部新鮮で、凄く楽しかった。
「ありがとう、金井くん、怖くなかった」
「良かった」
ふ、とまた柔らかくなる目元。
きゅ、と心臓が痛くなって、胸元を擦る。
金井くんは僕が被っていたヘルメットをカバンに仕舞うと、じゃ、って走り去ろうとする。
けれどすぐ止まって、「家、入って」って籠った声が聞こえる。
どこまで過保護なんだ、って笑いながら手を振って、家に入る。
それから少しして、エンジン音が遠のいて行った。
暫く胸が、とくとくと鳴っていた。
それから少し後に登校してきた金井くんは、何か大きなカバンが増えていて。
なんだあれ、と思ったけれど、先生が来て聞くタイミングを逃した。
その後の休み時間には時々僕の周りに人が溜まるようになった。
常に囲まれているのが普通だったから、日常に戻りつつあるなと思う。
けれど、息苦しさは変わらないなと思う。
金井くんと、話したいなと思った。
昼休みになると、金井くんが僕の席までやってくる。
お弁当を片手に持っているから、僕もお弁当を持って立ち上がる。
僕の席に机を寄せようとしていたクラスメイトは、少し残念そうにしながらも、まあでも『今』の彼氏だもんね、って諦めていく。
僕のお付き合いの最長って、どのくらいの期間だったかな。
今日も先を行く金井くんは、また別棟の階段に座り込む。
だから僕も並んで座って、ようやくちゃんと顔が見られたなと思った。
「昨日、ありがとう」
お弁当を開け始めた金井くんに、お弁当を抱えたまま言う。
動きを止めた金井くんは僕を見て、なにが??って顔をするから、気が抜けた。
「ちゃんと早く寝た」
それも追加すると、ちょっと目元が優しくなる。
変化が微細だから、間違い探しみたいだ。
金井くんがお弁当を食べ始めるから、僕も隣でお弁当を開ける。
するとまた梅干しが届けられるから、今日はお弁当ごと見せてみる。
今日のラインナップはミニグラタン、つくね、蓮根の煮物。全部、冷凍食品。
金井くんはじっと僕のお弁当を見た後、蓮根の煮物を一つだけ取っていく。
そんな小さな欠片だけでいいの。って思ったけれど、ご飯が進んでいるみたいだから良しとした。
今日も金井くんのお弁当はご飯がとても多い。
でも部活してなさそうだし、ムキムキって訳でもないし。
不思議な人だなと思う。
梅干しを齧って、ご飯を食べて、また梅干しが齧って。
最後にまた舐めていたら、また金井くんのお弁当の蓋を差し出される。
よく見てるなぁと思う。見てるというか、察している。
今日もコロン、と端っこの方に、舌先から種を落とす。顔を上げると、やっぱり金井くんにじっと見られていた。
でも、何も言わないから僕も何も言わない。
内心で物凄く引かれていたら怖いなと思ったけれど、金井くんはそんな人じゃない気がした。
今日も遠いどこかの教室から、微かに話し声が聞こえていた。
食べ終わると、やっぱり眠る金井くん。
これまでも食べた後寝てたのかなと気になったけれど、付き合う前の金井くんの記憶が無い。
こんなに不思議で面白い人なのに。
僕もやっぱり、見える部分しか見られていないのだなと思う。
今日は踊り場の端に行き、壁に背を預けて座る。
僕も寝転びたかったけれど、やっぱり食べた後すぐに寝転ぶのは抵抗があった。
だから座ったままで、すうすう眠っている金井くん頭を眺める。
それだけで、心が解れていくのを感じた。
予鈴が鳴ると、またすっと起き上がる金井くん。
寝入りも寝起きも良過ぎて寧ろ怖い。
僕も立ち上がると、歩き始める金井くん。
追い付いて、二人並んで教室に戻ると、クラスメイトが一人、寄って来て。
「元彼、転校するんだって」
そう、教えてくれたから、金井くんと目を合わせる。
転校、までは僕も考えていなかったけれど。
金井くんの言った、二度と面を見せるな、という言葉を、彼なりに守ろうとしたのだと思った。
もうあんな思いは二度としたくない。
けれど、ある意味で僕に気付きを与えてくれた出来事でもあって。
だから彼の望む、幸せとしての記憶の仕方ではないけれど、僕も忘れないで居たいとは思う。
黙り込んだままの僕を見て、クラスメイトは何かを言おうとして。
それを止めたのは金井くんだった。
何を言うでもなく、ただ片手を緩く上げて、制止した。
それでも伝わったようで、彼女は自分の席に戻る。
金井くんは何も言わない。
ただ、じっと僕を見ていて。
だから、しっかりと頷く。
大丈夫、って気持ちを込めて。
そしたら、金井くんも頷いて、席に戻って行く。
大丈夫。
あの日、金井くんがそう言ってくれたから。
大丈夫。
帰る時間になると、金井くんが来る。
また明日、ってクラスメイトと別れて、並んで歩く。
けれど今日は金井くんがバス停に向かわず、途中で別ルートに行くから二度見した。
え?突然の方向音痴?
けれど、ちらと僕を見て、また進むので、付いて行く。今のは付いて来いって目だった。猫か。
暫く歩くと、見えたのは駐輪場。
なるほど今日は自転車で来たのか、と思って、いやそれなら僕はどうなるんだと思う。
二人乗りを校内で始めるのはなかなかリスキーだ。外でももちろんだめだけれど。
そんな心配をよそに、辿り着いたのは大きなバイクの横。
まさかな、と思ったけれど、その座面に金井くんがカバンを乗せるので、まさかだ……と震えた。
それから金井くんは通学カバンじゃない方のカバンをがさごそ探って、取り出したのは大きなヘルメット。フルフェイス、ってやつ、だろうか。
それを僕に寄越してくるから、とりあえず受け取る。
そしたらカバンから更にもう一つヘルメットが出てきたので、ああこれ僕のなんだ……!と若干震える。
金井くんは手馴れた様子で被って、しゃがんで何やら足元を触って。すると小さな棒が生えてきていて、もしかしなくても、あそこに足を置くんだろうなと思う。
それからカバンを前側に抱えた金井くんが、颯爽とバイクに跨って、こちらを見る。
「乗れそう?送って行く」
ヘルメット越しだから少し声が籠っていて、けれどそう、確かに聞こえて。
「……僕、バイク乗ったことない」
ヘルメットを持ったまま言うと、ちょっと間があって、金井くんがバイクごと寄って来る。
そうして伸ばした手で僕の持つヘルメットを掴むから、顔を上げると、目が合う。
「安全運転で行く。慎重に、丁寧に運転する。それでも万が一が無いとは言い切れないから、バスでも大丈夫」
また、あの真っ直ぐな目と、真っ直ぐな言葉。
だからほんの少し焦る。僕は金井くんのその真っ直ぐさに、ちょっと弱い。
「嫌とかじゃ、なくて、分からないだけ」
出た声は思ったより弱々しくて、恥ずかしい。
「来て」
ヘルメットをほんの少し引っ張られて、金井くんに近付く。
ヘルメットを受け取った金井くんは、底の方を持つと、大きく開いて。
「目閉じて」
言われるままに目を閉じると、影がかかる感じがして、頭の側面からヘルメットに擦れていく感覚。
その後頭のテッペンにクッションが着いて、しっかりと被った感じがしたから目を開けると、思ったより近くに金井くんの顔があって驚く。
けれどすぐに、ガチャ、とヘルメットが閉じられて、プラスチック越しになってしまった。
……何を、期待したんだろう。
思わず握っていた自分のブレザーを手放す。
真夏でもないのに、耳が熱いのが分かった。
「俺の肩持って、跨って」
「……うん」
言われた通り、少し左に傾いて、スタンドを立てている金井くんの肩を借りる。
そうして跨がれば、割と背がある僕でも、つま先しか地面に着かなくなって。
「しっかり掴まって、内ももで俺のこと挟んで」
「へ、」
掴まるって、どこに、と思うと、後ろに手を伸ばしてきた金井くんの手に腕が捕まる。
それからぐ、っと金井くんの胴に回されて、抱き付く、みたいな形になって。
膝もぎゅっと寄せられて、全身で金井くんに引っ付いていて、なんだこれ、かなり恥ずかしいぞ。
「足はステップ、場所分かる?」
ステップ、は、さっきの小さな棒かな、と足先で探る。するとすぐに見つかって、小さく見えた割にしっかりと安定していて感心する。
「うん、あった」
「ん。じゃあ走るけど、怖かったり、気持ち悪かったらすぐ俺のこと叩いて」
「え」
「声は多分聞こえない」
え、
その声は、確かに自分でも聞こえなかった。
ブウン、とエンジンのかかる音。
金井くんの右腕が動かすと、それに呼応するようにエンジン音が鳴る。
左足の近くでガチャン、と音がして、少し左に傾いていた体が真っ直ぐになる。
それからぽんぽん、と、金井くんのお腹に回した手が叩かれて、カチャ、と左下から音がする。
金井くんの右手が動く感覚と共に、すぐに動き始めて。
「(う、わ……!)」
お尻から振動が伝わる、エンジン音が響く。
自転車よりも断然早くて、風の激しい音を感じる。
けれどすぐに減速して、駐輪場を出て。
カッチカッチ、とウィンカーの音がして、また発進。
次はスピードが出た後、金井くんの左足と右手が動いて、エンジン音に強弱が付く。またその、繰り返し。
胴に掴まって集中すると、左手と右足が動いているのも感じる。
バイクって忙しいんだな……と思っていると、突っかかるみたいな反動が何度かした後、信号で止まる。
ブロロロロ、と低く鳴るエンジン音がかっこいい。
車より断然、生で音を感じているのだと伝わってくる。
実際、走り出せば存外、バイクは怖くなくて。
スピードが出ると風がジェットコースターのようで、ワクワクした。
いつもはただぼうっと眺めている景色も、外の音を聞きながら、風を感じながら走ると凄く楽しい。
気持ちが昂って、嬉しくなって、ぎゅっと金井くんに抱き付くと、コン、とヘルメットがぶつかる。
返事をする様に金井くんが頭を後ろに、少し傾けたのだと分かって。
なんだか凄くむずむずした。
心と口角、どっちもむずむずとした。
学校からのバスはいつも最寄りの駅に寄るけれど、金井くんは駅には寄らずに僕の家に直行してくれる。
橋の辺りで少し緊張したけれど、何も無かった。
川辺もいつも通り、綺麗だった。
家の前に着くと、また少し体が左に傾く。
スタンドを立てる音がして、金井くんが僕の腕を軽く叩く。
だから乗った時と同じように、肩に掴まって、左側に降りる。
ようやく地面にぴったりと足が着いて、少し震える様な感覚がした。
「おつかれ、大丈夫?」
「うん、た、楽しかった……!」
感動と興奮で何度も頷く。
手が伸びてきて、ヘルメットが開けられて、ゆっくり脱がされる。
頭を振ると髪が開放感あって、全部全部新鮮で、凄く楽しかった。
「ありがとう、金井くん、怖くなかった」
「良かった」
ふ、とまた柔らかくなる目元。
きゅ、と心臓が痛くなって、胸元を擦る。
金井くんは僕が被っていたヘルメットをカバンに仕舞うと、じゃ、って走り去ろうとする。
けれどすぐ止まって、「家、入って」って籠った声が聞こえる。
どこまで過保護なんだ、って笑いながら手を振って、家に入る。
それから少しして、エンジン音が遠のいて行った。
暫く胸が、とくとくと鳴っていた。
