次の日は、夕方に春海が迎えに来た。
流石に浴衣でバイクは無理で、歩きで来てくれる。
俺は駅に行くって言ったけれど、春海が頑として譲らなかった。
浴衣姿の希なんて危険過ぎる、死んでも一人で歩かせられない、とのことで。
それは春海だってそうだろと思ったけれど、全然譲らないから、仕方なく折れた。
春海の過保護は未だ健在である。
家を出ると、浴衣を着た春海がそこに居て。
とても良く似合っていたから、微笑む。
ばあちゃん家で一緒に着て、ばあちゃんに似合うって言ってもらった時のことを思い出す。
「似合ってる」
春海の傍に行ってそう言うと、俺をじっと見ていた春海が、はっとした顔で、俺の目を見る。
「ありがとう、希も似合ってる。かっこいい。絶対離れないで」
「おお」
それは祭りでの話、だよな?
若干迷ったけれど、どちらにせよ了承しておく。
二人揃って駅に向かうと、他にも浴衣姿の人がいて。
皆気恥しそうにしながらも、既に楽しそうにしている。
俺も楽しみで、わくわくしていて、そして、春海の浴衣姿に、どきどきと、あと、ソワソワもしていた。
コイツこそ周りに見せちゃだめだろ、と思う。
浴衣が、似合い過ぎているから。
春海だって、硬派なイケメンと一年の時から騒がれていた。
そんな奴が、浴衣を着こなしていたら、そりゃあ。
こうなるよなぁ、と思う。
周囲の熱い視線が、春海へと注がれていた。
それはもう、存分に、堂々と。
当の春海は俺ばかり見ているので、あまり気にしていなさそう、というか、気付いていなさそうだけれど。
俺は、気になって仕方ない。
俺に刺さる視線よりも、気になって仕方ない。
頼むから話しかけてくれるなよ、と思う。
俺は、春海と、夏祭りに行きたいんだ。
人並みを躱しつつ、切符を買って、電車を待つ。
その間もちらちらと視線を感じるから気が気じゃない。
隣に恋人らしき人が立つ人までも、春海を真剣に見ているので、気が狂いそうだった。
自分の、恋人を、見てろっ
そう叫びそうな気持ちを堪えたところで、はたと気付く。
俺も、俺の恋人を見ていないと、勿体ないではないか、と。
そこで漸く春海を見ると、春海は変わらず、ずっと俺を見ていて。
だから抱き締めかけて、外だと思い出して、腰を抱くまでに留める。
春海も察したのか、俺の腰に片腕を回してくれて、それで、漸く、ひと心地着く。
まあ腰くらい、友達でも抱くだろ、と思ったけれど、周囲から微かな歓声が上がったので、ちょっと、恥ずかしかった。
隣町に着くと、既に太鼓の音が響いていて、テンションが上がる。
春海も、目をキラキラとさせていてかわいい。
浴衣を着た人の流れに身を任せて歩いて行くと、やがて出店が見えて来る。
焼きそば、カステラ、唐揚げ、チョコバナナ、わたあめ、くじ引き、フランクフルト、かき氷、リンゴ飴。
どれも煌々と照らされていて、活気があって、美味しそうで。
俺達は焼きそばとフランクフルトを買って、脇に逸れて交互に食べる。
そういえば、と気になって、春海を見る。
「春海、甘党?」
聞けば、丁度フランクフルトを齧っていた春海が、黙ってもぐもぐと咀嚼を続ける。
その姿がやたらとかわいくて、なんかもう、今日はだめだなと思う。
浴衣が春海の魅力を引き出し過ぎている。
流石ばあちゃんだ。ナイスばあちゃんだ。
浴衣を作ってくれて、本当にありがとう。
「うん、甘いもの好き。辛いのより好き」
口が空になった春海が、そう言いながら、口の端のケチャップをやけにかっこよく舐めるから。
俺は、思わず焼きそばを落としそうになった。
「お前……その色気を仕舞え!」
「え?」
きょと、とした春海は、一口ちょうだい、と俺が持つ焼きそばに寄って来て。
腹が立つので、パックの半分くらいの量を持ち上げて近付けると、笑って逃げて行く春海。
……ばあちゃん。
これは一周回って、最早罪かも。
浴衣が似合い過ぎて、色気まで出ている春海に、気が狂いそう。
結局、自分で食え!と焼きそばを押し付けたものの、そこから返してもらえなくて。
俺は春海から差し出された分を、食べる羽目になった。
「あーん」
「……いちいち言わなくていい、てか返せ」
「やだ」
「……」
コイツ……と、思うけれど。
春海は楽しそうで、幸せそうで、それ以上言えなくなる。
悔しい。ただただ、悔しい。
好きだと思うから、悔しい。
ゴミを捨てたら、また互いに腰を抱いて、出店を見て回る。
春海も甘いもの好きと聞いたから、ベビーカステラを買ってみた。
出来立てを春海の口に持って行くと、春海は大人しく食べて、やがてカステラの入った袋が回収される。
お気に召したか、と思ったけれど、それから何故か、春海は次々とカステラを俺に与えてきて。
もしや気に入ったのは、食べさせる行為そのものか?と思う。
歩き出してもそれは変わらずで、定期的に与えてくるから、食べながら、遠い目をする。
何だか春海の過保護がまた、パワーアップした。
春海が楽しそうなので、まあ、良いけれど。
それから、かき氷は結構大きかったので、二人で一つにした。
ばあちゃん家で二人で必死に氷を削ったことを思い出して、懐かしくなる。
ばあちゃん家ではみぞれ味だったけれど、出店ではブルーハワイにした。
二人で食べて、というより、また春海に食べさせられて、舌が青い、と微笑まれて。
春海は、って聞くと、舌を見せられて。
ああ、もう、本当に、だめだ今日は。
赤い舌にブルーハワイの青が映えて、綺麗で、それ以上に、欲を感じる。
だからそっと、息を吐いた。
俺が梅干しの種を出す時、いつも春海がじっと見てきていた理由が分かる気がする。
目が離せなくなるんだ。
その、扇情的な光景に。
「希」
「……」
固まっている俺に、春海が呼び掛ける声がする。
お手上げだよもう、俺の負けだ。
路地に引いて、誰も居ないことを確認してから、春海を引き寄せて、キスをする。
かき氷の甘さが残るその唇を舐めると、春海が驚いていたから、少しだけ満足した。
俺ばかり乱されるのは癪だから。
お前も俺で、乱されると良い。
まさか外で、こんな人の多いお祭りで、俺からキスされるとは思っていなかったのか、呆けている春海からかき氷を回収して、ほぼ溶けていた残りを飲み干す。
それから近場のゴミ箱に捨てに行って、戻ろうとしたら、浴衣の袖を引かれて。
「あの、お一人ですか?」
「え」
まさか、春海から離れたこの一瞬で声を掛けられるとは思わなくて、焦る。
声を掛けてきたのは女性一人で、けれどその後ろに、固まってこちらを見る女性が二人見える。
「良かったら一緒に回りませんか、何でも奢るので」
「いや」
そんな、奢るとかじゃなく、と思っていたら、ぐっ、と腰を掴まれて、身体が、後ろに引かれる。
思わずよろけて、転けそうになって、でも何かにぶつかって。
「デート中です、離して」
真っ直ぐで、ちょっと息の切れた、春海の声がしたから、力を抜く。
「はる、っ」
名前を呼ぼうとしたのに呼べない。
強い力で肩を掴まれて、ぐるりと回されて。
されるがままでクラクラしていると、真っ直ぐに俺を見る、春海の顔。
「離れないでって言ったでしょ」
「いや」
「浴衣直すから真っ直ぐ立って」
「ちょ、」
「視線はこっち、見て」
「……」
ゴミ捨てに行っただけだ、とか。
子供を叱る親みたいだぞ、とか。
浴衣を乱したのはお前だ、とか。
なんでそんなに焦ってるんだよ、とか。
言いたいことは沢山あるけれど、俺も、まあ、悪いので大人しく従う。
乱れた浴衣の襟元や帯は春海に手早く直されて、そうしているうちに、声を掛けてきた女性は姿を消していた。
「……ごめん、乱暴にして」
「いや、」
「触られてるの見て、加減できなかった」
「……袖だぞ」
「袖でもだよ」
珍しく、ちょっと怒っている春海の、二の腕に緩く触れる。
痛くはなかったが、確かに、あんな風に強く引き寄せられたのは初めてだったかもしれない。
それだけ焦って、慌てて、どうにかしようとしてくれたんだろう。
「ごめん。もう離れない」
春海の目を、ちゃんと真っ直ぐ見て言うと、ちょっと眉が下がるのが見える。
「うん、俺も、希のキスで魂抜けててごめん」
「はっ」
魂ごといかれてたのか、ってちょっと笑って、それで、仲直り。
狭い空はもう暗く、夜になり始めていた。
「粗方見たな」
「うん」
出店のあるエリアを一通り見たので、引き返す。
相変わらず俺は腰を抱かれたまま、先程配られていた団扇で、春海に扇がれている。
過保護具合が、更に強化されていた。
せめて団扇は俺が、と思うのに、春海は器用に避けるので無理で。
引き返す道中でまた団扇が配られていたので、俺も貰うとそれすら回収されるから、どうしようもできなかった。
そのまま今日は帰ることにして、電車に乗ると、また視線を浴びて。
少し汗をかいた春海はまた一段と色気が増していて、団扇を奪って横顔を隠していた。
春海はきょとんとして、それからにこにこして顔を近付けてくるので、そういうことじゃない!と団扇で軽く叩く。
キスしたいって意味じゃない、お前の顔を隠したいんだよ。
春海は混んだ電車の中、俺に顔を隠されながらずっと、他の人との壁になって守ってくれていた。
電車を降りると、見慣れた景色にひと心地着く。
それから急に思い出して、春海を通路脇に引っ張って、二人で写真を撮った。
「ばあちゃんに送りたいと思ってたんだった」
「いいね」
頷いた春海もスマホを出して、また写真を撮る。
揃いの生地で、揃いの浴衣を着た二人の姿を、ばあちゃんにも見て欲しいなと思ったのだ。
ちゃんと二人で着て、夏を楽しんでいるよ、そんな気持ちを込めて。
写真は、春海がインスタントカメラで撮った写真と共に、現像してばあちゃんに送ってくれることになった。
インスタントカメラで撮れた写真は、俺も楽しみにしていて、また見せてもらうことにする。
その後家まで送ってもらって、けれど。
春海から家に着いたというメッセージが来るまで、気が気じゃなかった。
あの色気がダダ漏れの春海を、一人で帰らせるのはこれまで以上に不安だった。
浴衣も脱がず、そのままの姿でスマホを握りしめていたら、暫くして、着いたというメッセージと共に、浴衣を着た筋肉ムキムキ男のスタンプが来て。
安心すると同時に、だからなんでそんなピッタリなスタンプがあるんだよ、と笑った。
見返した二人の写真は、よく撮れていた。
流石に浴衣でバイクは無理で、歩きで来てくれる。
俺は駅に行くって言ったけれど、春海が頑として譲らなかった。
浴衣姿の希なんて危険過ぎる、死んでも一人で歩かせられない、とのことで。
それは春海だってそうだろと思ったけれど、全然譲らないから、仕方なく折れた。
春海の過保護は未だ健在である。
家を出ると、浴衣を着た春海がそこに居て。
とても良く似合っていたから、微笑む。
ばあちゃん家で一緒に着て、ばあちゃんに似合うって言ってもらった時のことを思い出す。
「似合ってる」
春海の傍に行ってそう言うと、俺をじっと見ていた春海が、はっとした顔で、俺の目を見る。
「ありがとう、希も似合ってる。かっこいい。絶対離れないで」
「おお」
それは祭りでの話、だよな?
若干迷ったけれど、どちらにせよ了承しておく。
二人揃って駅に向かうと、他にも浴衣姿の人がいて。
皆気恥しそうにしながらも、既に楽しそうにしている。
俺も楽しみで、わくわくしていて、そして、春海の浴衣姿に、どきどきと、あと、ソワソワもしていた。
コイツこそ周りに見せちゃだめだろ、と思う。
浴衣が、似合い過ぎているから。
春海だって、硬派なイケメンと一年の時から騒がれていた。
そんな奴が、浴衣を着こなしていたら、そりゃあ。
こうなるよなぁ、と思う。
周囲の熱い視線が、春海へと注がれていた。
それはもう、存分に、堂々と。
当の春海は俺ばかり見ているので、あまり気にしていなさそう、というか、気付いていなさそうだけれど。
俺は、気になって仕方ない。
俺に刺さる視線よりも、気になって仕方ない。
頼むから話しかけてくれるなよ、と思う。
俺は、春海と、夏祭りに行きたいんだ。
人並みを躱しつつ、切符を買って、電車を待つ。
その間もちらちらと視線を感じるから気が気じゃない。
隣に恋人らしき人が立つ人までも、春海を真剣に見ているので、気が狂いそうだった。
自分の、恋人を、見てろっ
そう叫びそうな気持ちを堪えたところで、はたと気付く。
俺も、俺の恋人を見ていないと、勿体ないではないか、と。
そこで漸く春海を見ると、春海は変わらず、ずっと俺を見ていて。
だから抱き締めかけて、外だと思い出して、腰を抱くまでに留める。
春海も察したのか、俺の腰に片腕を回してくれて、それで、漸く、ひと心地着く。
まあ腰くらい、友達でも抱くだろ、と思ったけれど、周囲から微かな歓声が上がったので、ちょっと、恥ずかしかった。
隣町に着くと、既に太鼓の音が響いていて、テンションが上がる。
春海も、目をキラキラとさせていてかわいい。
浴衣を着た人の流れに身を任せて歩いて行くと、やがて出店が見えて来る。
焼きそば、カステラ、唐揚げ、チョコバナナ、わたあめ、くじ引き、フランクフルト、かき氷、リンゴ飴。
どれも煌々と照らされていて、活気があって、美味しそうで。
俺達は焼きそばとフランクフルトを買って、脇に逸れて交互に食べる。
そういえば、と気になって、春海を見る。
「春海、甘党?」
聞けば、丁度フランクフルトを齧っていた春海が、黙ってもぐもぐと咀嚼を続ける。
その姿がやたらとかわいくて、なんかもう、今日はだめだなと思う。
浴衣が春海の魅力を引き出し過ぎている。
流石ばあちゃんだ。ナイスばあちゃんだ。
浴衣を作ってくれて、本当にありがとう。
「うん、甘いもの好き。辛いのより好き」
口が空になった春海が、そう言いながら、口の端のケチャップをやけにかっこよく舐めるから。
俺は、思わず焼きそばを落としそうになった。
「お前……その色気を仕舞え!」
「え?」
きょと、とした春海は、一口ちょうだい、と俺が持つ焼きそばに寄って来て。
腹が立つので、パックの半分くらいの量を持ち上げて近付けると、笑って逃げて行く春海。
……ばあちゃん。
これは一周回って、最早罪かも。
浴衣が似合い過ぎて、色気まで出ている春海に、気が狂いそう。
結局、自分で食え!と焼きそばを押し付けたものの、そこから返してもらえなくて。
俺は春海から差し出された分を、食べる羽目になった。
「あーん」
「……いちいち言わなくていい、てか返せ」
「やだ」
「……」
コイツ……と、思うけれど。
春海は楽しそうで、幸せそうで、それ以上言えなくなる。
悔しい。ただただ、悔しい。
好きだと思うから、悔しい。
ゴミを捨てたら、また互いに腰を抱いて、出店を見て回る。
春海も甘いもの好きと聞いたから、ベビーカステラを買ってみた。
出来立てを春海の口に持って行くと、春海は大人しく食べて、やがてカステラの入った袋が回収される。
お気に召したか、と思ったけれど、それから何故か、春海は次々とカステラを俺に与えてきて。
もしや気に入ったのは、食べさせる行為そのものか?と思う。
歩き出してもそれは変わらずで、定期的に与えてくるから、食べながら、遠い目をする。
何だか春海の過保護がまた、パワーアップした。
春海が楽しそうなので、まあ、良いけれど。
それから、かき氷は結構大きかったので、二人で一つにした。
ばあちゃん家で二人で必死に氷を削ったことを思い出して、懐かしくなる。
ばあちゃん家ではみぞれ味だったけれど、出店ではブルーハワイにした。
二人で食べて、というより、また春海に食べさせられて、舌が青い、と微笑まれて。
春海は、って聞くと、舌を見せられて。
ああ、もう、本当に、だめだ今日は。
赤い舌にブルーハワイの青が映えて、綺麗で、それ以上に、欲を感じる。
だからそっと、息を吐いた。
俺が梅干しの種を出す時、いつも春海がじっと見てきていた理由が分かる気がする。
目が離せなくなるんだ。
その、扇情的な光景に。
「希」
「……」
固まっている俺に、春海が呼び掛ける声がする。
お手上げだよもう、俺の負けだ。
路地に引いて、誰も居ないことを確認してから、春海を引き寄せて、キスをする。
かき氷の甘さが残るその唇を舐めると、春海が驚いていたから、少しだけ満足した。
俺ばかり乱されるのは癪だから。
お前も俺で、乱されると良い。
まさか外で、こんな人の多いお祭りで、俺からキスされるとは思っていなかったのか、呆けている春海からかき氷を回収して、ほぼ溶けていた残りを飲み干す。
それから近場のゴミ箱に捨てに行って、戻ろうとしたら、浴衣の袖を引かれて。
「あの、お一人ですか?」
「え」
まさか、春海から離れたこの一瞬で声を掛けられるとは思わなくて、焦る。
声を掛けてきたのは女性一人で、けれどその後ろに、固まってこちらを見る女性が二人見える。
「良かったら一緒に回りませんか、何でも奢るので」
「いや」
そんな、奢るとかじゃなく、と思っていたら、ぐっ、と腰を掴まれて、身体が、後ろに引かれる。
思わずよろけて、転けそうになって、でも何かにぶつかって。
「デート中です、離して」
真っ直ぐで、ちょっと息の切れた、春海の声がしたから、力を抜く。
「はる、っ」
名前を呼ぼうとしたのに呼べない。
強い力で肩を掴まれて、ぐるりと回されて。
されるがままでクラクラしていると、真っ直ぐに俺を見る、春海の顔。
「離れないでって言ったでしょ」
「いや」
「浴衣直すから真っ直ぐ立って」
「ちょ、」
「視線はこっち、見て」
「……」
ゴミ捨てに行っただけだ、とか。
子供を叱る親みたいだぞ、とか。
浴衣を乱したのはお前だ、とか。
なんでそんなに焦ってるんだよ、とか。
言いたいことは沢山あるけれど、俺も、まあ、悪いので大人しく従う。
乱れた浴衣の襟元や帯は春海に手早く直されて、そうしているうちに、声を掛けてきた女性は姿を消していた。
「……ごめん、乱暴にして」
「いや、」
「触られてるの見て、加減できなかった」
「……袖だぞ」
「袖でもだよ」
珍しく、ちょっと怒っている春海の、二の腕に緩く触れる。
痛くはなかったが、確かに、あんな風に強く引き寄せられたのは初めてだったかもしれない。
それだけ焦って、慌てて、どうにかしようとしてくれたんだろう。
「ごめん。もう離れない」
春海の目を、ちゃんと真っ直ぐ見て言うと、ちょっと眉が下がるのが見える。
「うん、俺も、希のキスで魂抜けててごめん」
「はっ」
魂ごといかれてたのか、ってちょっと笑って、それで、仲直り。
狭い空はもう暗く、夜になり始めていた。
「粗方見たな」
「うん」
出店のあるエリアを一通り見たので、引き返す。
相変わらず俺は腰を抱かれたまま、先程配られていた団扇で、春海に扇がれている。
過保護具合が、更に強化されていた。
せめて団扇は俺が、と思うのに、春海は器用に避けるので無理で。
引き返す道中でまた団扇が配られていたので、俺も貰うとそれすら回収されるから、どうしようもできなかった。
そのまま今日は帰ることにして、電車に乗ると、また視線を浴びて。
少し汗をかいた春海はまた一段と色気が増していて、団扇を奪って横顔を隠していた。
春海はきょとんとして、それからにこにこして顔を近付けてくるので、そういうことじゃない!と団扇で軽く叩く。
キスしたいって意味じゃない、お前の顔を隠したいんだよ。
春海は混んだ電車の中、俺に顔を隠されながらずっと、他の人との壁になって守ってくれていた。
電車を降りると、見慣れた景色にひと心地着く。
それから急に思い出して、春海を通路脇に引っ張って、二人で写真を撮った。
「ばあちゃんに送りたいと思ってたんだった」
「いいね」
頷いた春海もスマホを出して、また写真を撮る。
揃いの生地で、揃いの浴衣を着た二人の姿を、ばあちゃんにも見て欲しいなと思ったのだ。
ちゃんと二人で着て、夏を楽しんでいるよ、そんな気持ちを込めて。
写真は、春海がインスタントカメラで撮った写真と共に、現像してばあちゃんに送ってくれることになった。
インスタントカメラで撮れた写真は、俺も楽しみにしていて、また見せてもらうことにする。
その後家まで送ってもらって、けれど。
春海から家に着いたというメッセージが来るまで、気が気じゃなかった。
あの色気がダダ漏れの春海を、一人で帰らせるのはこれまで以上に不安だった。
浴衣も脱がず、そのままの姿でスマホを握りしめていたら、暫くして、着いたというメッセージと共に、浴衣を着た筋肉ムキムキ男のスタンプが来て。
安心すると同時に、だからなんでそんなピッタリなスタンプがあるんだよ、と笑った。
見返した二人の写真は、よく撮れていた。
