ぼくをみて。

そして、土曜日。
約束の土曜日、決戦の土曜日。
今朝もいつも通りの早朝からメッセージが来ており、『10時には迎えに行く』ということだった。
今日は晴れ時々くもり。
つまり、なかなかに良い天気だ。
私服に着替えて、用意して、どこへ行くのかわくわくしながら待つ。
目標はキス、ではあるものの。
実際は金井とのデート自体も初、なので、ドキドキもしていた。
きっと金井はもっと緊張しているだろう。
その姿含め、楽しみだった。
玄関に座って待っていると、エンジンが家の前で止まる。
この音はもう分かる。金井のバイクの音だ。
家を出て鍵を閉めると、金井は少し驚いた顔をしていて。
その手にスマホを持っていたので、ちょうど、メッセージをくれようとしていたのだろう。
「おはよ」
「おはよう」
「エンジン音、聞こえた」
バイクを指すと、嬉しそうな顔をされる。
金井はこのバイクのエンジン音が特に好きなのだと言ってた。
俺も好きだ、と思う。他のバイクのエンジン音に詳しい訳ではないけれど、金井のバイクのエンジン音は、静かなのにちゃんと響いて、かっこいい音をしている。
金井みたいだな、とも思う。
静かなのに芯があって、かっこいい金井と似ている。
ヘルメットを渡されて、一人で被る。
この動きにもかなり慣れてきた。
それから金井の後ろに跨って、しっかりと掴まる。
お互い制服じゃなくてTシャツだから、いつもより肌や体温が近くて落ち着かない。
それは金井も同じようで、掴まった時、少し身を捩っていた。
心も体もむず痒い。いつもは見えない金井のうなじにも心がざわつく。
こんなんで今日一日大丈夫か、と弱ったけれど、腕を柔く叩かれて、バイクが発進する。
動き始めるとやっぱり激しい風が楽しくて、金井に掴まる腕の力が籠る。
金井は、今日までどこへ行くのか絶対に口を割らなかった。
だから今日が本当に楽しみで。
忘れてしまわないように、沢山、目に焼き付けておこうと思った。

コンビニに寄って休憩しながら、知らない道を、知らない土地を、どんどん走って行く金井。
どの道も穏やかで、車通りも少なくて、のびのびとした雰囲気ではあったが、あまりに長い距離を進むので戸惑う。
土地、山道まで越え始めるので流石に何処へ行くつもりか聞こうかと思ったが、やがて、目の前に青が広がって、理解する。
「海だ」
思わず漏れた声は、エンジン音に掻き消えたけれど、ぎゅっと腕に力を込めると金井の頭が上下する。
頷いた、ってことは、海が目的地か。
そのまま、どんどんと視界に広がる青が、海が、仄かな潮の香りが、心を踊らせる。
金井も見えてるかな、凄いぞ、海だぞ、キラキラしてるぞ。
海沿いの道に入って、ずっと海と並行して、駐車場が見えて、金井はそこに入る。
そのまま停車をするから、金井がスタンドを立てるのを待つ。腕を軽く叩かれて、降りる。
そうしてヘルメットを外せば、より潮の香りが強くなって。
波の音も聞こえて、笑う。
「海だ」
「うん」
同じくヘルメットを外した金井は、俺を見て微笑んだ後、海に目をやる。
太陽と、海と、バイクと、金井と、いろんなものがキラキラとしていて眩しい。
うんと伸びをすると、金井も真似して伸びをした。
「海開きはまだ先だから、空いてるな」
「へぇえ」
確かに駐車場も、浜辺も、人は見えない。
「降りてみよう」
「ん」
駐車場の奥に階段があって、浜辺へと降りられる。
歩く度に沈む砂が容赦なく靴に入るけれど、それすら新鮮で面白い。
先を行く金井が手を出すから、握ると全力で駆け出して。
「ばか!お前!」
釣られて走るけれど、金井の速さと足元の覚束無さが比例せず全然進めない。
早々に手を離すと、金井はそのまま軽やかに駆けて行く。
なんでここでもそんな速いんだよお前、って笑って、立ち止まって。
暫く走った金井がぐるっと大回りして、また戻って来て。
楽しそうに笑っているから嬉しくなる。
金井の走る姿はやっぱり見ていて気持ちがいい。
戻って来た金井が膝に手を付いて、息を整える。
傍に寄ると金井の顔が上がった。
「はぁっ、走りにくい」
「余裕そうだったぞ」
笑って手を出すと、また繋がる手。
今度は歩いて、並んで進む。
日差しが強くなって来て、汗が滲んで。
金井が繋いでいない方の手で俺の顔に日陰を作るから笑う。
「過保護」
「希は焼けやすいから」
「元が白いからな」
俺も繋いでない方の手を伸ばす。
基本学校の往復しかしない俺の肌は、まだ白いままで。
金井は俺を送る為に移動距離が長いからか、以前より、少し焼けていた。
「日傘が必要」
「っはは」
高校生二人が、日傘を差して登下校する姿を想像する。
まあこれまで以上に目立つだろうな、と思って笑った。
「あっちに屋根とベンチがあるらしい」
「へぇえ」
金井の顔を見ると、金井は俺の顔に日陰を作ったまま、穏やかな顔をしていて。
「弁当もある」
そう言って笑うから、ちょっと困る。
「何もしてなくて悪い」
ここまでの運転も、企画も、全部全部金井だ。
申し訳なくて繋いだ手を揺らすと、金井の笑う吐息が聞こえる。
「希は居てくれるだけで十分」
「はぁ?」
なんだ?ダメ人間にする気か?と、金井に疑いの眼差しを向ける。
すると思考が伝わったのか、金井が笑うので、空いた手で緩く拳を当てた。
「希は甘えるのが下手だから。俺が甘やかすくらいじゃ全然足りない」
下手、と言われて、む、となる。
そんなことはない。と考えるけれど、ここ最近の記憶は全て、基本金井が先回りして過保護する様子しか思い出せない。
あれ、俺、気付けばこのままズブズブに甘やかされて、金井という名の沼から抜け出せなくなるんじゃないか。
ヒヤリとして金井を見る。金井は知ってか知らずか、にこにこしていて。
もう少し自立しよう、と思った。具体的にはパッと、思い浮かばないけれど。
甘える、頼る、過保護、の違いが難しいなと思う。
やがて金井の言う通り、屋根付きのベンチに辿り着く。
目の前は海しかなくて、日陰で、人もまだ居なくて、最高だった。
金井は持って来ていたカバンを開くと、アルミで巻かれた丸いものを沢山出してくる。
続いて長細いものと、四角いものと、大きな丸も。
「丸はおにぎり、具は梅干し。他は卵焼きと、唐揚げ、ウインナー」
おにぎりの具が梅干しなところが金井らしい。
作ったのか?と聞けば、頷くので感動した。
一つ一つアルミを剥いていくと、鮮やかなおかずが現れる。
おにぎりはどれも大きくて、ずっしりとしていて、これを朝から握っていた金井を想うとかわいくて仕方ない。
「すげぇ、ありがとう」
二人で並んで、手を合わせて。
いただきますと金井に言うと、目元が和らぐから心臓が鳴る。
胸を撫でながらおにぎりに齧り付くと、濃いめの塩加減がちょうど良くて、しっかりと握られていて、美味しい。
「美味い」
「良かった。梅干しの種は抜いてある」
「……」
過保護、って視線を向けると、悪戯が成功したみたいに笑う金井。
いつも俺が口から種出すとこ、じっと見てるくせに、とは、言わないでおいた。
おにぎりもおかずもあっという間に食べ終えて、包んでいたアルミは片手で収まるほどに小さくなる。
賢いな、と見ていたら、「母さんの入れ知恵」って金井が言うから笑う。
そっか、お母さんにも見守られてたのか。
いつか挨拶ができたら、と思う。
そして俺の家族にもいつか、会って欲しいと思う。
食べた後、暫く二人で海を見ていた。
波の音が心地良くて、それ以外は静かで。
手を伸ばして、金井の手を握る。
そしたら金井も手を動かすから、離してやると握られて、ちゃんと手を繋ぐ。
そのまま静かに海を見る。
学校の昼休みと似た、二人だけの時間。
「寝ないの」
いつもなら寝るタイミングだから聞くと、金井は擽ったそうに笑う。
「寝ない」
「なんで」
顔を見ると、目が合う。
「キスするタイミング、伺ってる」
「っはは」
素直で、なんてかわいい奴。
体ごと金井の方を向いてやると、金井もこちらに体を向ける。
目を見ると、意を決した顔をするから微笑ましい。
「キス、してもいいですか」
「……ん」
頷いて、少し金井に寄ると、金井の手が頬に触れる。
僅かに震えている気がしたから、その手首を掴んで握る。
少しして、金井の目が伏せられて、近付いて。
目を閉じると、唇に、金井の唇が触れる。漸く、やっと、触れる。
けれど直ぐに離れて行って、目を開けると、金井の顔が真っ赤で。
笑って、俺からもキスをした。触れるだけのキスを、一度だけ。
その後、金井が倒れて来るから支えていた。
肩に凭れる金井の背を叩く。
赤子をあやす様に、緩く、柔く。
「口に当たって良かった……」
「はははっ」
そんな心配してたのか、と笑う。
笑っていたら、拗ねてか照れてか、金井が顎を肩に刺してくるから余計に笑う。
「初めてなんだから」
「そうだよな」
「……嬉しい」
「ん。でも、外れても良い思い出だろ」
「かっこいい」
弱々しい金井が面白い。
本当に触れ合いとなると初心だからかわいい。
背中を撫でてやると、首に金井の髪が触れる。
「次は勉強しておく」
「ん」
次、は、次のキスの機会なのか、キスの次のことなのか、分からなかったけれど、頷く。
どちらにせよ、向上心を持つことは素晴らしいことだからだ。
「希が余裕で悔しい」
金井が、本当に悔しそうな声を出すから笑う。
仕方ないから金井の手を取って、俺の胸に当てる。
「俺も、どきどきしてる。嬉しい。欲を言えばもっとしたい」
金井は嬉しそうにした後、恥ずかしそうにして、暫く考えて、俺の額にキスを落とす。
「これで我慢して」
「ええ」
「……勃つ、から」
「ははははっ」
弱々しくて本当にかわいい。
ぎゅうぎゅう抱き付いて、それから海まで無理やり引っ張っていく。
靴も靴下も脱ぎ捨てて、ズボンの裾を上げて海に入れば、金井も真似して付いて来た。
「足元気を付けて、まだ整備されてないから」
「分かった」
弱々しくても過保護な金井の言う通り、走り回ることはせず、浅瀬で、海を直に感じる。
指先を浸けて、舐めてみるとちゃんとしょっぱい。
もう一度指先を浸けて、唇をなぞって、金井にキスすると倒れそうになるから慌てて思い切り引っ張った。
「ばかお前!着替え無いだろ」
「ばかは……希だよばか……」
額を抑えた金井がフラフラとするから支えて顔を見る。
「一生の思い出、できたか」
「……暫く夢に出そう」
「はははっ」
その後、自分の唇を舐めた金井がしょっぱいと呟いていて、そのセクシーさに、ちょっとぐっときたのは内緒だ。

金井はタオルまでしっかり持って来ていて、二人で支え合いながら足を拭いて、靴だけ履いてバイクの元まで戻る。
そこで砂を叩いて、靴下をちゃんと履いて、靴も履いて、海を見て。
「また来たいな」
「いつでも連れて来る」
「はは」
男前だな、って拳を当てると、ヘルメットを渡される。
「帰ろう」
「ん」
そうして、また長い道を、休憩しながら戻る。
波の音も、潮の香りも、もうしないはずなのに、ずっと体に残っていた。

家に着くと、お疲れ、と言われるので笑う。
「疲れたのは金井だろ、長旅お疲れ、ありがとう」
「ううん、俺は運転好きだから。乗ってるだけも気力使うよな」
す、と髪を直されて、自分でも髪を梳く。
ずっとヘルメットを被っていたから、かなりボリュームが大人しい。
「バイク楽しいよ。運転はできないけど、好きになった」
素直に言うと、金井は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑う。
「それなら良かった。移動はもう少し、バイクの世話になるから」
車体に手を触れた金井がそう言うから、首を捻る。
「もう少し?」
「そう。車の免許、取るまで」
なるほど、と思うと同時に、凄いな、とも思う。
もう少しということは、免許を取りに行ける年齢になったら、すぐに取りに行くということだろう。
「凄いな、運転本当に好きなんだな」
「うん」
感心して言うと、金井は照れた様に、でも幸せそうに笑うから、俺も嬉しくなる。
「俺も車の免許取るから、その時は助手席で教官して」
今も道路を走る金井なら、きっと余裕だろう。
言うと金井は嬉しそうで、また一つ未来の楽しみが増えた。
それからまた、家に入るまでを見届けられて。
暫くすると、『着いた。今日はありがとう、ゆっくり休んで』とメッセージが来る。
『こちらこそありがとう、楽しかった。金井もゆっくり休んで』
そう返して入ったお風呂では、日焼けがなかなかに染みて大変で。それも含め、また一つ、俺の大切な思い出が増えた。