ぼくをみて。

梅雨が明けると、本当に一気に暑くなった。
息をするのも苦しいほど、全てに日光が反射していて暑い。
だから漸く、音楽準備室でお弁当を食べることを解禁した。
音楽準備室には机と椅子が四つあって、その内の二つを、並んで使う。
エアコンは来て早々に試運転したけれど、問題無く動いた。窓を全開にして、異変があれば逃げる準備もしていたが、特に何も無かった。
金井からは今日も梅干しが渡される。
だから齧って、舐めて。
梅干しの種を出す為に差し出されたお弁当の蓋は、無視をした。
「ん」
「う……」
舌を出すと、そこに乗った、梅干しの種が現れる。
金井は顔を真っ赤にして、視線を泳がせて、悩んだ挙句、箸で取ろうとするので舌を仕舞う。
「そうじゃない、よな」
「く……」
ファーストキスを済ませた俺達の、次のステップ。
俺から梅干しの種を口移しで回収する、が、金井の最近のミッションだった。
絶対無理って震えられたり、金井の唇に俺の舌が触れた瞬間逃げて行ったり、種が上手く渡らなかったりで、今のところはまだ、成功していない。
けれど、日々進歩はしている。しているが、毎度真っ赤になるのでかわいい。
最初に提案をした時、そういや唾液苦手だったか、と聞くと、そんなことは無いと言うから驚いた。
一番最初の頃、俺の箸に触れないようにしていたのは、金井が嫌だからではなく、俺が嫌がるかもしれないからと思ってのことだったらしい。
どこまで配慮の男なのだ、と思うと同時に、唾液が無理でないなら慣れていこう、という話になった。
でも無理強いをさせるつもりはない、と念押すと、また真っ赤になって、嫌じゃなくて、恥ずかしいだけ、と言うのでかわいかった。
ということで。
「ん」
早く、の意味を込めて、舌を出す。
金井は目を泳がせた後、覚悟を決めて、寄って来て。
俺の舌先に金井の唇が触れて、開かれて、舌が触れ合う。
「んっ」
種を探すように、大きく金井舌が動くから、舌同士が擦れて、思わず鼻から声が抜ける。
それを聞いた金井が止まってしまって、舌が触れ合ったままになって。
俺からは動かない約束で、でも焦れったくて、少し種を押し付ける。
するとまた金井の舌が動いて、俺の舌を撫でながら種を寄せて、食んで。
初めて、綺麗に種が回収された。
だから嬉しくて、離れて行く金井の唇にキスをして、舐める。
「っは」
呼吸を乱す金井にもっと嬉しくなって、そのまま舌を入れようとした、けれど、逃げられた。
「もうむり、むり」
「っはは」
首まで真っ赤な金井がかわいいので、見逃すことにする。
日々、少しずつ、着実に。
俺達なりの速度で、確かに進歩していた。

気が付けば夏休みまで秒読みで。
バスで眠る金井を見ながら、夏休み中は会えるのだろうか、と考える。
俺は、一回くらいは会いたい。
欲を言えば、何度でも。
今日まで二日以上離れることなどそう無かったから、夏休みは嬉しくもあり、少し苦痛でもあった。
早く大人になりたい、と。
馬鹿みたいだけれど、そう思う。
大人になって、働いて、自分の行動に、自分で責任を持てるようになったら。
金井なんてすぐに連れ去って、一生傍に置いておくのに、と思う。
けれど。
金井は将来を、どう考えているのだろう。
その未来に、俺はどう存在しているのだろう。
自分自身の将来すら漠然としているのに、金井との未来はもっと、不確かなものだから。
まだ考えなくて良いような気もするし、もう考えておかないといけないような、そんな不安が薄らとある。
分からないから、不安なのだと。
知らないから、不安なのだと。
分かっていても、時々止められなくなる。
『ずっと』の不確かさに、泣きたくなる時がある。

バスが駅に着くと、金井はまた自然に目を覚ます。
それから俺が見ていたことに気付いて、目元を和らげる。
俺がどんな気持ちで見ていたかなんて知らないで、穏やかな顔をするから悔しくなる。
好きなのに悔しい。
好きだから、悔しい。

バスを降りると、また熱気に包まれる。
梅雨明けと共に金井はバイク通学を再開していたが、あまりの暑さに今は中断しているらしい。
それもその筈、あの黒の車体は、この暑すぎる太陽を受けて、本当にフライパン並に熱くなるから。
動けばぬるい風が肌を撫で、信号で止まれば灼熱地獄。安全の為のフルフェイスも熱は籠ってしまうから、熱中症になるのも時間の問題、という感じで。
それでも、楽しいのがバイクだけれど。
乗っているだけでもかなり楽しいから、運転はもっと楽しいのだろうなと思う。
けれどバイクの免許取得は、過保護な金井に難色を示されていた。
どれだけ気を付けていても、巻き込まれる可能性はゼロにはできないから、と。
それはお前にも言えるぞ、本当に気を付けてな、と言うと、金井は眉を下げて、笑っていた。
金井はもう十分過ぎる程、安全に気を付けてバイクと向き合っている、とは思うけれど。
駅から二人並んで、今日は歩いて帰る。
金井は隙を見付けてはすぐ俺の顔に影を作ろうとするから、逃げ回って遊ぶ。
けれど息が上がって、暑くなるからこの時期に向いてない遊びだった。
「大人しくしろっ」
「こっちの台詞」
二人ではあはあ息を吐いて、笑いながら歩く。
暫くして、金井が日傘欲しいって真面目に言うから笑った。目立つから止めろと、俺はずっと言っている。
「自分用に買うなら許す」
「希用に決まってる」
「いらねーー」
ぼす、と緩くパンチする。
その手を取られるから、ほんの少し指を絡める。
「夏休み」
「うん」
「会いたい」
「っ」
何となく、言うなら今だと思って。
絡めていた指を離すと、立ち止まってしまった金井と距離が空く。
「置いてくぞ」
「……デレがいつも唐突」
「デレってなんだよ」
お前には素直を、少しは出しても良いと思ってるだけだろ、とは、言わないでおく。
顔が赤くなった金井が、歩き出して、俺に追い付く。
俺も歩いて、また並ぶ。
「行きたい所があって」
「おー?」
「俺の、ばあちゃん家」
「ばあちゃん?」
「うん。一緒に来てくれる?」
「……良いなら、もちろん」
思わぬ、誘いだった。
ばあちゃん家。
近くなのか、遠くなのか、どんな方なのか、全く想像が付かない。
俺のばあちゃんは、父方も母方も、幼い頃に亡くなってしまっていたから、ばあちゃんとか、ばあちゃん家が、未知で、とても興味があった。
何より金井のばあちゃんだ。
金井が夏休みに、わざわざ会いに行きたいと思うばあちゃんだ。
そんなの、会ってみたいに決まっている。
「ばあちゃんに日程聞いておく」
「うん」
嬉しそうな金井がかわいかった。
今ならもう、夏休みが怖くない。
単純、だけれど。
たった一つの約束で、俺の夏休みは楽しみな予定へと変化していた。

終業式を迎える。
山程出された宿題は一旦見ないことにして、金井と共に帰る。
バスの中はもう皆、完全に浮かれていて賑やかだった。
そんな中でも金井は寝る。
俺は静かに、スマホへ文字を打ち込んでいた。

バスを降りると、また熱気に包まれる。
バスの冷房で引いていた汗がまた吹き出す。
金井は今日も俺を送ると言って、隣で歩いていて。
いつもより足取りが軽いから分かりやすい。
金井も、夏休みに浮かれているのを感じた。
「明日、何時がいい?」
「……十時」
「分かった」
俺達は、明日から金井のばあちゃんの家に世話になる。
そう、なんと夏休み初日から、お邪魔することになっていた。
「なぁ、俺二週間近く外泊とかしたことないんだけど」
「うん」
「着替えどのくらい必要?」
「ばあちゃん家も洗濯機あるし、三日分あれば回せると思う」
「なるほど」
先程打っていたスマホのメモの内容を思い出す。
あれには、泊まりの持ち物を考えて書き出していた。
服は三日分で、充電器と、歯ブラシと、後はなんだ?
二週間近く、とは大袈裟でもなんでもなくて、本当にそのくらい泊まることになっている。
なんでも、田舎の夏休みを満喫するには、そのくらいの期間が必要だから、とのことだった。
そんなに他所様のご家族の世話になるなんて、と思ったけれど、金井はケロッとしているし、金井のばあちゃんも大歓迎とのことで、俺の親もちょっと涙ぐみながら了承してくれた。
去年散々デートに駆り出され、死んだ顔をしていた『僕』が、田舎で夏休みを過ごすという平和っぷりに安心したのか、自分たちの親を思い出しての涙か、分からなかったけれど。
まあ、どちらも正解な気はする。
「水着があっても良いかも」
「水着?」
「そう、近くに川があるから」
「へぇえ」
「あの、でも、羽織るものも持って来て」
「へぇ〜〜〜え?」
耳を赤くした金井が、顔を隠す。
俺はプールの授業を全サボりしていたから、まだ金井に肌を見せたことがない。
全サボりの理由はお察しだ。
体操服への着替えですら襲って来る奴が居るのに、裸を晒すプールなんて論外だった。
今のクラスメイトに、そんなことをする奴がいるかは、分からなかったが。
歩きスマホは良くないので、頭のメモに、水着も追加する。昔、家族で海に行った時使った海パンがまだ残っているはずだった。後は、パーカータイプのラッシュガードも。
「過去一楽しみ」
「俺も」
じゃあ、と見届けられて、俺は家に入る。
明日から始まる夏休みは、既にもう、話しているだけで楽しかった。