朝、バイクの音を聞いて、家を出る。
見るとやはり金井のバイクの音で、金井は俺が出てくるのが分かっていた様に笑っていた。
「おはよ」
「おはよう」
「ん」
挨拶早々にヘルメットを渡される。
しっかり被れば、長旅の、始まりだった。
知らない土地を抜け、山を越え、どんどん、どんどん進んで行く。
マメに休憩して、途中で金井特製の梅おにぎりを食べた。種は抜かれていてちょっと悔しい。
それからまた走って、進んで。
だんだんと視界に緑が増えて、山が増えて、少し湿度が増す。
田んぼが増えて、畑が見えて、平屋が増えて、空が開けて。
そうして、その中の、大きな平屋の一つに、金井はバイクを停めた。
「着いた」
「おお」
バイクから降りてヘルメットを脱ぐと、濃い、緑の香りがした。
いつの間にか蝉の鳴く声が聞こえていて、途端に夏を感じる。
金井はバイクを押しながら門をくぐって、しっかりと鍵を掛けると俺を振り返る。
「ばあちゃん呼んでくる」
「ん」
着いて行くと、金井は玄関ではなく庭の方へ行き。そのままぐるっと回ると、映像でしか見たことの無い縁側があって。
感動していたら、その奥の、蔵の傍に、人が居た。
「ばあちゃん」
「あら、来たねぇ」
朗らかに、優しく笑うその人が、金井のばあちゃんだった。
「初めまして、お世話になります」
お辞儀をして、母に持たされた手土産を渡すと、恐縮しながらも受け取ってくれた。
「暑かったろぉ、お入りぃ」
縁側から入らせてもらって、進むと中は涼しくて。
「ちょっと前にリフォームしたんだ。お風呂とかも綺麗だよ」
そう、金井が教えてくれた。
田舎というから、心づもりはして来たけれど、少し拍子抜けだった。
荷物を置きがてら、案内されたのは、離れ。
俺と金井は、ここで寝泊まりするらしい。
実家には無い畳が新鮮で、襖も、障子も、全てが目新しい。
けれど案内してもらったトイレは見慣れたもので、というよりかなり最新型で、そのアンバランスさが面白かった。
お風呂は大きいものが母屋に、小さいものが離れにあるという。
「広いな」
「うん」
かくれんぼをしたら、かなりの時間探すことになりそうだと思った。そのくらい広い、かなり広い。
一通り見て回った後、冷たい麦茶を貰いながら、これまた広い和室で座る。
「お昼食べたかい」
「うん、食べたよ」
「お団子もあるからねぇ」
「ありがとう」
ふっくらと、そして深い皺の刻み込まれた手が、あれやこれやと食べ物を出してくれる。
金井が来るのが楽しみだったのだろうなと思う。
金井も照れくさそうに受け取っている。
俺は大人しく二人を見ていた。
家族と接する金井を見るのは初めてで、微笑ましい。
「貴方も、沢山お食べねぇ」
「ありがとうございます」
大皿に乗った和菓子をずいと寄せられて、お辞儀する。
一つ取ると、金井も、金井のばあちゃんも、嬉しそうにするから擽ったい。
「希だよ、ばあちゃん」
「のぞむちゃん」
「はい、のぞむです」
覚える様に、染み込ませる様に、名前を呼ばれて、頷く。
ちゃん呼びは珍しいなと思っていたら、そのまま、のぞむちゃんで定着したようだった。
その後、金井のばあちゃんは蔵の整理に戻って、金井と、二人になる。
「金井のばあちゃんも、金井か?」
「ううん違うよ、どうして?」
「いや、金井を金井って呼んでたらややこしいのかなと思って」
「ああ」
お団子を食べていた金井が、納得したように頷く。
それから少し、期待した顔をするから。
「呼ばないぞ」
「ええ」
ずっと金井と、苗字で呼んできたから。
急に下の名前で呼ぶのは少しハードルが高かった。
金井のばあちゃんも金井なら致し方なかったが、違うのならば問題無い。
じとと見られる視線はスルーして、俺もお団子を食べる。
「うまっ」
「ふふ」
これまで食べたどのお団子よりも柔らかくて、自然な甘さで、感動する。
どこのだろうと思っていたら、ばあちゃんの手作りだよ、と言われるから驚いた。
「団子ってこんな綺麗に手作りできるんだな」
「うん、しかも速い」
「へぇえ」
手作りってことは、金井が来るから、朝から作って待っていたのかなと思って。
その愛情深さと、マメさが、金井と通ずるものを感じて、血なのか、と、微笑ましくなる。
「今日は肉だよぉ、庭で焼こうねぇ」
外から声が聞こえて、振り返れば大きなバーベキューセットをこちらに見せている、金井のばあちゃんが居て。
和なのか洋なのか、情報量が多いから笑った。
そして戻って来るので、団子美味しかったですと伝えると、「まあ」と照れていたから更に笑う。
なんてかわいい人なんだろう。
金井も優しい顔をしていて、会いに来たくなる訳が少し分かった。
やがて金井のばあちゃんが野菜を切り始めたので、手伝いますと申し出れば、若い子は遊んどいでぇ、とスイカを渡される。
軽い調子で渡されたが、受け取るとかなりの重量があってビビる。
それにスイカをひと玉丸ごと持ったのは初めてで。
どうしたものか迷っていたら、隣に来た金井が引き取ってくれた。
「川、行こう」
「おお」
近くにあると噂の、川。
もしかして川で冷やしておいでって意味のスイカか、と思うと、金井に微笑まれたので正解のようだった。
一旦離れに戻って、水着に履き替える。が、脱ぐ前に隣の部屋へ押し込まれた。
「おい」
「み、見える!」
「お前しか居ねぇよ」
「一番だめ」
だめか。
仕方なく隣の部屋で着替えて、戻る。
金井もちゃんと着替えていて、二人で外へ行く。
少し歩くともう森で、コンクリートの道路が土に替わったタイミングを見逃していたから驚いた。
そのくらい地続きに、すぐ側に、森が現れた。
「足元気を付けて」
「ん」
木々で影が多く、地面はしっとりとしていて、少し冷える。
あんなに暑かったのに凄い変化だなと思う。
歩けば歩く程、蝉の声が大きくなり、土の香りが強くなる。
金井は慣れた様子で、ある様なない様な道を歩いて行く。
少しすると、水の流れる音が聞こえて、空が開けて、大きな川が現れた。
「でけ〜〜」
「ふふ」
ちょろちょろ流れているくらいの川を想像していたから、余裕で腰まで浸かりそうな、対岸まで泳げそうな、そんな広い川が現れて驚いた。
金井は浅瀬に石で囲いを作ると、そこにスイカを置いて冷やす。
「つめて」
「え」
嘘だろこんなに暑いのに?と、俺も傍にしゃがんで水に触れてみる。本当に、冷たい。
その冷たさはちょっと冷蔵庫で冷やしました、くらじゃ全然無くて、水の芯から冷えているような、重みのある冷たさで。
「まだちょっと寒いかな」
金井はそう言いながら靴と靴下を脱いで、川に足を浸ける。
けれど暑い体にはちょうど良かった様で、嬉しそうにこちらへ手を差し伸べて来るので、俺も靴と靴下を脱いで、川に踏み入れる。
「うわ、」
冷たい、けれど気持ちいい。
流れていないくらい静かに見えていた水面も、入ってみるとしっかりとした流れを感じる。
金井の手に手を重ねると、優しく引かれて、少し水深が深い所まで行く。
「冷たい」
「うん」
「気持ちいいな」
「うん」
俺の感想を全部嬉しそうに聞く金井。
流れ行く、こんなに冷えた水に触れるのは初めてで、不思議と勝手に笑ってしまう。
しゃがんでそのまま座り込む金井に釣られて、横に座ると水が割れて、また覆われて、流れて行く。
ずっと一定で水流の圧を感じるから面白い。
指を立ててみると、水面の形が変わる。
指を沈めて、じっとしていても水流を感じて、魚はこんな感覚なのかなと思う。
海は波が引いては寄せるから、ずっと揺られているけれど。
川は水の流れる方向が一定だから、より水流を感じて、だから新鮮で、不思議で、面白いのかと思う。
座ったまま指で遊んでいたら、その指が金井に包まれて、視線を上げる。
金井も俺の指先から視線を上げて、目が合う。
「なに」
「……キスしたい」
「っふ」
いいよ、って顔を寄せる。
川に浸けていたから、冷えた金井の指先が頬に触れる。
そこから水滴が頬を伝って、首筋を沿って。
それを見ていた金井が後を追って、舐め上げるから呼吸が乱れた。
「かね、んっ」
唇が重なり、食まれて声が出る。
包まれたままの指先に、力が籠る。
「ん、あ」
唇を僅かに舌で舐められて、開けば舌が入ってくる。
金井から、舌、初めて、と思っていると、俺の舌と触れて、すぐに逃げて行くから。
「ん」
追い掛けて、舐めて、吸う。
金井がビクついて、川の水が跳ねるから、その音で少し離れて。
「……あつい」
「うん」
日差しを浴びる頭と背中が暑い。
触れ合いに昂まる体温が熱い。
触れた舌先が熱くて、金井から降り注ぐ視線が熱い。
金井の目を見たまま、離れた分だけ距離を詰める。
「……もっと」
「っ」
お互いの唇が触れる寸前の言葉は、金井に飲まれて消えた。
珍しく長い間、キスをした後。
金井がふらふらで川にダイブするから笑う。
火照った身体を冷やすのに、川の冷たい水は確かに最適で。
俺も追い掛けてダイブして、金井に水を掛ける。
「わ」
小さな驚く声が聞こえた後、デコピンの要領でほんの少しだけ水を掛けてくるからかわいい。
仕返しの仕返しで水面を腕で思い切り払えば、バケツを返したくらいの水量が金井に降り掛かる。
そこからはもう、全力の戦いだった。
俺が逃げると腕を掴まれて、水を掛けられる。
だから潜って、ラッシュガードの腹の部分に水を貯めて飛び出せば、全身でその水を受け止めた金井が抱き付いてきて、二人して川に倒れる。
笑えば顔面に水が来て咳き込むし、潜ればプールには無い水流で肌の表面が慌ただしい。
もう疲れた、の合図でスイカの方に寄ると、最後にもう一度だけ腕を引かれて、二人で川に飛び込んだ。
「ばかやろう」
「はは」
始めたのは希だよ、って濡れた髪を直されて、その手を取ってまた唇を寄せる。
「ん」
仲直り、ってことでも無いけれど。
軽くキスすると、大人しくなるので面白い。
今度こそスイカの元へ戻って、持ち上げてみるとしっかり冷えていた。
「どう?」
「いい感じ」
「いいね」
金井はまたスイカを俺から回収して、切ってもらおう、と森へ歩いて行く。
俺は少しだけ振り返って、何事も無かったかのように、平に戻った水面を見た。
また来たい、と思ったのだ。
あの水の冷たさも、譲らない水流の頑固さも、全部、楽しかった。
それから金井を追い掛けると、金井はこちらを向いて、待っていて。
眩しそうに、嬉しそうに微笑むから、緩いパンチをして前を向かせた。
「ばあちゃん、スイカ冷えたよ」
「そうかい、切ってあげようねぇ」
金井のばあちゃんは四角くゴツい包丁を出して来ると、一気にスイカを両断する。
その勢いに驚いていたら、スイカを支えていた金井が笑うので視線を逸らした。
ここに来てから、金井の見守るような視線が多くて落ち着かない。
まるで自分の幼い頃を見ている様な、そんな顔をする。
切ってもらったスイカは甘くて、瑞々しくて、よく、冷えていて。美味しい、そう呟くと、金井も、金井もばあちゃんも嬉しそうにするから、照れくさい。
実のぎゅっと詰まったスイカは、これだけでお腹がいっぱいになりそうで、残りは冷蔵庫に入れていてもらう。
切ったし、皆で食べたから、なんとか容量が減って、ギリギリ冷蔵庫に収まったようだった。
「夕飯は暗くなったらおいでねぇ」
そう言うと、どこかへ姿を消す、金井のばあちゃん。
『時間』ではなく『暗くなったら』なのが、自分には無い感覚で面白かった。
金井は頭にタオルを被せたまま、畳の上で横になる。
その頭を撫でてやると、やがて寝息を立て始めるから、子供のようで笑った。
そういえば、今日は昼寝をしてなかったもんな。
俺も隣で横になると、じんわりとした身体の疲れを感じる。
それもそうだ、今日は朝からバイクで長旅をして来て、川で水を掛け合い、暴れ回った。
俺を乗せて運転して来た金井はもっと疲れたことだろう。
けれどその疲れを一切見せず、ただ嬉しそうに笑っていた金井を尊敬する。
横になったまま金井を見ると、完全に気の抜けた、本気の寝顔が見えるから。
その顔を見ていたら、俺も、いつの間にか眠っていた。
ふと目が覚めると、物凄く食欲を唆る良い香りがして。
起き上がると、縁側で本気のバーベキューセットを並べて、肉やら野菜を焼いている金井と、金井のばあちゃんの姿が見えた。
「あ、おはよう」
「……おはよ」
何故起こさない、と思いつつ縁側に出ると、焼き立てのお肉が入ったお皿を渡される。
「のぞむちゃん、たんと食べねぇ」
「ありがとうございます」
ちゃんと、名前を覚えていてくれて嬉しい。
お皿を受け取ると、金井からは箸が渡されて、見事な連携に笑う。
お肉に齧り付くと柔らかくて、良い焼き加減で、うま、と声が漏れる。
それを聞いた二人がまた、嬉しそうな顔をするから照れる。
祖母って、こんなに似るものなのだろうか。
俺にはもう居ないから、分からないけれど。
二人は親子みたいな、友人みたいな、ご近所さんみたいな、不思議な距離感で、側に居る。
見た目は全然違うけれど、ふとした時の行動が凄く似ていて、それは金井がその姿を見て育ったからなのか、自然と近い二人なのか、血の為せる技なのか、分からなかったけれど、見ていて楽しかった。
金井のばあちゃんは肉の切れ端ばかりを食べるから、それに気付いた俺と金井で切れ端の取り合いをする。
そうしたら美味しい部分だけが残って、皆で少しずつ、食べていく。
野菜も全部食べやすい大きさに切られて、皮のあるものは剥かれて、きのこや獅子唐なんかもあって。
手が込んでいて本当に凄かった。例えばいくら料理好きでも、愛がないとここまでの準備はできないことだと、思ったから。
お腹いっぱいになると、残りは全部カレーにするからねぇと言われて、なんて贅沢なカレー!と驚いた。
金井は山盛りのご飯を楽々と平らげていて、わんぱくだった。かわいいなと思ったのは、多分俺だけじゃなく、金井のばあちゃんも思っていただろうと思う。
片付けは俺と金井でして、また明日ねぇって早々におやすみなさいをする。
俺と金井は離れに引き上げて、障子を開けて、廊下にはみ出して、並んで転んで、星空を、見上げていた。
「すげ〜〜〜〜」
「ふふ」
街灯や家の数が少ないから、部屋の電気を消せば月明かりの方が眩しいくらいで。
目が慣れると、空を覆い尽くす勢いで星が見えて、思わず見蕩れる。
こんなにも、こんなにも沢山星はあったのか、と。
息をするのも忘れるくらい、魅入る。
星の知識は無いけれど、ただ見ているだけで楽しかった。
隣を見ると、同じく空を見上げていた金井が、こちらを向く。
手を伸ばすと、握られて。
そのまま暫く、二人で静かに星を見ていた。
見るとやはり金井のバイクの音で、金井は俺が出てくるのが分かっていた様に笑っていた。
「おはよ」
「おはよう」
「ん」
挨拶早々にヘルメットを渡される。
しっかり被れば、長旅の、始まりだった。
知らない土地を抜け、山を越え、どんどん、どんどん進んで行く。
マメに休憩して、途中で金井特製の梅おにぎりを食べた。種は抜かれていてちょっと悔しい。
それからまた走って、進んで。
だんだんと視界に緑が増えて、山が増えて、少し湿度が増す。
田んぼが増えて、畑が見えて、平屋が増えて、空が開けて。
そうして、その中の、大きな平屋の一つに、金井はバイクを停めた。
「着いた」
「おお」
バイクから降りてヘルメットを脱ぐと、濃い、緑の香りがした。
いつの間にか蝉の鳴く声が聞こえていて、途端に夏を感じる。
金井はバイクを押しながら門をくぐって、しっかりと鍵を掛けると俺を振り返る。
「ばあちゃん呼んでくる」
「ん」
着いて行くと、金井は玄関ではなく庭の方へ行き。そのままぐるっと回ると、映像でしか見たことの無い縁側があって。
感動していたら、その奥の、蔵の傍に、人が居た。
「ばあちゃん」
「あら、来たねぇ」
朗らかに、優しく笑うその人が、金井のばあちゃんだった。
「初めまして、お世話になります」
お辞儀をして、母に持たされた手土産を渡すと、恐縮しながらも受け取ってくれた。
「暑かったろぉ、お入りぃ」
縁側から入らせてもらって、進むと中は涼しくて。
「ちょっと前にリフォームしたんだ。お風呂とかも綺麗だよ」
そう、金井が教えてくれた。
田舎というから、心づもりはして来たけれど、少し拍子抜けだった。
荷物を置きがてら、案内されたのは、離れ。
俺と金井は、ここで寝泊まりするらしい。
実家には無い畳が新鮮で、襖も、障子も、全てが目新しい。
けれど案内してもらったトイレは見慣れたもので、というよりかなり最新型で、そのアンバランスさが面白かった。
お風呂は大きいものが母屋に、小さいものが離れにあるという。
「広いな」
「うん」
かくれんぼをしたら、かなりの時間探すことになりそうだと思った。そのくらい広い、かなり広い。
一通り見て回った後、冷たい麦茶を貰いながら、これまた広い和室で座る。
「お昼食べたかい」
「うん、食べたよ」
「お団子もあるからねぇ」
「ありがとう」
ふっくらと、そして深い皺の刻み込まれた手が、あれやこれやと食べ物を出してくれる。
金井が来るのが楽しみだったのだろうなと思う。
金井も照れくさそうに受け取っている。
俺は大人しく二人を見ていた。
家族と接する金井を見るのは初めてで、微笑ましい。
「貴方も、沢山お食べねぇ」
「ありがとうございます」
大皿に乗った和菓子をずいと寄せられて、お辞儀する。
一つ取ると、金井も、金井のばあちゃんも、嬉しそうにするから擽ったい。
「希だよ、ばあちゃん」
「のぞむちゃん」
「はい、のぞむです」
覚える様に、染み込ませる様に、名前を呼ばれて、頷く。
ちゃん呼びは珍しいなと思っていたら、そのまま、のぞむちゃんで定着したようだった。
その後、金井のばあちゃんは蔵の整理に戻って、金井と、二人になる。
「金井のばあちゃんも、金井か?」
「ううん違うよ、どうして?」
「いや、金井を金井って呼んでたらややこしいのかなと思って」
「ああ」
お団子を食べていた金井が、納得したように頷く。
それから少し、期待した顔をするから。
「呼ばないぞ」
「ええ」
ずっと金井と、苗字で呼んできたから。
急に下の名前で呼ぶのは少しハードルが高かった。
金井のばあちゃんも金井なら致し方なかったが、違うのならば問題無い。
じとと見られる視線はスルーして、俺もお団子を食べる。
「うまっ」
「ふふ」
これまで食べたどのお団子よりも柔らかくて、自然な甘さで、感動する。
どこのだろうと思っていたら、ばあちゃんの手作りだよ、と言われるから驚いた。
「団子ってこんな綺麗に手作りできるんだな」
「うん、しかも速い」
「へぇえ」
手作りってことは、金井が来るから、朝から作って待っていたのかなと思って。
その愛情深さと、マメさが、金井と通ずるものを感じて、血なのか、と、微笑ましくなる。
「今日は肉だよぉ、庭で焼こうねぇ」
外から声が聞こえて、振り返れば大きなバーベキューセットをこちらに見せている、金井のばあちゃんが居て。
和なのか洋なのか、情報量が多いから笑った。
そして戻って来るので、団子美味しかったですと伝えると、「まあ」と照れていたから更に笑う。
なんてかわいい人なんだろう。
金井も優しい顔をしていて、会いに来たくなる訳が少し分かった。
やがて金井のばあちゃんが野菜を切り始めたので、手伝いますと申し出れば、若い子は遊んどいでぇ、とスイカを渡される。
軽い調子で渡されたが、受け取るとかなりの重量があってビビる。
それにスイカをひと玉丸ごと持ったのは初めてで。
どうしたものか迷っていたら、隣に来た金井が引き取ってくれた。
「川、行こう」
「おお」
近くにあると噂の、川。
もしかして川で冷やしておいでって意味のスイカか、と思うと、金井に微笑まれたので正解のようだった。
一旦離れに戻って、水着に履き替える。が、脱ぐ前に隣の部屋へ押し込まれた。
「おい」
「み、見える!」
「お前しか居ねぇよ」
「一番だめ」
だめか。
仕方なく隣の部屋で着替えて、戻る。
金井もちゃんと着替えていて、二人で外へ行く。
少し歩くともう森で、コンクリートの道路が土に替わったタイミングを見逃していたから驚いた。
そのくらい地続きに、すぐ側に、森が現れた。
「足元気を付けて」
「ん」
木々で影が多く、地面はしっとりとしていて、少し冷える。
あんなに暑かったのに凄い変化だなと思う。
歩けば歩く程、蝉の声が大きくなり、土の香りが強くなる。
金井は慣れた様子で、ある様なない様な道を歩いて行く。
少しすると、水の流れる音が聞こえて、空が開けて、大きな川が現れた。
「でけ〜〜」
「ふふ」
ちょろちょろ流れているくらいの川を想像していたから、余裕で腰まで浸かりそうな、対岸まで泳げそうな、そんな広い川が現れて驚いた。
金井は浅瀬に石で囲いを作ると、そこにスイカを置いて冷やす。
「つめて」
「え」
嘘だろこんなに暑いのに?と、俺も傍にしゃがんで水に触れてみる。本当に、冷たい。
その冷たさはちょっと冷蔵庫で冷やしました、くらじゃ全然無くて、水の芯から冷えているような、重みのある冷たさで。
「まだちょっと寒いかな」
金井はそう言いながら靴と靴下を脱いで、川に足を浸ける。
けれど暑い体にはちょうど良かった様で、嬉しそうにこちらへ手を差し伸べて来るので、俺も靴と靴下を脱いで、川に踏み入れる。
「うわ、」
冷たい、けれど気持ちいい。
流れていないくらい静かに見えていた水面も、入ってみるとしっかりとした流れを感じる。
金井の手に手を重ねると、優しく引かれて、少し水深が深い所まで行く。
「冷たい」
「うん」
「気持ちいいな」
「うん」
俺の感想を全部嬉しそうに聞く金井。
流れ行く、こんなに冷えた水に触れるのは初めてで、不思議と勝手に笑ってしまう。
しゃがんでそのまま座り込む金井に釣られて、横に座ると水が割れて、また覆われて、流れて行く。
ずっと一定で水流の圧を感じるから面白い。
指を立ててみると、水面の形が変わる。
指を沈めて、じっとしていても水流を感じて、魚はこんな感覚なのかなと思う。
海は波が引いては寄せるから、ずっと揺られているけれど。
川は水の流れる方向が一定だから、より水流を感じて、だから新鮮で、不思議で、面白いのかと思う。
座ったまま指で遊んでいたら、その指が金井に包まれて、視線を上げる。
金井も俺の指先から視線を上げて、目が合う。
「なに」
「……キスしたい」
「っふ」
いいよ、って顔を寄せる。
川に浸けていたから、冷えた金井の指先が頬に触れる。
そこから水滴が頬を伝って、首筋を沿って。
それを見ていた金井が後を追って、舐め上げるから呼吸が乱れた。
「かね、んっ」
唇が重なり、食まれて声が出る。
包まれたままの指先に、力が籠る。
「ん、あ」
唇を僅かに舌で舐められて、開けば舌が入ってくる。
金井から、舌、初めて、と思っていると、俺の舌と触れて、すぐに逃げて行くから。
「ん」
追い掛けて、舐めて、吸う。
金井がビクついて、川の水が跳ねるから、その音で少し離れて。
「……あつい」
「うん」
日差しを浴びる頭と背中が暑い。
触れ合いに昂まる体温が熱い。
触れた舌先が熱くて、金井から降り注ぐ視線が熱い。
金井の目を見たまま、離れた分だけ距離を詰める。
「……もっと」
「っ」
お互いの唇が触れる寸前の言葉は、金井に飲まれて消えた。
珍しく長い間、キスをした後。
金井がふらふらで川にダイブするから笑う。
火照った身体を冷やすのに、川の冷たい水は確かに最適で。
俺も追い掛けてダイブして、金井に水を掛ける。
「わ」
小さな驚く声が聞こえた後、デコピンの要領でほんの少しだけ水を掛けてくるからかわいい。
仕返しの仕返しで水面を腕で思い切り払えば、バケツを返したくらいの水量が金井に降り掛かる。
そこからはもう、全力の戦いだった。
俺が逃げると腕を掴まれて、水を掛けられる。
だから潜って、ラッシュガードの腹の部分に水を貯めて飛び出せば、全身でその水を受け止めた金井が抱き付いてきて、二人して川に倒れる。
笑えば顔面に水が来て咳き込むし、潜ればプールには無い水流で肌の表面が慌ただしい。
もう疲れた、の合図でスイカの方に寄ると、最後にもう一度だけ腕を引かれて、二人で川に飛び込んだ。
「ばかやろう」
「はは」
始めたのは希だよ、って濡れた髪を直されて、その手を取ってまた唇を寄せる。
「ん」
仲直り、ってことでも無いけれど。
軽くキスすると、大人しくなるので面白い。
今度こそスイカの元へ戻って、持ち上げてみるとしっかり冷えていた。
「どう?」
「いい感じ」
「いいね」
金井はまたスイカを俺から回収して、切ってもらおう、と森へ歩いて行く。
俺は少しだけ振り返って、何事も無かったかのように、平に戻った水面を見た。
また来たい、と思ったのだ。
あの水の冷たさも、譲らない水流の頑固さも、全部、楽しかった。
それから金井を追い掛けると、金井はこちらを向いて、待っていて。
眩しそうに、嬉しそうに微笑むから、緩いパンチをして前を向かせた。
「ばあちゃん、スイカ冷えたよ」
「そうかい、切ってあげようねぇ」
金井のばあちゃんは四角くゴツい包丁を出して来ると、一気にスイカを両断する。
その勢いに驚いていたら、スイカを支えていた金井が笑うので視線を逸らした。
ここに来てから、金井の見守るような視線が多くて落ち着かない。
まるで自分の幼い頃を見ている様な、そんな顔をする。
切ってもらったスイカは甘くて、瑞々しくて、よく、冷えていて。美味しい、そう呟くと、金井も、金井もばあちゃんも嬉しそうにするから、照れくさい。
実のぎゅっと詰まったスイカは、これだけでお腹がいっぱいになりそうで、残りは冷蔵庫に入れていてもらう。
切ったし、皆で食べたから、なんとか容量が減って、ギリギリ冷蔵庫に収まったようだった。
「夕飯は暗くなったらおいでねぇ」
そう言うと、どこかへ姿を消す、金井のばあちゃん。
『時間』ではなく『暗くなったら』なのが、自分には無い感覚で面白かった。
金井は頭にタオルを被せたまま、畳の上で横になる。
その頭を撫でてやると、やがて寝息を立て始めるから、子供のようで笑った。
そういえば、今日は昼寝をしてなかったもんな。
俺も隣で横になると、じんわりとした身体の疲れを感じる。
それもそうだ、今日は朝からバイクで長旅をして来て、川で水を掛け合い、暴れ回った。
俺を乗せて運転して来た金井はもっと疲れたことだろう。
けれどその疲れを一切見せず、ただ嬉しそうに笑っていた金井を尊敬する。
横になったまま金井を見ると、完全に気の抜けた、本気の寝顔が見えるから。
その顔を見ていたら、俺も、いつの間にか眠っていた。
ふと目が覚めると、物凄く食欲を唆る良い香りがして。
起き上がると、縁側で本気のバーベキューセットを並べて、肉やら野菜を焼いている金井と、金井のばあちゃんの姿が見えた。
「あ、おはよう」
「……おはよ」
何故起こさない、と思いつつ縁側に出ると、焼き立てのお肉が入ったお皿を渡される。
「のぞむちゃん、たんと食べねぇ」
「ありがとうございます」
ちゃんと、名前を覚えていてくれて嬉しい。
お皿を受け取ると、金井からは箸が渡されて、見事な連携に笑う。
お肉に齧り付くと柔らかくて、良い焼き加減で、うま、と声が漏れる。
それを聞いた二人がまた、嬉しそうな顔をするから照れる。
祖母って、こんなに似るものなのだろうか。
俺にはもう居ないから、分からないけれど。
二人は親子みたいな、友人みたいな、ご近所さんみたいな、不思議な距離感で、側に居る。
見た目は全然違うけれど、ふとした時の行動が凄く似ていて、それは金井がその姿を見て育ったからなのか、自然と近い二人なのか、血の為せる技なのか、分からなかったけれど、見ていて楽しかった。
金井のばあちゃんは肉の切れ端ばかりを食べるから、それに気付いた俺と金井で切れ端の取り合いをする。
そうしたら美味しい部分だけが残って、皆で少しずつ、食べていく。
野菜も全部食べやすい大きさに切られて、皮のあるものは剥かれて、きのこや獅子唐なんかもあって。
手が込んでいて本当に凄かった。例えばいくら料理好きでも、愛がないとここまでの準備はできないことだと、思ったから。
お腹いっぱいになると、残りは全部カレーにするからねぇと言われて、なんて贅沢なカレー!と驚いた。
金井は山盛りのご飯を楽々と平らげていて、わんぱくだった。かわいいなと思ったのは、多分俺だけじゃなく、金井のばあちゃんも思っていただろうと思う。
片付けは俺と金井でして、また明日ねぇって早々におやすみなさいをする。
俺と金井は離れに引き上げて、障子を開けて、廊下にはみ出して、並んで転んで、星空を、見上げていた。
「すげ〜〜〜〜」
「ふふ」
街灯や家の数が少ないから、部屋の電気を消せば月明かりの方が眩しいくらいで。
目が慣れると、空を覆い尽くす勢いで星が見えて、思わず見蕩れる。
こんなにも、こんなにも沢山星はあったのか、と。
息をするのも忘れるくらい、魅入る。
星の知識は無いけれど、ただ見ているだけで楽しかった。
隣を見ると、同じく空を見上げていた金井が、こちらを向く。
手を伸ばすと、握られて。
そのまま暫く、二人で静かに星を見ていた。
