家まで送ってもらって、俺が家に入るのを見届けようとしている春海に、カバンから取り出した封筒を押し付ける。
「帰ったら、読むといい」
「え」
ぽかんとしていた春海は、読む、という俺の言葉を聞いて、察した様な顔をする。
「じゃ、送ってくれてありがとう」
「あ!待って希、待って」
バイクに跨ったままの春海はすぐには動けなくて、俺は余裕で逃げて、玄関まで辿り着く。
だからそのまま入ってしまえば逃げ切ることができるのに、このまま、俺を引き止める春海を無視して家に入るのは、それは、心に嘘を吐いている感じがしてモヤモヤする。
少し迷って、振り返って、春海の傍に戻って。
けれど、どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのか、何がしたかったのか、分からなくてそのままになる。
春海はそんな俺を見て、手を伸ばしてくる。
その手を眺めて、握ってみると、強く引かれて焦った。
「わっ」
「希、いい子」
「は……」
息が、一瞬止まる。
いい子だねって言われ続けていた『僕』がフラッシュバックする。
今の俺は、全然いい子じゃないのに。
何でいい子、って。
「葛藤して、自分の正直な気持ちの方に、従ったように見えたから」
戸惑い、春海の目を見ていると、そう言われる。
葛藤は、確かにしていた。
何も勝てていないなって、春海に対して、拗ねているみたいな気持ちがあって。
悔しくて、突き放したくて、でも。
明日で、付き合って二ヶ月、になるから。
次は俺が、手紙を書くって約束をしたから。
だから昨日書いて、少し早いけれど、今日、渡すつもりでいて。
でも、なかなか勇気が出なくて、全然渡すタイミングが掴めなくて。
だからこんなに、ギリギリになった。
別れる間際の、ギリギリになった。
だから、拗ねと、照れと、恥ずかしさと、そんなものが相まって、逃げようとして。
でも本当は、春海が俺の手紙を読んで、どんな反応をするのか見てみたかった。
それに、春海が俺を呼んだから。
呼ばれた声の傍に、居たいと思ったから。
「記念日の、手紙書いた。いつ渡すか迷ってて、今になって、恥ずかしいし、なんかお前、今日……キス、上手くなってて、腹立つし。逃げようとしたけど……もうちょっと一緒がいい」
手を、握られたまま。
春海の目は見られなくて、バイクの座席辺りを見ながら、言う。
結局全部バラしていて、格好が付かないなと思う。
もっと俺も、春海みたいにサプライズにして、喜ばせたかったのに。
拗ねて、いじけて、全然、いい子じゃない。
それに。
全部バラしてから気が付いた、明日も会うってことに。
なら、明日渡す方が、記念日当日に渡せて最高だったのでは。
クソ、と思う。
全然上手くいかない。
「え……っと」
「……」
春海の、戸惑った声がして、視線を上げる。
また一人ぐるぐる悩んで、春海を巻き込んで、迷惑かけて。
いよいよ戸惑わせてしまった。
心臓が痛い。鋭い針で突かれた様な、嫌な痛み。
けれど。
「とりあえず、連れて帰って良い……?」
「……だめだろ」
そう言って、笑う。
漸く見た春海の顔が、耳が、夕焼けに負けないくらい、真っ赤だったから。
「読んでもいい?読みたい」
「……ん」
仕方なく、頷く。
認めたくないけれど、頷く。
俺もお前の反応が見たい。
だから、頷く。
俺の手を離した春海は、丁寧に丁寧に、封を開けて。
それからまた、俺の手を取って手紙を読み始める。
正直、もうあんまり、書いた内容は覚えていなかった。
何度も書き直して、ちぎっては捨てて。
恥ずかしいし、照れるし、何を書けば良いのかも分からなくて。
でも、書くって約束をしたから。
最後の方はやけくそで書いた。
正気に戻る前に折って、封筒に入れて、閉じ込めた。
そんなに長くはない文章だった筈なのに、春海はじっと、ずっと、読んでいる。
付き合って二ヶ月だってこと。
ばあちゃんに会えて良かったってこと。
これからも一緒が良いってこと。
春海が好きだってこと。
俺を救ってくれて、ありがとうってこと。
そんなことを、書いた記憶。
「希」
「……ん」
「嬉しい、ありがとう、俺も本当に、大好き」
「……」
俺も、ってなんだ。
俺もってことはつまり。
俺が、大好きって、書いてたってことか。
「希かわいい……地下に監禁したい……」
「……返せっ」
「え?嫌だ」
何か物騒なことを言われた気がするが、それよりも俺は、手紙の内容を確かめなくてはいけない。
昨日の俺は何を書いたんだ。
やけくそで書いた内容はなんだったんだ。
正気に戻る前に、封をした内容は、なんだったんだ。
俺は、好き、ではなく、大好きだって、書いたのか。
春海に負けないくらい、顔が赤い自信がある。
手紙を取り返そうとするのに、春海が俺を抱き止めて、腕を背後に伸ばすから、手が届かない。
「返せ、大好きなんて、書いてないだろ」
「書いてたよ。愛してるちゅっちゅって書いてたよ」
「それはぜっってぇ、書いてねえ!」
「ははは」
ご機嫌で無敵な春海からは、結局手紙を取り返せなくて。
今ここでキスしたい、でも家の前だから、早く、入って、と身体を離される。
俺だってしたい、でも、言っていることも分かる。
もどかしくて、春海と握手してから、仕方なく家に入る。
早く大人になりたい。
そうしたらずっと、春海の傍に居られるのに。
「帰ったら、読むといい」
「え」
ぽかんとしていた春海は、読む、という俺の言葉を聞いて、察した様な顔をする。
「じゃ、送ってくれてありがとう」
「あ!待って希、待って」
バイクに跨ったままの春海はすぐには動けなくて、俺は余裕で逃げて、玄関まで辿り着く。
だからそのまま入ってしまえば逃げ切ることができるのに、このまま、俺を引き止める春海を無視して家に入るのは、それは、心に嘘を吐いている感じがしてモヤモヤする。
少し迷って、振り返って、春海の傍に戻って。
けれど、どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのか、何がしたかったのか、分からなくてそのままになる。
春海はそんな俺を見て、手を伸ばしてくる。
その手を眺めて、握ってみると、強く引かれて焦った。
「わっ」
「希、いい子」
「は……」
息が、一瞬止まる。
いい子だねって言われ続けていた『僕』がフラッシュバックする。
今の俺は、全然いい子じゃないのに。
何でいい子、って。
「葛藤して、自分の正直な気持ちの方に、従ったように見えたから」
戸惑い、春海の目を見ていると、そう言われる。
葛藤は、確かにしていた。
何も勝てていないなって、春海に対して、拗ねているみたいな気持ちがあって。
悔しくて、突き放したくて、でも。
明日で、付き合って二ヶ月、になるから。
次は俺が、手紙を書くって約束をしたから。
だから昨日書いて、少し早いけれど、今日、渡すつもりでいて。
でも、なかなか勇気が出なくて、全然渡すタイミングが掴めなくて。
だからこんなに、ギリギリになった。
別れる間際の、ギリギリになった。
だから、拗ねと、照れと、恥ずかしさと、そんなものが相まって、逃げようとして。
でも本当は、春海が俺の手紙を読んで、どんな反応をするのか見てみたかった。
それに、春海が俺を呼んだから。
呼ばれた声の傍に、居たいと思ったから。
「記念日の、手紙書いた。いつ渡すか迷ってて、今になって、恥ずかしいし、なんかお前、今日……キス、上手くなってて、腹立つし。逃げようとしたけど……もうちょっと一緒がいい」
手を、握られたまま。
春海の目は見られなくて、バイクの座席辺りを見ながら、言う。
結局全部バラしていて、格好が付かないなと思う。
もっと俺も、春海みたいにサプライズにして、喜ばせたかったのに。
拗ねて、いじけて、全然、いい子じゃない。
それに。
全部バラしてから気が付いた、明日も会うってことに。
なら、明日渡す方が、記念日当日に渡せて最高だったのでは。
クソ、と思う。
全然上手くいかない。
「え……っと」
「……」
春海の、戸惑った声がして、視線を上げる。
また一人ぐるぐる悩んで、春海を巻き込んで、迷惑かけて。
いよいよ戸惑わせてしまった。
心臓が痛い。鋭い針で突かれた様な、嫌な痛み。
けれど。
「とりあえず、連れて帰って良い……?」
「……だめだろ」
そう言って、笑う。
漸く見た春海の顔が、耳が、夕焼けに負けないくらい、真っ赤だったから。
「読んでもいい?読みたい」
「……ん」
仕方なく、頷く。
認めたくないけれど、頷く。
俺もお前の反応が見たい。
だから、頷く。
俺の手を離した春海は、丁寧に丁寧に、封を開けて。
それからまた、俺の手を取って手紙を読み始める。
正直、もうあんまり、書いた内容は覚えていなかった。
何度も書き直して、ちぎっては捨てて。
恥ずかしいし、照れるし、何を書けば良いのかも分からなくて。
でも、書くって約束をしたから。
最後の方はやけくそで書いた。
正気に戻る前に折って、封筒に入れて、閉じ込めた。
そんなに長くはない文章だった筈なのに、春海はじっと、ずっと、読んでいる。
付き合って二ヶ月だってこと。
ばあちゃんに会えて良かったってこと。
これからも一緒が良いってこと。
春海が好きだってこと。
俺を救ってくれて、ありがとうってこと。
そんなことを、書いた記憶。
「希」
「……ん」
「嬉しい、ありがとう、俺も本当に、大好き」
「……」
俺も、ってなんだ。
俺もってことはつまり。
俺が、大好きって、書いてたってことか。
「希かわいい……地下に監禁したい……」
「……返せっ」
「え?嫌だ」
何か物騒なことを言われた気がするが、それよりも俺は、手紙の内容を確かめなくてはいけない。
昨日の俺は何を書いたんだ。
やけくそで書いた内容はなんだったんだ。
正気に戻る前に、封をした内容は、なんだったんだ。
俺は、好き、ではなく、大好きだって、書いたのか。
春海に負けないくらい、顔が赤い自信がある。
手紙を取り返そうとするのに、春海が俺を抱き止めて、腕を背後に伸ばすから、手が届かない。
「返せ、大好きなんて、書いてないだろ」
「書いてたよ。愛してるちゅっちゅって書いてたよ」
「それはぜっってぇ、書いてねえ!」
「ははは」
ご機嫌で無敵な春海からは、結局手紙を取り返せなくて。
今ここでキスしたい、でも家の前だから、早く、入って、と身体を離される。
俺だってしたい、でも、言っていることも分かる。
もどかしくて、春海と握手してから、仕方なく家に入る。
早く大人になりたい。
そうしたらずっと、春海の傍に居られるのに。
