ぼくをみて。

お弁当を食べ終わると、片付けて、春海が手を消毒し始める。
俺は、春海に穴を開けて欲しいと頼んだ。
春海は、当然そのつもりだった、って顔で了承してくれた。
俺もお弁当を食べ終えて、手を消毒して、耳朶も消毒する。
「どっちに開ける?」
「左」
「一応、開ける側で、意味とかあるらしいけど」
「うん、一応見た。それとは関係なく、左がいい。春海と同じ左がいい」
「……監禁……」
いよいよ単語だけになった。
じと、と見ていると、気を取り直しまして、みたいな顔をするから笑う。
春海に左耳を差し出すと、道具を開けた春海が、俺の耳に添える。
「音、耳元だからちょっと響くと思う」
「分かった」
「希、好きだよ」
「っ」
カシャン、と音がして、耳朶が挟まれる感覚。
痛みというより、指を挟んだ時みたいな衝撃が来て、それからじーんとした、痺れみたいな感覚。
やった、開いた、という気持ちと、春海に開けてもらったという感動と、春海の、開ける瞬間の言葉のズルさで若干、頭がパニックになる。
「そのまま」
「うん」
今直ぐ春海に抱き付きたい気持ちを押し殺して、じっとしている。
ちょっと耳が痛んだ後、道具が離れていって、ピアスの様子を、前後左右から、確認されている気配。
「うん、いい感じ。お疲れ希」
その声を合図に、春海に飛び付く。
緊張したし、ちょっと怖かったし、でも無事開いて、嬉しさと、感動がある。
受け止めてくれた春海は、ちょっと笑って、頭の後ろを撫でてくれる。
「ちょっとどきどきした」
「ふふ」
「開いて嬉しい、ありがとう」
「うん」
「好きはズルいと思う」
「っふふ、ごめん」
「俺も好きだからいいよ」
ぎゅうぎゅう腕に力を込めると、耳の上の方にキスされる。
次は、俺の番だった。
ちょっと耳のじんじんとした感じが落ち着いた頃、改めて手を消毒して、春海の耳と向き合う。
春海は俺と同じ左の耳朶に一つと、右の軟骨に一つ、開けるらしい。
「なんでそこ?」
「左は、希とお揃いにしたいのと、同じ痛みを味わう為。右は前からバランス的に開けたかった。後は全部で奇数がいいから、三にする」
「へぇえ」
色々あるんだな、と思いながら、お揃いはちょっと嬉しいなと思う。
同じ痛みというのも、春海らしいと思う。
同じ痛みを抱えていたら、分かってあげやすい、拾ってあげやすい、気付いてあげやすい。
そういうことかな、と、解釈する。
「希、開けて」
「……うん」
とは、言ったものの。
向きとか、位置とか、結構難しいなと思う。
春海は簡単にやってのけていたのに。
「ズレてもいいよ。希の手で、一生残る傷を付けて」
「……余計やり辛い」
「っふふ」
コイツは時々、デカい闇を抱えていそうなことを言う。
そういう時は、弱っている証拠なのだろうなと思う。
ばあちゃん家で弱っていた時も、ちょくちょくそういうことを言っていたから。
でも、普段から監禁とかも普通に言うから、これが案外通常運転なのかもしれない。
相変わらずちょっと変で、面白い奴。
俺は春海の耳を消毒して、道具を持つ。
俺も何か言おうかなと思って、でも同じじゃつまらないなと思って。
「一生塞ぐなよ」
そう言って、ぎゅっと道具を押す。
「っ」
ちょっとだけ息を詰めた春海は、耳の様子を確かめていた俺に、噛み付いて来て。
「んっ」
ちょっと荒いキスをしてくるから、息が乱れる。
「ありがとう、希」
「……ん」
至近距離で、嬉しそうに微笑まれて、心臓が痛い。
緊張もしたし、でも、無事に開いてほっとする。
正直、自分の耳をしてもらう時より緊張した。
それから道具を外して、右耳も見る。
けれど軟骨なので、難しそうで。
何処に開けるんだろうと思っていたら、春海が手鏡を出して来て、自分で耳を消毒して、道具を、右耳に添える。
「希、持てる?俺が押すから、力抜いてて」
「……分かった」
春海が当てた位置からズラさないように、慎重に道具を受け取って、じっとしている。
春海はもう一度鏡で位置を確認して、それから俺の指に手を添えて、ぐっと、力を込めて開けた。
「あ」
「うん?」
「キメ台詞言うの忘れた」
「ははっ」
珍しくツボっている春海が、ちゅ、と軽いキスをして来る。
「春海が手伝ってくれたってだけで、一生の思い出だよ」
「……うん」
それは、俺もそうだ、と思う。
春海が開けてくれた穴と、俺が開けた、春海の穴。
閉じようと思えばいつでも閉じられる穴だけれど、春海が言ったように、一生残る、傷ではあるから。
大事にしたいと思う。
今日のこの日の思い出含め、大切にしたいと思う。
「ありがとう、希。異変を感じたらすぐ言うこと」
「分かった。俺こそありがとう、大事にする」
「うん、俺も」
それから、少しの間、抱き付いたままでいた。

じんじんとしていた穴は、放課後には気にならなくなってきていて。
けれど、走ったりすると、そこにある傷の存在を感じる。
春海は両耳で、しかも片方は軟骨なのに、平然としていて何故だか悔しい。
けれど帰りは、流石にヘルメットが痛いからということで、一緒にバスで帰ることになった。
バスでは、春海の耳をひたすら見ていた。
元々ピアスをしていたことに、全然気付けていなくて悔しかったから。
だから、今度は、開けたての姿を、しっかり観察しておこうと思って。
春海は相変わらず、気の抜けた顔で眠っている。
ばあちゃんに想いを馳せたり、俺に一生の傷を付けてだの、そんなことを言っていた人とは思えないくらい、平和に。
人は見えている部分でしか判断しないから、辟易していたけれど。
見せる努力も必要なのだと、春海と過ごして少し理解した。
一部の情報だけで全てを知った気になって、それ以上を知ろうともせずに、決め付けの戯言を宣うのは、良くないが。
口にしないなら、思っているだけなら、それもまたその人の自由なのだと、今は思える。
それに、全ての人に、全てを理解されなくとも。
知っていて欲しい人に、知っていて貰えるだけで、こんなにも救われるのだということも、理解した。
それもこれも、全部、春海のお陰で。
春海と出会えて良かったと、心の底から、そう思う。
俺を見付けてくれて、ありがとう。
俺を救ってくれて、ありがとう。
眠っている春海に、心の中で、そう告げる。
起きたらまた、直接言おうと思う。
春海は受け止めてくれると、知っているから。