ぼくをみて。

暗くなってくると、春海がまた静かに寝息を立てる。
眠ることができるのは良いことだと思ったけれど、俺が寝ている間も起きていたみたいだし、ずっと思考を続けていて、脳が疲れたからこその充電切れみたいなものなのかもしれないとも思う。
俺が寝ている間に、春海が起きて、また寝付けないのは嫌だなと思った。
だから俺も、春海を背中に抱えたまま眠る。
春海が起きた時に、俺も起きられる様に。
もしくはずっと、起きて見守っていられる様に。

目が覚めると、外はもうすっかり暗くて、背中に居るままの春海は起きていた。
傍に居てくれて良かったと思う反面、また淋しい思いをしていただろうか、と心配になって、振り返る。
見えた春海の顔は少しやつれていて、けれど顔色は、少し良くなっている気がした。
「お風呂行こう」
「……うん」
先に立って、春海の手を引く。
感情のコップが一杯になって、表面張力だけで耐えているみたいな、今の春海の様子が心配で仕方ない。
どうか耐えて欲しいと願う。
どうか危ない方へ、転がらないで欲しいと思う。
俺にできることは何だろう、と考える。
いつも通りの日常をこなして、それからずっと傍に居て、後は何だろう。後は、何ができるだろう。
今日は離れのお風呂で、手早く済ませる。
今日は雨で少し冷えていたから、湯船の温度は高めにした。
遠慮する春海の頭を、いいから、と洗ってやって、身体は春海が照れたので自分で洗ってもらう。
その間に俺は自分の頭を洗って、洗っている間に、春海の手が俺の身体を洗うから、暴れる。
「ばかお前、ずるいだろそれっ」
手は泡だらけで塞がっていて、目も閉じているから上手く抵抗できない。
変な意図は無いにしても、泡で滑りの良い手が身体をなぞるのは、反応しない方が難しかった。
「んっ、こらっ」
丁寧に、身体の全てを春海の手が撫でて。
そうしたちょっかいを掛けられるほど、余裕が出てきたのは良いことだと思う反面、へとへとになった俺は、ちょっと涙目だった。
一悶着あったものの、湯船に浸かると静かになる春海。
温度を上げていたからあまり長居もできず、逆上せる前に引き上げた。
春海の頭をタオルで拭いてやると、されるがままになっていてかわいい。でも俺より頭の位置が高いから腕が疲れた。世話を焼くのも案外大変である。
身体は自分で拭けとタオルを渡すと、春海は自分の身体を拭かずに、俺の頭を拭き始めるから笑う。
世話焼きの、いつも通りの春海が戻りつつあって少し安心する。
晩御飯は、鍋っぽいものにした。
野菜が沢山あったから、適当に切って、出汁で茹でて、ポン酢で食べる。
夏に鍋は暑かったけれど、身体の芯から温まって寧ろ良かったのかもしれない。
そして、料理を学ばないといけないなと思った。
レシピをもっと知っていたら、ばあちゃんには到底及ばないけれど、もう少し美味しくて、春海の心が温まる御飯を作れたかもしれないと思ったから。
食べた後は離れに戻らず、母屋の広い和室に春海が移動したので、着いて行く。
中央で春海が座るからその横に俺も座ると、春海が凭れて来て、そのまま枕にされる。
まあ食べたばかりだし、畳に真っ直ぐ横になるより良いか、と好きにさせていたら、春海が天井を指すので目で追う。
「昔、あの模様が顔に見えて怖かった」
見ると、確かに顔に見えなくもない模様があって。
この広い和室に寝転んだいつかの春海が、一人怯えていたのだと思うとかわいくて笑う。
「あるよな、そういうの」
俺も昔、木の模様が顔に見えて大泣きしていた記憶がある。
同意すると春海が笑って、その振動が俺に伝播する。
「ばあちゃん、死んじゃったらどうしようって、ずっと考えてた」
「うん」
「でもまだ生きているから、悲しむのは早いなって思った」
「……そうか」
「そう思えたのは、希のお陰。傍に居てくれてありがとう。心臓の音、聞かせてくれてありがとう」
ぎゅ、と春海の腕が、俺の身体に回る。
俺は、ちょっと泣きそうになった。
ずっと、一人で淋しさと格闘しているのは伝わって来ていたから。
それを春海は乗り越えて、乗り越えられたのは俺のお陰だと言ってくれて。
きっと、乗り越えられたのは、春海の頑張りのお陰なのに。
俺のお陰だと言う、その春海らしさに、泣きそうになった。
「俺、春海も、春海のばあちゃんも、好きだよ。会わせてくれてありがとう。連れて来てくれてありがとう」
春海の頭を撫でながら言う。春海はちょっと俺のTシャツを濡らした後、笑っていた。